社会をハッピーにする“仕掛学”。
―松村真宏(大阪大学教授)×海尾若菜(ジェイアール東日本企画 関西支社)―

中之島サロン VOL.9

ゴミ箱にバスケットボールのゴールがついていたら、ゴミを投げたくなる。ファイルボックスの背表紙に斜線が引かれていたら、順番通りに並べたくなる。このように、つい行動したくなるように誘うのが「仕掛け」です。それら「仕掛け」の事例を収集・分類し、その仕掛けの原理などの研究を行う「仕掛学」という新たな研究分野を切り拓き、自身でも「仕掛け」を考案する大阪大学大学院経済学研究科の松村真宏教授。今回は、ジェイアール東日本企画 関西支社・海尾が、松村教授のもとを訪れ、「仕掛け」の発想方法や「仕掛学」が社会にもたらす力などについてお話を伺いました。

心理に働きかけ行動を促す。

海尾:松村先生は、もともと人工知能の研究をされていたと伺っています。人工知能の分野から、「仕掛学」に転向されたきっかけを教えていただけますか?

松村:人工知能の研究は大まかに言えば、データを分析してパターンを見つけて、それを用いるというものです。言い換えれば、データになっていることにしか対応できないんですよ。そこに限界を感じていたんです。

海尾:その時期に、松村先生が著書で書かれていた「天王寺動物園の筒」に出会ったんですね?

象の飼育エリアに続く通路のわきに「筒」を設置。筒の先には象のフンが置いてあり、観察できるようになっている。

松村:そうです。その筒との出会いが、最初のきっかけですね。発見した人が喜んでいるシーンを見た時に、データを使わなくても人の行動を変えられることを知りました。

海尾:これが学問になるのでは?と思われたのは、どういった流れからですか?

松村:天王寺動物園の筒に出会ってから、法則があるんじゃないかと思って、仕掛けの事例の収集を始めました。そこから、研究対象としての興味を持ち始めました。

海尾:トイレやゴミ箱、ファイルボックスの「仕掛け」を見た時は、「仕掛け」は「社会の問題を解決するための発明品」という印象を持ちました。ですが、著書を読んだり、お話を伺っていると、世の中にすでに存在しているものも、見方を変えると「仕掛け」だったりするということですね。

尿の飛散を防ぐシール。「的」があることで狙いたくなることを利用し、飛散を減少させる効果がある。

ゴミ箱にバスケットボールのゴールを設置することでゴミをシュートしたくなり、ポイ捨を抑制する。

書類を入れるファイルボックスの背表紙に斜線を引くことで、整理整頓を促す。

松村:例えば、ここにある机にもペンにも、「仕掛け」があると私は考えています。要は、それをどう呼んでいるかなんですよ。「仕掛学」を始めたのも、その身近過ぎて実態がよく分からないところが、面白いなって思ったことと、そこを掘り下げられたらいろいろな場所に応用できると考え、本格的に研究に取り組むようになりました。

海尾:昨年、取り組んでいらっしゃったJR西日本様との共同実験については、どのような考え方のもとで「仕掛け」を考案されたんですか?

混雑が発生しやすいエスカレーターの利用を減らし、階段の利用者数を増やすことを目的にJR大阪駅で実施。「アフター5に行くならどっち?」というお題をもとに、福島派・天満派の選択肢で御堂筋口から大阪環状線ホーム下階段の上り階段をラッピング。設置期間中は、階段の利用者が大幅に増加した。

松村:「仕掛け」の基本的な考え方は、「好奇心などの心理に働きかけ、行動を促す」というものです。この事例では、それが分かりやすく反映されていて、「階段を上ることで投票できる」という新しい選択肢を増やし、楽しく階段を利用してもらうことで、課題となっていたエスカレーターの混雑緩和へとつなげました。

海尾:やはり、明確な課題がある方が作りやすいですか?

松村:この事例のように、「立ち止まる人を歩かせる」といったはっきりと行動として分かるものがある方が、「仕掛け」には向いていると思います。

海尾:「仕掛け」のことを、なんでもできる魔法のようなものだと思われてしまうことがありますよね?

松村:ありますね〜(笑)。でも、まったくそうではなくて、まず、与えられた課題をできるだけシンプルなものに落とし込んで、そこから考えを深めていきます。

海尾:「仕掛け」を考えるにあたって、ブレストは大切ですか?

松村:とても大切ですね。私の場合は、ゼミの学生たちとアイデアを出し合うことが多いです。学生たちにお題を投げておいて、次のゼミの時間に発表してもらうと。そこから、案を絞って、またブレスト。その繰り返しです。ただ、ブレストをやったからといって、なかなか出るものじゃないんですよ。考え方の切り口を変えたり、課題の設定自体を変えて一度立ち返るとか。それでも、出ない場合は諦めも大事かなって(笑)。

海尾:(笑)

定量調査だけでは見えない“答え”。

海尾:広告の仕事では、仮説を立てて、アンケート調査を行い、解決策を提示していく流れが一般的ですが、一方で、松村先生が取り組まれている方法は、大勢の人を調査して進めていくというものではないように感じました。

松村:アンケート調査などは、一切しないですね。

海尾:それは、なぜですか?

