シリーズ地方創生ビジネスを「ひらこう。」㊶
第53回仙台広告賞 テレビ部門大賞受賞 CM制作に込められた思い。
失われて気づく「会いに行ける幸せ」~新幹線がつなぐ人と人、人と街~

地域創生NOW VOL.51

左から
jeki 仙台支社 営業第一部 佐々木 廉
東日本旅客鉄道株式会社 東北本部 マーケティング部 東北営業ユニット 鈴木 育未 氏
jeki 仙台支社 営業第一部 八重樫 一紗

当たり前はいつも突然失われる。明日会おうと約束しても、翌日には世界が一変しているかもしれない。つい先日までの私たちがそうだった。パンデミックによって3年近く、誰かと気軽に会い、語らうことを制限された。しかし、ワクチン接種や感染者数の減少から、長い時を超えてようやくコロナ後の日常が見えてくると、今度は、いかに日常へ戻していくのかという難問が立ちふさがった。移動の制限によって深刻な打撃を受けた新幹線もまた、コロナ明けを見据えた東京への送客プロモーションを行う上でさまざまな葛藤があった。プロモーションに携わったジェイアール東日本企画(jeki)仙台支社の佐々木廉と八重樫一紗が、JR東日本東北本部の鈴木育未氏を迎えて、先が読めないなかで、どのように日常を取り戻す一歩を踏み出そうとしたのか、不安感への配慮や人とつながる喜びを交えながら振り返る。

我慢したぶん、喜びは大きくなる

佐々木:先ほど、仙台駅を歩いてきたのですが、ほとんどの方がマスクをしておらず、何より多くの人で賑わっていました。東京送客のプロモーションをどうしようかと悩んでいた頃の閑散とした雰囲気が遠い昔のように思えます。

八重樫:わずか1年半ほど前の話ですけどね。鈴木さんからお話をいただいたのもちょうど感染第6波がくる直前でした。正直、時期も気になりましたが、移動に対するハードルが徐々に下がっていたものの、コロナに対する感じ方が人それぞれで、移動を促すための表現方法が難しくとても悩んだ記憶があります。

鈴木:当時は、感染拡大がはじまって2年がたち、感染者数の波はあるものの、おぼろげながら未来が見えてきた頃で、夜明けを見据えたプロモーションでした。当時、首都圏から地方への人の移動は戻りつつあったものの、地方から東京に行く方が少なかったので、新幹線を利用して東京へ行く後押しとなるプロモーションが必要だ、となったのです。

佐々木:お話をいただいたものの、まだ第6波のさなか。いくらピークアウトを見据えてといっても、そもそも東京に行くことが良いのかどうか、そんな時期でしたからね。

鈴木:もちろん私自身、コロナが蔓延しはじめた頃は、新幹線が動いていることで人の流動が止まらず、感染が拡大しているのではないかと思い悩んだこともあります。でも、どうしても東京に行かなきゃいけない人もいますから、必要なインフラであるのも確かです。それで、どうすれば安全はもちろん、安心感をもってもらえるかと考えていました。

佐々木:感染者数などのデータでは安心感は得られませんからね。そういう意味で、プロモーションは、伝え方に頭を悩ませました。地方は、東京以上にコロナに対して警戒していた印象がありましたから、何度も打ち合わせを行いましたね。

八重樫:それで、行くきっかけ、行く目的って何だろうと考えたときに、「人に会えることって、当たり前だと思っていたが、実はすごく貴重なことだよね」となり、コロナ禍でなかなか会えなかった人や街などにも会いに行く、待ち焦がれた気持ちに着目したのでした。

佐々木:ちょうどこの頃TVで流れていたCMにも、コロナ禍でのオンライン会議から、直接会って話すという、人と会うことの大切さを伝える内容のものがあり、同じ気持ちを表現されていて、仲間がいるうれしい気持ちと同時に、先にやられた、という悔しさもありました(笑)。

鈴木:私たちの方は、誰かと対面で会える喜びを日常の生活のなかで表現したのですが、その思いをどう表現すれば共感してもらえるか考えたときに、日常生活での子どもとの会話がヒントになったんですよね。

八重樫:夕食前にお菓子を食べることを我慢している子どもに「我慢したぶん、夕ごはんが美味しくなるよ」と、伝える心情が、コロナ禍で人に会いに行きたいけれど会えない気持ち、待ち焦がれた気持ちと似ているとスタッフ全員が思ったのです。そこから「がまんしたぶん東京がうれしい。」というコピーが出来上がり、伝えるべき心情をスタッフ全員が納得した状態で進めることができました。

鈴木:その心情が、「東京の街に行く」「東京の人に会いに行く」という2つのバージョンのTVCMになり、そのひとつが、「コロナ禍で生まれた姪っ子が歩きはじめるその前に会いに行こう」というものでした。確かに、赤ちゃんは生まれて1年もたてば歩きはじめます。歩きはじめる前に会いたければ、今までなら新幹線ですぐに行けました。でも、その当たり前ができなかった。このことで、会いたいときに会いに行ける、その手段として私たちの会社の新幹線があることに改めて気付き、移動を促すことへの躊躇がなくなりました。とはいえ、撮影など、その後も波瀾万丈でしたけれど(笑)。

東京を代表する景色は荒川の河川敷!?

