MaaS最前線! 暮らしの足となる「ラストワンマイル交通」で実現する街づくり

中之島サロン VOL.17

写真左から
ジェイアール東日本企画 関西支社 京都支店長 河田壮司
WILLER株式会社 代表取締役 村瀨茂高 氏

新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、大都市圏の交通に対するニーズが大きく変化しています。さらに少子高齢化が進む地方やインバウンドを呼び込みたい観光地など、交通に関する課題は多様化しており、それぞれ早急な解決策が求められています。コロナ禍も含めた社会の大きな変化の中で、交通はどのように変わり、これからの日本にどのような影響を与えていくのでしょうか。

jeki関西支社京都支店長の河田壮司が、高速バス事業から鉄道や海外進出へと急成長中のMaaSベンチャー、WILLER株式会社で代表取締役を務める村瀨茂高氏を迎え、未来の交通のあり方や役割、地域や産業に与える影響などについて語り合いました。

誰にとっても「自由で快適な移動」を実現したい

河田:まずはじめに、村瀨社長が”移動”や”交通”という領域に興味を持たれたきっかけをお聞かせください。

村瀨:学生の頃から行く先々で記憶に残るような体験をし、さらに自分が企画した旅行で友達が笑顔になるのがうれしくて、「人が自由に移動できる仕組みを作りたい」という思いは当時からありましたね。それで旅行会社に入社したのですが、もっと自由で快適な旅を企画したいと思うようになり、自分の会社を立ち上げました。

はじめは公共交通機関とその先での体験を結びつけて「旅行」として成り立たせたり、公共交通では不便なところに他の手段を手配したりしていたのですが、そのうち手段としての交通をもっと快適に便利にしたいと考えるようになり、高速バス予約サイトを立ち上げ、そこで直面した課題から高速バス事業へとシフトしていったのです。

河田:それが現在のWILLERにつながっていったわけですね。これまでの常識を覆す価格と快適さで、高速バス「WILLER EXPRESS」は業界に新風を巻き起こしました。さらにローカル鉄道「京都丹後鉄道」の運行や海外での移動サービス提供などにも精力的に事業を広げていらっしゃいます。その中で、オンデマンド交通サービス「mobi」のサービスインや自動運転の実証など、「ラストワンマイル交通」も積極的に展開されていますね。どのような課題意識から取り組まれることになったのですか。

ウィラートラベル:https://travel.willer.co.jp/

呼べば来る、エリア定額乗り放題「mobi(モビ)」:https://travel.willer.co.jp/maas/mobi/

村瀨:交通サービスは距離によってニーズや課題が全く異なります。「ラストワンマイル交通」は、自宅から半径約2kmの生活圏を移動する「暮らしの足」に該当するのですが、2拠点間にとどまらず、たとえば、子どもを塾に送って買い物し、病院に寄って、銀行に行き…というように生活圏の中を回遊するような移動であることが多いんです。その移動手段には徒歩や自転車、マイカーなどがありますが、マイカーを使えるかどうかで移動の格差が生じてしまう。この”暮らしの足の格差”をなくすことが大切なのではないかと考えました。

地方と都会が抱える「ラストワンマイル移動」の課題

河田:現在、「mobi」は渋谷と京丹後市、名古屋市という全く異なる街で事業を展開されていますが、どのような共通点、または違いがありますか。

村瀨:共通して言えることは、いずれも何がしか「移動に制限がある」ということです。そして、都市では効率性が求められ、地方では手段を確保することが必要とされている。主な利用者はいずれも子育て世代で、保育園や駅、塾への送り迎えを母親が行っていることが多く、その負担が想像以上に大きいことがわかりました。

河田:地方はシニア、都市は若者の利用者が多いのかと思いましたが、子育て世代の利用が一番多いんですね。

村瀨:ええ、両方とも半数以上が子育て世代でした。特に京丹後では、「家族の会食が増える」という行動変容が生じています。もちろん次にシニアも多いのですが、自分の移動スタイルが確立されていますので、その変更には時間がかかるかもしれません。また地方ではマイカー率が高く、「今移動に困っているから利用してもらう」というより、「免許返納をしても大丈夫という準備ができた」、という段階だと思っています。

