シリーズ地域創生ビジネスを「ひらこう。」㊲
「食べられないをなくそう!」24億人市場がけん引する食の多様性|多様性の時代に必要な受け入れ環境とは?

地域創生NOW VOL.47

写真左から
jekiソーシャルビジネス・地域創生本部 ソーシャルビジネスソリューション局 部長代理 小柴亨
フードダイバーシティ株式会社 代表取締役 守護彰浩 氏
jekiデジタル本部 デジタルソリューション局 兼 ソーシャルビジネス・地域創生本部 部長代理 山川興太
jeki仙台支社 福島支店長 兼 ソーシャルビジネスソリューション局 加賀谷直樹

パンデミックがようやく収束し、再び国をまたいでの人の往来が活発になった。日本でも多くの外国人観光客を見かけるようになり、その多くが「食」を目的に日本を旅先に選んでいる。ところが、せっかく日本を訪れたものの、楽しみにしていた食を満喫できずに帰らざるを得ない人々もいる。
観光庁もその問題に気づき、受け入れ体制の整備を行うために、「ムスリム(イスラム教徒)、ヴィーガン・ベジタリアン(どちらも菜食主義者だが、動物由来の食品を一切口にしないのがヴィーガン、乳製品、卵製品などを口にする人もいるベジタリアンという違いがある)」と「LGBTQ」の2つの市場の調査、セミナー活動をはじめている。2022年度、この事業に携わったジェイアール東日本企画(jeki)の加賀谷直樹と山川興太、小柴亨の3人がフードダイバーシティ株式会社代表取締役の守護彰浩氏を招き、ムスリム、ヴィーガン・ベジタリアン向け市場の問題点と食の多様性が実現する豊かな未来を語り合った。

旅先の決め手は「観光名所」と同じくらい「食事」が大切

加賀谷:インバウンドが再び盛り上がるうえで、これまで見て見ぬふりをしてきたムスリムやヴィーガン・ベジタリアンなど多様な食習慣の課題に向き合っていくタイミングだと感じていますが、コロナ禍前から飲食店は対応されていたのでしょうか。

守護:取り組まれている飲食店はありましたが、その多くがコロナ禍で止めてしまいました。ただ、食のダイバーシティはインバウンドだけでなく、日本国内でもある問題なので、継続して取り組まれたところもありました。そうしたお店がインバウンドの再びの活況で絶好調となり、逆に止めてしまった店はスタッフが変わってしまったことなどでノウハウも失ってしまっていて、機会を逃す2極化が起こっています。

小柴:さらに、いまは日本での旅先をムスリムやヴィーガン食に対応している地域かどうかを気にされるインバウンドの方が増えてきたと聞いたのですが。

守護:その通りです。当社にもムスリムの方から、「東京、大阪、京都以外できちんと対応している店はありますか?」といった問い合わせがあります。要は、旅先で食事に困りたくないので、安心していけるエリアを目的地に選んでいるのです。

加賀谷:まだまだ世界における食の多様性について理解度・認知度が日本では低い気がしています。ムスリムの観光客も増えてきましたし、日本人でもヴィーガン・ベジタリアンの方が増えています。早急な対応が求められる理由のひとつとして経済的なインパクトがあると思うのですが、実際、どれくらいの市場規模があるのでしょうか。

守護:イスラム教徒は世界の4分の1にあたる約18億人で、ヴィーガンを含むベジタリアンは6.3億人と言われていますから、合計で24億人を超える規模です。

山川:すごい規模ですね。日本政府が、これからは人数ではなく消費額を重視することを強調している状況を踏まえると、さまざまな「食事」への需要にしっかりと応えていくことが大切ですね。とはいえ、食の多様性に関する受け入れ体制の整備や強化というのは進んでいるのでしょうか。

守護:目的地を選ぶ側が受け入れ体制ありきになっているにもかかわらず、多くの企業さまや自治体さまとお会いして言われるのは、「来るようになったらやります」「来てくれるんだったらやります」といった反応がほとんど。それは、プロ野球選手になった後に野球を真剣に頑張りますと言うようなもので、実際は野球を頑張った後にプロ野球選手になってお金をもらえるわけですが、そこがなかなか伝わらないですね。

