シリーズ  地域ビジネスを「ひらこう。」⑤
インキュベーション施設「わくばにかほ」がひらく、新たな起業の形 ~秋田県にかほ市

地域創生NOW VOL.15

写真右:にかほ市 企画調整部 総合政策課 企画調整班 班長 佐藤 学
写真左:jekiソーシャルビジネス・地域創生本部 地域プロデューサー 金子 晃輝

人口減少、少子高齢化の影響を強く受ける地方自治体の多くが、人口流出をくい止め、関係人口を増やすことで地域社会を維持していこうとしている。とくに人口流出の歯止めに欠かせないのが「仕事=生業」の存在だ。かつて地方での仕事の創出と言えば工場誘致が中心であったが、デジタル化が進み、商圏との距離の問題がなくなったことで、地方での「起業」も注目を集めはじめている。

秋田県の最も南に位置するにかほ市でもジェイアール東日本企画(以下、jeki)とともに2021年5月、事業の創出や創業支援を行うインキュベーション施設「わくばにかほ」をオープンした。運営を担う一般社団法人ロンドの代表理事で、jekiの地域プロデューサーでもある金子晃輝が、にかほ市企画調整部 総合政策課企画調整班の佐藤学班長を迎えて、地方でのビジネス創出について語った。

魅力的な職場がないなら、自分たちでつくればいい

金子:にかほ市に創業支援を行うインキュベーション施設をつくることになった背景を教えていただけますか。

佐藤:にかほ市には大手企業の工場があり、その会社に入ることができれば安定した生活ができるといったイメージを地域住民の多くが持っています。そういう意味では、起業マインドといったものが育ちにくい街だといえます。その一方で高校卒業の後、進学や就職で仙台や東京に出ていってしまうとふるさとには戻ってこないという課題がありました。
彼らに、「なぜ、にかほに戻ってこないのか」と尋ねると一様に、「魅力的な職場が少ない」と言うのです。行政としても若い人たちに帰って来てもらうためには、もっと働きたいと思う場所が必要だと考えました。そう考えると、自分たちで仕事をつくってもらうのは現実的な解のひとつだといえます。そこで、起業を後押しする仕組みをつくれないかと模索をはじめたタイミングでjekiさんと知り合い、協力を得て、わくばにかほ誕生へと突き進むことになったわけです。

金子:jekiとはどういったきっかけで知り合ったのですか。

佐藤:きっかけは、市にゆかりのある方からの紹介でした。jekiさんが地域創生に取り組み、福島や群馬、長野で創業支援を行っていると聞き、福島県田村市の廃校となった小学校を利活用したテレワークセンター「terrace ishimori(テラス石森)」を見に行きました。行ってみるとイメージが膨らみ、にかほ市にも必要な施設だなと感じたのです。にかほ市としても、2018年3月にわくばにかほの前身である旧上浜小学校が廃校になっていたので、場所の問題をクリアしていたことも大きかったと思います。そして、21年5月にオープン。jekiさんとは同じタイミングで「包括連携協定」を結び、地域活性化をともに進めることになりました。

わくばという名前は、人とのつながりを表す輪(わ)、仕事(Work=わく)、事業のアイデアが湧く場(わくば)、新しいチャレンジを行う場(ば)など、さまざまな意味が込められています。そして、学校の改修の段階から金子さんに加わっていただいたのですが、ご出身は神奈川県ですよね。にかほに来るきっかけはどういったことだったのですか。

金子:私は大学4年生の夏に地域活性化を行う会社を起業しまして、その後、知り合ったjekiから、にかほ市のプロジェクトの話を聞き、面白そうなことをやるな、と思ったのがきっかけでした。

