シリーズ地域創生ビジネスを「ひらこう。」㊱
おもてなし再考 LGBTQマーケットが問うサービスの原点|多様性の時代に必要な受け入れ環境とは?

地域創生NOW VOL.46

写真左から
jeki ソーシャルビジネス・地域創生本部 ソーシャルビジネスソリューション局 部長代理 小柴亨
アウトアジアトラベル 代表取締役社長 アウト・ジャパン 取締役会長 小泉伸太郎 氏
jeki デジタル本部 デジタルソリューション局 兼 ソーシャルビジネスソリューション局 部長代理 山川興太
jeki 仙台支社 福島支店長 兼 ソーシャルビジネスソリューション局 加賀谷直樹

ようやく日常を取り戻した感のある日本。気づけば人の往来は増え、多くの外国人観光客が戻ってきた。インバウンドの活況は喜ばしいが、オーバーツーリズムの問題もあり、政府は来訪者数を追う“量”から消費額を向上させる“質”へとシフトしている。ところが、せっかく日本を訪れたものの、旅を満喫できずに帰国する人々もいる。先日、LGBT理解増進法案が可決成立したが、そのLGBTQ〈レズビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、バイセクシュアル(Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)、クイア(Queer)やクエスチョニング(Questioning)の頭文字をとったもの〉の人たちもそうだ。
観光庁も質の改善に向けて、受け入れ体制の整備を行うべく、「ムスリム、ヴィーガン・ベジタリアン」と並んで「LGBTQ」マーケットの調査、セミナー活動を「食」の切り口で行っている。2022年度、この事業に携わったジェイアール東日本企画(jeki)の加賀谷直樹と山川興太、小柴亨の3人が、LGBTQ市場の課題と将来性について、IGLTA(国際LGBTQ+旅行協会)のアジアアンバサダーをつとめるアウトアジアトラベル代表取締役社長 小泉伸太郎氏を招いて話を聞いた。

30兆円市場に対し世界62位の日本の競争力

加賀谷:観光庁の事業では大変お世話になりました。LGBTQの問題を食、なかでもサービス面で取り上げ、体制整備にはコミュニケーションと配慮が必要だということが明確になったのですが、私個人としても、インバウンド受入れ態勢を改めて考えるきっかけになりました。

小泉:加賀谷さんたちjekiチームがよく勉強され、真剣に向き合ってくださったおかげで、今後もこのマーケットを一緒に盛り上げていきたいと思うようになりました。その上で、日本の現状を述べると、評価の高い日本のサービスも、ことLGBTQに関して言えば、世界の評価は、残念ながら「フレンドリーではない」というものです。ただ、コロナ禍以降、LGBTQのマーケットは富裕層と並んで注目されはじめているのも事実です。

小柴:LGBTQの方にとって、旅の目的地がフレンドリーであるかないかは、重要なポイントなのでしょうか。

小泉:国によっては認められていないところもありますからね。ですから、安全で安心できる場所に行きたいと思っているのです。日本が今の評価を覆し、観光地としてもともと魅力的であることに加え、フレンドリーなバーやクラブがあって、サービスも良いとなると、日本はいいと口コミが広がり、一気に人気の観光地の仲間入りを果たします。この一気にまわりだすサイクルがLGBTQマーケットの特徴だと言えます。

加賀谷:三ツ星の飲食店でも、対応が良くないと口コミが広がりLGBTQのお客さんが敬遠し、一方で星が無くても対応のよい飲食店は、口コミで広がり人気になったとセミナーで聞きましたが、コミュニティでは口コミがすごく重要視されているようですね。

小泉:皆そうだと思いますが、信頼できる方の情報が一番信用できるじゃないですか。それと同じで、LGBTQの場合はさらに国籍に関係なく広がるのが特徴です。例えば先日、LAから富裕層のお客さまが来られて、そのすぐ後にフランスから同様に富裕層のお客さまが来られたのですが、LAの方が行ったところに行きたいというのです。社交界と一緒で、同じ場所に行くことがコミュニティの共通の話題になるからという理由なんですね。世界の観光地や事業者たちがLGBTQのマーケットに注目している理由は、気に入ってもらえれば、そこに大挙して人が来て、多くの消費が生まれるからです。

山川:世界の観光地がLGBTQマーケットに注目しているというお話をよく聞きますが、市場規模としてはどれくらいで、先ほど日本の人気は低いとおっしゃっていましたが、どれほどの評価なのですか。

