シリーズ地方創生ビジネスを「ひらこう。」㊷
「複業人材」で課題解決!
カツオとマグロが呼び込む焼津のECモール

地域創生NOW VOL.52

左から
jeki 首都圏統括支社 営業第二部 伊豆駐在 大鳥 雄介
株式会社いちまる 常務取締役 本多 真 氏
焼津市 経済部 商工観光課 係長 田村 至 氏
※この取材は2023年9月に実施しました

7年連続で水揚金額(2022年度)全国1位となるなど、静岡県焼津市はカツオやマグロ、サバや桜えびなど3つの港の水揚げからなる水産業や水産加工業で賑わっている。ところが、コロナ禍で主力のBtoB(企業間取引)に影響が出たため、多くの地元事業者で個人消費者向けにも販路を開拓する動きが拡大していた。そこで焼津市は地元事業者がインターネット上で販売する「ECサイト」や多くの事業者が参加できるインターネット上の商店街「ECモール」の支援を行うため、地元事業者と専門的な知識を持つ人材を「複業」という形でマッチングを行った。この複業人材のマッチングを行ったジェイアール東日本企画(jeki)の大鳥雄介が、焼津市経済部商工観光課の田村至氏、地域ECモールを立ち上げた株式会社いちまるの本多真氏を迎えて、事業を振り返りながら焼津市の魅力について語った。

「知見が足りない」「人手が足りない」その時どうする?

大鳥:本日は、焼津の夏の定番ファッションである魚河岸シャツで参加していただき、ありがとうございます。

本多:通気性が良く涼しいので、昔から港町では着ていたのですが、最近では街なかでも着ている方が増えて、それこそ市役所の職員も着ていますよ。

田村:役所では魚河岸クールビズとして、夏期の着用を推奨していまして、僕らは観光や地域産業の振興を担当しているので夏は毎日着ています。また、近年はSDGsにつながる取り組みとして、金融機関をはじめ50社ほどの民間企業さんにも広まっています。柄も多く、子どもからシニア層まで幅広い年代に受け入れられ、夏の風物詩として親しまれています。

本多:先日、自宅のある静岡市内で魚河岸シャツを着て買い物をしていたら「焼津からですか」って話しかけられて(笑)。知名度は市外に広がっています。

大鳥:私も着てくればよかったです(笑)。
さて本日は、過去2年間にわたってECサイトを活用した水産加工業の販路開拓事業を行い、私もお手伝いさせていただきました。この取り組みのきっかけを改めて、説明していただけますか。

田村:焼津市では地域創生の一環としてデジタルマーケティングによる観光・産業振興の取り組みを令和2年(2020年)度から進めています。焼津は漁業や水産加工業を中心とした食品産業が集積していますがBtoB(企業間取引)が中心です。しかし、近年の社会構造の変化により、新たな販路としてBtoC(個人消費者向き)の分野に進出したいという意向が、コロナ禍により更に強くなりました。そこで、デジタルマーケティングを活用する地元事業者の支援として、自社サイトによる販路開拓のサポートにくわえ、自社ECサイトの運用に踏み切れない小規模な事業者も参加できるような「地域ECモール」をつくることで、企業規模にかかわらず、BtoC分野で販路開拓を行えるようにしようと考えたわけです。

大鳥:そうでしたね。正式には「自社ECサイトの改善支援」「小規模事業者も参画できる地域ECモール」の2つの販路開拓支援で、焼津の街が一丸となって売っていく取り組みになればとの思いでした。ECサイトの拡充を考えたきっかけは何かあったのですか。

田村:焼津市はふるさと納税が好評で、お客様だけでなく事業者さんからも好意的に受けとられています。その理由は、発送や顧客管理などの手間をふるさと納税という枠組みで代行しているからです。さらに踏み込んだ後押しをするとなるとEC販売となるのでしょうが、競争も厳しく、ブランディングやコンセプトもしっかりしていないとお客さんにも届きません。特に地域ECモールはビジネスとして自立自走するためにも、地元事業者が主体となって立ち上げる形を目指し、公募していたなかで、いちまるさんが手を挙げてくださったわけです。

