シリーズ 地域創生ビジネスを「ひらこう。」㉒
「怠け者はいねがー!」なまはげの故郷が進める「男鹿半島ミュージアム計画」

地域創生NOW VOL.32

写真右より
jeki秋田支社 営業第一部 今野 卓
男鹿市 観光文化スポーツ部観光課 主席主査 伊藤 大輔氏
株式会社おが地域振興公社 なまはげ館業務責任者・営業チーフ 成田 拓也氏

大晦日の晩、「悪い子はいねがー」「怠け者はいねがー」と、大声を出しながら家々をまわる秋田県男鹿半島の伝統行事「男鹿のナマハゲ」。知名度こそ高いが、「なまはげ」が怠け心を戒めるとともに、無病息災、豊漁、豊作をもたらす来訪神であることはあまり知られていない。日本を代表する民俗学者の折口信夫は、日本人と神との関係を探る上で重要な「まれびと(客人)」信仰のひとつと考えており、その文化的貴重性から世界でも2018年に「来訪神:仮面・仮装の神々」のひとつとしてユネスコの無形文化遺産に登録されている。
男鹿市では、「なまはげ」を核に、地層の天然博物館である「男鹿半島・大潟ジオパーク」、360度の絶景が楽しめる「寒風山」など、観光スポットをつないで、コロナ禍で落ち込んだ観光を活性化しようとしている。ジェイアール東日本企画(jeki)秋田支社の今野卓が、昨年度、観光の実証事業をともにした男鹿市観光文化スポーツ部観光課の伊藤大輔氏、株式会社おが地域振興公社の成田拓也氏を迎えて、男鹿の未来と「なまはげ」への愛について語った。

なまはげは「男鹿の道徳」

今野:昨年度、伊藤さんや成田さんとともに男鹿エリアの地域観光の実証事業に携わらせていただきました。この背景には男鹿市が抱える観光課題がありましたね。

伊藤:そうですね。コロナ禍で観光客が激減していたこともありますが、男鹿市にある観光地が半島に点在しており、それぞれは魅力的であるにもかかわらず、統一したテーマがないためうまく連携できていないという問題を抱えていました。さらに観光スポットをつなぐ2次交通が脆弱なことから、周遊につながらず、宿泊を伴う来訪者を増やす仕組みづくりも求められていました。そこで、エリア全体で一貫したテーマを持つこと、デジタルを活用した仕掛けを行うことを事業として一緒に行ったわけです。

今野:その軸となったのが「なまはげ」だったわけですね。

伊藤:一口に「なまはげ」と言っても、伝統行事の「なまはげ」と観光の「なまはげ」では違います。男鹿の中でも集落ごとにお面が違うくらい、その地域にとっては大事な伝統行事なので、観光に使うことに反対の方もいますし、集落の中だけで行いたいという方もいらっしゃいます。一方で、高齢化によって担い手が減っていることから、外部にオープンな地域もあります。私自身、男鹿の生まれではないのですが、「なまはげ」に関わりたくて男鹿に移住してきました。もちろん、伝統行事なので、いつか関われればいいかなと思っていたんですが、移住1年目に町内会長から「伊藤さんやるかい」って(笑)。運よくやらせてもらっています。
それから、よく「泣く子はいねがー」と、子どもを泣かせてまわる鬼だと思われていますが、鬼ではなく神様(の化身)です。また、怠け者を戒める存在でもありますが、子どもだけでなく大人も対象です。だから「泣く子はいねがー」とだけ言っているわけではなく、子どもには「親の言うことを聞いているがー」とか「勉強しっかりやってるがー」などと声を掛けますし、大人には「酒ばっかり飲んでんなよ」など、相手によって掛ける言葉は変わります。子どもたちにとっては、一家の長、一般的には父親が、「ちゃんと勉強していますよ」とか、「家の手伝いもちゃんとやっていますよ」と家族を守り、その姿を見て、親に守られているということを実感するのです。だから、男鹿の人たちにとっては家族の絆を見つめ直す「道徳の原点」なんですね。

今野:なかなか、そういった大事なことは知られていないですよね。ただ、昔の「なまはげ」は、玄関の戸を壊し、ガラスを割るなど、むちゃくちゃやっていたそうですね。

伊藤:大きな音を出して、家の中から悪いものを出すということだそうです。だから、家の中で四股を踏んだりする。そして、行き過ぎると家を壊していた(笑)。でも、「なまはげ」ですから。

成田:神の化身ですからね(笑)。伊藤さんがおっしゃったとおり、なかなか実際のなまはげ行事を見ていただくことは難しいので、なまはげ館に隣接している男鹿真山伝承館では、地元真山地区の「なまはげ」の行事の再現を行っています。実際行われている行事により近いかたちでリアルに再現していますから、ぜひ体験してほしいですね。最近はSNSなどで伝承館での実演をご覧いただけますが、お越しいただき実際に体験いただた方が、迫力に圧倒されると思いますよ。

今野:男鹿でしか体験できない、地元ならではの価値ですね。こうした「なまはげ」の本来の意味を知った観光客の反応はいかがですか。

成田:なまはげ館でも解説員が神の化身であること、子どもだけでなく、大人も対象であることを説明しております。すると、皆さん「へぇ、そうなんだ」と感心されます。「泣く子はいねがー」、「怠け者はいねがー」、ワンフレーズだけ見ると、鬼が子どもを叱っている、と思う方がほとんどですからね。来館されたお客さまには行事について正しく知っていただくために、説明しております。

