シリーズ地方創生ビジネスを「ひらこう。」㊺
16人ものオリンピアンを輩出するウェルビーイングな野沢温泉村の源泉

地域創生NOW VOL.55

左から
野沢温泉DMO 地域プロジェクトマネージャー 佐藤 俊介 氏
長野県立大学 健康発達学部 食健康学科 准教授 農学博士 小木曽 加奈 氏
jekiソーシャルビジネス・地域創生本部 イノベーションデザインセンター 樋口 仁希

温泉と名の付く唯一の村である野沢温泉村は、長野県北部にある人口3千人ほどの小さな村。しかしながら、冬には温泉とスノースポーツを目当てに世界中から多くの人が押し寄せ、最近では村の「食」にも関心が集まっている。昨年秋には、Well-being(ウェルビーイング)な社会をめざすWaaS共創コンソーシアム*が、前回の「恵比寿発、」で取り上げた飯山市同様、Eバイク(電動アシストスポーツ自転車)を使ったウェルネス・サイクルツーリズムの実証を行い、スポーツ・アクティビティと温泉、そして食と、村の魅力をつないで、この地域のウェルビーイングな魅力を磨いた。実証の幹事を務めたジェイアール東日本企画(jeki)の樋口仁希が、野沢温泉DMOの佐藤俊介氏、長野県立大学准教授の小木曽加奈氏を迎え、野沢温泉村の魅力を深掘りしながら、地域の新たな価値を引き出す。

人、食、産業までも育む「水の谷」

樋口:身体的なことだけでなく、精神的な幸福感も意味するウェルビーイングという言葉の意味を知るには、言葉を尽くすよりも、この村で過ごしてもらった方が理解してもらえると思います。2023年の実証でも、参加者に飯山市から野沢温泉村までEバイクで来てもらい、自然や景観、食といった、この村の魅力を満喫してもらいましたが、ここまで人々を魅了する理由はどこにあると思いますか。

佐藤:我々は「水の谷」と呼んでいるのですが、野沢温泉村の特徴である温泉もスノースポーツの雪も、村民や観光客が食べるジビエ肉や野菜といった食事も、すべてがこの土地の水とその循環が育んだものです。飲んで、遊んで、癒やされて、水の循環の中で暮らしていることが幸福感、ウェルビーイングにつながっていると思います。今回、実証に参加したのも、村の皆さんが守ってきた水の谷を今後100年、それ以降も守るためで、サステナブルツーリズムや、環境保護を重要視しているからです。Eバイクがあれば将来的には、スイスのツェルマットのように、サステナブルな街となることもありえるかもしれません。

樋口:凄まじいですね。文字通り全身で野沢温泉村の水の循環を感じることができ、心まで洗われてしまいそうです。小木曽先生は長野県立大学で健康栄養学を専門とされていますが、アクティビティと食の相性をどう考えますか。

小木曽:もちろん運動すればお腹がすきますから相性はいいです。観光の切り口で考えても、運動すると体温が上がるので、夏なら村の美味しい水を使ったかき氷の人気が出るでしょうし、運動で疲労した筋肉にはジビエのたんぱく質が補給できるといったように村の食は付加価値になるでしょう。先ほども、まちの中の坂を上ってきたのですが、上り切ったところに茶店でもあって温泉たまごでもあれば買ってしまいそうでしたよ(笑)。

樋口:わかります(笑)。疲れた後は野沢菜の漬物もいいですよね。
野沢菜と野沢温泉村、名前が非常に近いですが何か由縁があったりするのでしょうか?

