シリーズ地域創生ビジネスを「ひらこう。」㉘
「懐かしいは、新しい」世界遺産の五箇山が打ち出す地域の魅力

地域創生NOW VOL.38

写真左より
一般社団法人 南砺市観光協会 事業部長 野原 善一氏
jeki北陸支社 小清水 春雄
五箇山旅館 深山料理「よしのや」 酒井 省吾氏

世界遺産の合掌造り集落で知られる富山県南砺市の五箇山。金沢市から高速道路を使えばわずか1時間ほどだが、かつては冬場の豪雪と険しい山々に隔絶された場所だった。そのため、加賀藩時代には幕府の目を逃れて火薬の原料である「塩硝(えんしょう)」づくりが行われる軍事拠点であった。その一方、気候に合わせた合掌造りや養蚕、和紙づくりに日本最古の民謡といわれる「こきりこ節」を生むなど、優れた文化も育んできた。
南砺市観光協会では、こうした歴史や文化、豊かな自然を生かして、五箇山の観光を持続可能なものにするために、新たなコンテンツの造成と受け入れ体制の整備を行う事業を昨年度からはじめている。今回、この事業に携わったジェイアール東日本企画(jeki)北陸支社の小清水春雄が、事業をけん引した南砺市観光協会 事業部長の野原善一氏、参画事業者で五箇山旅館 深山料理「よしのや」の酒井省吾氏を迎え、五箇山の魅力を語った。

五箇山は日本人のDNAを呼び覚ます

小清水:昨日、野原さんをはじめ地域の方々とスノーボードの原型のような雪板をつくって滑る体験や雪山歩きをさせていただいたのですが、雪山歩きはスノーシューではなく昔から使っている和かんじきで歩くというおもしろい体験をさせていただきました。昨年度の事業をはじめ、本年度もこうした新しい観光コンテンツを造成している最中だと思いますが、事業をはじめるきっかけを教えてください。

野原:ご存じのように合掌造り集落は世界遺産にも登録されており、国内外から多くの観光客がいらっしゃいます。しかし、以前に比べると滞在時間が短くなり宿泊する方も減少し、あまり地域にお金が落ちていませんでした。そこで、新たなコンテンツをつくり、問題を解決していくとともに、これからの観光事業を担い、五箇山の未来を託す次の世代を育てる狙いもありました。

小清水:観光コンテンツだけでなく、次世代を担う人材育成という目的もあったのですね。

野原:そうです。だから事業をはじめるにあたって考えたのは観光協会がやりたいことではなくて、地元に住む人がやりたいことを事業にすることでした。そうじゃないと継続しませんからね。それで、地元の方々に誰へ相談すればいいのかと聞いてまわったところ、必ず名前が挙がったのが酒井さん。酒井さんとは、これまであまり接点がなかったのですが、立ち上げから入ってもらって以降は、ずっと協力してもらっています。

酒井:もともと実家が旅館をやっていることもあり、自分のなかでも観光を盛り上げたい気持ちがありました。野原さんの声掛けは私にとってもありがたく、協力できることは何でもしようと参加させてもらっています。

小清水:観光コンテンツの造成を、アクティビティ中心にすることになった理由は何でしょうか。

野原:これまでは世界遺産の見学など文化観光が中心でしたが、若い人にも来ていただきたいということと、南砺市の五箇山地域は、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで3つ星の観光地に選ばれており、同様に選ばれている金沢や白川郷、高山などと結んで3つ星街道と称し、周遊する動きがあります。今後、さらにインバウンド客が増えると見込まれていることもありアクティビティの観光資源を考えることになりました。地域の方々と相談した結果、夏にはサイクリングやトレッキングを、冬には和かんじき体験や雪板遊びといった意見が出ましたので、これらの体験プログラムをスタートさせて、その多くで酒井さんに関わってもらったのです。ちなみに酒井さんのオススメは何でしょうか。

酒井:そうですね。南砺のサイクリングではEバイクで林道を駆け上がり、砺波平野の散居村を眼下に眺めながらコーヒーを飲むのは最高の贅沢だと思います。一方で、ゆったりと井波や城端といった街中をまわるのもいい。でも、いちばんのオススメは、冬に和かんじきやスキーで地元のタカンボウ山(標高1195メートル)に登ることですね。

Eバイクでのサイクリング風景(左側)と和かんじき体験(右側)

野原:昨年、酒井さんのガイドで登りましたが、参加者からも大好評でしたね。山歩きのようなプログラムを試していくなかで気づいたことがあります。それは、五箇山に昔からある雪遊びやかまくらづくり、山歩きといった遊びが、都会の方の目には新鮮に映るということでした。それで、目新しいものよりも、昔からあるものをプログラムにして提供しており、手応えも感じています。

小清水:私は東京出身で雪にあまり縁がなかったので、和かんじきを履いての山歩きはすごく興奮しましたし、そもそも囲炉裏を囲みながらお酒を飲み、食事をすることなんて、なかなかできないですからね。それが合掌造りの住居となれば感動は倍増します。

