統計学で「関係性」を可視化する価値と可能性
株式会社ミツカリ 代表取締役社長CEO 表 孝憲氏

中之島サロン VOL.14

これまで“定性的”にしか測定されてこなかった現象や効果を、統計学を用いて定量的に測定し可視化しようというアプローチが、ビジネスの場でも進んでいます。人間関係やコミュニケーションを定量的に捉え、勘や経験に頼りがちだった組織マネジメントに役立てるためのサービスを開発・提供している株式会社ミツカリの代表取締役社長CEO・表孝憲氏をお迎えし、統計学活用のための考え方や展開の可能性などについて、ジェイアール東日本企画関西支社 メディアコミュニケーション部の鬼頭真也と中村優里がお話をうかがいました。

採用活動中の疑問から、統計学の活用を想起

中村:表社長は、もとは証券会社の営業として活躍されていたとうかがっています。大学での専攻分野とも違う統計学に興味を持たれ、ミツカリを立ち上げられるようになった経緯についておうかがいできますか。

※ミツカリは、3,300社以上が導入する早期離職を未然に防ぐ採用支援ツール。独自の適性検査から、応募者の人物像だけでなく、会社や組織との相性もひと目でわかる。採用面接での見極めだけでなく、内定者フォローや採用要件定義など、様々な人事業務でミツカリが活用されている。

表:新卒で入社した会社では営業職の傍ら、入社半年後から採用の面接官として年間数百人単位で面接を行っていました。その際に、厳選したつもりでもミスマッチが発生し、辞めていく人がいたんです。もとは債券という“数値”を扱う証券業だったので、面接のデータも分析してみたところ、「採用時の評価」と「将来の活躍」がほぼ相関していないことがわかったんです。

その後、留学して統計学の基礎を学び、統計学やデータ分析の面白さに気づきました。たとえばカジノでディーラーが八百長をしてお金を着服している可能性を統計学を使って分析したり(笑)。それから自分の中で問題意識があった、人事や採用などにデータ分析があまり進んでない領域で事業をしたいと考えるようになりました。

鬼頭:データの活用先として、本職だった営業ではなく、人事や採用を領域にしようと思われたのはなぜだったんですか。

表:確かに営業の仕事はエキサイティングで楽しかったのですが、仕事自体が好きというより、そこに生まれる人間ドラマや関係性が興味の対象だったように思います。振り返れば、学生時代にやっていたアメフトも競技としてより、「皆でどうやって戦っていくか」というチーム作りや戦略に関心がありました。そういう素地があったところに、面接官として分析した経験があり、留学先で戦略的ツールとして統計学を学んだことで、一気に興味関心がそちらに向いたのだと思います。

また2015年に発行された、Googleの人事戦略について書かれた「WORK RULES!」の日本語版を読んで「人事や働き方などの分析がここまでできるんだ!」と衝撃を受けたのも大きいですね。そして、その潮流はまもなく日本にも来るであろうと確信したんです。

※Googleの人事トップが採用、育成、評価のすべてを初めて語った「WORK RULES!」。
創造性を生み出す、新しい「働き方」の原理を公開。本書で紹介される哲学と仕組みは、あらゆる組織に応用できる普遍性を持つ。

見えない法則を可視化し、よりよい行動へといざなう

中村:表社長が感じている「統計学の魅力」はどのようなところにあるのですか。

表:何か隠された法則を探し出して明らかにできることでしょうか。
たとえば、マーケティングならば、朝に缶コーヒーを買って「なぜそのブランドを選んだか」と問われれば、「なんとなく」と直感的な理由をあげる人が多いでしょう。しかし、その行動を1万回計測して分析するとなんらかの法則性が見つかります。

採用も同様で、「人を見定める能力」も、10年間の蓄積から無意識に法則性を見出している可能性があります。実際、データを取って分析してみると、会社にもよりますが「体育会の経験者は営業に向いている」という通説が否定されたり、最終面接官の採用が“好み”によるものだと証明されてしまったり、ある程度の法則が見えてくるんです。

鬼頭:それは興味深いですね。感情まで数値化・可視化できるというわけですか。

表:もちろん正確に感情のゆらぎを捉えるのは難しいと思いますが、集団の傾向は可視化できます。ただ、集団もバランスを取ろうという動きもあって、必ずしも数字で割り切れない現象もあり、それも含めて奥深く、ライフワークとして取り組みたいと考える所以でもあります。

現在は人事や採用などの案件が多いのですが、“人の感情”を捉えるという意味ではマーケティングも対象と考えています。興味深いのは、逆引きにも使えるということですね。たとえば、あるサービスに課金した人としない人を比較して、ある情報への接触回数に違いがあることがわかったとします。そこで仕組み的に何度も接触できるようにすると、その理由や感情などの背景は不明でも、現象として課金率が上がるんです。

中村:感情はトレースできず因果関係は不明でも、相関性を捉えて行動変容を促せるということですか。面白いですね!

