大阪・関西で、新たな観光文化を共創
「MUIC Kansai」が仕掛けるイノベーション
林勇太氏・楠田武大氏×江指有紀(ジェイアール東日本企画)

中之島サロン VOL.21

2021年2月、株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループと株式会社三菱UFJ銀行を母体として立ち上がった「MUIC Kansai」。大阪・関西を拠点に、地域の観光産業とスタートアップ企業を結びつけることでイノベーションを起こし、さまざまな課題解決を実現しています。
今回の記事では、さまざまな人と企業が集まるイノベーション創出拠点であるMUIC Kansaiをジェイアール東日本企画 関西支社 京都支店の江指有紀が訪問。プロジェクトメンバーとして観光のニューノーマルを発信し続ける林勇太氏と楠田武大氏に、現在の取り組みや今後への思いについてお話をうかがいました。

大阪・関西の観光にイノベーションを起こす

江指:まずは「MUIC Kansai」設立の経緯をお聞かせください。

林:これまで銀行では、みなさんからお預かりしたお金を、いろいろな企業や新しい施設などに貸出すという事業を中心に行ってきました。しかし近年、特にこの10年はものすごいスピードで社会環境・情勢が変わっていますよね。そうした時代にあって、銀行としてもこれまで以上に産業や地域の発展に取り組んでいきたい。そこで、イノベーションの創出を目的として立ち上がったのがMUIC Kansaiです。大阪・関西万博やIRといった起爆剤が控えた大阪・関西を拠点として、2025年まで活動を続けていく予定です。

江指:大阪にはいろいろな産業がありますが、そのなかでも観光をメインに選ばれた理由はなんだったのでしょうか?

林:そもそも観光ありきで立ち上げたプロジェクトではないのですが、こうしたオープンイノベーション拠点で事業を創出するには、産業を絞った方がいいのではないかと考えたんです。ベクトルを同じくする人々が集まりやすくなりますし、共通の課題を見出しながら新しい事業をつくることもやりやすいのではないかと。そこで検討を重ねた結果、大阪・関西で観光をテーマに立ち上げることになりました。

江指:そういう経緯だったのですね。お二人は、どのようなご経歴を経てMUIC Kansaiのメンバーになられたのでしょうか?

楠田:以前は銀行の大阪営業本部で関西を代表する企業様を担当させていただいていたのですが、新規事業やスタートアップ連携を進めている企業が多かったんです。そうした変化をもっと深堀をしたいなと思っていた矢先、MUIC Kansaiの社内公募を目にして。大企業とスタートアップのイノベーションを仕掛けるというところに共感し、応募したという経緯です。

林:私は2018年から産業調査、事業戦略提案に関する業務に携わってきて、MUIC Kansaiのプロジェクトには構想が出てきた当初から参加していました。「いつまでだろうな」と思っているうちに、今に至るという流れです(笑)。

江指:お二人とも、東京と大阪の両方でお仕事をされてきたとうかがっていますが、大阪の特徴って、何かありますか?

林:個人的には「やってみなはれ」の精神があると感じています。あと、人と人との距離が近い気がしますね。それってオープンイノベーションの活動にはものすごく重要な要素なんです。

楠田:そうですね。人と人との関係性が重視され、関係を構築しやすい風土だからこそ、信頼が生まれイノベーションも活性化できる。ただ役立つ提案をすればいいというのではなく、そうした関係性をしっかり構築することで、物事が進みやすくなると思います。

銀行という中立の立場だからできること

江指:観光産業だと、コロナ禍の影響も大きかったのでは?

