シリーズ 地域創生ビジネスを「ひらこう。」⑯
「インバウンド解禁」も素直に喜べない日本の課題

地域創生NOW VOL.26

写真左より)
jeki常務取締役CDO ソーシャルビジネス・地域創生本部長 高橋 敦司
jekiソーシャルビジネス・地域創生本部 部長 油川 晋司
株式会社MATCHA 青木 優 社長
jekiソーシャルビジネス・地域創生本部 島津 奈穂

新型コロナウイルス感染症が終息する気配はないが、ワクチン接種が進んだことで、人の移動やイベントなどの制限は緩和され日常を取り戻しつつある。同様にインバウンドも、欧米や東南アジア諸国は既に海外旅行者を迎えはじめた。感染拡大前の2019年には3000万人を超える外国人旅行者を迎えた日本も、実証実験をはじめるなど迎える準備を整えつつある。しかし、期待が膨らむ反面、感染拡大前のような成長曲線を描けないのではないかと懸念する向きもある。インバウンドを取り巻く課題と期待について、ジェイアール東日本企画(以下、jeki)常務取締役CDO ソーシャルビジネス・地域創生本部長の高橋敦司と同本部部長の油川晋司、同本部でインバウンド業務に携わる島津奈穂が、訪日メディア「MATCHA」を運営する株式会社MATCHAの青木優社長を迎えて、熱く語った。

無意識に鎖国に向かう日本人

油川:2020年にストップしたインバウンドがようやく動き出そうとしています。青木さんにとってこの2年はどういった時期でしたか。

青木:コロナ禍でインバウンドの旅行者は99.9%減少し、当然ながら会社の経営は苦しくなりました。ただ、苦しいなかでインバウンドの意義や役割、観光とは何か、そういったことを振り返るきっかけにもなった期間でした。そして、観光産業ではマイクロツーリズムやサスティナビリティツーリズムといった新たな兆しが生まれた時期でもあったと思います。高橋さんはこの2年をどう捉えていますか。

高橋:人は本能的に動き、新たに人と出会うことで互いに影響を与え、それが世の中を形づくっています。ところが、移動や旅行が封じられてしまいました。こうした経験は初めてでしたから、人間の行動や心理にどういう影響があるのか、そんなことをずっと考えていました。交流が遮断された期間が想像以上に長くなったことで、社会への影響はもちろん、インバウンドへも大きな影響を与えたでしょうし、以前のようなレベルに戻すことはかなり難しいことなのではないかと思っています。島津さんはこの荒波のなかで、jekiに入ったんですよね。

島津:そうですね。私はコロナ禍の入社でしたから、対面は制限され、オンラインが中心となる新たな働き方に対応しなければなりませんでした。その上、社内の関係性も構築できていなかったので、働くことに難しさを感じていました。まさに直接交流の遮断に苦しんだのです。インバウンドにも影響があるとおっしゃいましたが、どんな影響があったのでしょうか。

高橋:象徴的だったのが21年12月6日の読売新聞の記事です。コロナの影響から国を閉じる政府の水際対策について評価するか否かの世論調査だったのですが、89%の人が評価するに投じたのです。この結果は衝撃でした。というのも、海外から人が来ることを拒むというのは江戸時代の鎖国に戻るということです。日本のパスポート保有率も20%を切っていますから、海外に行く人も少なくインバウンドどころではありません。とはいえ、観光立国を目指し、インバウンドを迎え入れる政策は、人口の減少で収縮する経済を救うための施策であり、観光は日本の未来に欠かせない産業のはずです。

国の試算で有名なデータですが、定住者が1人減れば年間消費額が130万円減少するそうです。それを観光ならば75人の日帰り旅行者で取り戻せ、宿泊する日本人旅行者の場合なら23人、外国人観光客ならば8人で取り戻せると試算しているのです。そうしたことがインバウンドの根底にあることを思い出すべきです。

