シリーズ地方創生ビジネスを「ひらこう。」㊹
Eバイクを軸に幸せづくり 長野県飯山市のウェルネス・サイクルツーリズム

地域創生NOW VOL.54

左から)
jekiソーシャルビジネス・地域創生本部 イノベーションデザインセンター 樋口 仁希
飯山市 経済部 広域観光推進課 田中 淳 氏
長野工業高等専門学校 工学科都市デザイン系 准教授 轟 直希 氏

近年、注目を集めるWell-being(ウェルビーイング)は、精神的、身体的に幸福な状態で、社会や経済にも良い状態を意味する。いうなれば、心や身体だけでなく、まちや暮らしまでも幸せにしようという考え方。長野県北部、北信地域の飯山市では、このウェルビーイングな社会を、産官学が協力しながらEバイク(電動アシストスポーツ自転車)を軸に実現しようとしている。では、自転車、なかでもEバイクが幸せとどうつながるのか。取り組みの主体となるWaaS(Well-being as a Service)共創コンソーシアム*で実証実験の幹事を務めるジェイアール東日本企画(jeki)の樋口仁希が、飯山市広域観光推進課の田中淳氏、長野工業高等専門学校准教授の轟直希氏を迎えて、飯山市がめざすウェル(良い)な地域の姿を探った。

単なる移動の手段がアクティビティに

樋口:自転車の活用で観光客もまちも地域住民も元気にしていこうと、2023年秋にWaaS共創コンソーシアムが主体となり、飯山市で「ウェルネス・サイクルツーリズム実証」を行いました。官民に地元の学生も加わった約30名が、飯山駅を起点としたEバイク移動によって生まれる気付きや疲労をキッカケに、健康・ウェルネスをテーマにした観光や地域の食を楽しむというものでした。本実証の背景には、長野高専で都市デザインの教鞭にも立つ轟先生が策定委員長を務められ、2023年に策定された“自転車活用推進計画-E-BIKEの聖地 信越自然郷 飯山エリア-”の存在がありました。

轟:この計画は、現状を踏まえた上で、市民の視点とともに観光客の視点も加えて策定しました。降雪量の多い飯山市の道路は特徴的で、除雪帯があるため道幅が広い。そのためグリーンシーズンには道が広く使えて走りやすいので、観光に生かしやすいのです。そんな時に、樋口さんからウェルビーイングがテーマのコンソーシアム設立の話をお聞きし、テーマと自転車の相性の良さから飯山市と長野高専も参加し、今回の実証を行うことにつながりました。

田中:飯山市はスノースポーツをはじめ、山々や川などの自然を活かしたスポーツが盛んな地域です。自転車は、観光客にとってももちろんですが、地域住民にとっても価値があるものと考えています。生活の足としてだけでなく、欧米のような生涯スポーツのひとつとして健康増進の一助となる手段としても期待しています。

樋口:私自身、轟先生の教え子で長野県出身ということもあったので、地元を愛する一人として、バトンをつないでいるようで嬉しかったですね。さらに、実証では飯山市で導入を進めているEバイクを使いましたが、電動アシストがあるおかげで、誰もが体力の差をあまり感じず同じ体験を共有できるなど、ポテンシャルの大きさに気付くことができました。飯山市がEバイクを導入した理由には、こうした狙いがあったのでしょうか。

田中:そうですね。それと飯山市の地形も大きな理由です。飯山市を含む信越自然郷という複数自治体が広域連携するエリアは、千曲川が南北に流れていて川沿いはフラットですが、東西は2つの国立公園があり坂が多いのです。起伏があるのでスポーツと考えれば適しているのかもしれませんが、一般の方が楽しむにはちょっとハードルが高い。その垣根を下げようとEバイクを選択しました。

樋口:自転車の足かせだった坂道がEバイクだと魅力になるわけですね。参加した学生さんの反応はいかがでしたか。

轟:普段の自転車とは違うので、Eバイクをこぎ出した途端に学生たちは感動の声を上げていまして、「ここから松本市まで行って、帰って来られますよ」と言っていたくらいです(笑)。また、観光スポットをまわるアプリがあるとさらにいいのではないかといったアイデアも生まれていましたね。観光の面でも、最近は大都市圏で電動キックボードやEバイクのシェアリングサービスが新たな交通手段になっているので、Eバイクが飯山にあると知れば、旅行先を選ぶ際の後押しにもなるのではないかと思います。

「ウェルネス・サイクルツーリズム実証」で活用したEバイクと参加者(撮影:jeki 長野支社)

樋口:地方の観光移動課題を解決する手段のひとつとして期待を持てますね。

田中:そうですね。さらに魅力をもうひとつ挙げるならば、観光客にとって移動自体がアクティビティになるということです。北陸新幹線を利用すると飯山駅が飯山市だけでなく信越自然郷エリアの入り口になるので、例えば、野沢温泉村にEバイクを使って行けば坂道も気にならないので、道中の景色だけでなく、自動車では感じられない風や自然の匂いまで楽しめるでしょうし、公共交通に頼らなくても済みます。さらに、今回の実証では帰路をバスにして、Eバイクを載せて帰りましたが、そういうことができれば、体調が悪くなっても安心ですし、利用者が増えることでバス路線の維持につながるかもしれません。

樋口:次回「恵比寿発、」の取材で野沢温泉村に行くので、Eバイクでの観光の楽しみ方を詳しく聞いてみたいと思いますが、移動範囲が広くなり、健康・ウェルネスの意識が付与されることで、飯山駅からちょっと離れたエリアにビジネスチャンスが生まれますね。周辺住民や地元業者にも恩恵があると思うのですが、どのような関わり方になると思いますか。

轟:本実証を通して、参加者からは適度に休憩できたことで、地域のものを食べたり、歴史や文化を知ることができたりすることが良かったという感想を多くいただいています。そこで、まちを巡る際に地域の方とのタッチポイントをいかにつくっていくかが、地域経済を潤すポイントになるのではないでしょうか。

樋口:そうですね。それを実現していくには、もっと住民の方に自転車、特にEバイクの持つ魅力を健康・ウェルネスでも地域活性化の文脈でも感じてもらう必要があると思います。そのためにはどうすれば良いでしょうか?