野原:おもしろいもので、囲炉裏を囲んで話をすると酒もすすむし、あっという間に時間が過ぎます。

酒井:囲炉裏で焼くイワナや五箇山豆腐がまた美味しいんですよね。

小清水:今までそんな経験をしたことがなく、東京にいると感じなかったのですが、囲炉裏を囲むと日本人としてのDNAが呼び覚まされた気がします(笑)。

地元の、地元による、地元のための経済循環づくり

野原:五箇山の暮らしを体験することはインバウンドの方たちにも好評で、数としては中華圏の方が多いですが、欧米の方も再び増えてきました。

酒井:うちの宿泊者でもタイやシンガポールといった雪のない地域の方が来られ、雪を珍しがってくださいます。2月に行う集落のライトアップは特に幻想的なので、その時期はさらに宿泊客も多く、夏よりも多いくらいです。

野原:何か特別なことをするわけではないのですが、囲炉裏でイワナや山菜、キノコなど季節の食材を食べるだけで多くの方が喜ばれますしね。そういえば、酒井さんは山菜やキノコ狩りのツアーもされていますね。

小清水:酒井さんは本当にいろんなことをやりますよね。でも、大学時代は関西に行かれていたんですよね。地元に帰るきっかけってなんだったのですか。

酒井:ここは若い人が少ないので、地域の役割など大事な役目も若いうちからやらせてもらえると思って帰ってきました。ただ、スキー場のパトロールとか、消防団とかなんでも話が来るので掛け持ちで大変です(笑)。

野原:合掌造りの屋根ふきもされていますよね。この間、屋根に上っておられるのを見ました。

酒井:屋根ふきをやりたくて地元に帰ってきたところもあります。かつては地域でやっていたのですが、少子高齢化で成り立たなくなったので、今は私も所属している森林組合が行っています。五箇山ではすすきではなく、かや(カリヤス)を育て、刈って乾燥させてから保管庫に入れるので意外と手間がかかるんです。

野原:驚いたのが、集落からひと山越えた急な斜面などでかやを栽培されていると聞きました。平地が少ないので、平らな場所は食べる物の栽培が優先されるからだそうです。大変な思いでかやを育ててくださるおかげで、他の地域にもかやぶきの屋根はありますが、五箇山の世界遺産集落ではかやを自給できているのだそうです。

小清水:そう思うと、ますます合掌造り集落が貴重なものに思えてきますね。

五箇山の菅沼合掌造り集落。

酒井:そうですね。おかげさまで森林組合はIターンの若手も多く、彼らのような移住者が率先して動いてくださいます。それは今回のアクティビティも同じです。

野原:先ほど話に出たスノーボードの原型のような雪板も移住した方がやりたいといってはじめたのがきっかけでした。おもしろいのはワークショップでつくった雪板で遊んでいると、地元の若い人たちが自分もやりたいといって、人の輪が広がっていくところです。

小清水:今後、やってみたいことなどはありますか。

酒井:バックカントリースキーのツアーをやってみたいですね。というのも集落からの景色は山肌ばかりですが、山に登れば、標高は高くないのに白山や立山、北アルプスに日本海まで一望できるんです。地元でこんな景色が見られるのかと私もびっくりしました。地元の人形山からは剱岳が見えますし、条件がよければ富士山も見られるんですよ。

野原:それは凄い。それは酒井さんに頑張ってもらうしかないですね(笑)。もちろん私も、酒井さんをはじめ地元の方をサポートして形にしていきます。それが、地元の若手の参加を生み、さらに新たなプログラムが生まれ、ガイドなどの雇用につなげることになりますからね。この循環がうまくまわっていけば、やりたい仕事がないからと地元を離れた若者たち、特に観光を生業にしたいと思っていた、地元の若手の方も戻ってきたいと思うはずです。
そして、若者視点での魅力ある観光地づくりが必要だと思います。さらに若者をターゲットにするならばおじさんの発想では限界がありますので、そういう意味では地元の若手たちに戻ってきてもらうことを期待しています。小清水さんのやりたいことは?

小清水:地域振興、地域創生に携わりたくて北陸に来ましたが、今回はじめて酒井さんをはじめとする地域の人たちと深く関わることができた気がします。北陸は私が生まれ育った場所ではないのですが、私の子どもは北陸生まれの北陸育ちです。だから今回は五箇山の事業ですが五箇山に限らず、子どもたちが一度出ていってもまた帰ってきたいと思える地域、北陸生まれであることを誇りに思えるような地域にしたいと思っています。今後ともよろしくお願いします。本日はありがとうございました。

小清水 春雄
ジェイアール東日本企画( jeki)北陸支社
メーカーのハウスエージェンシーを経て、2017年入社し北陸へ。
富山県内の自治体を中心に観光プロモーション事業に従事。

野原 善一
一般社団法人 南砺市観光協会 事業部長
富山県南砺市生まれ。南砺の交流人口拡大による地域経済の活性を図るため、情報発信や地域の受け入れ環境整備を進めるほか、南砺の魅力を肌で感じることができる、南砺市観光協会独自のブランド旅行商品「なん旅」の造成に取り組む。

酒井 省吾
五箇山旅館 深山料理「よしのや」
宿を営みつつ合掌造りのかやぶきに従事。
夏山登山やかんじきトレッキングのガイドを勉強中。

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日本各地で様々な地域創生プロジェクトが立ち上がっている昨今。
そのプロジェクトに携わっているエキスパートが、“NOW(今)”の地域創生に必要な視点を語ります。

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