分析を実社会で活用するには「翻訳」が必要

鬼頭:そうした法則性などを見出す際には、分析方法はどのようにして選定されるのでしょうか。

表:「この分析には、この方法」という一定の法則性があり、知見があれば自然と選定できます。ただ悩ましいのは、その分析だけでは受け手が理解できないことが多いことです。たとえば、分析結果を“SVMモデル(*)”で示せたとして、それを翻訳したり、わかりやすいモデルとして表現したりする必要があります。そこに分析に加えて、もう一つのスキルが求められます。

たとえば、AIによる分析の結果から、「ある属性を持ったAさんを異動させるとよい」と翻訳するだけでなく、さらにAさんに伝える内容に納得感を与える必要があります。「AIが言ったから」とは言えないですからね。そのうち「AIの結果なら」と納得する時代が来るかもしれませんが、まだ過渡期でしょう。

*SVMモデル:サポートベクターマシン( support vector machine)モデル。教師あり学習を用いたパターン認識のモデルの一つ。

鬼頭:なるほど。AIの結果の読み解きと翻訳、結果の伝え方が大切というわけですね。結果の受け手として気をつけるべきことはありますか。

表:ビジネスの場面では一部だけを見せて偏った方向に誘導しようとすることは多々あります。日常的にも多いですよ。たとえば、転職サービスで「平均年収800万円、2000万円の人もバンバン出ています」という表現。正規分布(*)で考えれば年収マイナス400万円の人も“バンバン”いるはずだけど、年収がマイナスの人なんていないわけで。シンプルに考えればすぐに気がつくはずです。

*正規分布:連続的な変数に関する確率分布の一つ。平均から外れるほど左右対称に確率が減少する「つりがね型」をしている。

中村:単純なところから感覚を養うのが大事なんですね。

表:そうですね。「“バンバン”ってどのくらいかなあ」と数字で考えるクセをつけるのもいいですね。分析でいちばん大切なことは、「すごく」「大きい」などの感覚的な言葉を数字で置き換えることだと思います。

「マッチ度」から対策を考え、“違い”を組織の力にする

中村:御社のAI分析ツールについても詳しく聞かせてください。現在は採用面接での使用がメインですよね、たとえば組織改編みたいなところへの応用もできるんでしょうか?

表:今メインサービスとしているのは、一人ひとりに性格・ソーシャルスタイルなどの診断を行い、それをもとにAIで人と組織のマッチ度を分析し、適性診断として可視化するというものです。コロナ禍で緊急事態宣言が出た後から組織内部への活用が多くなってきて、今はそれに適した機能を増やすこともしています。

採用時のマッチングについては、AIで「在籍社員の誰に似ているか」「将来ミスマッチを引き起こす要素」や「社員やチームとの相性」などを数値化します。それによって将来の離職リスクを回避したり、どの部門でハイパフォーマーとなる可能性があるかを見出します。在籍者なら、部門や上司との相性診断の他、診断にもとづく適材適所や組織編成にも活用できます。

なお「マッチ度」や「相性」という表現をしていますが、あくまで「似ているか・似ていないか」という類似分析です。類似性が高いほどうまくいきやすいといわれていますが、たとえば、「マッチ度が10%だけれど、うまくいっている」ということもありますし、逆に「マッチ度が90%なのに業績が上がらない」ということもあります。

鬼頭:そのあたりは想像できますね。異なる価値観やコミュニケーションスタイルを持っているからこそ補完し合える場合もあれば、似すぎていて同じところで行き詰まることもあります。

表:そうなんです。つまり、相性分析は「自分と相手を知って対応するため」のツールなんですね。たとえば採用時にマッチ度が低くても双方の対応を変えれば離職率は下がる、新しい風が入って組織が活性化する、というようにプラスに変わる可能性もあるわけです。似たタイプばかりが集まっていても組織が必ず強くなるとは限りません。そこで、たとえばテスト項目については「人を傷つけたい衝動に駆られるか」というような、正解・不正解のある設問は入っていません。どんな要素も人間としての長所にもなり短所にもなる。様々な人間性の組み合わせが組織の文化になり、力になると考えているからです。

人材分析による組織マネジメントへの活用

中村:今回はケーススタディとして、広告業界という設定で従業員数30人の組織のモデルデータを用意していただきました。まずこのモデル組織の傾向についてお聞かせいただけますか。

表:組織のタイプは、感情表現はやや控えめ、論理的に仕事を進めていくという「アナリティカル&ドライバー」となりました。要素で見ると、「主観型・ビジネス重視・気分屋・独自性が強い・自信がある」という傾向があります。

鬼頭:管理職が振り回されそうなタイプですね(笑)。

表:そうですね(笑)。ただ、自立的に仕事をすることが好まれる業界なので、望ましいタイプなのではないでしょうか。さらに細かく分けると営業職が競争的で、スタッフ部門は慎重派という結果です。スタッフ部門は広告運用を担う部門なので安心して任せられますね。興味深いのは、営業内部にあるスタッフ部門は営業職に影響を受けるためか、外にあるスタッフ部門に比べると、やや楽観的で挑戦的な傾向にあります。

中村:個人の1:1でのマッチングも見られるそうですが、上の図でマッチ度の高いデータはどれですか?

