シリーズ 地域創生ビジネスを「ひらこう。」⑲
「この指とまれ!」からはじまる山形市のローカルイノベーション

地域創生NOW VOL.29

写真右より
jeki仙台支社山形支店 高橋 洋介
jeki仙台支社山形支店長 上泉 雅昭
一般財団法人山形コンベンションビューロー常務理事 青木 哲志氏
山形市商工観光部観光戦略課誘客推進グループリーダー 樋口 修氏

日本各地で地域創生に関する事業は行われているが、資金や人材が潤沢にあるからといって上手くいくとは限らない難しさがある。ところが、上手くいく事業には共通する点がある。それは、地域住民を含めた関係者の合意形成が上手くいった案件だ。東北屈指の観光資源である蔵王と山寺を抱える山形市は地域の合意形成、言い換えれば「巻き込む力」に長けていると言われている。では、その秘密はどこにあるのか。
地域創生の事業をともに行ってきたジェイアール東日本企画(jeki)仙台支社山形支店の上泉雅昭と高橋洋介が、山形市商工観光部観光戦略課で誘客推進グループリーダーを務める樋口修氏と、観光戦略課の前課長で、現在は一般財団法人山形コンベンションビューローの常務理事を務める青木哲志氏を立石寺にほど近い山寺芭蕉記念館に迎えて、手掛けたプロジェクトを振り返りながら、巻き込む力について話を聞いた。

良いプロジェクトには引力がある

高橋:地域創生の事業に意欲的に取り組まれる山形市さんですが、最近では当社も観光庁の3事業をお手伝いさせていただきました。アーティストが蔵王に長期滞在しながら作品制作を行う「蔵王アーティスト・イン・レジデンス」、星空をテーマに滞在コンテンツを磨いた「蔵王グロースハックプロジェクト」、そして立石寺の門前町でマルシェを行う「山寺地区歩行者天国化実証事業」です。これらの事業を行った背景にはどういった課題と狙いがあったのでしょうか。

樋口:私の所属する誘客推進グループは普段、花笠まつりや日本一の芋煮会フェスティバルなどイベントの仕事が中心ですが、コロナ禍でいずれも中止や代替事業となり、余力が生まれて……(笑)。というのは冗談ですが、コロナ禍でも山形市に人を呼ぶにはどうすれば良いか、地域の課題解決をしながら人を呼ぶことはできないかということを考えていました。自治体の予算は限られ、ましてや前年度に決まっているので、やりたいことがあってもすぐには動けません。そんなタイミングで観光庁の補助事業があり、面白いアイディアとも出合えたので、当時の青木課長の下、3つの事業を行ったのです。

青木:私はこの3月に定年になるまで、13年にわたって観光振興事業に携わらせていただきました。山形市には蔵王温泉、山寺、街なかという観光の3本柱があるのですが、そのどれもがコロナ禍で打撃を受けて、閉塞感がありました。地域が一歩を踏み出すためには、何か起爆剤となる事業が必要だと思っていたところ、高橋さんが良い企画を持って訪ねてくれたのです。締切り3日前でしたけどね。

高橋:そうですね(笑)。手書きに近い企画書を青木さんにお持ちして、「なんかビビッときた」と言ってくださり、すごく嬉しかったです。

上泉:蔵王をアートで盛り上げる新たな切り口は、世界で活躍するアーティストである小林舞香さんを縁もゆかりもない山形市に迎えられたことで想像以上に広がりましたね。その後、小林さんが移住されるとは思いもよりませんでした。

蔵王温泉 たかみや瑠璃倶楽リゾートに施された小林舞香氏による壁画

樋口:上手くいった要因として、山形にはオーケストラや美術館があり、地方都市でも文化基盤がしっかりしていたことが、アートへの理解や親和性という意味で大きかったと思います。

青木:まさに引力ですね。良いプロジェクトには良い人が集まるもんです。高橋さんの企画にビッときたのも、私が日頃抱えていた課題に応えてくれるものでしたし、私のなかにあった青写真ともつながりました。我々の仕事は先を読み、周囲を巻き込むことが地域づくりであり、地域の人財育成につながると思っていたので、その流れに上手く合致したことが大きな展開となったのではないかと思います。

