シリーズ 地域創生ビジネスを「ひらこう。」㉔
あなたが使う水の故郷をたずねてみませんか?
群馬県みなかみ町のウォーターツーリズム

地域創生NOW VOL.34

写真左から
jeki 高崎支社 澁澤 健剛
そば処 くぼ田 店主 久保 渉氏
みなかみ町観光協会 次長 木村 崇利氏

地方に行き、「地元の魅力を教えてください」と訊ねると、ある人は「何もない」と答え、ある人は「美しい自然」や「豊かな食」と誇らしげに挙げる。「何もない」は単に気付いていないだけだが、自然や食は日本全国、津々浦々、どこも美しく、豊かだ。それが日本という国の魅力でもあるが、一方で他地域との差別化が難しい原因でもある。そんな中で群馬県みなかみ町は、この地域が誇る水の魅力を首都圏の人々との関係性を知らしめることで伝えようとしている。この「あなたへつながる水の旅プロジェクト」を推進し、自身もみなかみ町の住民でもあるジェイアール東日本企画(jeki)高崎支社の澁澤健剛が、みなかみ町観光協会次長の木村崇利氏と地元の名店「そば処 くぼ田」の久保渉氏を迎えて、地域の魅力を伝える難しさと喜びについて語った。

利根川が結ぶターゲットとの絆

澁澤:本日は、プロジェクトの根幹である「ウォーターツーリズム」についてお話しいただきたいと、関わりの深いおふたりをお招きしました。みなかみ町在住の私にとっておふたりはプライベートでもとてもお世話になっているお兄さん的存在でもあります。自己紹介はそれぞれしていただくとして(笑)、このプロジェクトを行う背景について木村さん、説明していただけますか。

木村:2人ともいつも会っているせいか、やりにくいですね(笑)。さて、プロジェクトを行う背景を説明しますと、2017年にみなかみ町を中心とした一帯がユネスコエコパークに登録され、2019年度にはSDGsの未来都市にも選ばれました。ユネスコエコパークは自然遺産と違い、自然と人間の共生を目的としているため、この価値をうまく観光面で活用できないかとはじめたのが「みなかみウォーターツーリズム」です。

澁澤:「水」に着目したことについてもお願いします。

木村:豊かな自然の中でも特に水が豊富で清らかで、何よりみなかみ町の最奥にある大水上山の雪渓からはじまる一滴が、利根川となって首都圏3,000万人の皆さんの暮らしを支えています。利根川の河口は千葉の銚子じゃないかと思われるかもしれませんが、群馬と埼玉の県境にある利根大堰から武蔵水路を通って荒川や隅田川にも注ぎこんでいるのです。さらに、利根川上流には9つのダムがありますが、そこで発電も行われ首都圏に送電されています。つまり、利根川を通じてみなかみ町の自然と首都圏の方々の日常はつながっており、水を飲んだ時、お風呂に入った時にみなかみへ思いを馳せていただき、親近感やつながりを感じてもらった状態で当町に観光へ来ていただく、これが「みなかみウォーターツーリズム」の根底にある狙いです。一方で、さらに迎える側の町の観光も水が主役です。例えば、みなかみ18湯と呼ばれる温泉、夏のカヌーやラフティングにキャニオニング、冬のスキーの雪など観光資源の源でもあるのが「水」です。そして、もちろん久保君の腕の良さもありますが、蕎麦の美味しさにも水が大きく関係しているのです。

大自然に囲まれた中でのカヌー体験。(提供:みなかみ町観光協会)

久保:さすが同級生、ありがとう! 実際、私が県内の別の場所で修業中、同じ県でもみなかみの水で打った蕎麦の方が美味しさは歴然でした。ご飯やコーヒーもそうですが、水がまろやかだと、風味が立ちますし、味も落ち着きます。うちは二八蕎麦なのですが、私が打った生蕎麦には45%ほど水を含ませていますし、茹でるとさらに10%ほど水を含みます。さらに、水で〆ることを「さわす」といいますが、夏でも冷たいみなかみの水でさわすとよく〆られるのです。つゆにもみなかみの水が使われているので、蕎麦一食の50~60%が水で占められるなど、蕎麦の美味しさはみなかみの水の美味しさそのものなんです。