表:たとえばAさんはドライバー、Bさんはアナリティカルで、いずれもロジカルを大切にするタイプでマッチ度は90%と高いです。「ドライバーはアナリティカルの専門性を高く評価する」というパターンもあり、ビジネスパートナーとしては仕事が進めやすい間柄だと思います。基本的には同じソーシャルタイプがコミュニケーションがうまくいくことが多いのですが、「エミアブル同士が感情的にこじれると根が深い」というパターンのように、重視する価値観に齟齬が生じるとお互いに譲れない傾向があります。逆に異なるソーシャルタイプが互いの価値観を尊重し合うと、大きな成果につながるというのもパターンの一つですね。これは組織同士でも言えることだと思います。

鬼頭:組織同士の関係性が可視化できるなら、たとえば当社とクライアント企業の相性もわかるのですか。

表:そこは挑戦していきたいテーマです。ただ、やはり相性診断は双方のデータが揃ってはじめてかなうので、協力いただけるかどうかが課題になります。今後の目標としては、ぜひとも事例を増やしていきたいですね。

日本のデータ分析の底上げに取り組んでいきたい

中村:最後に、表さんが今後ミツカリで取り組んでいきたいことなど、将来の展望についてお聞かせください。

表:現在は面接・採用という場面から統計の活用を広げつつありますが、組織やビジネスにおける人間関係の悩みはまだまだ多く存在します。その場面に対して、データ分析を活用できるよう、応用・展開ができればと考えています。そのためには企業・個人のデータをさらに蓄積し、パターンに対するフィードバックも受けられるようにしたいと考えています。

そして、個人的な目標としては、アナリストではない人たちが日々の業務の中でデータ分析を活用できるよう、結果の解釈やパターンの読み解きなどの「翻訳」や、データをもとに相手を説得するノウハウ・知見を、書籍やレクチャーなどを通じて広げていきたいです。アカデミックな部分も含め、ハイエンドではデータ分析はどんどん進んでいるのですが、私はむしろ「普通の人の日常的なデータ活用」の底上げに貢献できればと考えています。

鬼頭:大変興味深いお話をありがとうございました。

<了>

表 孝憲(おもて たかのり)
株式会社ミツカリ代表取締役社長CEO。京都大学・法学部卒業後、新卒でモルガン・スタンレー証券株式会社の債券統括本部に入社。営業として勤務する傍ら入社半年後から週末は面接官として従事し採用リーダーとして毎年数百人以上の学生と面接。2013年6月に退職しUCバークレーハースビジネススクールに留学し経営学修士(MBA)を取得。

2015年5月に創業し、人と組織のカルチャーを可視化して自分や自社に合った人や組織を見つけるサービス「ミツカリ」をスタート。2016年2月に本格的にビジネス向けのサービスとしてミツカリ適性検査提供を開始。2021年4月現在で3,300社、201,000人が登録。40%近くあった離職率が5%にまで低下、面接数の30%削減、採用プロセスにかかる時間を1/3に削減、新卒の定着率を向上させた、などの利用企業が現れている。現在は高知大学医学部非常勤講師、東京医科歯科大学非常勤講師も務める。

鬼頭 真也(きとう しんや)
関西支社 メディアコミュニケーション部
2017年jeki入社。主に関西エリアの交通・テレビ・新聞・ラジオ・雑誌・Webなど、オールメディアに関する提案業務に携わる。
過去、製薬会社・商業施設・マンションディベロッパーなどの担当営業にも従事。

中村 優里(なかむら ゆり)
関西支社 メディアコミュニケーション部
2019年jeki入社。主に関西エリアの交通・テレビ・新聞・ラジオ・雑誌・Webなど、オールメディアに関する提案業務に従事。
本連載の企画・編集、関西支社LPの運営業務も担当。

中之島サロン VOL.14

なぜ今、地域特有の課題やリソースを活用した先進的な取り組みが活発になっているのか。地域だからこそ生まれるイノベーションとはどんなものなのか。jeki関西支社が、さまざまな分野で活躍される方々をお招きして話を伺いながら、その理由をひも解いていきます。

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