佐藤:しかし、よく地の利もない場所に来られましたね。

金子:正直に言うと、にかほ市がどこにあるか知らなかったんです(笑)。でも、起業支援、創業支援という仕事はやりがいを感じますし、私にとっても学びになるため、迷いはありませんでした。そして、実際ににかほに来てみると、民家は多いし、コンビニもある。田舎のイメージではありませんでしたから不便は感じませんでした。むしろ、海と山が近いことで豊かな食があり、自然に囲まれ、人も親切だったので、たまににかほを離れるとホームシックになってしまいます。ただ、言葉、とくに年配の方の方言には未だ苦労しています(笑)。

佐藤:確かに難しい(笑)。逆に、ここに来て自分のどんなところを強みに感じましたか。

金子:小さなことでも仕事になるところでしょうか。例えば、メールアドレスのドメイン登録など、ITに関する分野では重宝がられますし、デザインの部分など、見せ方、PRの仕方といったところで強みを提供できていると思います。

現在、わくばにかほは、完全に独立したオフィスが2つと、個人利用では元職員室のスペースを使ったコワーキングスペースなどがあり、法人登記もできます。メンバーにはバスケットボールチームを立ちあげた女性がいるなど多彩で個性的なメンバーがそろっていますから、施設と関わるだけでも刺激を受けることができるはずです。こうした刺激のある環境もわくばにかほの強みになっているので、今後は、起業を考えている人を掘り起こしながら街を盛り上げていきたいと思っています。

佐藤:そうですね。私たちも一緒になって起業を考える人を掘り起こしたいと考えています。これまでなかった起業のバックアップ体制ができたわけですから、そういった層を掘り起こし、この施設につながりを持ってもらうようにできれば、広がりが生まれると信じています。そのためにも多くの仕掛けが必要ですね。

「ビジネスプランコンテスト」で東北のスタートアップシティに

金子:具体的な動きではセミナーやオフサイトミーティングを定期的に行い、この場所を知ってもらう取り組みに注力しています。例えば農業×ITのアグリテックなど、先進的な取り組みをテーマにしたセミナーなどです。声掛けすれば毎回、15~20人ほどの参加者がいますから、潜在的な起業を目指す層は多いのではないかと考えています。

ですから、きっかけづくりが重要になるはずです。そして、屋外で海や鳥海山を見ながら、仲間と語り合えばアイデアも生まれますし、勝手に何かが生まれるはずです。また、行政からの厚いサポートをいただけるので、起業するには理想的な環境だと思います。

佐藤:行政側は起業を促すにもノウハウがあるわけでもありませんから、起業を志す方の生活基盤をサポートすることを中心に動いています。具体的には、地域おこし協力隊の制度を使って、起業が軌道になるまでの3年間、生活や車、住宅の支援をしています。食いっぱぐれない安心感は、仕事に集中させてくれますからね。起業に関するアイデアやアドバイスは金子さんたち、私たちは生活支援と役割分担で進めているのです。

金子:ここまでしてくれる行政はなかなか無いと思います。だからこそ、ほんとうにありがたいです。こうした行政の支援があるので、起業を目指す人も我々も新たな事業づくり、そのサポートに専念できるわけです。

佐藤:最近では、わくばにかほの取り組みをさらに知ってもらいたいと思い、地元の仁賀保高校の生徒に見てもらおうとしています。同校には情報メディア科という全国でも珍しい科があるので、生徒たちが進学で故郷を離れても、地元でも起業がしやすいということをインプットできればと考えています。さらに「ビジネスプランコンテスト」も、街の人だけでなく、広くわくばにかほを知ってもらう良い機会になったと思います。

金子:2月末に行った「Hatch!ビジネスプランコンテスト2021」ですね。にかほ市に協賛いただきjekiの事業として行ったこのコンテストは、この場所で行うにふさわしい「地域課題を解決するビジネス」にテーマ設定をしました。グランプリを取った「日本のコメを守る!独自開発ドローンによるジャンボタニシ駆除大作戦!」だけでなく、よいアイデアが多くありましたね。

佐藤:遠くは四国や関西からの応募もあり、全体で約30件でした。残念ながら地元からは2件の応募でしたが、それでも起業の素地がない場所を考えれば大きな進歩です。ところで、なぜビジネスコンテストだったのですか。

