“魅力に欠ける街”の真相は?汚名返上に挑む名古屋の観光施策を聞く 杉﨑正美(名古屋観光コンベンションビューロー)×柴田賢史(ジェイアール東日本企画中部支社)前編

地域創生NOW VOL.9

中央左:名古屋観光コンベンションビューロー 理事長 杉﨑正美氏
中央右:ジェイアール東日本企画 中部支社 柴田賢史

名古屋市が2016年・2018年に行った「都市ブランド・イメージ調査」の結果を受け、“魅力に欠ける街”という不名誉なイメージが広まってしまった名古屋市。しかし民間調査会社が行った「都道府県魅力度ランキング2020」では、愛知県が16位に食い込むなど健闘。また名古屋市の観光入込客数は、2019年までの調査で年々増加傾向を示すなど、順調に推移してきました。

負のイメージを払拭すべく、独自の観光コンテンツを活用しながら、オリジナリティに富んだ手法で魅力の再発見に取り組むのが「公益財団法人 名古屋観光コンベンションビューロー」です。今回は、理事長を務める杉﨑正美氏のもとを訪れ、名古屋市が抱える観光誘客における課題と、その取り組みなどについて伺いました。

杉﨑正美
公益財団法人 名古屋観光コンベンションビューロー理事長

愛知県名古屋市生まれ、同志社大学法学部卒。名古屋市事務職員、住宅都市局住宅部主幹、総務局企画調整監、人事委員会事務局長などを歴任し、2016年名古屋市教育委員会教育長に就任。2019年5月より現職。

「訪問意欲」「魅力的に感じる都市」最下位の名古屋

柴田:“行きたくない街”というイメージの名古屋ですが、その要因はどこにあるのでしょうか?

杉﨑:名古屋市では2016年・2018年、全国8都市を対象に「都市ブランド・イメージ調査」を実施しました。そのアンケート調査の中で、買い物や遊びで訪問したいかという「訪問意欲」「最も魅力的に感じる都市」を問う質問に対して、いずれも8都市中、最下位という結果が出てしまいました。この“名古屋=魅力がない”という結果が全国に広まり、“行きたくない街”というイメージが定着してしまったのかもしれません。

名古屋を中心とした広域連携で“通過型”の現状打破へ

杉﨑:ただ、大切なことは、アンケートにお答えいただいた皆さんが抱く“名古屋”がどこを指すのかということを、しっかりと把握することだと思っています。“名古屋=名古屋市”なのか、一宮市や豊田市なども含めて広い意味での“名古屋”なのか。我々としては、今回のアンケートを受けて“魅力がない”という点にとらわれるよりも、他地域の皆さんが抱く“名古屋”のイメージを的確にとらえ、そのイメージするエリア全体を見渡して総合的、広域的な魅力アップに取り組んでいかなくてはならないと気づかされました。

柴田:確かに他の地域の方にとっては、“名古屋”と言われた時、“愛知=名古屋” “名古屋=愛知”という印象が強いかもしれませんね。

杉﨑:各種調査の結果を見ると、名古屋市内を訪れる観光客の数や宿泊者数はある一定数いるのですが、名古屋で消費する傾向が見られにくいという問題点が浮き彫りになっています。例えば海外から団体客が訪れても、名古屋には短時間の滞在でサッと通り過ぎてしまい、お土産は最後に飛び立つ関東や関西の空港で買ってしまうなど、個人消費額が伸びていません。消費額を増やすという側面から考えても、名古屋の観光が通過型になっているという課題の解決が不可欠です。これからは“名古屋”を中心とした一帯として、もっと広いエリアでとらえつつ、この地域に滞在してもらうための発信の仕方を工夫していかなくてはいけないと考えています。

柴田:もっと広域での“名古屋”の観光を考える必要があるということですね。

杉﨑:そうですね。名古屋市内だけを見ても、名古屋城や熱田神宮、名古屋港水族館、東山動植物園など、観光スポットは多数あります。しかし、名古屋市を中心とした愛知県全域、隣県である岐阜県や三重県なども含めて“名古屋”の観光を考えれば、さらに可能性は広がるはずです。

柴田:岐阜県の飛騨高山や三重県の伊勢志摩など、周辺には一大観光地がありますね。

杉﨑:そうですね。加えて広域連携の強化については、周辺地域と手を携えたプロジェクトがいろいろと進行中です。その一例が尾張藩連携事業。これは、名古屋城築城の際に木曽の檜を提供した木曽川の上流にある地域など、かつて尾張藩と関わりの深かった自治体が連携して取り組む広域観光プロモーションです。2020年2月には「尾張藩連携事業推進協議会」を設立し、尾張徳川家第22代当主・徳川義崇さんを名誉顧問にお迎えするなど、スタートを切ったところでした。新型コロナウイルスの影響により大々的な活動は自粛状態になっていますが、今後は海外からの誘客だけではなく、まずは国内の方にこの地域の魅力を知っていただけるような取り組みを進めていこうと計画を立てているところです。美しい檜に囲まれた森の中で、歴史の息吹を身近に感じながら三密を避けて、のんびり過ごせる、とても良いエリアです。各自治体単位では誘客力に不安を抱えていた地域も、「尾張徳川家」というキーワードのもと、名古屋と共にPRができると期待が高まっています。

魅力発信の鍵は、市民一人ひとりのシビックプライドの醸成

柴田:名古屋の魅力が他の地域の方へ伝わりにくい背景には、どのような課題があるのでしょうか?