佐藤:野沢菜の名前の由来や起源は野沢温泉村にあると言われています。
昔、ひとりの僧侶が京都のカブが美味しいので、故郷の野沢温泉村でも育てたいと思って持ち帰ったら、なぜかカブは小さく葉柄が大きく、突然変異のように成長したようで(笑)。その葉を食べたら、びっくりするくらい美味しく後世に継がれていった……という起源があるようです。

樋口:非常に興味深いですね。何か土地が持つ力のようなものを感じます。
ストーリーに負けず劣らず、健康栄養学の観点からも野沢菜の味わいや栄養価はパワフルなのでしょうか。

小木曽:野沢菜は漬けてからの時期によって味わいが全然違っていて、漬けたては緑色でシャキシャキ感と爽やかさがある漬物になりますが、漬けていくうちに見た目が茶あめ色に変わり、乳酸菌の発酵で生まれた酸味が腸内環境を良くする効果が期待できます。もともと菜っ葉なのでビタミンCやビタミンK、ミネラルが豊富ですが、季節ごとに楽しみが違います。野沢温泉村に来れば季節ごとの味の変化を感じることができますね。

野沢温泉村で漬けたばかりの野沢菜漬け(提供:野沢温泉DMO)

佐藤:野沢菜含め、このエリアの人たちは湧き水で育てた米や野菜で育っているので、身体は野沢の水でできているといえます。栄養の定量的な評価こそありませんが、実績としては、村からオリンピアンが16名も出ているのです。そのまわりにいるナショナルチームなどで活躍していた人まで含めれば、トップアスリートを育む力が野沢の水にはあるといえるかもしれません。

八幡清水 60年ほどかけ野沢の山々で濾過された湧き水(撮影:jeki長野支社)

樋口:人口3千人の村ですから、その輩出率は驚異的ですね。グリーンシーズンではどのような魅力がありますか?

佐藤:マウンテンバイクでのダウンヒルやクライムヒル、Eバイクでの散策もそうですが、移動手段がアクティビティになります。湖もサップをしたり、サウナの後に飛び込んだりできるので、グリーンシーズンだからこその楽しみがあります。食も、冬より春から秋にかけての方が旬の関係でよっぽど美味しいものが出せますし、山菜狩りやきのこ狩りもなかなかのアクティビティです。中でも根曲がり竹を採るのは、藪の中を探すので泥だらけになるほどで、その美味しさは絶品。しかも、いちばんの競争相手は野生動物たちなんです(笑)。現在は、自分で食べるものを自分の手で採ることが、人の在り方として見直されていると思うので、ウェルビーイングに直結する自然と食とアクティビティの組み合わせが、今後オールシーズンで人を引き寄せてくれると期待しているところです。

小木曽:根曲がり竹は採るのが難しいので、地元の人と一緒に行くのはいいですよね。しかも、採った後、時間の経過で硬くなってしまうので、朝採れを食べないと美味しさは半減してしまいます。野沢温泉村に来て、食べてもらわなければ、その価値はわかりません。ぜひ、根曲がり竹採りの大会を開いていただき、私も参加させてください(笑)。

「当たり前」の言語化が気付きの第一歩

樋口:魅力が掛け算されていきますね。佐藤さんたちは、今回の実証だけでなく、食を文化や芸術の側面からも楽しむガストロノミーを推進するなど積極的に活動をされていますね。

佐藤:この村でも少子高齢化が進んでいるので、変わっていかなきゃという危機感があるんです。だからこそ挑戦が必要で、今回のような産官学でトライできるWaaS共創コンソーシアムとコラボすることはありがたいです。

樋口:地域共創を掲げているので、そういった声はほんとうに嬉しいです。実証には、長野県立大学の学生さんにも参加していただきましたが、反応はいかがでしたでしょうか。

小木曽:長野県立大学は、県立ということもあり、地域のリーダーの育成や、地域との共創が目的で設立されています。ただ、学校の中にいても、知識は入るかもしれませんが、“実践”が追い付いていかないという現状がありました。それが、実証では企業や行政の方々と現場で触れ合うことができ、学生たちも身体を動かして地域の良さを知り、地域を深く考えたことは良い経験になったようです。この若い人たちが、いずれ何か新たなアイデアを持ってくるかもしれませんし、ここが気に入って、将来は野沢温泉村の住民になっているかもしれませんね。

麻釜(おがま)~鎌倉時代より村民に受け継がれる源泉を活用した調理場~にて 実証実験参加の学生たち
(撮影:jeki長野支社)

樋口:飯山での実証でも感じたのですが、学生たちが地域のことを社会の一員として一緒に考えることで、場所の良さ、豊かさをバトンでつないでいく感じがありました。今後も、新たな挑戦を続けていきたいのですが、考えていることはありますか。

