“魅力に欠ける街”の真相は?汚名返上に挑む名古屋の観光施策を聞く 杉﨑正美(名古屋観光コンベンションビューロー)×柴田賢史(ジェイアール東日本企画中部支社)後編

地域創生NOW VOL.10

写真右:名古屋観光コンベンションビューロー 理事長 杉﨑正美氏
写真左:ジェイアール東日本企画 中部支社 柴田賢史

名古屋市が2016年・2018年に行った「都市ブランド・イメージ調査」の結果を受け、“魅力に欠ける街”という不名誉なイメージが広まってしまった名古屋市。しかし民間調査会社が行った「都道府県魅力度ランキング2020」では、愛知県が16位に食い込むなど健闘。また名古屋市の観光入込客数は、2019年までの調査で年々増加傾向を示すなど、順調に推移してきました。

負のイメージを払拭すべく、独自の観光コンテンツを活用しながら、オリジナリティに富んだ手法で魅力の再発見に取り組むのが「公益財団法人 名古屋観光コンベンションビューロー」です。理事長・杉﨑正美氏のもとを訪れ、前編では、名古屋市が抱える観光誘客に関する現状や課題を中心に伺いました。後編となる今回は、名古屋市における観光取り組みの実例、地域の観光ビジネスにとってヒントになるユニークな施策などについて、内容を掘り下げて伺います。
<前編はこちら>

杉﨑正美
公益財団法人 名古屋観光コンベンションビューロー理事長

愛知県名古屋市生まれ、同志社大学法学部卒。名古屋市事務職員、住宅都市局住宅部主幹、総務局企画調整監、人事委員会事務局長などを歴任し、2016年名古屋市教育委員会教育長に就任。2019年5月より現職。

中学生向け名古屋の歴史本で「ちびっこプライド」を育む

柴田:前編では、観光都市を目指すために、市民の方に地元への誇りや愛着をもっていただくことが大切であるというお話を伺いました。これまで、地元の方に向けてどのような働きかけを進めてこられたのでしょうか?

杉﨑:シビックプライドを醸成するためには、まず名古屋城や、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑をはじめとした武将文化、三種の神器が祀られている熱田神宮といった、他の地域ではもち得ない名古屋ならでは魅力をもっと知っていただき、その価値を理解していただくことが第一歩になります。そこで名古屋市では、子どもの頃から地域の歴史や文化をよく知っていただき、郷土愛を育成するために「ちびっこプライド」を育む活動に注力しています。例えば、名古屋市教育委員会では、名古屋市立中学校の生徒の皆さんに『ナゴヤ歴史探検』という名古屋の歴史をまとめた副読本を配布しました。この本は、縄文時代から昭和・平成まで名古屋の歴史を15章に分けて紹介し、中学生の目線で楽しめる歴史本になっています。

柴田:一般的な歴史の教科書とは違いますね。

杉﨑:歴史の教科書というのは通常、東京、かつての江戸から見た歴史を追っているものが大半なのですが、この歴史副読本は、名古屋から見た歴史というコンセプトでまとめられていることが特徴です。授業で活用していただくのはもちろん、フィールドワークできるように写真や地図などを織り交ぜながら作っているので、中学生同士で本を持って歴史スポットを訪ねたり、名古屋を周遊してもらったりという使い方ができるように作られています。

柴田:確かに今までの歴史教材は、東京視点のものばかりですね。目線の違いで描かれ方が大きく異なるのだと感じます。

杉﨑:そうですね。例えば、尾張徳川家がどういう存在だったかということは、東京中心の描き方だと伝わりにくい部分も多い。しかし名古屋の視点でとらえると、尾張徳川家が本当に苦労して、幕末・戊辰戦争時には東海道・中山道各拠点の大名や旗本から新政府恭順の証として誓約書を提出させ、東征軍がスムーズに通過できるように尽力したなど、歴史に関わる働きをしたとわかり、すごく愛着が湧きますし、もっと勉強しようという気になる。勉強ってそういうものだと思いますね。

柴田:こちらの本は「ぴあ株式会社」から一般発売もされていましたね。

杉﨑:はい。2018年4月から中学生に配布すると同時に市販化したところ、一時ベストセラーになって平積みされるほどのヒットを記録し、これまでに2万部以上売れるなど大きな話題になりました。実際、中学生だけではなく高校生や大学生が購入したり、PTAなど保護者のみなさんが購入して親子で歴史を楽しんだりと、活用されています。

