京大発ベンチャーが創る生物多様性市場
―藤木 庄五郎・亀田 真司(株式会社バイオーム)×上田 源(株式会社ジェイアール東日本企画 関西支社)―

中之島サロン VOL.10

地球上のあらゆる動植物の情報を「定量化・数値化」し、環境保全を経済活動に内在化させる。誰も実現していないこの課題に挑むのが、京都大学発のベンチャー「株式会社バイオーム」です。同社が手掛けるいきものコレクションアプリ『バイオーム』は、累計19万ダウンロード(2020年7月末時点)を突破。さらに、JR東日本・JR西日本・JR九州の3社協業で同アプリを用いた大規模な生物イベントも開催し、今、業界の垣根を超えて注目を集めています。今回は農学博士でもあり、同社代表を務める藤木氏と、プロジェクトマネージャーの亀田氏を訪れ、定量化・数値化への信念、今後の展開などについて伺いました。

揺るぎない信念。

上田:御社は、京都大学発のベンチャーだと伺っています。まずは、藤木代表の経歴と会社を設立した経緯を教えていただけますか?

藤木:京都大学の農学研究科で生態学を専攻していて、その中でも、「動植物の生息分布などを定量化・数値化する」という研究に6年ほど取り組んでいました。具体的には、衛星画像を使って、より広域な範囲を評価するというものです。

上田:東南アジアの熱帯雨林を調査されていたんですよね?

藤木:そうです。衛星画像を使って評価を行うには、現場に行ってデータを採らないといけないので、ボルネオ島を6年ほど調査しました。2年以上現地に滞在し、その間はキャンプ生活をしたり、原住民の村に住み込みながら、ジャングル中を転々としていたんですよ。

引用元 https://biome.co.jp

上田:想像するだけで、大変な調査だったんだろうなと。

藤木:ジャングルのど真ん中で熱病にかかって1週間生死をさまよったり、チームメンバーが蛇に巻き付かれたりと、非常に過酷な調査でした。こんなに辛いこと、普通はやりたがらないですよね。

上田:やはりそこには、研究や環境保全への強い信念があったんですね。

藤木:はい。環境をこのまま破壊し続けていくと、100年後ぐらいには、地球のシステムが機能しなくなると私は考えています。当然、人類の存続も危うくなる。それをなんとかしたいなぁってずっと考えていく中で、動植物の生息分布などの情報が、ほとんど定量化・数値化されていないことに気づいたんです。数字で可視化されていないから、当然、政策も計画もできませんよね。じゃあ、これを研究して環境保全につなげようと。まさに信念を持って調査を進めていました。

上田:そこから、どのように会社設立へと踏み出されたんですか?

藤木:ボルネオ島で調査を続ける中で、ひとつ気づくことがあったんです。例えば、ジャングルが失われていくのは悲しいことです。ただ一方では、現地の人たちが生きるために木を切っている。それを考えると、ピュアな学問ではなく、経済に落とし込む必要があると考え、博士号取得後に会社を設立しました。

上田:やはり、経済活動として成り立てることが大切だと。

藤木:そうです。これは批判的な意見ではありませんが、環境保全の世界はボランティア色が強くて、「環境保全はキレイなもので、無償でやらないといけない」という考え方を変えることが重要だなぁと。それもあって、営利企業という形を採ったというわけです。

上田:なるほど。まずは、そこを変えるプレイヤーになろうということですね。続いて、亀田マネージャーが、御社に参加された経緯や理由を教えていただけますか?