※出典:観光庁

油川:感染拡大を最小限に止める上で感染症対策は当たり前のこととして、日本経済に正の効果をもたらすインバウンドもまた重要であることを再認識すべきということですね。さて、そのためには青木さんは、どんなことを行うべきだと思いますか。

青木:この2年の間に感じていたのが、一社単独でできることなどたかが知れている、ということでした。日本への旅行者を例にした場合、まず飛行機に乗り、到着すると電車やバス、タクシーで移動し、ホテルに泊まって、食事やアクティビティを楽しみます。帰国後も日本食を食べ続けるかもしれません。そう考えると、旅に関わるステークホルダーのすそ野の広さに驚くはずです。私自身、以前は自分たちだけでなんでも行おうとしていましたが、今はステークホルダーと手を取り合いながら価値提供を行うしかないと思っています。
例えば、和食は世界無形文化遺産で、健康にいいと言われてきましたが、そのエビデンスは知られていません。もし、エビデンスが明確ならばもっと和食は注目され、経済的な広がりも生まれるはずです。つまり、連携によってコンテンツは補完され価値を生み出すのです。

高橋:おっしゃる通りだと思います。私の持論に「こたつミカン」というものがありまして、どういうことかというと、こたつでミカンを食べても経済的に潤う人はミカンをつくり、売る人とこたつの電気をつくる電力会社だけです。あとはせいぜいNetflixなどの動画配信サービスくらい(笑)。でも、ミカン狩りの旅であれば、例えば神奈川県の湯河原を目的地とすると、まず東京駅で待ち合わせて、お弁当とお茶を買い、電車に乗って、湯河原の駅からはスタンドで給油したミカン農園の迎えの車が伺います。食べ放題といってもそんなに食べられないですし、わざわざミカンだけを食べに来ることはないので、美味しいお寿司か、最近はやりの担々焼きそばを食べて、干物をおみやげに買って帰ろう、となるわけです。経済的に潤う人の数はこたつとは比べものになりません。そう考えると、さらに遠くから来るインバウンドの重要さは理解していただけるはずです。

油川:こうした事実をしっかり理解していただくためには、事例に加えて関連する数字を示すことも大切ですね。では、インバウンドが今後、拡大していく上で懸念していることはありますか。

旅の煩わしさをどこまで取り除けるか

青木:懸念しているのは、インバウンドで来られる方の新たな負担です。それは、国によって違うワクチン接種や陰性証明の有無といったレギュレーションを訪問先の国や外務省のサイトなどで調べなければならないということです。こうした面倒くささや不安を感じれば、旅そのものを取りやめてしまう人も少なくはないでしょう。こうした不安や面倒くささが当分の間はすべての旅につきまとうはずですから、実際に体感しようと私もニュージーランドに行こうと思っています。既にチケットは購入しましたが、チケットだけで入国できるのか、私自身まだ把握できていません。インバウンドの拡大にはこうした「わかりにくさ」の解消も必要だと思います。

島津:旅とはちょっと違うかもしれませんが、私は以前ベトナムで働いていました。その時に昨日の今日でルールが変わったりすることもあったので、情報の明確さや信頼性といったところにとくに注意を払っていたんです。いまの「陰性証明」「ワクチン」の話は旅行者にとって必ず気になるところですから、旅の目的地もわかりやすい情報を提供する国であることが重要になるのではないかと思います。

青木:そうですね。私も情報がオープンで、しかもわかりやすいかは選ぶ基準になると思います。また、一度行ったことがある国は安心感があるので選ばれやすいのではないでしょうか。現状、タイは「制約もなく観光できます」と、声高にアナウンスしています。ところが、日本はまだ明確に示せていない。そういうお客さんの声も拾いたいと思っているのです。

高橋:そこにひとつ付け加えるなら、積極的に旅行者にアピールしながら、「医療体制が脆弱なので気を付けてきてください」という文言を並列させている観光サイトをよく見かけますが、あの文言は行くことを躊躇させてしまいますね。そもそも“気を付けて来てくれ”とはどういうことか、と思います。感染を拡大させてはならないというのはよくわかりますし、すぐに解決する問題ではありませんが、日本では旅行者そのものに対するネガティブ感の強い地域もまだ多い。こういう問題があることを認識した上で、策を講じねばならないと思っています。