河田:「mobi」に関しては、他にも導入地域が増えていきそうですね。

村瀨:はい、国内展開も考えていますが、10月末にシンガポールでサービスを開始したばかりです。リバーバレーからオーチャードという高級住宅地で観光客も多いエリアなのですが、交通が不自由ということもあり、買い物や習い事、外食などでの需要が見込めます。渋谷や京丹後とはまた異なる利用の仕方が想定され、「生活&観光の足」という新しいモデルになるかもしれません。他には、11月中旬にはベトナムでも開始しました。

河田:それは楽しみですね。シンガポールはJR東日本の海外事務所やグループ会社もあり、ルミネやJAPAN RAIL CAFEなどの事業を展開しているので、お客様が「mobi」を利用して来店されるかもしれませんね。

レベル2の自動運転を実施。無人は2025年予想

河田:そして、ラストワンマイル交通といえば、自動運転も大きなテーマです。名古屋の実証実験「鶴舞」での取り組みについて聞かせてください。

実証実験の様子(写真提供:WILLER)

村瀨:2024年のSTATION Ai※開所に向けて、名古屋駅から同所を自動運転で結びたいという意向があり、そこに向けて実証を進めてきました。一般車両が混在する複数車線の幹線道路を3か月間という長期間走るというのがポイントで、水・木・金曜日に1日7~14便とかなりの頻度で往来しました。さらに夜間運行も新たな試みです。

※STATION Aiとは、世界最高クラスの海外スタートアップ支援機関・⼤学との連携を通じて、世界最高品質のスタートアップ支援プログラム等をワンストップ・ワンルーフで提供、ニューリアリティ対応型の世界初・世界最高レベルのスタートアップの中核支援拠点です。

河田:世界中で各国が自動運転に取り組んでいますが、実用化はどこまで進んでいるのでしょうか。

村瀨:WILLERではシンガポールのグループ会社が毎日2路線を事業として行っており、片方が有償運行、もう片方が無償運行となっています。世界全体では、ドイツでは世界初の公道での通常走行を認めた法令改正が2021年に議会で可決され、2022年に施行される見通しです。また、2022年にインテル傘下のモービルアイが5キロ圏内のかなり広い範囲で無人ロボットタクシーのサービス開始を予定しているといいます。こうした世界の最先端がレベル4とすれば、日本では名古屋で行う私たちの実証がレベル2というところで、政府の方針として2025年に混在空間でのレベル4自動運転サービス実現が目指されています。

参考記事

■自動運転レベル4、ドイツが「世界初」公道解禁へ
https://jidounten-lab.com/u_germany-level4
■モービルアイ、無人で走る「ロボットタクシー」のサービスを2022年に開始
https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1350795.html

河田:もう少し先とはいえ、数年以内に実現しそうなのですね。

村瀨:「2025年にレベル4」というのは、日本政府が描いている「官民ITS構想・ロードマップ2020」に掲載されている内容です。

私たちもだいたい同時期を目指して、公共交通サービスとラストワンマイル交通をシームレスに結んだサービスを、ストレスなく経済的負担を抑えた現実的なものとして確立させたいと考えています。自動運転というと、マイカーを想像される方も多いかもしれないのですが、私は自動だからこそ、公共的なインフラとしてのラストワンマイル交通が重要だと思うのです。

参考記事

■官民 ITS 構想・ロードマップ 2020
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/pdf/20200715/2020_roadmap.pdf

■自動運転の実現時期、日本政府の計画をセグメント別に解説
https://jidounten-lab.com/u_autonomous-plan-japan

ラストワンマイル交通が観光や産業を活性化

河田:確かにマイカーの有無による交通格差の解消という観点からいえば、自動運転車のインフラは大きな解決策となりそうです。地方の隅々まで、これまで公共交通では不便だったところにまでインフラが行き渡れば、生活はもちろん観光や産業にも大きなインパクトを与えそうですね。