亀田:出身は関西ですが、琉球大学に進んで建築を勉強していました。ところが、音楽にのめり込んで除籍になりまして。その後も沖縄に残って音楽活動をしていたんですが、干潟の埋め立てや基地問題など、社会問題を身近に感じる出来事が多々ありました。関西に戻ってデザインやベンチャー支援の仕事をはじめて、藤木と出会い、現在に至ります。バイオームにジョインしたのは、沖縄にいた頃に自然のそのままの美しさをどう表現し、どう守れば良いのか、その答えのようなものを見出したからです。僕一人では、方法論も専門知識もないので、諦めのような気持ちになっていた時期もあったんです。

上田:そういった思いもあって、御社の事業に共感したと。

亀田:仕事柄たくさんのベンチャーを見てきましたが、なかでもバイオームは特別に興味を持ちました。ひとつは、理念が明確なところ。もうひとつは、動植物の定量化・数値化という、まだ世の中にないものをつくろうとしていること。ビジネスとしてもおもしろいし、私がずっと悶々としたまま行動できずにいた自然を守る活動だけでなく、自然を活かすという視点にも惹かれました。

世界の見え方を変える。

上田:今、Webで「バイオーム」って検索すると最初に出てくるのが、いきものコレクションアプリ『バイオーム』です。このアプリは、どういった理由から生まれたのでしょうか?

引用元 https://biome.co.jp
■いきものコレクションアプリ『バイオーム』 日本国内のほぼ全種(約7万9000種)の生き物を収録したコレクションアプリ。動植物をカメラに収めるだけで名前が判定できるだけでなく、図鑑、SNS、クエストなどの仕掛けを備えている。ユーザーに集められた生き物の情報は、調査、研究などへの活用が期待できる。

藤木:やはりひとつは、事業化しやすいからです。それともうひとつは、今、スマホって世界中のみんなが持っているじゃないですか。それこそ、ボルネオ島で出会った原住民の人たちも持っているんですよ。テレビも洗濯機もないのに、発電機を買ってきて、WiFiまで準備して(笑)。世界の最奥みたいな場所にもスマホはある。なら、これが生物観測拠点になったら、世界中のデータを集められるんじゃないかと。

亀田:スマホって、観測拠点としても分散型ですぐれていますからね。みんな大好きだし。

上田:先日から、「いきものコレクション」を楽しませてもらっています。このアプリには、ただ写真を撮るだけじゃなくて、ユーザーを楽しませる仕掛けがいっぱい入っていますよね。それはなぜですか?

藤木:「社会を変えるもの」は、人の本質に基づいているものだと私は思っています。いくつかある本質の中でも、やはり「欲」は大きい。つまり、楽しければやるんですよ。そういう「人の欲にどう根差していくのか」が実はこのアプリのテーマで、その仕組みを日々、考えているわけです。

亀田:アプリで生き物にふれるうちに、コレクション欲求が出てきて、それが定量化・数値化に活用するビッグデータになっていくという構造です。

上田:「いきものコレクション」で同じハトでも、ドバトとキジバトがいることをはじめて知ったんですよ。180度ではないけれど、確かに15度くらいは変わった。そういう個々人の小さな世界の見え方の変化、さざ波みたいなものが、SDGsなどの社会の大きな潮流と相まっていくように感じます。

藤木:実はそれも狙いのひとつで、このアプリは、世界の見え方や価値観を変えていく媒体になるんじゃないかって、日々、意識しながら開発や企画を進めています。

亀田:「感性」って、不可逆的なものじゃないですか。生き物っておもしろいなぁっと、一度でも思ってくれれば嬉しいです(笑)。

大きく広がる可能性。

上田:「いきものコレクション」を使って、JR3社と協業で、「バイオームランド」を実施されてましたが、この企画に取り組まれた理由を教えていただけますか?

引用元 https://biome-app.com
■バイオームランド 150を超える「クエスト」のクリアを目指し、日本中を冒険する「リアルいきもの探しゲーム」。JR東日本グループが実施するビジネス創造活動「JR東日本スタートアッププログラム2019」に採択され、JR東日本・JR西日本・JR九州の3社協業で、2020年3月~5月に実施された。

亀田:路線や駅に新しい価値基準を生み出したかったことが、理由のひとつです。生き物の数とか、種類の豊富さ、生態系の豊かさも、土地の価値を決めるひとつの基準にしたいと思ったんですよ。環境が良いと人の心が休まるっていわれていますし、じゃあ、それを数字で出してみようと。