本多:手を挙げた理由は2つあります。ひとつは当社が創業150年を超える地元でも古い企業で、昔から地域全体のことに積極的に関わってきた歴史があるからです。例えば、市場機能が必要になった時には、当時の社長が地域の方々と会社を設立しましたし、創業以前の江戸期には、鰹節を自前でつくるために技術者を自宅に招いて製造方法を学び、地域に広めた歴史があります。

大鳥:すごい歴史ですね。もうひとつの理由はなんでしょうか。

本多:既に「焼津の網元」という自社ブランドを立ち上げていたことです。2018年、創立150年のタイミングに、自社を代表する商品をつくりたいと、自社の船で獲ってきたカツオやマグロの缶詰を発売。いまも商品数を増やしています。先ほど田村さんからもありましたが、焼津はBtoBがメインで下請けの仕事が多いのですが、自分がつくっているものに対しては高いプライドを持っています。だから、地域の皆さんの価値を地域ブランドにまで高められないかと、手を挙げたわけです。とはいえ、最初から地域ECモールを立ち上げようと思ってはいなかったので協力は必要でした。

田村:この事業をスタートするにあたってヒアリングを行い、課題を集約すると「知見が足りない」「人手が足りない」というものだったので、その部分を補うために大鳥さんたちに専門家を複業人材としてマッチングしてもらい、事業をサポートしていただきました。

「必要な場面で最適な人材」複業という選択肢

大鳥:我々は、「自社ECサイト」では6つの事業者さんを、23年9月にスタートしたいちまるさんが事業主体となる地域ECモール「焼津の網元」でも複業人材をマッチングしました。具体的にはどのような支援でしたか。

本多:モールをつくることがゴールではないので、その先、どうするのか。地域ブランドを地域のなかでどう位置付けるか、そういった道筋はもちろん、ECの技術的なサポートなど、自分たちの考えや、やりたいことを整理するにあったって、専門的な知見を持った複業人材を紹介していただいて、ほんとうにありがたかったです。

jekiは地域ブランド・ECの専門家を派遣し、焼津地域といちまるの特徴を生かした BtoC向けECモールの立ち上げを支援。9月に新たにサイトをオープンした。https://yaizu-amimoto.jp/

大鳥:いくら専門知識を持っていても、相性や入るタイミングなどでうまくいかない場合もありますから、ご紹介と進行のサポートには細心の注意を払っていました。ところで、複業人材が入ったことでの気づきはありましたか。

本多:自分たちの考えを客観視できるなど、地元では得られない視点で進むべき道を検証できたことですね。今回、専門分野をお持ちの多くの複業人材を紹介していただきましたが、自分たちだけで呼ぼうと思っても、そんなにネットワークがあるわけではないのでありがたかったです。

焼津の歴史の勉強会(複業人材活用)

田村:いちばん苦労したポイントはどこですか。

本多:「解像度を上げる」という言葉で表現するのですが、「これなら、食べたい」と思うような明確なストーリーを構築する作業ですね。例えば、地域の中では当たり前だと思われていることや新鮮な驚きをどう表現するのかといったことです。強めに燻したカツオのたたきがあるのですが、工場内で燻しを強くすることを「鬼焼き」と呼んでいたんです。これは伝わる名称だと思い、商品名も「鬼わら焼」となりました。

田村:先日、義理の両親に贈ってインパクトある名前だと思っていたんですよ(笑)。香りがよくて美味しいと好評でしたが、美味しさの秘密は。

本多:炭火などの遠赤外線だと焦げた匂いになるのですが、ワラで焼くと低い温度であるオレンジ色の炎で燻されるので、ワラの香ばしい匂いが全体にまわるんです。聞いているだけで美味しそうでしょう(笑)。