八重樫:時間がないなか、スタッフがこだわりましたから。特に、制限の多い新幹線の車内撮影では、鈴木さんが大変だったでしょう(笑)。他にも、当時はマスクがスタンダードでしたから表情が見えにくいなど、いろいろと気を遣わなければならないところが多くありましたね。

佐々木:私はポスターの校正で留守番でしたが(笑)、車窓からの風景にもこだわったんですよね。徐々に東京感が出てくるように。それで降車時間ギリギリまで撮影させていただいたとか。

鈴木:大宮を過ぎたくらいから、車窓も東京の感じが出てくるので、本来であれば早めに撮影を切り上げて降車の準備をしたいところですが、どうしてもギリギリまでの撮影になってしまったので、正直、ハラハラ。でも、こだわりたい気持ちは私も同じでしたからね。

八重樫:都内の方にはなかなか理解してもらえなかったのですが、鈴木さんや佐々木を含めて、私たち地方出身のスタッフが、上京するときに新幹線で何をするかというと、車窓を見ちゃうんですよね。例えば、CMに荒川の河川敷が出てくるのですが、地方の人間からすれば東京の川は違う。でも、都内の方からすれば「これは東京の景色なのか?」と疑問に思うらしいのですが。

鈴木:川は一緒ですが、河川敷の整備のされ方がちょっと違いますよね(笑)。

佐々木:私の地元の川は激流ですし、河川敷も草ぼうぼうでベンチも丸太。何より川の向こうにビルなんか見えませんからね(笑)。でもそんな地元も大好きですが(笑)。

八重樫:ところが肝心のCMは、コロナとは別に福島県沖で大きな地震があり、新幹線が運行できなくなって、ポスターの掲出、CM放映がストップしてしまいました。

鈴木:東京へ行く手段である新幹線を動かすことができなくなったのですから、プロモーションを行うわけにはいかなかったです。でも、なんで放映予定日の2日前なんだろうと……。

八重樫:あの地震で、一度近くなった東京が、また遠くなった気がしました。でも、改めて遠い距離をつないでくれる新幹線への感謝と愛着が湧きましたね。

鈴木:地震で放映ができなかったTVCMでしたが、その後、ゴールデンウィーク明けにもう一度放映する機会を得られました。でも、その時はもう世の中の雰囲気が少し変わっていて、移動することへのためらいがなくなってきていました。

佐々木:そうですね。あの時期だからこその、このCMだったと改めて思いました。

鈴木:放映予定の時期であれば、ちょっと踏み込んだCMだったと思いますが、わずか2、3ケ月の間で世の中の雰囲気が一変しました。もちろん、良い方向に変わったのですからとてもいいことなんですけどね。

八重樫:ちょうどその頃、ようやく帰省できたのですが、久しぶりに会えた友人がとても喜んでくれて、行く側だけじゃなく、待っている方も待ちわびていたんだと思い、なんだかあのCMをつくってよかったなとつくづく思いました。

佐々木:CM制作に込めた熱意は半端なかったですからね。そうした思いが第53回仙台広告賞の大賞(テレビ部門)につながったのかもしれません。「いまの東京に逢いに」「がまんしたぶん東京がうれしい。」というタイトルやキャッチコピーにも共感していただけたのも、東京からの目だけじゃなく、地方からの視点も入れ込めましたし、八重樫が言うように、向かう側だけでなく、待っている側の気持ちも込められたからだと思います。

写真:「仙台広告賞表彰式」の様子(2023年9月14日)

八重樫:審査委員長からは、「リアルドキュメンタリー調で、乗客目線エピソードに徹しているのが何よりいちばん優れたポイントで、非常に共感性が高い」と仰っていただき、コロナ前の暮らしを取り戻そうとしていた時期ならではのCMということも好評でした。私自身、制作前にすごく葛藤しましたが、自分を信じて進み、それが賞をいただけたことで、考えが間違っていなかったと言われているようでうれしく、今もこの仕事がいちばん心に残っています。

鈴木:私にとっても人と直接会える喜びや新幹線の存在意義と向き合えたのは、このCMのおかげです。この後、東京への移動を促すCMを2本つくりましたが、今年のものは、もうマスクをしていません。それに「新幹線で、行って来ます。東京へ。」と言い切っています(笑)。でもいちばんは、新幹線で東京に行きましょうと、自信をもって言えることが何よりうれしいですよね。

佐々木:今回、当たり前のありがたみを痛感しました。これは、普段行っている地域創生の事業とも共通します。失ってから気付いても遅いということです。失ってはダメなもの、変えちゃいけないもの、今後も、そういった景色を大事に守っていきたいと思います。本日はありがとうございました。

佐々木 廉
jeki 仙台支社 営業第一部
2020年入社。仙台支社営業第一部に配属後、主にJR東日本東北本部の鉄道利用促進に関するプロモーション業務を担当。JR東日本の地域連携施策にも携わり、東北エリアの地域課題解決に従事。

八重樫 一紗
jeki 仙台支社 営業第一部
2021年入社。仙台支社営業第一部に配属。
JR東日本東北本部のプロモーション業務を担当した後、現在はJRグループの商業施設やホテルをメインに担当。

鈴木 育未 氏
東日本旅客鉄道株式会社 東北本部 マーケティング部 東北営業ユニット
2012年入社。駅での出札業務、指令業務を経て、2021年より現職。地方から首都圏への流動促進施策や、東北地方を運転する臨時列車の宣伝業務などを担当している。

地域創生NOW

日本各地で様々な地域創生プロジェクトが立ち上がっている昨今。
そのプロジェクトに携わっているエキスパートが、“NOW(今)”の地域創生に必要な視点を語ります。

>記事一覧はこちら

>記事一覧はこちら