小泉:あるコンサルティングの調査によれば、旅行市場だけで2180億米ドル、約30兆円もあるそうです。人気の観光地、つまりLGBTQにフレンドリーな国として挙がるのは、スペインやブラジル、アルゼンチン、オーストラリアやアメリカのいくつかの都市です。日本にはどれくらいの方が来られているかの統計はとれないですが、ドイツのメディアが、同性婚が認められているか、差別しない法律があるかといった、20項目ほどの指標で各国を調査した結果、日本は世界で62位。一般的な観光調査だと世界でも1、2位を争う日本ですが、ことLGBTQに限れば低いと見られているわけです。ただ、私個人としては悲観的に感じておらず、逆にそれだけ伸びしろがあると思っています。

小柴:まだまだ自治体の取り組みでもLGBTQ対応の優先順位は低いと感じています。小泉さんは自治体の動きをどう見ていますか。

小泉:体制構築の必要性は感じているものの、動き出すところは少なく、どう動いていいかわからないという自治体も多いようです。その理由としては、これまで国やエリアをターゲットにしてきた歴史が長く、富裕層など、マーケットをターゲットにした経験がないことも原因の一つだと思います。そういう意味では、北海道がアドベンチャーツーリズムに力を入れて、LGBTQマーケットにシフトした発信を全世界にはじめたのは画期的ですし、LGBTQマーケットの先行事例になるのではないかと思っています。その時に、今回のjekiさんと行った観光庁の事業が役に立つと思います。

加賀谷:そうですね。これから観光で稼ぐには、これまでのようにもとからあるコンテンツに頼らずに、マーケットを意識した体制の整備が欠かせません。LGBTQマーケットを受け入れるために欠かせない視点はどんなところになるのでしょうか。

必要なのはほんのちょっとの想像力

小泉:LGBTQを意識するということは、最終的には、誰に対しても快適に過ごしてもらいたいと思い、それを具体的に想像できるかということだと思います。そのためには、男性同士、女性同士の2人のお客さんが来られた時には、2人は友だちかもしれないし、恋人かもしれないと思うことです。「もしかしたら、そうかもしれない」と考えるだけで、サービスや発する言葉は向上しますし、日本人が高いサービスを提供できるのであれば、さらなる強みとなるはずです。LGBTQの人たちは、たまたまそういうセクシャリティを持っているだけで、人間としては何ら変わるところはありません。だから平等に扱ってもらえればいいだけなんです。そして、そこに優しさが加われば外国人や障がい者、ジェンダーの問題もクリアできると思います。だから、「誰に対しても」なのです。

山川:これを行えばOKではなく、その人をウエルカムと思えるかどうかの違いですよね。ホテルのアメニティを例にとれば、男性でもスキンケアを大事にする人がいるでしょうし、浴衣だってピンクの方がいいと思うかもしれないと想像すること、多様なニーズに向き合っていることがお客さまに伝わればすごく喜ばれると思います。サービス業の本質は、顧客が何をして欲しいかを捉えていくということでしょうし。では、そうしたゴールに行きつくために、小泉さんは、どんなことを行っているのでしょうか。

小泉:まずは発信をお願いしています。例えばトイレでいちばん困っているのが、男性から女性になったトランスジェンダーの方です。女性なので男性トイレには入りたくない。でも、「誰でもトイレ」がどこにでもあるわけではありません。先日も、どうすればいいかという自治体からの相談に対し、私が伝えたのは、誰でもトイレがある場所を地図に記して自治体から発信してくださいということでした。

加賀谷:喫煙所や赤ちゃんのおむつ交換台と同じですね。そういう情報を提供、発信することが大事なんですね。

小泉:とはいえ、必要な発信がどんなものかを把握するのは自治体には難しいと思います。だからこそ、地域にあるLGBTQをターゲットにしている事業者との対話と理解が必要で、まずは彼らの困りごとを知ることが発信の第一歩となるのではないでしょうか。また、事業者側の発信について言えば、男性と女性の料金が違う場合がありますよね。女性を呼びたい戦略なのでしょうがフェアじゃない。他にもカップルプラン、カップルシートなどの名称も男女を想定した名称です。もし、LGBTQを意識して誰もが利用できるのであれば「御二人さまプラン」などと、言い方を変えれば使いやすくなるとアドバイスをしています。

