シリーズ 地域ビジネスを「ひらこう。」③
地域をつなぐ懸け橋として 「TRAIN SUITE 四季島」のブランディングの裏側

地域創生NOW VOL.13

写真右:株式会社インターブランドジャパン 黒木英明 氏
写真左:jekiスペースプロデュースセンター営業企画部長 村山香苗

2017年5月に運行を開始した「TRAIN SUITE 四季島」(以下、四季島)は、JR東日本初の周遊型クルーズトレイン。車窓からの眺めはもちろん、調度品には東日本各地の工芸品が取り入れられ、食事も各地の旬の味覚が最高峰のシェフによって供されるなど、最上級の体験を堪能できる。同時に東日本の復興、地域創生の思いも乗せたこの四季島は、どのようなブランディングによって磨かれてきたのか。担当したジェイアール東日本企画(以下、jeki)スペースプロデュースセンター営業企画部長の村山香苗が、ブランド構築をともに行ったインターブランドジャパンの黒木英明氏を迎え、その過程を振り返りながら解き明かしていく。

“深遊探訪”を通して広がる四季島の世界観

村山:黒木さんとは、2015年の秋に四季島のブランディングで出会って以来のお付き合いです。JR東日本営業部の高橋担当部長(当時。現jeki常務取締役)に、外部の専門家を入れてブランディングを行いたいと相談し、富裕層のマーケティングに知見が深い黒木さんにお力を借りたいとお願いしたのがきっかけでした。四季島のお客さまの判断基準は、金額の多寡ではなく、「支払う価値があるか」にあるので、そのあたりの価値観をしっかりリサーチする必要がありました。

黒木:このブランディングプロジェクトには、10両編成の車両に乗られる最大17組34名のお客さまに対して、四季島の旅を通じてどのような体験価値をどのように伝えていくのか、という大きなテーマがありました。またその前提として、四季島のプロジェクトを支える社内・社外さまざまなステークホルダーのみなさんをひとつの方向性にまとめ、構築されたブランドの考えを共有していくという課題もありました。

そこで、調査やヒアリング、ディスカッションなどを行い、ターゲットはどういった方々で何を望んでいるのか、私たちはどのような行動指針のもとに何を提供するのかといったことを整理し、さらにそれをステークホルダー全体で理解し、共有するための仕組みをつくっていきました。

村山:四季島ブランドを定義し、すべてのステークホルダーが共有できる言葉が必要だということになり、コピーライターの前田知巳さんに“深遊探訪”というコンセプトを開発いただきました。「日本の奥の深さと出会い、時どきのうつろいを愛でる。人生の今までにない体験と発見を、鉄道の旅で」。これが非常に大きな意味を持ったように思います。

黒木:そうですね。ブランドとしてのパーパスやミッション、どのようなファクトに基づいてそうした価値を届けるのか、といったさまざまな要素を一つひとつ紐解いて、「日本の四季のいちばん深いところへ。新たな感性を呼び覚ます旅」とブランドとして定義したものを、ぎゅっと凝縮した言葉にしていただきました。東日本の復興という大きなコンテキストのなかで、関係するみなさんそれぞれの思いに応えながら、四季島の旅の魅力、本質を伝えている素晴らしいコンセプトワードだと思います。

村山:そしてそれをしっかりお伝えするためにメディア向けレセプションを、この東京ステーションホテルで開催しました。まだ四季島が出来上がる前の段階でしたが、単に豪華な列車が登場するということではなく、担うミッションや役割を、JR東日本営業部の赤石部長(当時)、車両のデザイナーである奥山清行氏、制服を担当した滝沢直己氏、テーマ曲を担当した佐藤直紀氏、料理を監修した中村勝宏氏などにプレゼンテーションいただきました。結果、参加いただいた報道陣やセグメントメディア関係者に“深遊探訪”の世界観が伝わったと思います。

黒木:メディア戦略も、一気に広く世の中に知らしめようという戦略はあえて取らず、まずはターゲットである富裕層の方々を中心に、信頼できる魅力ある情報として段階的に広めていくことを意識しました。富裕層の方々は、自分と価値観の近い人の情報や、自分と関係性の近いメディアの情報を取り入れる特性があります。メディアレセプションではそうしたことも意識して、報道各社以外に、セグメントメディアやオンラインのインフルエンサーなどを招待するなど工夫しましたね。