杉﨑:「都市ブランド・イメージ調査」のアンケートの中に、シビックプライドを問う項目がありました。自分が住んでいる都市に対する愛着=「愛着度」 、住んでいる都市に対する誇り=「誇り度」 、住んでいる都市に買い物や遊びを友人・知人へ推奨=「推奨度」 において、2018年の調査結果では、「愛着度」と「誇り度」が8 都市中 6 番目、「推奨度」にいたっては2016年・2018年と2回連続で最下位でした。特に「推奨度」については、トップの札幌市に比べて4分の1程度にとどまるという結果が出ています。

柴田:自分の街をおすすめできない、地元を褒められないというのは寂しいですね。

杉﨑:「自分の街には良い所がありますよ」「こういう観光地がありますよ」と、他の地域の方に推奨できないということは、大きな問題ですよね。やはり他地域の方に街の魅力をアピールするには、まずそこに住む方たちがどれだけ地元に愛着をもっているか、郷土愛があるか、ということが重要だと思っています。例えば居酒屋に行って「今日のおすすめは?」と聞いた時に「全部おすすめです」と言われると、少しがっかりしてしまいませんか? それよりは、自信をもって「今日はこれがおすすめです!」「うちの店は、これがおいしいですよ!」と言ってくれたほうが興味をそそられますよね。食べてみたら、実は口に合わなかったという結果でも良いと思うんです。一生懸命すすめられると、とても説得力を感じると思うんです。郷土に対する思いも同じ。まずは地元の方々がシビックプライド、つまり地域に対する誇りや愛着をもつことが大事なのではないでしょうか。

誇るべきコンテンツの宝庫、他地域から見た視点で発信を工夫

柴田:背景には、土地柄や市民性も関わっているのでしょうか?

杉﨑:名古屋という地域の特性として、東京や大阪とは異なり、どちらかというと三男坊のようなちょっと控えめなタイプという印象があります。積極的に前に出て主張するという市民性が薄いのかもしれません。これには、古くから培われてきた気質というものも影響しているのではないでしょうか。製造業が盛んなこの地域は、コツコツとモノづくりに励むことで地域の産業を築いてきた街。そのため、自分の街を宣伝し、観光で他地域の方にどんどん来てもらおう、観光業で街を活性化しよう、という意識が少し希薄なのかもしれません。

柴田:確かにそうですね。私自身、愛知県の出身ですが、他地域の方に「観光ならここがおすすめです」と話すことはあまりないです。加えて、先ほども問題点として挙げていただいた、名古屋が通過型の観光地になってしまっているという点については、どのような背景や課題が考えられますか?

杉﨑:多くの魅力的な観光コンテンツを抱える名古屋が、通過型の観光地になってしまっていることは、とても残念なことです。名古屋は、誰もが知る戦国武将の織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった三英傑を生んだ街です。その他にも「加賀百万石」と称される加賀藩の祖として知られる前田利家や、熊本城をはじめ築城の名手として名を馳せた加藤清正など、日本を代表する多くの武将が名古屋から輩出されています。地元の方々は、そういった歴史をあまり特別なことだと意識していないようで、あくまでも“地元の偉人”というイメージが根強いようです。しかし改めて見つめ直してみると、これほどまでに多くの有名な武将を輩出しているということは、胸を張るべきこと。地元出身の武将たちがどのように生まれ、どのように出世し、羽ばたいていったかということをしっかり伝えていけると良いと感じます。

柴田:一方で、他の地域の方にとって「三英傑」という呼称が伝わりにくいという声も耳にしたことがあります。

杉﨑:もちろん、伝え方、発信の仕方にも工夫が必要です。「三英傑」という言葉は他地域の方にはあまりなじみがないかもしれませんので、まずは信長、秀吉、家康とインパクトのある武将に関する個々の情報を発信した上で、“信長、秀吉、家康=三英傑”のストーリーを描いていくという系統立てたアピール方法など、他地域の方の目線に立った施策も大事なことだと感じています。

柴田:伊勢神宮に次ぐお宮、熱田神宮も名古屋市にあります。

杉﨑:熱田神宮は1900年の歴史を誇り、三種の神器の一つである「草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)」が祀られています。もちろん実際に目にすることはできませんが、三種の神器の一つが今、自分の前にあるのだと思いを馳せながら参拝し、歴史の鼓動を感じていただきたいですね。日本が誇る貴重なコンテンツがこれほど集まっているということは、他地域の方にもきっと価値を感じていただけると思いますので、さらなるコンテンツの魅力づくりや情報の発信方法を再検討し、しっかりアピールしていきたいと考えています。

柴田:ありがとうございます。名古屋市が抱える観光客誘致に関する現状や課題を中心に伺いました。引き続き後編では、名古屋市がこれまで行ってきた観光取り組みの実例、地域の観光ビジネスにとってヒントになるユニークな施策などについて、具体的な内容を掘り下げて伺えればと思います。

上記ライター柴田 賢史
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  • 柴田 賢史
    柴田 賢史 jeki中部支社 営業部 部長代理

    2017年jeki入社。中部支社営業部に配属。愛知県・名古屋市等自治体を中心に、東海エリアの一般クライアントも担当している。