シリーズ 地域創生ビジネスを「ひらこう。」⑫
震災から10年、支援への感謝を込めて「東北」からのメッセージ~東北ハウス 

地域創生NOW VOL.22

東京2020オリンピック・パラリンピックが終わって早いもので半年近くが経つ。新型コロナウイルスの感染症対策として海外はもとより国内客も入れない無観客での開催となったが、スポーツの祭典は世界の目を東京にくぎ付けにした。2021年は、東日本大震災から10年という節目の年でもある。そこで東北・新潟の官民が一体となり、震災時に受けた支援への「感謝」をはじめ「交流」「明日へ」と3つのコンセプトを掲げ、オリンピック開催と同時期に「東北ハウス」を設け、東京の秋葉原でのリアル(7月22日~8月7日)、とバーチャル(8月24日~22年1月24日)で東北の魅力を発信した。ジェイアール東日本企画(以下、jeki)がその運営を担ったこともあり、「東北ハウス」事業に深く関わった仙台支社営業第一部の渡邊仁と、本社企画制作本部エクスペリエンシャル・プロモーション局の渡邉隆之が事業を振り返りながら、東北への思いを熱く語った。

伝えたいこと、伝えなければならないこと

(写真右より)
jeki エクスペリエンシャル・プロモーション局 渡邉隆之
jeki 仙台支社 渡邊仁

渡邉隆之(以下、隆之):jekiがこのプロジェクトに関わるタイミングで仁さんも加わったんですか。

渡邊仁(以下、仁):そうですね。東北ハウスの事務局が一般社団法人東北経済連合会(以下、東経連)様で、仙台に所在していることから、jekiも仙台支社を窓口に業務を行うことになりました。もちろん大きなイベントで、開催地が東京ですから本社と一緒に進めました。
事業テーマのひとつに東日本大震災への復興支援の感謝を伝えるというのがありましたので、こうした事業に携われるのは、宮城県出身で、仙台市で震災を経験した私にとって栄誉なことだと思い志願しました。隆之さんもそうでしょう?

隆之:私も岩手県出身ですからね。もちろん手を挙げました。ただ最初の予定では2020年のオリンピック・パラリンピックにあわせて考えられていて、会場も高輪ゲートウェイ駅前広場で行う予定だったのですが、五輪の延期が決まり、新型コロナウイルスの感染拡大でイベント開催もできなくなったのでこのプロジェクトも1年延期になってしまったんですよね。それからが大変でした。

仁:高輪ゲートウェイ駅前が工事に入ることが決まっていたので、新たな会場を探さなければならない。候補地の下見をしたくても一回目の緊急事態宣言下でしたから現地に行くこともままならない。いやはや大変でしたよね。

隆之:事務局の皆さんと協力し、秋葉原駅の目の前にあるアキバ・スクエアが会場に決定しました。場所が秋葉原になったのも、少しでもインバウンドの方に来てほしい思いがあったからで、海外でも知名度がある秋葉原で良かったと思っています。そこで17日間の会期。設営なども含めたら1か月近くにもなるビッグイベントでした。
印象に残っていることはありますか。

仁:いろいろとありますが、感謝のゾーンに設けたインフォグラフィックウォールは強く印象に残っています。感謝を伝えるのはもちろんのことですが、どんな被害があったのかを忘れてはいけないと強く思ったからです。何メートルの津波が押し寄せたとか、亡くなった人の数であるとか、今も何人避難していますということなどが紹介されているのですが、人によっては「えっ、まだ避難している人が居るの?」と言う方もいるのです。風化防止の観点からも良かったと思っています。隆之さんはどうですか。