今野:なまはげ館でいえば、デジタル活用も行いました。アプリを使用して「なまはげへの変身」ができるようになりましたね。

成田:コロナ禍前は、「なまはげ」の衣装に着替えて体験するコーナーだったのですが、感染拡大防止のためできなくなっていました。その代替えとしてお客さまご自身のスマートフォンを活用していただき、館内で専用のアプリをダウンロードしてAR(拡張現実)で、「なまはげ」に変身できるようになりました。気軽に体験ができるので、小さいお子さんから年配の方まで体験される年齢層も広がり、体験された皆さんからは好評をいただいております。また、衣装を着けるのに時間と手間、それに関わるスタッフが必要だったものが、ARになったことで、短時間でコンパクトにできるようになりました。ただ、お子さんが怖さよりも親しみやすさをもっているのはよかったのか、どうか(笑)。

スマートフォンの画面上で「なまはげ」に変身体験できるARアプリを開発。

観光地が分散する弱みを強みに変えていく

今野:もうひとつが、なまはげ館をはじめ、ジオパーク、寒風山、水族館に男鹿温泉など半島にちらばる観光資源を結ぶ2次交通の課題もありました。

伊藤:広範囲ということもあり、観光地をあまりまわれないという課題ですね。路線バスだけだと厳しく、予約制の「なまはげシャトル」はありますが、当日対応が難しかったりもするので、せめて巡回バスがあればと思うのですが、その費用を誰が負担するのか、ということもあり、すぐには解決しない課題です。市の中心部はレンタサイクルを設置したことで周辺の散策には対応できるようになりましたが、寒風山に行きたい、入道崎に行きたいとなるといくら電動のレンタサイクルとはいえ、ちょっと難しい。なまはげ館に来られる方はいかがですか。

成田:なまはげ館にいらしているお客さまの9割がレンタカーもしくはマイカーなどです。もちろん運転されない方もいらっしゃるので、巡回バスがあれば理想的なんですが、誰も乗っていないバスを走らせるわけにはいきません。ですから、現在の完全予約制のなまはげシャトルも完璧ではありませんが、現実的なのではないかと思います。

今野:交通は、地元に対応できる事業者がいるかどうかも大きいですね。例えば、オンデマンド交通やMaaSも考えられますが、システムをつくっても現場で走らせる事業者がいなければ実現しません。実務を担う方の高齢化も進んでいるので、人材確保も課題ですね。

成田:事業者としては、運転できない方のことを考えなきゃいけないですし、冬の問題もありますから、なんとか解決の糸口は見つけたい。一方で、この問題を解決できると見どころが点在する弱点が、半島全体が博物館になり、強みに変わります。

今野:先ほど人材が課題と言いましたが、最近は若い方の流動が増えていますよね。例えば、クラフトビールならぬクラフトサケを造られる事業者さんもいますし、美味しいコーヒーも男鹿の名物になりつつあり、若者向けのイベントも増えています。

伊藤:男鹿ブランドの「和牛なまはげ」など、新たな商品も生まれていますからね。そういった人や商品と連携して、「なまはげ」以外を目的に来ていただける方を増やしていけたらと思っています。秋田のウユニ塩湖といわれる鵜ノ崎海岸や水源地である滝の頭湧水は本当にきれいですから。

今野:真っ赤に熱した石を桶に入れて魚介や野菜を煮込む石焼料理など、男鹿は写真映えするコンテンツが豊富ですから、地域の価値をしっかりと価格に反映したコンテンツを造成することが大事かもしれません。

男鹿の郷土料理「石焼料理」(左)と、新たな男鹿ブランド「和牛なまはげ」のステーキ(右)。

伊藤:あとはその組み合わせですね。既存のものをブラッシュアップして、新しいものと組み合わせる。近郊では洋上風力発電所を見に行くツアーもあると聞いていますので、我々もそのような新たな切り口を検討したいと思っています。

成田:男鹿にはたくさんの観光資源がありますが、「なまはげ」だけが目立っていて、他と組み合わせたアピールができていなかったのでしょうね。今後は、そういったものをうまく組み合わせて提供していきたいですね。少人数のツアーからはじめて、ターゲットもインバウンド向けなのか、女性向けなのか、家族連れなのか、検証してブラッシュアップしていくと点が線になって、やがて面になっていくのではないですか。それをまた我々でやっていければいいですね。

今野:なんだかお二人にうまくまとめていただきました(笑)。本日はありがとうございました。

今野 卓
jeki秋田支社 営業第一部
2016年12月jeki入社。JR東日本の各種イベントや観光キャンペーンの企画運営に携わり、現在は秋田県内の自治体、観光事業者、駅商業施設のプロモーションに関わる企画運営などに従事。

伊藤 大輔
男鹿市 観光文化スポーツ部観光課 主席主査
2020年4月男鹿市役所に入庁。観光事業者への支援や誘客に携わりながら、男鹿市の冬季誘客の柱である「なまはげ柴灯(せど)まつり」も担当している。

成田 拓也
株式会社おが地域振興公社 なまはげ館 業務責任者・営業チーフ
2021年5月なまはげ館入社。館の管理運営全般に従事しながら、前職などこれまで観光業に携わった知識と経験を活かしながら、今後地域の観光産業発展に向けて取り組んでいる。

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