地下鉄の駅名変更で地元への愛着を深める

柴田:名古屋市営地下鉄の駅名変更など、新しい動きもありますね。

杉﨑:はい。観光の視点から、名古屋城の最寄りの市営地下鉄名城線「市役所駅」を「名古屋城駅」、熱田神宮の最寄りの「伝馬町駅」を「熱田神宮伝馬町駅」と改称するなど、観光客により解りやすい駅名にしようという機運が高まっています。駅名が変わることで、観光客にとってわかりやすくなることに加え、市民の皆さんの意識も変わり、地元に対する誇りや愛着を抱くきっかけにもなるのではないでしょうか。

現在の市役所駅

ご当地武将隊の先駆けとなった「名古屋おもてなし武将隊」

柴田:もう一つの課題として挙げていただいたポイントが、通過型観光地になってしまっているという点。現状を打破し、観光誘客につなげるためにどのようなことを実践されてきたのでしょうか?

杉﨑:名古屋らしい魅力を発信するため、名古屋城を中心に歴史観光の推進を強化しています。その象徴的な事例が、「名古屋おもてなし武将隊」です。2010年の名古屋開府400年を機に名古屋の魅力を全国に発信しようと2009年11月に結成。名古屋は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑にゆかりがあり、多くの戦国武将を輩出した“戦国武将の聖地”でもあることから、演者が“武将本人になりきる”というコンセプトのもと“会いに行ける戦国武将”として誕生しました。甲冑を身に着けた三英傑をはじめ、前田利家、加藤清正、前田慶次といった名古屋ゆかりの武将たちが、歴史言葉で話しながらパフォーマンスや観光案内をします。

「名古屋おもてなし武将隊」の観光案内を受ける杉﨑氏

柴田:話し方、立ち居振る舞いなど、すごく勉強した上で徹底してなりきっていて驚かされます。

杉﨑:殺陣を取り入れた演武などエンターテインメント性のあるパフォーマンスも質が高いと好評で、名古屋観光の盛り上げ役として活躍しています。歴史ブームも相まって、武将隊人気が広がり、全国各地のご当地武将グループの先駆けに。「名古屋おもてなし武将隊」は名古屋城の来場者数の増加のみならず、名古屋のPRに大きく貢献し続けています。また、このプロジェクトの特徴として「ふるさと雇用再生特別基金事業」(※)を活用して人材を雇用したという点も、注目度が高まるきっかけになりました。

(※)長期不況によって地元志向を希望しながら就職が叶わない、主に地方に在住する求職者に地元企業への就職を推進させようと厚生労働省が実施した事業。

武将ゆかりの地をつなぐ多角的な施策で、“点”から“面”へと展開

柴田:名古屋市内には、武将ゆかりの歴史、文化スポットも点在しています。

杉﨑:三英傑をはじめとする武将ゆかりの歴史⽂化スポットが多数ありますが、その観光地をつなぎ、“点”から“面”へと展開することが肝要であると考えています。その代表事例が「⼈⽣⼤逆転街道・信⻑攻路」です。これは、織⽥信⻑が⼤軍を率いる今川義元を破った1560(永禄3)年5月の「桶狭間の戦い」を観光資源化するために構築した、オリジナルの歴史観光ルートです。信長の名言を刻んだスタンプラリー、立ち寄りスポットでのARコンテンツや360°VRガイドなどを整備しました。また、「桶狭間の戦い」当日である5月19日には、午前5時に清洲城を出陣し、午前8時に熱田神宮にて戦勝祈願を行った後、昼前に決戦の地である桶狭間に到着したといわれる実際の時間軸に合わせて合戦を再現する「再現劇イベント」を実施しました。豊⾂秀吉、前⽥利家、加藤清正、福島正則など多くの戦国武将が出世したことにあやかり、彼らのゆかりの地域を巡る「⼈⽣⼤出世夢街道・太閤秀吉功路」というルートもあります。

歴史の鼓動を蘇らせる取り組みで名古屋城の人気向上

柴田:地元で暮らす市民としては、名古屋城も自慢の一つです。

名古屋コンシェルジュ フォトライブラリーより

杉﨑:戦災で名古屋市内の歴史的建造物の多くは焼失してしまいました。しかし、名古屋城の焼失前の図面が残っていたことにより、2018年6月には、木造により豪華絢爛な姿が復元された「名古屋城 本丸御殿」が全面公開に。現在は、天守閣を往年のままの姿へ甦らせようという計画があります。その他にも「西北隅櫓」の特別公開、プロジェクションマッピングによる夜コンテンツ拡充、城下町に見立てた飲食エリア「金シャチ横丁」の整備などさまざまな取り組みにより、名古屋城入場者数は200万人超、全国のお城別来場者でも上位にランクインするなど、注目度が高まっています。