富裕層が求めているのは、豪華で華美な旅ではない

村山:四季島の車内には秋田木工の椅子やテーブル、青森県のブナの木を使った「BUNACO(ブナコ)」のランプシェードなど、東日本の手仕事が詰まっています。

料理もすべて東日本の旬の素材を使ってつくられていますが、運行する沿線の食材を組み入れた料理が移動とともに提供される工夫がなされています。上野を発車するときは東京にちなんだ食材を使った料理が、仙台に着く頃には宮城の素材を使った料理やお酒が提供されるというように。
料理長やキッチンクルー、乗りこんで料理する料理人の方々によって徹底的に計算された料理が、車窓の風景の変化に合わせたように次々とお客さまのテーブルに運ばれます。四季島のコンセプトが明確な言葉で表現されることで、関係者全員、現場の細部にまで行き渡ったように思います。

黒木:四季島のブランドをつくっていくなかで重要な点のひとつが、“豪華で華美な列車の旅ではない“ということです。これはターゲットである最近の富裕層の意識や特性ともリンクしています。昨今、ステータスや物質的な豪華さを求める従来型のラグジュアリー志向(クラシック・ラグジュアリー)ではない、文化や本質の追求、新しいことへの挑戦、サステナビリティ、本物の体験などを重視する、モダン・ラグジュアリーと呼ばれる富裕層が増えています。この新しいタイプの富裕層は、社会や個人にとってエシカルで健康的なことにはしっかりお金をかけ、モノとしての贅沢よりも自分にとって意義のある経験を重視します。四季島として、いわゆる“豪華な”ものではない、お金には換えられないような価値を今後も地域のみなさんと一緒にお届けすることが大事だと思っています。

村山:単に豪華ではない、価値あるものをお客様に体感していただくという意味では、新潟県燕市にある玉川堂さんで、何万回と銅を叩きながら縮めて酒器や茶器などをつくる鎚起(ついき)銅器の工程をご覧いただいていますが、これは大変意味があります。

黒木:玉川堂さんの技は最終的に素晴らしい工芸品という形に昇華されますが、そこにかける時間や超絶的技術は、間近で見ると本当に圧倒されます。

村山:手仕事の美しさや価値を目の前で感じていただき、その技とかかる時間を買っていただくわけですね。海外からのお客さまも大変感動されて実際にたくさん購入いただいたという話をうかがったときに、四季島のコンセプトがグローバルにもきちんと理解されたという確信と喜びがありました。四季島がめぐるコースは現在、弊社からご提案させていただいていますが、つくっている間に感じたことは、お客さまは本物を見たい、本物を体感したいという思いがあるということです。

例えば、日本各地にある神楽のなかで、ユネスコ無形文化遺産に登録されている岩手県花巻市の早池峰(はやちね)神楽を遠野で見ていただく提案をしました。神楽が始まるとお客様は舞台に吸い込まれていく。同時に地元の関係者の方々も改めて「こんなにすごいものがあったのか!」とびっくりする(笑)。足元にあるその素晴らしさに気づいたこともあって、地域の再発見をするきっかけにもなっています。

黒木:この早池峰神楽や玉川堂の鎚起銅器といった東日本各地に散らばる素晴らしい「点」を結んで「線」、そして「面」にし、東日本全体にフォーカスを当てていく。そこが四季島の素晴らしさです。今後も東日本の地域全体を盛り上げていくという意味合いにおいて、それぞれの「点」の良さを発掘し広めるとともに、全体をまとめていく考え方がより大事になってくると思います。個別の「点」が地域を盛り上げ、貢献する。その意味において、JR東日本さんは地域全体への大きな影響力があり、逆に地域からの影響も受ける。そういう関係のなかで成り立っている唯一無二の企業、ブランドです。地域の食、文化、暮らし方、暮らす人々の魅力をまとめ、編集して地域に貢献し、ともに成長するということが、この四季島のプロジェクトの本質であると改めて感じます。