被害状況や世界からの支援、復興のあゆみを伝えるインフォグラフィックウォール

隆之:そうですね、やはりコロナ禍でガイドラインもなく、何を行うにも手探りだったことが印象に残っています。例えば、公式ホームページでは東北・新潟の多くの日本酒を紹介しています。東北ハウスのECサイトモールでの販売へとつなげるために会場での試飲を予定していたのですが、ギリギリのタイミングで中止になるなど先が読めませんでした。そのなかで逆境を逆手にとったのが伝統工芸体験じゃないでしょうか。各自治体のイベントを行う「各県市デー」の開催に合わせ、地域の伝統工芸を体験していただく体験コーナーもつくったのですが、これも感染拡大で難しくなったのです。でも、ありがたいことに伝統工芸を担う工芸士の方たちが、「ワクチンなんとか打って行くよ」などとおっしゃってくださった。それでも、実際は来られなくなる方も当然いたんですが、仁さんが「じゃあリモート体験をやろう」と言い出したのはビックリでした。

東北ハウス会場内で実施したリモートでの伝統工芸体験の様子

仁:実はこれ、うちの娘が通うそろばん教室がきっかけだったんですよ(笑)。娘がコロナ禍でタブレットを使ってオンラインで習っていて、対面ならば先生が顔や子どもの手元を見ながら話すのですが、リモートなので娘の斜め上からタブレットを吊るして、手元を見せて、会話をするときには顔を下からのぞかせて「はい、先生」みたいな(笑)。それがヒントになり、会場での運営方法を思いつきました。リモートでも体験が可能だとわかったのは、伝統工芸にとっても新たな可能性を広げることになったと思います。

隆之:私が伝統工芸の部分で感じたことは、東北・新潟の工芸品の中には、継承が困難なものもあるということでした。例えば、技術を引き継ぐには修業が20年は必要だから教える時間がないといった方や、教えられるが産業として成り立たないという方も多くいらっしゃいました。頭ではわかっていたんですが、生の声を聞いたことで、私自身、もう一度何かできることはないかと考えましたし、販路開拓や海外展開でサポートするなど、まだまだできることはあるなという気持ちになりました。

地元だから、頑張れる。ありのままの良さがわかる。

仁:東北・新潟の様々な魅力を切り取り、「The View from TOHOKU & NIIGATA」という映像作品を180度の巨大なスクリーンで上映しました。
自然風景や祭りには迫力があったので、多くの方に「没入感が凄かった」と言っていただきましたね。これは会場外でも180度スクリーンを体験できるようにして公式ホームページ上でも公開しています。

東北ハウス会場内に設置した円周34m、180度(半円形)の巨大パノラマスクリーン。

隆之:会場のスクリーンは巨大で圧巻でしたが、WEBでもお客様に同じように感動を与えることができるかについて深く考えましたよね。それから流す映像についても、航空写真やドローンを使わなければ撮れない映像、立ち入り禁止エリアからの映像ではなく、ちゃんと誰もが行ける場所にこだわりました。

仁:実際、いちばん大変だったのがこの撮影だったかもしれませんね。雪の映像を撮りましたが実は暖冬で雪が少なく、雪が降った翌日に急いで撮りに行きましたよね。
それから、新型コロナによる行動制限下での撮影なので、来てほしくないというところも当然ありました。でも、一方で「頑張ってね、事業を応援しているし協力するから」とも言っていただけて。官民一体の事業なので、周りの協力も多く、ありがたかったですね。

雪景色の第一只見川橋梁ビューポイント(The View from TOHOKU & NIIGATAより)

隆之:確かに一体感がありました。官民合わせて451社もの企業や団体が協賛されていましたからね。他にも、会場に雪を持ってきたときも大変でしたね。真夏の東京に雪を持ってくるってけっこう無茶なことで、スノーマシンじゃなく、実際の雪を新潟と山形の雪室(ゆきむろ)から持ってきましたからね。