旅行業界を取り巻く変化に対応し、消費額増を目指す

柴田:近年の取り組みをいろいろ伺ってきました。今後の展望についてもお聞かせください。

杉﨑:近年のさまざまな取り組みにより、名古屋市の観光入込客実人数は2018年約4,729万人、2019年約4,999万人。宿泊客実数は2018年の約677万人から2019年は約712万人、その内、外国人宿泊客数は約128万人から約135万人へと堅調に推移しています。しかし消費額に目を向けると、2018年の観光消費額は約3,958億円、1人あたりの消費額も日帰りは6,800円弱、宿泊でも2万9,000円ほどということで、他の都心部に比べると低い水準です。これは、通過型の観光地になってしまっていることの顕著な例です。加えて、人口減少に伴う国内旅行市場の縮小、価値観やライフスタイルの多様化、感染症の影響による旅行需要の減少と旅行スタイルの変化など、観光業界を取り巻く状況は刻々と変動しています。加えて、デジタル社会の進展により、現地に行かなくてもいろいろなことが体験できるということも、旅行需要の縮小につながる可能性が考えられます。旅行者の数自体が減っていくという現状に対応しつつ、訪れた方がいかにじっくりと滞在したいと思う旅行先になるかいうことも今後の大きな課題です。

“ウィズコロナ”の今こそ、地元の魅力を再発掘する機会に

柴田:さらに感染症対策下において、観光業界では新たな視点や取り組み方の変化が模索されています。“ウィズコロナ”の社会の中で、新しい視点として、市民の方が地元の魅力を再発見できるようなきっかけづくりにも、積極的に取り組まれているそうですね。

杉﨑:はい。観光業界にとって今、“ウィズコロナ”という視点は不可欠です。その一つの取り組みが、名古屋市民のみなさんに向けた打ち出しだと考えています。名古屋市の各区役所の職員が中心となって「地元の人でも知らないこんな場所があるよ」「コロナ禍の今だからこそ、近くのこんな所に目を向けて」など、各区のご自慢スポットをピックアップ。今まで気づかなかった地元の楽しさを再発見しようということで、名古屋市公式観光情報サイトでも特集を組んで紹介しています。遠方にある人気の施設に行くのもいいですが、例えば、歴史の舞台となったスポットを巡りながら、“なごやめし”を食べるなど、ご自分なりの新しい“名古屋”の楽しみ方を見つけてほしいと願っています。

名古屋コンシェルジュサイトhttps://www.nagoya-info.jp/

柴田:将来的には、大都市ならではのビッグプロジェクトも進行中です。

杉﨑:2022年に「ジブリパーク」が名古屋の東にある愛・地球博記念公園にオープンすることになっています。また、2026年には東アジアで最大のスポーツイベントである「アジア競技大会」が愛知・名古屋で開催されますし、7年後を目途に、東京-名古屋間がリニア中央新幹線で結ばれるなど、誘客の追い風になるトピックスが目白押しです。

柴田:これまでの取り組みが実を結びつつある名古屋の観光。新しいコンテンツやトピックスもあり、期待が高まります。

杉﨑:名古屋観光コンベンションビューローとしても、会員企業様や名古屋市など行政と連携を図りながら、未来へ向けた大きな動きを先取りし、コンテンツのさらなる磨き上げにより、新たな魅力を発信するなど、この地域特有の歴史や文化を感じていただけるような施策を打ち出し、社会情勢の変化に迅速かつ的確に対応していきたいと考えています。

上記ライター柴田 賢史
(中部支社 営業部 部長代理)の記事

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地域創生NOW VOL.9

柴田賢史(中部支社 営業部 部長代理)

“魅力に欠ける街”の真相は?汚名返上に挑む名古屋の観光施策を聞く 杉﨑正美(名古屋観光コンベンションビューロー)×柴田賢史(ジェイアール東日本企画中部支社)前編

地域創生NOW

日本各地で様々な地域創生プロジェクトが立ち上がっている昨今。
そのプロジェクトに携わっているエキスパートが、“NOW(今)”の地域創生に必要な視点を語ります。

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  • 柴田 賢史
    柴田 賢史 中部支社 営業部 部長代理

    2017年jeki入社。中部支社営業部に配属。愛知県・名古屋市等自治体を中心に、東海エリアの一般クライアントも担当している。

6月15日公開 PICK UP 駅消費研究センター VOL.39 について

2021年6月15日公開のPICK UP 駅消費研究センター VOL.39「地域や自然とつながる循環型レストラン「Maruta」(調布市)―社会問題に応える、生産緑地の開発モデルへ」について、6月17日より公開を中止しておりましたが、一部内容を修正のうえ、7月9日に再公開致しました。