小柴:ちょっとしたことですね。

小泉:そうなんです。それに、できないものはできないでよいのです。相手のことを考えているかどうかがフレンドリーか、フレンドリーではないかの違いなので、できない場合であれば、できない理由をきちんと説明できれば相手も嫌な気持ちにはならないはずです。繰り返しになりますが、「その人自身を見ているか」、それが日本はできていないから、これからやるべきだと思うし、もしできるようになればサービスの明確な差別化になります。そして、LGBTQのマーケットだけでなく、富裕層や他のマーケットでも強みを発揮できると思いますよ。

加賀谷:そうですね。2024年秋には、LGBTQツーリズムの普及を行う旅行業団体IGLTAの総会が大阪で開かれます。これもまたマーケットに関心が高まるきっかけになるのではないですか。

小泉:アジア初の開催で700人近い方が世界から来られますから、間違いなく日本への関心も高まりますし、日本のLGBTQマーケットへの関心も高まるはずです。jekiさんと一緒に地方自治体に働きかけていき、一体となって日本はフレンドリーだと世界にアピールしていきたいと考えています。

IGLTA総会2023 ミラノ大会の様子(写真提供:株式会社アウトジャパン)

加賀谷:ぜひ、今後ともよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。

加賀谷 直樹
ジェイアール東日本企画 仙台支社 福島支店長 兼 ソーシャルビジネスソリューション局
2012年jeki入社。
東日本大震災からの東北観光復興事業をはじめ、中央省庁・地方自治体の訪日インバウンド事業に係る業務を多く手掛け、デジタルマーケティング・プロモーション業務に従事。

小柴 亨
ジェイアール東日本企画 ソーシャルビジネス・地域創生本部 ソーシャルビジネスソリューション局 部長代理
2007年jeki入社。
交通媒体の開発・運用・管理や海外事業の立ち上げ等の業務を経て、現在の領域に従事。中央省庁・地方自治体の訪日インバウンド事業に係る業務を多く手掛ける。

山川 興太
ジェイアール東日本企画 デジタルソリューション局 兼 ソーシャルビジネスソリューション局 部長代理
シニア・コミュニケーション・ディレクター
コンテンツ企画制作・地域ブランディング企業での勤務を経て、2013年jeki入社。
中央省庁・地方自治体の訪日インバウンド観光に係る業務をはじめ、デジタル領域を中心としたコミュニケーションデザインの業務に従事。

小泉 伸太郎
株式会社アウト・ジャパン 取締役会長
アウトアジアトラベル(SKトラベルコンサルティング株式会社) 代表取締役
大阪観光局 LGBTQアドバイザー
東京観光財団 LGBTQアドバイザー
1968年東京都生まれ。立教大学卒業。
ホテル、スキーリゾート開発会社等での20年のインバウンド経験を活かし、LGBTQフレンドリーなランドオペレータ「Out Asia Travel」を設立。LGBTQ旅⾏者の日本旅行手配にて多くの知⾒を持つ。2015年より株式会社アウト・ジャパンに携わる。
IGLTA(国際LGBTQ+旅行協会)のアジアアンバサダーもつとめており、日本人として初めて「Ambassador of the year 2016」を受賞。
また、世界有数のLGBTQマガジンの一つである英『Attitude』誌の2022年1月号の特集「Attitude101」で、日本人初のTravel部門の1人に選出される。

上記ライター加賀谷 直樹
(仙台支社 福島支店長 兼 ソーシャルビジネスソリューション局)の記事

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加賀谷直樹(仙台支社 福島支店長 兼 ソーシャルビジネスソリューション局)

小柴亨(ソーシャルビジネス・地域創生本部 ソーシャルビジネスソリューション局 部長代理)

山川興太(デジタルソリューション局 兼 ソーシャルビジネスソリューション局 部長代理)

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小柴亨(ソーシャルビジネス・地域創生本部 ソーシャルビジネスソリューション局 部長代理)

山川興太(デジタルソリューション局 兼 ソーシャルビジネスソリューション局 部長代理)

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上記ライター山川 興太
(デジタルソリューション局 兼 ソーシャルビジネスソリューション局 部長代理)の記事

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小柴亨(ソーシャルビジネス・地域創生本部 ソーシャルビジネスソリューション局 部長代理)

山川興太(デジタルソリューション局 兼 ソーシャルビジネスソリューション局 部長代理)

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