真夏の東京で、実際の雪を使ってそり滑りや、雪玉投げなどを楽しむコーナーを設置

仁:子どもたちの反応を見て改めて東北の雪って大事なコンテンツだなと思いました。雪を実際に見たことや触れたことがない人にとっては、特別な仕掛けはいらず、触ると冷たいんだ、ツルツルと滑るんだといったシンプルなことで、すごく喜んでくれたんです。
東北ってありのままの自然がすごく残っていて、「自慢できることはそれだけ?」と言われることもあるのですが、私は今回、ありのままを残すことも大事なことだと思いました。そういう意味では、東北出身の我々2人にとっては東北ハウスの事業は、自分の立ち位置を改めて考えることになったのではないかと思っています。だから、ほんとうに大変なことも多かったですが、辛さなんかはまったく感じませんでしたね。

隆之:仁さんも私も直接的ではないですけど、友人や知人、家族、親戚の誰かが震災の被害を受けています。だから震災10年目に地域の魅力を伝えながら、復興支援への感謝のメッセージを発信していくことは大きな意味のあることだと改めて思うのです。そして、これからも東北、新潟各地に根付いている“jekiだからできること”を、気概をもって進めていかなければならないし、やらせていただければと思っています。

仁:そうだね、いいこと言うなぁ。もう10年なのか、まだ10年なのか。その答えは出ないですけど、地域の課題を解決しようと寄り添っていると、改めて地域の魅力を見つけることができると今回強く感じました。今後も、故郷の課題解決に取り組みたいですし、我々も地元の観光資源をデジタルと掛け合わせることなどで、お役にたっていきたいと考えています。

隆之:これからも地元出身者として盛り上げていきましょう。本日はありがとうございました。

会場で実施したコンテンツは東北ハウスWebページにて公開しています。 (https://www.tokeiren.or.jp/tohokuhouse/

【シリーズ  地域創生ビジネスを「ひらこう。」】
(1) 地域創生を担う人材をどう育てているのか―ふるさとプロデューサー育成支援事業
(2) なぜ、いまjekiは地域創生に力を入れるのか
(3) 地域をつなぐ懸け橋として「TRAIN SUITE 四季島」のブランディングの裏側
(4)住民参加による「郷土愛・魅力創造」のまちづくり 北海道・芽室町の挑戦
(5)インキュベーション施設「わくばにかほ」がひらく、新たな起業の形 ~秋田県にかほ市
(6)「酒蔵ツーリズム」で広がる地域の魅力
(7)札幌駅前にできた×Station01から地域創生は生まれる
(8)食文化を通じて街を元気にする漁師町のプロジェクト ~福井県高浜町
(9)「お金の支援だけじゃない」地元銀行だからできる群馬経済の活性化
(10)「複業」で8割東京、2割地域を目指す 長野県佐久市YOBOZE!プロジェクト
(11)アンテナショップが担う知られざる役割。いしかわ百万石物語 江戸本店
(12)震災から10年、支援への感謝を込めて「東北」からのメッセージ~東北ハウス
(13)我が街の美味しさをもっと知ってほしい。ルミネエスト新宿の「Sweetいちごフェア」@茨城県筑西市
(14)コロナ禍でも地域創生はできる!岩手・青森のGo To Eat事業
(15)環境省「令和3年度地域再エネ事業の持続性向上のための地域中核人材育成事業」
(16)「インバウンド解禁」も素直に喜べない日本の課題
(17)世界遺産登録を目指す佐渡発。観光からはじまる社会課題解決

渡邊仁
仙台支社営業第一部 部長代理
イベント企画・制作会社に勤務して東北6県を駆け回って仕事をしていた経験から、各地の観光地や名所、地域課題等について知見を深める。2012年jeki入社。JR東日本をクライアントとして、地域と連携した魅力の発信に取り組んでいる。

渡邉隆之
エクスペリエンシャル・プロモーション局 プロモーショナル・ソリューション部
2017年jeki入社。地方創生に関わる業務領域を特に志向し、地方自治体が出展する大型イベントや、各種シンポジウム、観光プロモーションなどの企画立案から実施運営までをプロデュースする。

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日本各地で様々な地域創生プロジェクトが立ち上がっている昨今。
そのプロジェクトに携わっているエキスパートが、“NOW(今)”の地域創生に必要な視点を語ります。

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