油川:連携するという意味で、MATCHAが企画する「インバウンドサミット2022」は、観光に関係する多くの方々に加えて、観光以外の方々も参加するので、改めて、インバウンドを考えるいい機会になりますね。

青木:宣伝ありがとうございます(笑)。22年の7月2日にオンラインでの開催を予定しています。未知のウイルスが蔓延していた20年7月に、業界内の情報格差を解決し、観光産業の連帯を示すためにはじめたのですが、おかげさまで3回目を迎えることができました。今年のテーマは「日本の底力」。この2年間、インバウンドは止まっていましたが、関係者にあきらめている方はいなくて、むしろ力を蓄えていたのではないかと思っています。先ほどから言うように業界の垣根を越えて、参加者のエネルギーがぶつかり合う場として企画したので、気付けばテーマ別で行うセッション数も30まで増えました。テーマには、プライシングや地域経営といったものもありますので、何より私が楽しみにしています。そのなかには当然、高橋さんにも「立ちはだかる壁」というテーマでご登壇いただきます。

高橋:既に申し上げたように、3年前までのインバウンドとは別の雰囲気と実態があるはずです。マスクが良い例ですが、今現在も屋外でも誰も外しません。マスクをつけることは悪いことではないですが、そのままでは元に戻ることにはならない。そういった難問を皆さんと共に考え、壁を越えた未来の話にまで踏み込めればいいなと考えております。
見知らぬ場所へ行き、見知らぬ人と会うことで、心を豊かにし、経済も豊かになるというのが人間社会の当たり前の姿だと思うのです。そうした観光の基礎の基礎にあるものについてもお話ししたく、さらにこのことを明治初期におっしゃっている方がいたことも伝えたい。皆さんもよくご存じの偉人で紹介したくてウズウズしていますが、それはインバウンドサミットにとっておこうと思います(笑)。

【「インバウンドサミット2022 -日本の底力-」開催概要】
開催目的
インバウンドサミットは全国の観光事業者や自治体を対象にした大規模なカンファレンスです。新型コロナウイルスの影響が長引き、日本の観光業界は依然として厳しい状況に置かれています。しかし、日本の持つ魅力は変わらず、長期的にインバウンド観光が日本の成長戦略の柱であることに変わりなく、今後、水際規制が緩和されると、真価が問われる状況がやってきます。
観光の枠に囚われない日本が持つ底力、可能性を多様なメンバーによって議論するほか、より有機的な連携を作り出し、草案をまとめ、日本がとるべき方針をまとめていきます。ぜひ是非、多くの方のご参加をお待ちしています。

開催日時
2022年7月2日(土) 13:00から19:00まで

開催方法
オンライン及びオフライン
(アーカイブ配信あり。また、オフライン会場はメディア及び関係者限定)

参加費 
無料

参加方法
事前登録(参加条件なし)

主催
インバウンドサミット2022実行委員会(事務局:株式会社MATCHA)

申込先
https://inbound-summit.com/

テーマ別セッション 
15:20~ 「立ちはだかる壁」インバンドはもういらないといわれてしまったら?に
jeki常務取締役ソーシャルビジネス・地域創生本部長 高橋敦司が登壇