楠田:そうですね。やはり人が集まれないというのは大きな課題でした。オープンイノベーション施設のよさって、いろんな人が集まってきてアイデアを出し合ったり、ディスカッションをしたりするなかで何かが生まれるということだと思うんです。でもたくさんの人が集まる機会を積極的に設けるのが難しい状況だったので、そこがディスアドバンテージではありました。
幸い、徐々にコロナ禍が落ち着くにつれて人も集まるようになり、コミュニケーションやネットワークの広がりを実感しているところです。

江指:ただ、観光産業にとってもたいへんな時期だったからこそ、イノベーションが生まれるきっかけもあったのではないかと想像します。

楠田:おっしゃるとおりです。コロナ禍以前だと、大阪という土地のポテンシャルもあり、新しいことをしなくてもインバウンドを含めたくさんの観光客が来てくれるという状況だったんですね。でも世の中が大きく変わったことで、観光事業者の方々の間にも「工夫しないと人が来てくれない」という危機意識が芽生えたのではないかと思います。
一方、スタートアップ企業のなかには、コロナ禍において自分たちの強みを発揮できるように、柔軟に方向転換されたところもありました。そうしたなか、観光事業者との協業がしやすくなったのもあると思います。
みなさん、新しいことを模索されていた時期だからこそ、外部の人間である我々銀行員の話も聞いていただきやすくなったのではないでしょうか。

江指:「外部」とおっしゃいましたが、外部だからこそ、共通する課題の核のようなところが見えてくるのではないでしょうか?

林:活動するなかで感じるのは中立的な立ち位置であることの重要性ですね。自分たちや特定の事業者さんの利益のためにご提案するわけではないので、訪れてくださる方々との間に壁ができにくいというか。おそらく、銀行が母体の私たちがやっているから「一緒にやりましょう」といってくださっている事業者さんもあると思います。

楠田:「これは本当に観光産業に必要だからやるんです」という思いがあるからこそ、いろいろな方々が協力してくださいますし、我々としても堂々とご提案できるというのはありますね。

課題を解決した先を見据える

江指:具体的な事例についてもうかがいたいと思います。林さんは関西国際空港のDX化に取り組んでいらっしゃるとか。

林:はい、関西3空港を運営する関西エアポート様と進めています。やっていることはとてもシンプルで、これまで紙で配布していたクーポンを、scheme verge 様というスタートアップ企業のアプリ「Horai」を使いデジタル化するということなんですが。
大きな目的は、空港に訪れる人々がどのような動きをしているのかをデータで捉えて、それをどう活かせるのかを検証することにあると考えています。クーポンを電子化するというDX施策だけにとどまらず、どう次の施策に繋げていくかを重視して、scheme verge様と一緒に取り組むことになりました。

江指:空港の利便性を向上するというだけではないんですね。目の前の課題解決だけではないというか……。

林:そうですね。観光インバウンド自体のデジタル化が進んでいるなか、タッチポイントとなる空港でもそうした対応を進めないといけない状況だと思います。まずは国内線で実証実験を行い、将来的には国際線での実施も検討したいと考えています。

江指:なるほど。楠田さんは、宿泊施設のDX化事業に取り組まれているそうですね。

楠田:はい。私の場合はホテル会社に対して1社ずつヒアリングするというのではなく、「ホテル事業者交流会」という場を設けて、複数の企業様とどのような課題があるのかについて話し合いました。そこで共通の課題として浮かび上がってきたのが、データ活用だったんです。みなさんデータは集めていても、活用するまでに至っていないという現状が見えてきたんですね。
そこで、参加された5社のホテルで宿泊者様のコメントを集め、全体で共有・比較してみることにしました。他社と比べることで、相対的に「うちのホテルのお客さまはこうなんだな」とわかってくることがあり、それぞれのニーズを捉えることができた。各社の課題が明らかになったことで、支援にもつながりました。
今はこの取り組みを踏まえて、大阪観光局様とも連携し、大阪府内全域で同じことを展開しています。

江指:お話をうかがっていると、お二人の進め方のスタイルは違うんだなと思いました。

林:私のやり方は基本的に1対1で進めていくので、シンプルなんですよね。でも楠田は複数の企業をまとめあげて一緒にやっていこうという旗振り役をしているので、すごいなと思います。自分にはできないなあと。

楠田:そこは役割分担だと思います。私としては1対1のやり取りよりも旗振り役になるほうが好きですし、強みであると思います。でもそれができるのは、一社一社に対して手厚く対応できるメンバーがいるからこそなんです。なのでMUIC Kansaiでの私の役割は「新しいことを仕掛けて案件を増やすこと」と考え、自分の強みを発揮するように意識しています。

林:新規事業の創出って、正攻法がないんですよね。やったことのないことばかりなので、メンバーそれぞれがプレースタイルを作り上げながら、協力してやっているという感じです。

万博後にも続く、地域文化を創るために

江指:2025年には、大阪・関西の観光事業に大きな影響を及ぼす万博が開催されます。MUIC Kansaiも2025年がゴールとのことですが、お二人は今後についてどのような思い・考えをお持ちですか?