「鬼わら焼」(カツオのたたき)

大鳥:お腹がすきますね(笑)。ちなみに鬼わら焼を美味しく食べるには。

本多:ぼくらは、薬味をできるだけ少なくして食べてほしいと話しています。にんにくや生姜など薬味たっぷりがスタンダードですが、カツオ本来の味や香りを楽しんでほしいので、リーフレットにも塩やポン酢で食べてもらうよう書いています。漁師さんの食べ方も紹介していて、例えば南方のカツオは脂が少ないので、マヨネーズ醤油に一味をかけて食べていることなど、おもしろがってもらえるように心がけています。

大鳥:サイトでは他にも、お店の屋号の話や焼津の網元探検隊など街の歴史にも触れているところがユニークですね。

本多:焼津は、昔から、今でもそうなんですが屋号で呼び合っていまして、屋号を持っている金融機関まであります。それぞれに抱えている歴史があり、そうした街の歴史を焼津の網元探検隊のメンバーである若い人たちが伝えています。船舶や魚河岸シャツなど地元の職人さんのところに行って話を聞いてもいますので、彼らもいい経験になりますし、ご覧になった方も珍しい話が聞けるのでファンになっていただけるのではないかと期待しています。これもまた私たちがやるべきことじゃないかと思っているのです。

田村:焼津の網元探検隊の取材には、ぜひ市の職員も一緒に参加させてください。職員にとっても、地元のことを知る機会となりますし、事業者の方と膝を突き合わせて話すことで市の施策ももっと生きたものになってきますからね。

本多:それはいい。ぜひ!一緒にやりましょう。

大鳥:焼津の解像度を上げていくことですし、人のつながりも生まれますよね。

本多:そうなんですよ。街のコーディネーター的な存在になることで、ただ安いから買う、量が多いから買おうではなく、焼津の歴史や人を背景にした商品だから興味をもってもらい、愛してもらってリピートしてもらう、そんな存在になれると思っています。

田村:私も今年4月から観光の担当として、こうした焼津の商品を観光につなげていきたいと思っています。そのためにも、焼津と聞くと美味しいものが食べられる街、例えば、丼のイメージが浮かぶなど、そんなところまで目指したいですね。既に、ふるさと納税やECサイトでのお客さんのレビューなどでは、「今度、焼津に行きます」「実際にお店に行きました」というお声もありますので、新しいお客さんを開拓していく流れをこれからも続けていきたいと思います。

大鳥:私自身も焼津にはまって鰹節から出汁をとるようになりましたから、今後も焼津のファンづくりに貢献していきたいと思っております。本日は、ありがとうございました。

大鳥 雄介
jeki 首都圏統括支社 営業第二部 伊豆駐在
2018年入社。静岡デスティネーションキャンペーンを契機とした、伊豆駐在所設立に伴い、
静岡県内の地域課題解決に関わる仕事に従事。地域の観光誘客から商業的な販路開拓支援、デジタルマーケティング、その他関係人口創出に関わるさまざまな領域まで幅広く地域を支援。

田村 至 氏
焼津市 経済部 商工観光課 係長
2005年入庁。2017年度より観光部門で、静岡デスティネーションキャンペーンやマイクロツーリズム推進などに従事。2021年度より商工政策担当として、販路開拓支援や雇用・労働分野を担当。2023年度より現職。

本多 真 氏
株式会社いちまる 常務取締役
1991年入社。㈱いちまるが建設した日本初の真空調理専用工場の立ち上げに従事。全国の外食店に向けた販路開拓をはじめ商品開発や生産管理などに携わってきた。2022年からBtoC市場開拓を目的としたMD事業部の責任者を務める。
静岡県食品技術研究会会長、新調理システム推進協会副会長、(一財)静岡新食文化共創機構評議員。

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