加賀谷:わかりやすい例えですね。事業者や自治体、DMO(観光地域づくり法人)が二の足を踏む理由はどんなところにあるのでしょうか。

守護:例えばムスリムの方が食べられるハラールフードに関して言えば、数年前に聞いた基準がキッチンはもう一つ別につくり、高い金額を払ってハラール認証を取って、調理用具や保管庫もすべて別にするなど、厳しいものだったため諦めてしまったという声が多いのです。しかし実際は、厳格なエベレストコースだけじゃなく、気軽にはじめる高尾山のようなコースもあるので、確かな情報をもっと知っていただきたいですね。

山川:むずかしく捉えすぎず簡単にできます!の例として印象的だったのが、業務スーパーでハラールチキンを仕入れ、100円ショップで包丁とまな板を揃えて調理器具を分けている飲食店のことでした。「厨房は分けていませんが、調理器具はしっかり分け食品の混入はありません」という表記をメニューに載せ、あとは、お客さまに判断していただく形のコミュニケーションで良いという。

守護:その通りです。ムスリムの方もすべてが日本のお店に厳格さを求めているわけではありません。その飲食店がどういうやり方をしているか、その情報を英語で表記して、あとはお客さまの判断に任せるのが賢明です。大事なことは「できない」のゼロ回答ではなく、うちはここまでできますよ、という発信なのです。例えば、東京のとある居酒屋さんは、「ここまでできますよ」という情報を出して、実際に多くのムスリムの方を集客されていて、新たなチャンスを掴んでいます。最近では富裕層対策でハラール神戸牛の販売もスタートして実績を積まれています。

小柴:未知なるものだからこそ、間違いが起こらないように完璧を求めすぎるんですよね。

食の多様性は「誰もが食べられる」も実現できる

守護:そうなんです。先日、米国各地を視察しましたが、あちらは専門店でなくてもオプションがあったり、なんとかしてくれたりするお店が多いのです。ヴィーガンに関してはフライドチキンの店やステーキハウスにも一部メニューがあるほどです。すごいなと思うかもしれませんが、日本でも枝豆や冷奴、キノコの天ぷら、揚げだし豆腐などもヴィーガンメニューです。日本酒も米と米こうじと水だけなので、これをアピールすればみんな喜んで飲みますよ。つまり、難しく考えないことです。

小柴:大事なことさえ押さえていれば、意外に簡単なことですね。ちなみに、先ほど100円ショップと業務スーパーで対応できる、という話がありましたが、他にも上手く対応している事例などはありますか。

守護:名古屋の味噌煮込みうどんの「大久手 山本屋」さんは、ムスリムだけでなくベジタリアンにも対応しました。ポイントは一般のお客さまに提供している通常メニューを「実はハラール」「実はヴィーガン」に変えていって、通常オペレーションに負荷のかからない形で取り組んだことです。それにより誰もがこのお店で食べられるようになったのです。しかもこの山本屋さんは今年創業100年、老舗の英断でした。この英断の背景にあるのは5代目店主の「『食べられない』をなくしてなごやめしを世界に!」という考え方。だから、誰もが食べられるし、誰からも食べてもらえるし、一緒に食べられるわけです。

店内の様子(写真提供:フードダイバーシティ株式会社)

加賀谷:私も食べに行きましたが、大久手 山本屋さんがインバウンドのお客さまに支持されている理由のひとつにお土産もあると思います。ムスリム、ベジタリアンの表記がきちんとなされているので買いやすい。その結果、ほとんどの方が大量買いをして帰られるんです。名古屋駅からも遠く、交通の便がとくにいいわけではないのに、昼も夜も満席で、日本人の常連さんも逃していない。ほんとうにすごいお店だと思いますね。

守護:さらに、大久手 山本屋さんは現在このエリアで食のダイバーシティに対応するために仲間を増やしていこうとされています。味噌煮込みうどんを朝、昼、晩は食べられませんし、地域にもっとお客さまが増えれば、宿泊費など他の業界にもいい影響がありますからね。これから愛知県はおもしろいと思います。