上泉:アーティストの活動を通した地域の魅力発信は、これまでになかったやり方でした。観光への波及も予想以上に大きく、今も小林さんを中心として広がり続けています。

青木:しかも移住したのが街なかだったことから、中心市街地活性化にも寄与したんです。今回、良かったのは民間のプレーヤーが活躍しビジネスにつながったことです。アーティスト・イン・レジデンスは、企画の段階からその意図を強く感じたので成功すると思っていました。山寺も同じく、地域の方々が自分ごととして事業に関わってくれたことが成功につながったのだと思います。

ワクワク感は反対者も賛成に変える

高橋:山寺の話が出ましたが、門前町を歩行者天国にしようというアイディアも以前からあったそうですね。

青木:そうですね。そもそも年間約70万人も観光客が来られているにもかかわらず、山寺の門前町がシャッター通りっていうのはありえない話です。問題は滞在時間が短すぎること。その課題を解決するには歩いてもらうしかありません。例えば鎌倉は、鶴岡八幡宮に行くために観光客はにぎわう小町通りを歩いていきます。そう考えると山寺の門前町も変われると思っていました。とはいえ実現までは10年もかかりました。しかし、コロナを境にお客さんがいなくなり、そのピンチをチャンスととらえて動き出したのです。多くの地域住民が最初は反対しましたが、最後は皆が「やってみっぺ」となったわけです。

山寺irodoriマルシェ

樋口:私は別の課題を持っていました。山寺は駐車場の客引きがあり、それが参拝客に良い印象を与えていませんでした。しかし、それによって収入を得ている人がいるのも事実です。ただ、仮に駐車料金を500円とっても、隣接するお店で何かを買えば料金はサービスになりますから収益になっていない。収益を上げるには駐車場の新しい活用が必要だったのです。だから私にとってマルシェは、収益を上げる手段であって目的ではなかったのです。

高橋:青木さんもおっしゃいましたが、当初、マルシェにはかなり強い反発がありました。どんなときも反発はあると思うのですが、いつもどう乗り越えていかれるのですか。

樋口:大事なことは、役所や事業者、地域住民といった関係者が、同じ課題を共有した上で進めることだと思います。地域の問題ですが、役所もイエスマンではダメで、節度は守りつつも自分の意見はしっかり伝えています。また、行政には信用がありますから今回の高橋さんたちのような事業者をしっかりサポートすることが重要です。

高橋:我々のような企業が事業の話をするとすぐ「儲けようとしている」と言われるので、今回のような強力なサポートはずいぶん助かりました。

青木:そういうときは「一緒に儲けましょう!」って言うんですよ(笑)。役所以外は稼ぐことが大事ですからね。私は地域の人たちを巻き込むために成功の循環ということを大事にしています。それは、まず地域の人や事業に関わるメンバーとの「関係性の質」を上げる。すると「思考の質」が上がり、「行動の質」も変わってくる。それが「結果の質」を上げ、また関係性も良くなると、循環するのです。だからまずは一緒に事業を行う人との関係性の構築が重要です。そのベースをどうやって作っていくかが大事。それができて初めて役所の持つ信用も生きてきます。それには自分ができることをやり続けるしかありません。

上泉:山寺の事業は、多くの人にとってウエルカムな事業ではなかったのですが、一方でやってみたいという住民の方もいらっしゃいました。その方々に「この指とまれ!」っておっしゃって、少しずつ賛同者の輪が大きくなっていったのが印象的でした。具体的にはどんなことをされていたのでしょうか。

青木:いくつかありますが、人々を巻き込むには儲け話がいちばん。株と一緒で期待感とワクワク感を持ってもらうんです。こちらがワクワクやっていると、どうしても気になるでしょう。あとは根気よく待つだけ。そしてタイミングも良かったんだと思います。山寺が10年かかったように、どんなことでもすぐにはできません。企画をいくつもあたためておいて、良いタイミングに出すことが大事なのです。それからエリアの将来を担う金融機関をいかに巻き込むか。さらに挙げるなら、将来の山寺をしょって立つ地元の若い人材を上手く担ぐことですね。地元の若い人の足を引っ張る大人はいませんからね。

