リアルな人との交流が生み出す「異日常」のよりどころ
宮﨑:前編では、不確実性の時代の人との交流や人間らしい生活の重要性について伺いました。人間らしい生活というと古き良き田舎での暮らしをイメージするのですが、ADDressの利用者の方は滞在先に何を求め、どのように過ごしていらっしゃるのでしょうか。
佐別当:ADDress利用者の7~8割は、東京や神奈川在住の人たちです。今、東京生まれ東京育ちの人たちが増えていて、この先は若い世代に限らず親や祖父母の世代でも、東京生まれの比率が増えていくでしょう。つまりそれは「田舎がない人たち」が増えていくということです。ADDress利用者の多くも「自分にとっての田舎」を探しに行っている、と感じます。ですから僕らは地方の方々に対して、観光地化はしない方がいいとお話しています。
地方の人たちの多くは「うちには何もないから」とおっしゃるのですが、何もないと言いながら、季節の移り変わりに合わせて農作業をしたり、みそづくりをしたり、さらに奥深い地域ではニワトリや牛を飼っていて、卵や牛乳まで自給自足の生活を送っています。その地域では当たり前かもしれませんが、僕らからすれば観光以上のコンテンツじゃないですか。それに、そうしたところのおじいちゃん、おばあちゃんは、ゆったりとおしゃべりしてくれる話好きな人も多い。「こういうふうにすればいいよ」「こういうレシピがあるよ」というような他愛のない会話をしてくれるので、コミュニケーション自体に幸せを感じられるのですよね。
一方で、スマホの中の情報量は膨大です。これから、デジタルと関わる時間はますます増えていき、その分落ち着いて人と話す時間は減っていくでしょう。だからこそ、地方のゆっくりした時間の流れに触れると、自分自身の感覚が戻ってくる。さらにそこで知り合いや友だち、仕事ができれば、単発で行く旅行からリアリティーを伴った地域での生活へと、滞在の意味合いが変わっていきます。ちなみに私たちは、異なる地方に住む他者の日常という意味で、「異日常」という言葉を使うことがあります。滞在先で、自分の日常生活とは違う誰かの日常生活を共有できるようになると、自分の田舎みたいに「おかえり」と言ってもらえる場所になる。自分の中に新たなよりどころができていくのです。
宮﨑:自分自身を支えてくれる場は、リアルで人と交わるからこそ生まれるんでしょうね。
商業施設が新たなよりどころになるには
村井:リアルの場である商業施設も、心のよりどころになれるような体験を提供できたらいいなと思っています。
佐別当:これは僕の個人的な感覚ですが、商業施設にいる人たちが全員同じ顔に見えてしまうような錯覚を起こすことがあります。単純に消費だけを目的として商業施設に行くと、人と人が顔を合わせる交流が発生しにくいため、逆に自分も消費されているように感じてしまうのかもしれません。
そこでまずは商業施設内に、自然にコミュニケーションが発生し、そこからコミュニティが生まれるような場をつくってみるのはどうでしょうか。例えば金曜の夜、ビールを飲むような場に顔を出しているうちに、商業施設にいる人が顔見知りになるということがあるかもしれません。商業施設で働く人や利用する人は、数百人や数千人に及ぶ規模なのかもしれませんが、そこにいる人たちの顔がだんだんと見えてくる場があると、きっと愛着が湧いてくるのではと思います。
村井:愛着が湧く場所にするために、具体的にはどういう方法が考えられますか。
佐別当:そこに帰ってきたという感覚になれるような仕掛けが必要です。以前、米国のポートランドを何度か訪れた際に、公園や道路の使い方がすごく上手だと感じました。初めて顔を合わす人どうしでも、コミュニケーションが生まれやすい造りになっています。そういった公共空間があっても、面白そうですね。
人と人がつながる場所として、今銭湯にも注目が集まっています。特定の誰かに会わなかったとしても、コミュニティスペースのような銭湯に行くとなんだか落ち着く、といったような感覚が得られるからでしょうね。商業施設もそこにいる人たちの顔がだんだん見えてくるようなつながりの場になれれば、よりどころに近い存在になれるのではないでしょうか。
村井:商業施設にも銭湯ができる計画があります。商業施設が、まるで家に帰るかのように立ち寄れる場所になれたら理想的だと思います。
地域への思いが人を動かす
宮﨑:ADDressには、地域の方々と出会うための仲介役となる「家守」と呼ばれる人がいます。とても興味深いポジションです。今後デジタル化が進むと、ヒト型のAIがホログラムの中でしゃべるというようなケースも想定されると思いますが、対して、リアルの家守だからこそ提供できる価値というのは、どんなところにあるでしょうか。
佐別当:家守とAIとの違いは何だろうと考えると、家守の方々はその地域がものすごく好きだという点が挙げられます。シビックプライドが強いということでしょうか。地域への愛着やこのままではまずいという危機感から、「この地域を知ってもらいたい」「来てもらいたい」「通ってもらいたい」という気持ちで動いていることが、AIとの大きな違いだと思います。だから家守の方々に出会うと、感情が揺さぶられます。多拠点居住で点々と風のように生活する利用者と比べても、土に根を張るようにその地域を守っている家守の方々は、地域に対する思いがとても強いですね。
宮﨑:お話を伺って、商業施設においても、帰ってきた気分になれる、心のよりどころになれるかどうかが重要だと感じました。家守と同じような存在ではなくとも、商業施設でも施設や地域に強い思いを持った人が来館者を出迎えてくれると、新しい心のよりどころのような場所になるのかもしれないとも思いました。本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。
次回以降も、さまざまな識者や実務家の方へのインタビューをお届けします。「未来の商業施設ラボ」は生活者の視点に立ち、未来の暮らしまで俯瞰していきます。今後の情報発信にご期待ください。
構成・文 松葉紀子、写真提供 株式会社アドレス
佐別当 隆志(さべっとう たかし)
1977年生まれ。立命館大学国際関係学部卒業後、2000年株式会社ガイアックスに入社し、新規事業開発に携わる。2013年、都心に一軒家を購入し、家族とともにシェアハウス「Miraie」(ミライエ)の運営を開始。2016年、シェアリングエコノミーの普及・推進と共助社会を実現するため、シェアリングエコノミー協会を設立し、事務局長に就任(2019年より常任理事)。2017年、内閣官房シェアリングエコノミー伝道師に任命。2018年、定額の多拠点居住サービス「ADDress」を展開する株式会社アドレスを創業。
村井 吉昭 未来の商業施設ラボ プロジェクトリーダー / シニア ストラテジック プランナー
2008年jeki入社。家庭用品や人材サービスなどのプランニングに従事した後、2010年より商業施設を担当。幅広い業態・施設のコミュニケーション戦略に携わる。ブランド戦略立案、顧客データ分析、新規開業・リニューアル戦略立案など、様々な業務に取り組んでいる。