シリーズ 地域創生ビジネスを「ひらこう。」㉑
アフターコロナのインバウンド
栃木県が進めるアウトドアツーリズム

地域創生NOW VOL.31

写真右より
jeki首都圏統括支社 営業第二部 宇都宮駐在 大田 修司
株式会社ライドエクスペリエンス 代表取締役 山本 徹也氏
栃木県 産業労働観光部 観光交流課 インバウンド推進担当 主事 淺岡 夏香氏
栃木県 産業労働観光部 観光交流課 インバウンド推進担当 主事 近藤 美希氏

日本の新たな産業の柱として成長を続けてきた観光産業。とくにインバウンドの旺盛な需要は地域創生の点からも大きな後押しとなっていた。ご存じの通り、コロナ禍で一瞬のうちに失われてしまった需要だが、ようやく戻りつつある。なかでも栃木県は新たにアウトドアを軸としたツーリズムをデジタルで発信し続け、来たるべき日に備えている。
コロナ禍以前も東京からのアクセスの良さと日光、那須塩原などの文化や自然を武器に魅了してきた栃木県は、なぜ、アウトドアに舵を切ったのか。ジェイアール東日本企画(jeki)首都圏統括支社の大田修司が、栃木県の産業労働観光部観光交流課でインバウンド推進を図る淺岡夏香氏と近藤美希氏、アウトドア事業者で自転車旅をプロデュースするライドエクスペリエンス代表取締役の山本徹也氏を迎えて、これからの期待を聞いた。

これからはリピーターがターゲット

大田:栃木には日光東照宮や中禅寺湖など数多くの観光資源がある中で、なぜ、アウトドアツーリズムに注力されるのでしょうか。

淺岡:栃木県の観光名所として名高い日光は、海外でも高い知名度がありますが、世界遺産のイメージが強かったため、その他のコンテンツも売り込んでいきたいと考えました。世の中のツーリズムの流れは体験重視に変わっていましたし、アドベンチャーツーリズムも注目されてきていました。コロナ禍前から、インバウンドのお客さんの特別な体験をしたい、非日常を味わいたいといったニーズも把握していたので、強みである東京からのアクセスの良さを生かせること、山本さんをはじめとした多くの事業者さんがいらっしゃったことから、昨年度からアウトドアツーリズム推進事業に注力するようになったのです。

山本:事業者の立場から見ても、環境省が「国立公園満喫プロジェクト」を掲げ、国立公園の中で自然を楽しんでもらいながら、保護と地域活性につなげていこうという流れもありました。感染の問題からも屋内よりも屋外での体験価値が上がってきたことを感じていたので、良いタイミングで事業をスタートしていただいたと思っていました。

淺岡:県の狙いとして付け加えるならば、東京からのアクセスの良さは裏を返せば、その日のうちに東京に戻れることでもあります。そういう意味ではよりお金を落としてもらうには滞在時間を延ばすコンテンツを考えなければなりません。そう考えると長時間のアクティビティに参加してもらうか、夜とか朝のコンテンツに参加してもらうのがいちばんです。アウトドアのアクティビティは時間も長いですし、体力も使うものが多いので、ヘトヘトになるまで遊んで宿泊していただこうと(笑)、そういう狙いもありました。

近藤:そうした中で、jekiさんから提案いただき制作したアクティビティ体験動画は台湾で人気のYouTuberさんのおかげもあって評判も良かったので、栃木の魅力をアピールできたと思っています。

大田:ありがとうございます。好評だったことは嬉しいですね。動画の中で太いタイヤ幅の自転車で楽しまれていたのが印象的でした。あれはライドエクスペリエンスのアクティビティですよね。


台湾の人気YouTuberによるアクティビティ体験動画(日光編、那須編)

山本:そうです。太いタイヤの自転車はファットバイクというもので、走りが安定しているのでどなたでも楽しんでもらえます。目新しいアクティビティですし、季節を問わないので、冬の雪山を駆け抜ける雪上サイクリングツアーなどは未知の経験になると思います。体力やレベルに合わせてさまざまなツアーがありますし、採れたて野菜の農家ランチやパンやスイーツを巡るツアーなど地域の魅力と組み合わせることで、栃木を好きになってもらえます。特に河原で淹れるコーヒーは美味しいですよ。

大田:動画でのプロモーションでしたので臨場感やワクワク感まで伝わりましたね。県のインバウンドプロモーションも最近はデジタルにシフトされていますね。

淺岡:以前のプロモーションといえば海外旅行会社をお呼びして県内の観光資源を巡ってもらい、商品造成につなげるという形が多かったのですが、個人旅行が主流となっていること、SNSや動画といったデジタルでの訴求力が増したことを受け、令和元(2019)年度からデジタルプロモーションに力を入れ、新型コロナウイルスの感染拡大によって加速した感じです。本事業については、当初は実際に体験していただくことで本県アウトドアの魅力を伝えたいと思っていたのですが、コロナ禍で招請が叶わなかったため、動画を作成し旅行会社にプロモーションを行う戦略に変えました。

近藤:その結果、動画で旅行会社だけでなく一般の方向けにも直接PRできたので、今後、日本を訪れようと考えていらっしゃる方たちの期待感を高めることができました。台湾の方の中にはコロナ禍でも日本に行きたいとおっしゃってくださる方が多かったので、新たな楽しみも伝えられたと思います。