楠田:私は中長期的に物事を考えていくことがすごく必要だなと思っています。観光事業者のみなさんはとてもお忙しいので、どうしても目の前のことで手一杯になってしまうんですよね。でも短期的な視点しかないと、本当に必要な施策かどうかを考えられなくなってしまう。「この施策は本質的に地域のためになるのか?」「持続可能なのか?」という視点を、常に持ち続ける必要があると感じています。

楠田:私が理想とするのは、「地域の事業者の方が、自分で考えてこの地域をよくしていこうとすること」です。
スタートアップの方って本当にすごくて、幅広い知見をお持ちですし頭もいい。でもそういう方になんでもお任せしてしまうと、離れたときに事業が途絶えてしまったりします。ソリューションやサービスに振り回されることになってしまうんですね。
だから地域の事業者の方々が、何がいいと思うのかを考えられるように、我々がスタートアップの商品を押し売りするのではなく、当事者として意義をご理解いただきながら進めていくように意識しています。
そうすると、たとえば連携するスタートアップが変わったとしても、軸はブレずに必要なソリューションを取り入れていけるのではないでしょうか。

林:大阪・関西万博では「共創」というキーワードが打ち出されているとおり、万博をきっかけにこれまで出会うことのなかった方々が協力する動きが出てきているような気がするんです。万博というひとつの目印があるから、いろいろな人たちが集まりやすいのかなって。
でも万博だけやって終わりにするのではなく、そこをめざしてやってきた実証や新しい事業づくりが、万博後も関西の文化のような形で続いていけばいいなと思っています。
あとはスタートアップを見てみると、起業数も調達する資金額も圧倒的に東京のほうが多いのですが……大阪・関西で事業づくりの一歩目を踏み出すということがもっとできるようになっていってほしい。そのためにも、微力ながらMUIC Kansaiとして活動していきたいです。

江指:MUIC Kansaiさんの立場だからこそ、大阪・関西でできることがたくさんあると思います。私たちもこれからの動きを拝見しながら、勉強させていただきます。

江指 有紀
2016年9月ジェイアール東日本企画 入社。北陸支社にて北陸エリアの自治体を中心に観光プロモーション業務や産業振興におけるサポート業務を担当。国内、海外への観光プロモーションの他、石川県アンテナショップのリニューアルに伴う首都圏情報発信拠点事業などに従事。2023年4月より関西支社京都支店所属。関西の自治体を中心に同様の事業に従事。

林 勇太
一般社団法人関西イノベーションセンター マネージャー
1992年石川県出身。2015年京都大学卒業後、三菱東京UFJ銀行(当時)入社。中之島支社、戦略調査部を経て、2019年8月より現事業に参画。
実績:空港施設DX化プロジェクト、宿泊施設における睡眠関連サービス導入事業、シティチェックインプロジェクト(手ぶら観光と手荷物預けのDX化)、など

楠田 武大
一般社団法人関西イノベーションセンター マネージャー
1990年熊本県出身。2015年筑波大学大学院修了後、三菱東京UFJ銀行(当時)入社。新橋支社、大阪営業本部を経て、2020年7月より社内公募にて現事業に参画。
実績:XR関連プロジェクト、宿泊施設のDX化事業、関西私鉄4社とのNFT企画、和歌山市のスマートシティ事業、など

上記ライター江指 有紀
(関西支社京都支店)の記事

中之島サロン VOL.14

なぜ今、地域特有の課題やリソースを活用した先進的な取り組みが活発になっているのか。地域だからこそ生まれるイノベーションとはどんなものなのか。jeki関西支社が、さまざまな分野で活躍される方々をお招きして話を伺いながら、その理由をひも解いていきます。

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