金子:インキュベーション施設ができることになったときに、事業の後押しとなるアクセラレータープログラムのことばかりを考えていましたが、それよりも先に、この場所を創業の志を持った人が集まる場所にしなければならない、と思ったのです。そこで、かつて自分もよく参加していたビジネスプランコンテストを行うことにしました。それは、応募したことによって、たとえ賞を取れなくともにかほ市との接点が生まれ、同じ志を持った仲間ができます。

今回のコンテストに至っては、最終審査に残った5事業者に1.5か月間のメンタリング期間を設けました。残念ながらコロナ禍で最終審査はオンライン開催となり、にかほに来てもらうことはできませんでしたが、地域と起業家の良い関係は生まれたはずです。この繰り返しが、にかほを起業の街にしていくことになると信じています。

佐藤:起業を考えるなら、「にかほで相談してみれば」。そんな風な会話が近郊の地域だけでなく、東北全体に広がって欲しいですね。

金子:そのためにも、もっと多くの人を巻き込まなければいけませんね。本日はありがとうございました。

金子晃輝
jekiソーシャルビジネス・地域創生本部
地域プロデューサー 一般社団法人ロンド代表
大学在学中に地域活性化事業をきっかけに起業。2020年4月からjekiにて地域づくりプロデュースを中心に秋田県にかほ市の廃校活用を担当し、jekiとして初の地域課題の解決を目的としたビジネスプランコンテストを開催。2021年4月には、秋田県にかほ市のまちづくりを中心とした一般社団法人ロンドを設立し、廃校活用を行ったインキュベーション施設「わくばにかほ」を運営。

佐藤学
にかほ市 企画調整部 総合政策課 企画調整班 班長
大学卒業後、民間企業での営業職を経て、にかほ市(旧象潟町)職員となる。
税務課、ガス水道局での勤務後、企画部門で総合発展計画の策定や廃校の利活用、企業・大学・高校との連携事業など新規事業を中心に取り組む。

【シリーズ  地域ビジネスを「ひらこう。」】
(1) 地域創生を担う人材をどう育てているのか―ふるさとプロデューサー育成支援事業
(2) なぜ、いまjekiは地域創生に力を入れるのか
(3) 地域をつなぐ懸け橋として「TRAIN SUITE 四季島」のブランディングの裏側
(4)住民参加による「郷土愛・魅力創造」のまちづくり 北海道・芽室町の挑戦
(5)インキュベーション施設「わくばにかほ」がひらく、新たな起業の形 ~秋田県にかほ市
(6)「酒蔵ツーリズム」で広がる地域の魅力
(7)札幌駅前にできた×Station01から地域創生は生まれる
(8)食文化を通じて街を元気にする漁師町のプロジェクト ~福井県高浜町
(9)「お金の支援だけじゃない」地元銀行だからできる群馬経済の活性化
(10)「複業」で8割東京、2割地域を目指す。長野県佐久市YOBOZE!プロジェクト
(11)アンテナショップが担う知られざる役割。いしかわ百万石物語 江戸本店
(12)震災から10年、支援への感謝を込めて「東北」からのメッセージ~東北ハウス
(13)我が街の美味しさをもっと知ってほしい。ルミネエスト新宿の「Sweetいちごフェア」@茨城県筑西市
(14)コロナ禍でも地域創生はできる!岩手・青森のGo To Eat事業
(15)環境省「令和3年度地域再エネ事業の持続性向上のための地域中核人材育成事業」
(16)「インバウンド解禁」も素直に喜べない日本の課題
(17)世界遺産登録を目指す佐渡発。観光からはじまる社会課題解決

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日本各地で様々な地域創生プロジェクトが立ち上がっている昨今。
そのプロジェクトに携わっているエキスパートが、“NOW(今)”の地域創生に必要な視点を語ります。

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