大田:栃木県はコロナ禍以前から台湾の方がもっとも多く来られていたので、ターゲットを台湾にされたわけですよね。

淺岡:そうですね。コロナ禍前は台湾の方にもっとも多く来ていただいていました。台湾市場の特徴はリピーターが多いところです。正直、初めて日本に来る方はゴールデンルートなどの有名観光地に行く方が多いと思うのですが、リピーターの方はまだ行ったことのない魅力的な地域にも目を向けており、東京から近距離でありながら豊かな自然や食、温泉のある栃木にもチャンスは十分にあります。そういう意味で台湾がターゲットになりました。

知名度が劣ってもニーズに応えて勝負する

近藤:栃木県のサイクルツーリズムでの成長性はいかがでしょうか。

山本:会社の設立当初からインバウンドを柱のひとつと考えていましたが、私たちの活動拠点である那須はサイクルツーリズムで有名な瀬戸内のしまなみ海道ほどの高い認知度はありません。だから、インバウンド向けに那須や日光といった地名をアピールするのではなく、ある意味、日本でサイクリングを楽しみたい、田園風景や自然豊かな日本を自転車で満喫したい方を対象に、日本ならではの体験を提供する戦略です。主に欧米豪の方々向けですが、彼らにとって日本は見かける植物も違うし、異国感があるとよくおっしゃっていますね。確かに私たちだって海外に出れば気候や景色の違いを楽しみますからね。

田園の中でサイクリングを楽しんでいる外国人観光客

大田:台湾の方々が好まれる風景というのはどういったところなのですか。 

山本:私個人の印象ですが、いわゆる絶景を好まれます。先ほども言いましたが、欧米豪の方は日本人から見ると一見地味だと思われる田園風景などに心動かされますが、台湾には田園風景もお寺もありますからね。ダイナミックな風景に惹かれています。ただ、秋の紅葉の景色は洋の東西を問わず大好きですよ。違いはほかにもありまして、欧米豪の方たちは、1人でも2人でもHPを見て申し込んでこられ、初対面の違う国の人たちと一緒にサイクリングを楽しまれますが、台湾の方々は仲間内だけで楽しみたいと言われる方が多いところは興味深いですね。

淺岡:山本さんのツアーに予約される方は、日本滞在中にサイクリングツアー以外にも何かアクティビティをされているんでしょうか。

山本:欧米豪の方が特に滞在時間が長い傾向があります。当社のもっとも長いツアーである12日間で東北を縦断するツアーに参加された方は、ツアーの前に熊野古道を歩いてきたとおっしゃっていました。

大田:タフだなぁ。今後はどんなツアーを考えていらっしゃるのですか。

山本:今年の6月にインバウンド解禁と大きく報道されましたが、ふたを開けてみるとガイドが必要など制約も多く、思ったほど需要は伸びませんでした。ただ、10月からは個人旅行も解禁など規制が緩みますから、これから忙しくなると思います。先日も日光のある有名ホテルと自転車を使って日光の杉並木を楽しむプランや、Eバイクでいろは坂を上るプランを発表したところ大好評でした。自転車だけでなく栃木の良さを組み合わせることで魅力は増します。それに参加したお客さんが発信してくれますから、那須や日光で事業を続けていけば自ずと地域の認知度も上がると思っています。

淺岡:組み合わせは、我々もアクティビティと地元のお店などとの相乗効果が出るように意識しています。これからの季節は紅葉で多くの方がいらっしゃいますし、事業者さんたちが新商品を工夫されてつくってくださっていますから、より効果的な発信を行い、いずれは栃木だからこその商品を私たちが発信できるようになればいいですね。

近藤:この2年、アウトドアアクティビティを県の事業として紹介させていただきましたが、これもひとえに事業者の方々がずっと取り組まれていたからこそだと思っています。今年度も、昨年に続き台湾、香港をターゲットにしていますが、さらに他の国へ広げていきたいと思っていますので、今後も事業者さんの協力を得ながらPRに取り組んでいきたいと思っています。

大田:本日はありがとうございました。

大田 修司
jeki首都圏統括支社 営業第二部 宇都宮駐在
2013年入社。恵比寿本社勤務を経て宇都宮駐在所設立に伴い宇都宮に移住。食や観光など地域のミクロな魅力から、移住につなげるマクロなブランディングまで地域課題の解決に幅広く従事。

山本 徹也
株式会社ライドエクスペリエンス 代表取締役
2015年、WEBサイト「Cyclist Welcome.jp」を⽴ち上げる。
2016年、サイクリングガイドツアー運営専⾨会社ライドエクスペリエンスを⽴ち上げる。
2021年、栃⽊県サイクルツーリズム協会初代会⻑に就任。

淺岡 夏香
栃木県 産業労働観光部 観光交流課 インバウンド推進担当 主事
栃木県栃木市生まれ。2015年栃木県入庁。総合政策部での勤務、JR東日本への出向を経て2020年より観光交流課でインバウンド推進事業を担当。

近藤 美希
栃木県 産業労働観光部 観光交流課 インバウンド推進担当 主事
栃木県国分寺町(現下野市)生まれ。2016年栃木県入庁。農政部、総合政策部での勤務を経て、2022年より観光交流課でインバウンド推進事業を担当。

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日本各地で様々な地域創生プロジェクトが立ち上がっている昨今。
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