髙橋:最後に、今後はどんなことを行う予定ですか。

樋口:この2、3年で多くの実証事業を行ったので、今後はいかに商品化していくかです。民間に稼いでもらう方向にシフトしていきたいと思っています。地元の期待も感じますので、そのためにも広報、PRで山形をいかに伝えるか、いまはそこを考えています。

青木:我々が目指す最終の目標は移住、定住ですから、住んで良し、訪れて良しと言われる街づくりに、人づくりを加えていきます。そのためにも、皆さんをもっと巻き込んでいかねばならないと思っています。

上泉:「山寺の橋の上にこんなに人がいる光景を初めて見た」と地元の方が喜んでおられる姿を見て、しみじみ事業に携われた喜びを感じました。今後も、地域の方々のお役に立てるよう、一緒になって多くの方を巻き込んでいければと考えています。本日は、ありがとうございました。

事業概要

蔵王アーティスト・イン・レジデンス実証事業
令和2年度誘客多角化等のための魅力的な滞在型コンテンツ造成事業
蔵王における新たな滞在コンテンツとしてアーティストが地域に長期滞在しながら作品制作を行う「アーティスト・イン・レジデンス」を提案。本文のとおり小林舞香氏を招へいし、アーティストと地域事業者との交流が生まれ、アートによる観光振興の考えが浸透した。

蔵王グロースハックプロジェクト
令和3年度地域の観光資源の磨き上げを通じた域内連携促進に向けた実証事業
蔵王エリアで観光資源と認識されていながらも活用されていなかった「星空」をテーマに、域内の事業者とアーティストが連携して、滞在コンテンツを磨きあげるスキームを提案。ロープウェーを使ったナイトツアーや地ビール開発など6つの滞在コンテンツを磨き上げた。

山寺地区歩行者天国化実証事業
令和3年度既存観光拠点の再生・高付加価値化推進事業
街歩きの活性化とそれによる観光消費額の増加を目的に、歩行者天国によるマルシェイベントを実施。域内事業者の駐車場を借り上げてマルシェの会場にし、売り上げを還元するスキームを導入した。来場者は2日間で17,000人を超え大盛況となった。

上泉 雅昭
jeki仙台支社山形支店長
1989年、東日本旅客鉄道㈱入社。仙台支社営業部やびゅうプラザを経て、jekiへ。鉄道商品の広告宣伝業務等を経験し、2019年より現職。現在は山形県内におけるソーシャルビジネスやBPO事業に携わっている。

高橋 洋介
jeki仙台支社山形支店
大手旅行会社での法人営業・地域交流事業経験を経て、2017年jeki入社。観光・移住領域を中心に、山形県内における地方創生事業のプロデュースに従事。

樋口 修
山形市商工観光部観光戦略課誘客推進グループリーダー
埋蔵文化財調査員として採用され、遺跡の発掘調査など文化財保護に従事し、公園緑地課での勤務を経て、現職。花笠まつりや日本一の芋煮会フェスティバルなど山形市を代表するイベントを通じた誘客を進めるほか、蔵王や山寺といった観光地における官民連携事業に取り組む。

青木 哲志
一般財団法人山形コンベンションビューロー常務理事
1980年4月に山形市役所職員となる。市民課、教育委員会、新都市拠点整備課、納税課を経て2009年4月に観光物産課に配属。観光圏整備事業、東北六魂祭、東北絆まつり、地域連携DMOを担当。DMCおもてなし山形(株)、蔵王温泉の街づくり会社やDMCの立ち上げに関わるなど「稼ぐ地域づくり」を目指し、金融機関や民間企業、地域を巻き込んだ事業を担当。18年4月に観光戦略課長となり、22年3月の定年退職まで13年間山形市の観光振興に携わった。同年4月より現職。

地域創生NOW

日本各地で様々な地域創生プロジェクトが立ち上がっている昨今。
そのプロジェクトに携わっているエキスパートが、“NOW(今)”の地域創生に必要な視点を語ります。

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