山川:「なごやめし」は大事な観光資源ですからね。それと、あえて「当事者を分けすぎない」というアプローチも素敵だと思います。例えば、私がよく行く新宿のベーカリーは日曜日になるとヴィーガン対応の総菜パンが売られるのですが、そもそも美味しいので、ヴィーガン以外の方も多く買い求めています。つまり、ヴィーガン食はヴィーガンの方だけのものではなくて、誰もが選択して食べるものでもあると感じます。東京では当事者が多いことやマーケティングが上手な飲食店も多いことでヴィーガン食が普及してきましたが、地方はまだまだ。でも、東北出身の私が思うには、食材へのアンテナが高い方々に向けて、田舎の方が強いアプローチができるのではと思っています。

加賀谷:地元の東北に置き換えると、レシピを掘りおこせばヴィーガン、ベジタリアンに対応できる可能性のある料理ばかりだし、山菜のシーズンなんかはまさに喜んでもらえるんじゃないですかね。

守護:キノコたっぷり天丼なら、衣の卵にさえ気を付ければヴィーガンメニューになりますし、ムスリムの方も食べてもらえます。さらに地域色も出せて、季節の味ですから日本人も多くやってきますよ。

小柴:美味しいのも魅力ですが、誰でも食べられるのがいいですね。

山川:誰でも食べられる、つまり、皆でひとつのテーブルを囲むことができる。これはとても大切なことで、旅行シーンでは重要な体験価値だなと目からうろこが落ちました。この事業に関わる前には、ムスリムの方とムスリムでない方、ヴィーガンの方とヴィーガンじゃない方といった感じで、分断したような先入観を持っていました。大事なのは「共通点」として、ヴィーガン料理を軸に、ムスリムの方が食べられないアルコールを含んだ発酵などの要素に気をつけていけば、より多くの人たちがワンテーブルで食体験を共有できるという素晴らしさです。

守護:世界がますます多様化していく中で、ひとつのテーブルを囲んで、同じ食べ物で同じ時間を共有する。日本でも同じ釜の飯を食うという文化があるように、飲食店にとってもこれは大きな価値になるはずです。そういう風に考えていただければ、ムスリムもヴィーガン・ベジタリアンも特別な誰かの食ではなく、みんなの食だと思い、インバウンドの方を迎えてもらえるのではないかと思います。

加賀谷:ほんとうにそうですね。そのためにも守護さんと連携して、しっかりと情報を提供していきたいと考えています。本日は、ありがとうございました。

加賀谷 直樹
ジェイアール東日本企画 仙台支社 福島支店長 兼 ソーシャルビジネスソリューション局。2012年jeki入社。
東日本大震災からの東北観光復興事業をはじめ、中央省庁・地方自治体のデジタルマーケティング・プロモーション事業、訪日インバウンド事業に係る業務に幅広く従事。

小柴 亨
ジェイアール東日本企画 ソーシャルビジネス・地域創生本部 ソーシャルビジネスソリューション局 部長代理
2007年jeki入社。
交通媒体の開発・運用・管理や海外事業の立ち上げ等の業務を経て、現在の領域に従事。中央省庁・地方自治体の訪日インバウンド事業に係る業務を多く手掛ける。

山川 興太
ジェイアール東日本企画 デジタルソリューション局 兼 ソーシャルビジネスソリューション局 部長代理
シニア・コミュニケーション・ディレクター
コンテンツ企画制作・地域ブランディング企業での勤務を経て、2013年jeki入社。
中央省庁・地方自治体の訪日インバウンド観光に係る業務をはじめ、デジタル領域を中心としたコミュニケーションデザインの業務に従事。

守護 彰浩
フードダイバーシティ株式会社 代表取締役
千葉大学卒業後、楽天(株)に入社。2014年にフードダイバーシティ(株)を創業。ベジタリアン、ヴィーガン、ハラール等の多様な食文化に関する講演活動や情報発信を行う。

上記ライター加賀谷 直樹
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加賀谷直樹(仙台支社 福島支店長 兼 ソーシャルビジネスソリューション局)

小柴亨(ソーシャルビジネス・地域創生本部 ソーシャルビジネスソリューション局 部長代理)

山川興太(デジタルソリューション局 兼 ソーシャルビジネスソリューション局 部長代理)

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山川興太(デジタルソリューション局 兼 ソーシャルビジネスソリューション局 部長代理)

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