佐藤:地域として提供できるのはフィールドと自然と文化なので、これら地域資源を掘り起こして、それを組み合わせることが地域の再発見になりますし、未来を切り拓くことだと考えています。先ほどの根曲がり竹掘りも、村の人たちにとっては季節の行事で、地域の文化だと認識することはありません。でも、これを地域の文化だ、豊かさだと気付いてもらうことで、それが幸福感、村民のウェルビーイングとなり観光商品にもなるわけです。村民が毎日温泉に入っていることもそうですし、日常の食もそう。地域外の方々とのコミュニケーションによって、そういった村民の“当たり前に隠れた価値”を言語化することで、ウェルビーイングにつなげていければと考えています。

樋口:長野県は実は公衆温泉浴場の施設数が日本1位ですよね。私も長野県の出身ですが、地元でも公衆浴場が温泉しかなかったので、東京の銭湯が温泉ではないことに驚きました。こうした身近な幸せに気付くことが価値の発見につながりますし、地域の誇りにもなりますね。小木曽先生は、どうでしょうか。

小木曽:学生には地元の食文化に触れることで、自分自身を振り返る経験にしてほしいと思っています。例えば、野沢菜を漬けたときに、自分が生まれ育った地域はどんな漬物の漬け方をしていたか。そう考えることが、自分を振り返ることにつながります。食は、異文化コミュニケーションでは多くの部分を占めます。日本でさえこんなに違うのですから、グローバルならなおさらです。まずは長野県内だけでも、北と南では植生も異なるので、学びは多いと思います。

樋口:まさに実践が大事ですね。学生が得た知見を社会に反映していくことも産官学でコンソーシアムを行う意義のひとつであり、地域の未来に直結すると思います。これからもお力添えを宜しくお願いいたします。本日はありがとうございました。

Photographer:山内 信也

※前回取材「長野県飯山市のウエルネス・サイクルツーリズム」記事はこちら

*WaaS(Well-being as a Service)共創コンソーシアムとは、「心豊かな(Well-Beingな)社会」をめざすため、2023年度から始まったオープンイノベーションにより移動や空間価値の向上をめざすJR東日本設立のコンソーシアム。本件は『地域共創実証』の一環として、リアルとデジタル双方の技術を横断的に活用し、産官学共創により地域での生活や観光体験を豊かにすることをめざしている。https://www.jreast.co.jp/jrewcc/

樋口 仁希
jekiソーシャルビジネス・地域創生本部 イノベーションデザインセンター
JR東日本長野支社を経て、2022年より現職。
前職では鉄道建築ファシリティマネジメント、水害復興、MaaS構築、XR実証などを経験。
現職では横断型人材としてテクノロジーを活用した地域共創プロジェクトを担当。

佐藤 俊介
野沢温泉DMO 地域プロジェクトマネージャー
株式会社日本総合研究所、スポーツ庁を経て2023年10月より野沢温泉村に移住し現職。
「水の谷の伝承」をミッションとする野沢温泉DMOの設立支援、スポーツ×観光×まちづくりに関する事業に広く従事。

小木曽 加奈
長野県立大学 健康発達学部 食健康学科 准教授 農学博士
サンヨー食品株式会社、長野県短期大学生活科学科講師、長野県短期大学生活科学科准教授を経て現職。これまでに長野県内の未利用資源(ジビエやソルガムなど)を対象に分析・加工を通じた有効活用方法を検討している。

上記ライター樋口 仁希
(ソーシャルビジネス・地域創生本部 イノベーションデザインセンター)の記事

シリーズ地方創生ビジネスを「ひらこう。」㊹ Eバイクを軸に幸せづくり 長野県飯山市のウェルネス・サイクルツーリズム

地域創生NOW VOL.54

樋口仁希(ソーシャルビジネス・地域創生本部 イノベーションデザインセンター)

シリーズ地方創生ビジネスを「ひらこう。」㊹ Eバイクを軸に幸せづくり 長野県飯山市のウェルネス・サイクルツーリズム

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