【シリーズ  地域創生ビジネスを「ひらこう。」】
(1) 地域創生を担う人材をどう育てているのか―ふるさとプロデューサー育成支援事業
(2) なぜ、いまjekiは地域創生に力を入れるのか
(3) 地域をつなぐ懸け橋として「TRAIN SUITE 四季島」のブランディングの裏側
(4)住民参加による「郷土愛・魅力創造」のまちづくり 北海道・芽室町の挑戦
(5)インキュベーション施設「わくばにかほ」がひらく、新たな起業の形 ~秋田県にかほ市
(6)「酒蔵ツーリズム」で広がる地域の魅力
(7)札幌駅前にできた×Station01から地域創生は生まれる
(8)食文化を通じて街を元気にする漁師町のプロジェクト ~福井県高浜町
(9)「お金の支援だけじゃない」地元銀行だからできる群馬経済の活性化
(10)「複業」で8割東京、2割地域を目指す 長野県佐久市YOBOZE!プロジェクト
(11)アンテナショップが担う知られざる役割。いしかわ百万石物語 江戸本店
(12)震災から10年、支援への感謝を込めて「東北」からのメッセージ~東北ハウス 
(13)我が街の美味しさをもっと知ってほしい。ルミネエスト新宿の「Sweetいちごフェア」@茨城県筑西市
(14)コロナ禍でも地域創生はできる!岩手・青森のGo To Eat事業
(15)環境省「令和3年度地域再エネ事業の持続性向上のための地域中核人材育成事業」
(16)「インバウンド解禁」も素直に喜べない日本の課題

高橋 敦司
jeki常務取締役 チーフ・デジタル・オフィサー(CDO)
ソーシャルビジネス・地域創生本部長
1989年、東日本旅客鉄道㈱入社。
本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス(現・JR東日本びゅうツーリズム&セールス)代表取締役社長に就任。
2013年、JR東日本本社営業部次長、同担当部長を経て、2017年より現職。
(一社)日本旅行業協会広報委員長、日本広告業協会ビジネス統括委員会委員、
東京都観光事業審議会委員など観光や地域創生に関わる公職経験多数。

油川 晋司
jekiソーシャルビジネス・地域創生本部
ソーシャルビジネスソリューション局 グローバル・コンベンションビジネス部長
1990年、東日本旅客鉄道㈱入社。
主に観光開発業務(インバウンド含む)、首都圏発の旅行商品造成・企画・販売業務等を担当。
2002年、東北新幹線八戸開業準備のため青森県庁へ派遣。
2015年、(一社)東北観光推進機構へ派遣。東北観光の認知度向上および国内・海外観光客の誘致等を推進、東北地域の観光産業の振興と経済の発展に寄与。
2018年より現職。中央省庁やJR東日本グループ等とともにインバウンド・海外事業案件に多く携わる。

島津 奈穂
jekiソーシャルビジネス・地域創生本部
ソーシャルビジネスソリューション局 グローバル・コンベンションビジネス部
2020年入社。旅行会社でのインバウンド・アウトバウンド事業および3年の海外での勤務経験のキャリアを踏まえ、中央省庁やJR東日本グループ等を中心にインバウンド・海外事業を担当。

青木 優
株式会社 MATCHA 代表取締役社長
1989年東京生まれ。明治大学国際日本学部卒。内閣府クールジャパン・地域プロデューサー。学生時代に世界一周の旅をし、2012年ドーハ国際ブックフェアーのプロデュース業務に従事。独立後、2014年2月より訪日外国人向け WEB メディア「MATCHA」の運営を開始。10言語、世界200ヶ国以上からアクセスがあり、様々な企業や県、自治体と連携しながら海外への情報発信を行う。

上記ライター高橋 敦司
(常務取締役CDO ソーシャルビジネス・地域創生本部長)の記事

シリーズ  地域ビジネスを「ひらこう。」② 「なぜ、いまjekiは地域創生に力を入れるのか」

地域創生NOW VOL.12

高橋敦司(常務取締役CDO ソーシャルビジネス・地域創生本部長)

藤本裕之(執行役員 ソーシャルビジネス・地域創生本部副本部長)

シリーズ  地域ビジネスを「ひらこう。」② 「なぜ、いまjekiは地域創生に力を入れるのか」

地域創生NOW

日本各地で様々な地域創生プロジェクトが立ち上がっている昨今。
そのプロジェクトに携わっているエキスパートが、“NOW(今)”の地域創生に必要な視点を語ります。

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