村瀨:そうです。かつてインバウンドで6000万人が来日しても、それだけでラストワンマイル交通を導入するのは経済的に見合わないといわれていました。しかし、コロナ禍によって働き方が変わり、通勤時間がなくなったことで、その時間を地元で豊かに過ごすという価値観が浸透しつつあります。それがニューノーマルな社会となれば、「生活の足」としてラストワンマイル交通の採算が取れ、そこにインバウンドも含め、外部からの利用者もスムーズにアクセスできれば「観光の足」にもなります。それが、私たちのサービスの将来的なイメージになっています。

河田:ラストワンマイル交通が観光の足になり、地域活性化につながるというのはすばらしいですね。これまで国の観光施策は、飛行機や新幹線など大掛かりな移動が中心でした。

村瀨:もちろん新幹線も飛行機も大切ですけどね(笑)。それで経済が回って全体的な底上げがなされてきたのですから。そして、最後に残ったのがラストワンマイル交通で、そこは個人が自転車や自動車を購入して対応していたわけですが、逆にそれが当たり前になってしまったから手つかずだったともいえます。ただ私たちも京都丹後鉄道の運行を担い、改めて交通格差是正や公共交通の価値を認識すると、「マイカーが普通」ゆえに生じた格差や穴が見えてきました。

その解決策の1つがラストワンマイル交通であり、さらに公共交通とシームレスにつなぎ、最適化するという意味で「MaaS」の重要性が高まっていると思います。

交通と情報がオープンにつながる世界を目指して

河田:私たちのドメインで言えば、広告や情報提供なども交通と絡むことで、新しい価値創出につながりそうです。

村瀨:まさに、どれだけ必要としている人に的確に情報を提供できるか、でしょうね。マーケティング的に見ても、情報が人を動かす可能性がある。データを活用してオンラインとオフラインを組み合わせた新しい価値を生み出すこともできるでしょう。ただ、データを中央集権的に集めて課金するという従来の手法は、今後は成り立たないと思います。今後は様々なステークホルダーが参加して、誰にとってもメリットがあるオープンなプラットフォームというか、エコシステムをどうつくるかが一番の課題になるでしょう。

ただ、そこは難しいところで、日本でMaaSが進まない一番の理由は、国や地域などの単位でガバナンスがなかなか確立できないからだと思います。どうすればいいかといえば、誰もまだわからない。それでもWILLERとしてはインフラストラクチャーとして交通の快適性や精度を高めるために、移動データを活用し、他公共交通機関とのシームレスな連携を目指して取り組みを進めていきたいと考えています。

河田:私たちも壮大な構想を共有し、街づくりのステークホルダーとして協力しあえたらと思っております。本日はありがとうございました。

河田壮司
関西支社 京都支店長
1997年jeki入社。本社営業局配属後、出版、ゲーム、食品、住宅、保険他多くのクライアントを担当。JR担当局を経て、2018年より京都営業所長、2021年より現職。

村瀨 茂高
WILLER株式会社 代表取締役
社会貢献度の高い移動ソリューションの開発を目指し、1994年に創業。
新たな価値を創造する独自のITマーケティングシステムにより、2006年に都市間を移動する高速バス「WILLER EXPRESS」、2015年に営業キロ114kmのローカル鉄道「京都丹後鉄道」を運行開始。
近年は、日本・ASEANにて、テクノロジーを活用した便利で環境に優しい新たな移動サービスを開発しており、AIオンデマンド交通サービス「mobi」を日本・シンガポール・ベトナムで開始、自動運転をシンガポールで毎日2路線運行し、日本では実証実験を重ね、25年に無人自動運転サービス実現を目指す。

中之島サロン VOL.14

なぜ今、地域特有の課題やリソースを活用した先進的な取り組みが活発になっているのか。地域だからこそ生まれるイノベーションとはどんなものなのか。jeki関西支社が、さまざまな分野で活躍される方々をお招きして話を伺いながら、その理由をひも解いていきます。

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