田中:いちばんは、観光客が楽しんでいる風景を地域の人が目にすることでしょう。経済効果はもちろんですが、立ち寄り先が増えることで、できることは広がるはずです。ただ、日本中を見渡しても自転車が地域経済に直結している例は、広島と愛媛を結ぶ「しまなみ海道」くらいだと思うので、まずは地道にやっていくことが大事だと思っています。

見えないものを見せると面白さが増す

樋口:脱炭素という面でも自転車は大きな後押しになりますね。それ以外にも、モビリティ、ヘルスケア、いろんな社会問題解決につながる期待が持てます。継続していくことが重要と思いますが、そのためにはどのようなことが大事でしょうか。

田中:社会問題解決につながるという考え方も大事ですが、今回、参加したような若い方たちを含め「楽しい」と思ってくださったことが継続のために大事だと思っています。先ほども話が出ましたが、帰路でバスやJRのサイクルトレインなどが使えるのであれば、乗り終わったあとにお酒も飲めますし楽しみも増えますよ(笑)。

樋口:北信地域は、日本酒の美味しい地域ですからね。お酒はウェルネスの側面では、適度であれば良いものですから(笑)。そのウェルネスケアの面でも、実証でウェアラブル端末を装着してバイタルを計測しましたね。

轟:奈良県立医科大学MBT研究所さまから提供していただいたウェアラブル端末でEバイク観光時のバイタルデータの変動を見るということも、普段見ることがないだけに学生も興味津々でした。私の感想は、身体的な疲労感は見られましたが、一方で、精神的な疲労度は回復しているのではないかと思うので、そういうデータが見えてくるとさらに面白いと思います。企業はメンタルヘルスに注力していますから、こうした課題を解決する新たなツーリズムも提案できそうですね。

参加者が装着したウェアラブル端末(奈良県立医科大学MBT研究所提供)

田中:自転車に乗ることが、健康につながることは誰でもわかることですが、テクノロジーによって「見える化」することでゲーム要素が付与されて楽しむことができました。取得したデータから自分の疲労状態に合った地域食材や調理レシピをおすすめしてくれたら、さらに面白そうですよね。道の駅や農協で地域食材など、たくさん買ってもらえるかもしれません。

樋口:それはおもしろい。キャンプなどで、自分に適した地域産品を使ったメニューを勧められたら興味が湧きますからね。今回、産官学の連携だったことで、意外な景色が見えてきましたね。さて、今後、取り組みを継続する上で大事なことはなんでしょうか。

轟:現在の建付けだと、学生にとって一時的な取り組みで終わってしまいます。では、どうするかと考えた時に必要なのは、先ほど田中さんもおっしゃいましたが「楽しさ」だと思うのです。長野市の学生が、身近な飯山市で活動を楽しむことができなければ、観光客など到底呼べないと思います。だから、今後も学生や教員が継続的にどういうやり方がいいのかということを模索しながら、飯山市と一緒につくりあげていきたいと考えています。

田中:先生のおっしゃる通りです。我々自身も「楽しい」が無ければ続けていけませんし、観光客にとってもEバイクはマストではないので、まずは、タッチポイントを増やして、楽しさを伝えることからはじめたいと思います。同時に、Eバイクを楽しむ人だけでなく、乗りはしないが、おもてなしをするのはいいよという人もいると思うので、そういう人たちを含めた仲間を増やしていき、冬のスキー同様に、夏はEバイクを楽しめる場所が飯山市を含めた信越自然郷エリアだと認識してもらえるように活動し続けます。

樋口:文字通りの“地域共創”ですね。コンソーシアムの重要なテーマでもありますので、私も関係者の皆様と“楽しい”をつくるべくしっかりと伴走していきたいと思っています。本日はありがとうございました。

Photographer:山内 信也

樋口 仁希
jekiソーシャルビジネス・地域創生本部 イノベーションデザインセンター
JR東日本長野支社を経て、2022年より現職。
前職では鉄道建築ファシリティマネジメント、水害復興、MaaS構築、XR実証などを経験。
現職では横断型人材としてテクノロジーを活用した地域共創プロジェクトを担当。

田中 淳
飯山市 経済部 広域観光推進課
飯山市役所スポーツ生涯学習課、商工観光課を経て2018年より現職。
北陸新幹線飯山駅開業に向けた観光現場の最前線で活動し、現在は周辺市町村との広域観光連携を推進。趣味はトレイルラン、スキー、自転車。

轟 直希
長野工業高等専門学校 工学科都市デザイン系 准教授
金沢大学大学院博士課程修了。民間シンクタンク、長野工業高等専門学校助教・講師を経て2017年より現職。
長野県内各地の地域公共交通やまちづくりに関わる計画策定に携わる。

上記ライター樋口 仁希
(ソーシャルビジネス・地域創生本部 イノベーションデザインセンター)の記事

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