松村:私は人工知能を研究していた際、口コミなどを使って分析をしていましたが、あまり面白くないんですよ(笑)。みんなが言っていることって、すでにみんなが気づいていることですよね。少数意見に目を向ければ、変わった意見もあるんですけど。

海尾:質問される側も意識していない問題については、定量調査では見つけにくいということですよね。

松村:う〜ん。「こうする」って思ってても、「しないこと自体が課題」なので、それを聞いても分かりませんよね。つまり、違う観点で質問しないと意味がないかなと思っているんです。

海尾:頭では分かっているけれど行動に移せない場合に、別のアプローチから行動を誘うというのが「仕掛け」ということですね。問題の本質や潜在的なニーズに迫るには、定量調査だけでは見えてこないと。

松村:はい。「仕掛け」の実験をした後にアンケート的なものをすることはあるんですけど、その前に聞いても、良い回答が出たことがありませんから(笑)。

海尾:ユーザーの潜在的なニーズを汲み取る面でも、コミュニケーションの仕事に携わる人間としてすごく勉強になります。

「仕掛け」が社会を変えていく。

海尾:「仕掛学」の対象は、公共的な課題や社会的な問題を解決するためにあるものだと認識していましたが、ビジネスや個人的な問題にも応用できますか?

松村:できると考えています。人を騙して儲けようとか、「仕掛け」のネタがバレたら困る人がいるとか、そういう場合じゃなかったら、どこに使っても良いと思っています。毎日の暮らしに取り入れたり、「仕掛学」を教養としてたくさんの人に知ってもらいたいです。もちろん、新しい「仕掛け」を自分で考案するのは簡単ではありませんが、良い仕掛けを真似することはできるので、どんどん真似してもらって、広まっていけばうれしいですね。最近では、子どもたちに「仕掛学」に触れてもらうことも大切だと思っていて、小学生を対象にした「仕掛け」のコンテストをやったりしていますよ。

海尾:子どもたちが「仕掛学」に触れることによって、どのような効果が得られるとお考えですか?

松村:社会に対する見方を変えることが一番の狙いです。「仕掛け」は問題を解決するための装置なので、「仕掛けを考えよう」と思った時には、まず社会に目を向けなければなりません。その中から、多様なものの見方ができるようになってくれたらなと思っています。また、「仕掛け」には、もうひとつ力があって、例えば、社会でなにか問題が発生した場合、規制や罰則を設けるケースが多いですよね。でも、「仕掛け」を使えば、人々に魅力的な選択肢を提示することで、自分から行動してもらえる。そういう「仕掛け」の発想を持つ人が増えることで、世の中が少しずつハッピーになっていくんじゃないかなって、私は考えています。

海尾:今回のインタビューにあたり、いろいろな事例を調べたり、著書を拝読することで、私も毎日がもっと楽しくなったり、少し世の中の見方が変わりました。

松村:街を歩いていても、ついつい「仕掛け」を探したりね(笑)。

海尾:そうなんですよ! やられた〜って時もありますしね(笑)。今日、お話を伺って、そういう視点は、広告の仕事でも応用できるものですし、世の中のハッピーにつながるんだと改めて勉強になりました。

松村真宏
大阪大学 大学院経済学研究科 教授
1975年大阪生まれ。大阪大学基礎工学部卒業。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、博士(工学)。
「世界のほとんどの事象は定量化されていない」という気づきから仕掛学という新しい学問の研究を始める。2004年より大阪大学大学院経済学研究科講師を務め2017年より同大学教授。

海尾 若菜
ジェイアール東日本企画 関西支社 営業部 プロモーションプランナー
2003年jeki入社。JR東日本グループの担当営業局を経て、プロモーション局に異動となり、JR東日本の各種イベントや観光キャンペーンに携わる。その後、化粧品・通信・食品会社、大手商業施設等のプロモーション立案から運営実施まで幅広く担当。育児休暇取得後、2019年10月より関西支社に勤務。

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なぜ今、地域特有の課題やリソースを活用した先進的な取り組みが活発になっているのか。地域だからこそ生まれるイノベーションとはどんなものなのか。jeki関西支社が、さまざまな分野で活躍される方々をお招きして話を伺いながら、その理由をひも解いていきます。

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  • 海尾 若菜
    海尾 若菜 関西支社 営業部 プロモーションプランナー

    2003年jeki入社。JR東日本グループの担当営業局を経て、プロモーション局に異動となり、JR東日本の各種イベントや観光キャンペーンに携わる。その後、化粧品・通信・食品会社、大手商業施設等のプロモーション立案から運営実施まで幅広く担当。育児休暇取得後、2019年10月より関西支社に勤務。