木村:付け加えると弱アルカリ性であるみなかみの水は、農作物の甘みに直結しているそうです。料理した時のうまみを引き出すのも弱アルカリ性の軟水が最適だそうで、住んでいると当たり前になってしまいますが、実は凄いことなんですよね。

澁澤:私自身、移住者なので水の良さはよくわかります。引っ越して以来、ご飯も美味しく炊けるし、コーヒーも美味しくいれることができます。また、個人差はあるのでしょうが長年悩まされてきた乾燥肌も改善された気がします。ただ、ずっとここに住まわれてきた方はこの価値が当たり前すぎてしまい気付きにくいことであると思います。だから、このプロジェクトはみなかみに多くの方を呼ぶために行っているのですが、同時に地元の方に自分たちの水の美味しさを改めて実感してもらう狙いもあるのです。地域に対する誇りや愛着を醸成するための一助として。地元には何もないじゃなくて、この町の水が豊富で清らかで良質だからこそアクティビティを楽しめ、温泉があり、食事も美味しいのだと再認識してもらえれば、みなかみの観光面におけるブランド価値をさらに上げることができるのではと思います。

久保:私もここで生まれ育って大学進学で県外へ出たのですが、出ていくまではみなかみにないものばかりに憧れて、水の素晴らしさなんて考えたこともありませんでした。「そば処 くぼ田」は1965年に創業し、私で3代目です。料理人になろうとは思っていましたが、先代である父への反発もあり中華の世界に入って北京料理を学んでいたのです。その後、社会に出てみなかみに戻り、改めて親父が打った蕎麦を食べると、水や食材の美味しさに驚き、故郷にはこんなにも豊かな素材があるのかと気付くことができました。私には大学生の娘がいるのですが、幸い彼女は地元愛が強いので良かったなと思っています。

当たり前の「贅沢」をどう伝えるのか

澁澤:このような背景があって昨年度からプロジェクトを具体化した「みなかみウォーターツーリズム」がスタートしました。水が良いよ、美味しいよといってもその魅力は体感しなければわかりません。そこで、温泉やトレッキング、カヌーなどのアクティビティ、リトリート体験や草木染めなどのワークショップ、清らかな源流水で育てられたお米や蕎麦、果物などを取り入れることで身体の内側から健康になるヘルスケアといった「遊ぶ」「学ぶ」「食す」の3本柱で実証実験を行いました。そのトライアルの中でも久保さんにお願いした蕎麦づくしの「蕎麦御膳」は、好評で、今年度もまたお願いしたいと考えています。

みなかみウォーターツーリズムのワークショップの一つ、リトリート体験と草木染め。(提供:みなかみ町観光協会)

久保:最初に澁澤君から話を聞いた時には、日常の商売を行いながらだったので、あるものを組み合わせて提供しようかと思っていたのですが、2人の想いを知ったことで、ハレの日の料理じゃないですが、特別なものをつくらなければと思ったのです。地元の水から仕込まれた地酒からはじまり、みなかみの食材を使用した前菜・てんぷら、そしてメインのお蕎麦と続いて、蕎麦団子を使ったデザートまで。蕎麦づくしのメニューですが、このほとんどをみなかみの水が育んだ素材でお作りしています。この企画限定の特別コースとしてお客さまに楽しんでもらおうと考えました。澁澤君と木村君には新たな挑戦をさせてもらい感謝しています。

みなかみの食材をふんだんに使用した「蕎麦御膳」。

木村:水が決め手ですから、みなかみ町まで来ることでのみ味わえる料理ですし、また地元の日本酒とも相性抜群ですよね。

澁澤:久保さんの話を聞いて改めて、お蕎麦の美味しさに感動してもらうことが、次の観光誘客につながると感じました。水の良さはやっぱり体験、体感しなければ気付いてもらえないですからね。また、木村さんとこのプロジェクトをはじめる時に、私たちの仕事はみなかみの水の美味しさや豊かさといった価値を引き出し、目に見え、手で触れることのできるカタチへと導くことだと話しあったことを思い出しました。だから、私が広告会社の社員として、木村さんが観光協会の職員として前に出るのでなく、久保さんのような地域の事業者の方の活躍の場を数多くつくることがプロジェクトの成功のポイントであると思いました。