藤木:例えば、地方の人が少ない駅にすごく高い数値が出たりしたら、素敵じゃないですか(笑)。

上田:聞いたこともない駅だけど、めっちゃ高い!とか(笑)。確かにそれは、素晴らしいことですね。

亀田:そうそう(笑)。鉄道での回遊と絡めたネットワーキングにも、すごく力を入れたんですよ。最終的には博物館や水族館、公園などの生き物に関わる施設をはじめ、約60施設が関わる大規模な実証実験イベントになりました。

藤木:このイベントを学会で紹介したところ、「JRと一緒にイベントをやるなんて、聞いたことも、考えたこともない」って驚かれましたよ。まぁ、そうだろうなと(笑)。

上田:価値基準って、これまでのように人・物・金では、計算できない社会になってきていますよね。例えばSDGsも、そういう価値観の変化から生まれたんだと思います。

藤木:「環境」という価値基準については、世界中で大きな動きが出はじめています。例えば、海外では、環境を守ることを第一の理念に掲げている政党があって、高い支持率を誇っているんです。環境保全に対してそれぐらい意識が高まっていますから、あらゆる業界でSDGsが大切になってきていますよね。

亀田:日本でも、SDGsを掲げる企業や行政が急激に増えました。企業も行政も、何かしらのSDGsに取り組んでいます。本来、SDGsの取り組みは本業とのシナジーを考慮すべきですが、研修やセミナーで学んでも、その先が見えづらい。学んだことを個人としても組織としても、実際のアクションにつなげられない。すると、社会貢献やリスクヘッジのため、といった捉え方になり、収益事業とは別のドメインで扱われることになります。さらに、組織内でSDGs担当者と他部署で乖離が生まれることになります。

藤木:私はそこに課題があると思っているので、SDGsで悩んでいる企業や行政に対してサポートしていきたいんですよ。今回のバイオームランドのような生き物イベントなどを通して、いろいろな方法でお手伝いできると考えています。

亀田:生き物とかうちには関係ないよって企業でも、あらゆる企業が何かしら自然から享受していますよね。例えば、工場で使う部品の元をたどっていくとジャングルの木にたどり着くこともあります。そういった、生き物に関わるつながりがあれば、サポートできますし、ぜひ、声を掛けてもらいたいです。

藤木:そうですね。SDGsどうしようってなった時に、「最初に浮かぶのがバイオ―ム」となりたいと思っています。もちろん定量化・数値化についても、今後もしっかりと進めていって、例えば、漁獲量や害獣の発生、植物の開花時期などを予測できる「生物予報」のようなインフラをつくりたいです。長期的にはそこを目指して、そのインフラをバイオームが一括して整備したいと考えています。

上田:実現すれば、本当にたくさんの業界で役立ちそうですね。私たち広告会社は、御社のちょっと外の仲間のような存在だと思うんです。クライアントがSDGsに悩んでいたり、生き物で何かをしようという時に、御社を紹介できればと考えています。そこから、少しずつでも環境保全につながれば、なお嬉しいですね。

藤木 庄五郎
株式会社バイオーム 代表取締役

熱帯ボルネオ島にて2年以上キャンプ生活をしながら、衛星画像解析を用いた生物多様性可視化技術を開発。2017年3月京都大学大学院博士号(農学)取得、同年5月(株)バイオーム設立、代表取締役に就任。生物多様性の保全が人々の利益につながる社会をつくることを目指し、アプリ「Biome」を開発・運営し、世界中の生物の情報をビッグデータ化する事業に取り組む。

亀田 真司
株式会社バイオーム プロジェクトマネージャー

琉球大学工学部環境建設工学科除籍。20代は音楽活動をしながら放浪。ITベンチャー、ビジネスデザインコンサルティングなどを経て、現在バイオームアプリのプロジェクトマネージャ兼デザイナー。企画立案・コンセプトメイキングなど発想系が得意。生物多様性と音楽はとても似ていると思います。

中之島サロン VOL.14

なぜ今、地域特有の課題やリソースを活用した先進的な取り組みが活発になっているのか。地域だからこそ生まれるイノベーションとはどんなものなのか。jeki関西支社が、さまざまな分野で活躍される方々をお招きして話を伺いながら、その理由をひも解いていきます。

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