村山:本当にそうですね。地域の食や文化、暮らしている人々の魅力を再発見、発掘して四季島を通じて、その価値を伝えていく。そのために私たちが目利きでなくてはならない。その使命感を強く感じます。そういう意味では、jekiのソーシャルビジネス・地域創生本部は、多くの地域とつながっており、たくさんの情報が集まります。それらを吟味しながら、連携し、私たちスペースプロデュースセンターが、四季島を通じたプレゼンテーションを行うことで、ご乗車いただくお客さまに喜んでもらうだけでなく、地域の財産を大きく発展させるお手伝いが出来たらと思っています。

黒木 英明
株式会社インターブランドジャパン
アソシエイト・エグゼクティブ・ディレクター
15年以上にわたり、外資系広告会社にて主に大手トイレタリーメーカーのマーケティングコミュニケーション戦略を担当。2005年インターブランドジャパン参画以降、B2B、B2Cを問わず、国内外主要企業のグローバル関連プロジェクトを中心に、戦略的かつクリエイティブなマインドとアプローチでクライアント支援を行っている。

村山香苗
jekiソーシャルビジネス・地域創生本部
スペースプロデュースセンター 営業企画部長
広告代理店、金融系シンクタンク、JR東日本を経て、2011年よりjekiにて列車プロデュースや列車ブランディング業務を担当。
2015年から「TRAIN SUITE四季島」のブランディング・プロモーションを担当。2021年4月からスペースプロデュースセンターに在席。主にJR東日本の「のってたのしい列車」や「グランクラス」のブランディングを通じて、東日本エリアの食や手仕事、知られざる上質な観光素材をの提案に取り組んでいる。

【シリーズ  地域ビジネスを「ひらこう。」】
(1) 地域創生を担う人材をどう育てているのか―ふるさとプロデューサー育成支援事業
(2) なぜ、いまjekiは地域創生に力を入れるのか
(3) 地域をつなぐ懸け橋として「TRAIN SUITE 四季島」のブランディングの裏側
(4)住民参加による「郷土愛・魅力創造」のまちづくり 北海道・芽室町の挑戦
(5)インキュベーション施設「わくばにかほ」がひらく、新たな起業の形 ~秋田県にかほ市
(6)「酒蔵ツーリズム」で広がる地域の魅力
(7)札幌駅前にできた×Station01から地域創生は生まれる
(8)食文化を通じて街を元気にする漁師町のプロジェクト ~福井県高浜町
(9)「お金の支援だけじゃない」地元銀行だからできる群馬経済の活性化
(10)「複業」で8割東京、2割地域を目指す。長野県佐久市YOBOZE!プロジェクト
(11)アンテナショップが担う知られざる役割。いしかわ百万石物語 江戸本店
(12)震災から10年、支援への感謝を込めて「東北」からのメッセージ~東北ハウス
(13)我が街の美味しさをもっと知ってほしい。ルミネエスト新宿の「Sweetいちごフェア」@茨城県筑西市
(14)コロナ禍でも地域創生はできる!岩手・青森のGo To Eat事業
(15)環境省「令和3年度地域再エネ事業の持続性向上のための地域中核人材育成事業」
(16)「インバウンド解禁」も素直に喜べない日本の課題
(17)世界遺産登録を目指す佐渡発。観光からはじまる社会課題解決

上記ライター村山 香苗
(ソーシャルビジネス・地域創生本部 スペースプロデュースセンター 営業企画部長)の記事

シリーズ地域創生ビジネスを「ひらこう。」㉟ 女性がつくる日本酒のミライ

地域創生NOW VOL.45

池原沙都実(ソーシャルビジネス・地域創生本部 ソーシャルビジネスプロデュース局)

木村ともえ(ソーシャルビジネス・地域創生本部 ソーシャルビジネスプロデュース局 部長)

村山香苗(ソーシャルビジネス・地域創生本部 スペースプロデュースセンター 営業企画部長)

シリーズ地域創生ビジネスを「ひらこう。」㉟ 女性がつくる日本酒のミライ

地域創生NOW

日本各地で様々な地域創生プロジェクトが立ち上がっている昨今。
そのプロジェクトに携わっているエキスパートが、“NOW(今)”の地域創生に必要な視点を語ります。

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