木村:澁澤君がいなかったら、水をテーマにした着地型プログラムはできなかったと思います。この町に移住してもうすぐ5年。広告会社ならではの感性や商業的なアレンジ、伝える力がこのプロジェクトを実現させましたからね。彼も言いましたが、「水が美味しい」「自然が美しい」は日本中がそうですから。そこに人が介在することで親しみを込めて体験、実体感することで気付いてもらえる。そういう仕組みを考える澁澤君みたいな方が移住してくれてよかった。彼はみなかみ町にとっての宝物ですよ。

澁澤:それは光栄だけど、おおげさですよ(笑)。みなかみ町へ越してきたのは、今でも人生で最良の選択であったと感じています。だから、この地域に感謝を抱くようになり、その恩返しとして自分ができることは何か?と考えた時に、自らも感動したこのまちの水の価値と魅力を生かすことというテーマに行きつきました。もちろんビジネスとして取り組んでいますが、私の中では、仕事を通じて地域への貢献ができれば自分自身と家族の幸福にも近づくことができる、そんな風に考えています。なかなか、こんなチャンスはないですし、広告会社の社員としてとても幸せなことだと思っています。

木村 久保:カッコいいーねー(笑)

澁澤:カッコいいついでに言えば、広告会社だからこそできることは多いと思います。例えば「ここ良いね」と言っても、いったい何のどこが良いのかわからず、その良さを伝えることは難しいです。でも、それを可視化し具体化させられることが広告会社で働く私たちの強み。また、地域がより元気になるためには観光誘客と足並みを揃えて地域内でお金を回していかなければならないので、決済手段として電子地域通貨「MINAKAMI HEART Pay」を県内自治体に先駆けてスタートしています。この地域通貨を使うと利用額の1%が町内の森林保全などに使われるなど、町内外から共感してくださる方の輪を広げる取り組みにもなっています。

木村:観光協会も「Find your oasis(あなた自身のオアシスを探して)」をキャッチフレーズにしており、今回の取り組みが広がることで、この地域がもっと環境の大事さ、豊かさの発信地になれるのではないかと期待しています。普段からお風呂や飲み水がみなかみの自然と密接に関わっているので、自然を守ることが自分の生活の豊かさにつながるのですからね。これは強みですよね。

澁澤:四季を通じて美しい風景が広がるみなかみ町へ、まずはぜひ一度、訪れていただければ嬉しいです。久保さんの蕎麦を召し上がっていただくだけでも、遠くから足を運ぶだけの価値があるはずです。本日はありがとうございました。

澁澤 健剛
jeki 高崎支社
みなかみ町在住。地元みなかみ町や群馬県をはじめとする各自治体の地域創生関連業務を担当。地域で実際に生活することを通じて住民目線で課題を発見し、広告会社ならではの視点でその解決に取り組んでいる。

木村 崇利
みなかみ町観光協会 次長
みなかみ町で生まれ育ち、2007年の新みなかみ町観光協会発足時より観光業務に従事。
2021年、総合旅行業務取扱管理者を取得し、地域の素材を生かした着地型旅行商品の企画造成から販売までを行っている。

久保 渉
そば処 くぼ田 店主
みなかみ町生まれ。JR水上駅の目の前にある1965年創業の老舗そば店の三代目店主。
地元みなかみ産の蕎麦粉を同じくみなかみ産の米粉でつないだ二八蕎麦は絶品。このお蕎麦を食べるためだけに遠くから通い続けるファンも多い。

地域創生NOW

日本各地で様々な地域創生プロジェクトが立ち上がっている昨今。
そのプロジェクトに携わっているエキスパートが、“NOW(今)”の地域創生に必要な視点を語ります。

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