商業施設の「買い物の場」としての価値が揺らぐ中で、生活者の視点に立った「理想の商業施設像」を考える、「未来の商業施設ラボ」。今回のゲストは、定額制の多拠点居住サービス「ADDress」を運営する株式会社アドレス代表の佐別当隆志さんです。コロナ禍を経た今、勤務地に縛られることなくリモートワークする人たちを中心に、好みに合わせて住まいを移したり多拠点居住をしたりなど、暮らし方は多様化しています。多拠点居住から考える未来の暮らしや幸せのあり方、商業施設に応用できるヒントについて、佐別当さんと対談しました。今回はその前編です。
不確実性の時代の幸せは人間らしい生活にある
宮﨑:まずはじめに、佐別当さんが手がける多拠点居住サービス、ADDressを始めたきっかけについて教えてください。
佐別当:会社勤めをしていたとき、同僚が住んでいたシェアハウスに遊びに行ったんです。ピアノやギターがある広いリビングには、国籍も年齢も関係なく人が集まり、みんな楽しそうにしていました。そこでたくさんの素晴らしい出会いがあったことから、2010年、恵比寿のソーシャルアパートメントに住み始めました。ちょうどそのころ海外では、自宅を宿泊施設として貸し出すサービス「Airbnb」がはやり出していたので利用してみると、単に宿泊するだけでなくホストとも知り合えるなど、従来のホテルとは全く違う経験ができたことに感動しました。そこでまずは、自分の家を貸し出すところから始めてみたのです。すると定期的に来てくれる人とは、まるで家族のような関係になりました。こういった経験から、サブスクリプション型の多拠点居住サービスを立ち上げました。
宮﨑:個人がホストとして宿泊場所を提供するモデルに、着想を得たのですね。多拠点居住は未来の住まい方としても注目されていますが、佐別当さんは10年、20年先の生活者の暮らしはどう変化していくとお考えですか。
佐別当:例えば仕事で言うと、巨大化する大企業での安定雇用とフリーランスに二極化し、プロジェクトベースで働く人も増えて副業が当たり前になり、企業への帰属意識が希薄になっていくのではないでしょうか。またその頃には、社会情勢がますます不安定になっている可能性はありますよね。下手をすると災害や戦争が発生したり、監視社会化が進んでいたりするかもしれません。仮にそうだとして、隣近所の人たちを信頼できるような社会が維持できているかと考えると、今とは相当違う環境になっているのではないでしょうか。そしてそういう時勢であればこそ、いわゆる「田舎暮らし」のようなお互いの顔が見える生活や、釣りをしたり山に登ったりキャンプをしたりなどのリアルなアクティビティが重要な役割を果たすようになるのでは、とも思います。
同時に、VRの世界、仮想社会もリアルと融合した時代になり、ますます物理的に移動する必要がなくなると予測しています。そうした中では、人の幸せの在り方は二極化していくと考えています。一つは仮想空間のほうが楽しいという人たちで、アバターとして暮らす空間があり、その中で自己実現に可能性を見いだしていく人たちです。もう一つは、リアルな人とのふれあいや交流の中で、自分で作った農作物や料理を物々交換するような、貨幣経済が浸透する以前の人間味のある昔の暮らし方に幸せを感じる人たちです。私としては、後者のような人との交流や人間味のある生活に大きな価値を見出す人が増えていくのではないかと思います。特に多拠点生活、デジタルノマドをやっている人たちは点々と移動する機会が多く、滞在先に知り合いがいないと寂しいということがあり、コミュニティを必要としています。
自分軸をつくるのはリアルな体験で得る感性
村井:多拠点居住には、リアルだからこその人との交流や人間らしい暮らしの魅力があると思います。改めて、佐別当さんが考える多拠点居住で得られるリアルな体験には、どういった価値があるでしょうか。
佐別当:リアルな体験というのは、現地に行って五感で感じるものです。これからの不確実性の時代において信じられるものは、宗教やコミュニティであったり、さらには自分自身の価値観だったりするのではないでしょうか。働き方が多様化していくことで仕事や余暇時間の使い方、やりたいことなども、自分軸で選べるようになっていくでしょう。そうなると、自分の五感や感性を大切にする人たちが増えてくるはずです。多くの人がそうなったとき、リアルな空間が非常に大きな価値を持ちはじめる。実際にその場に赴いて身を置くことで、自分自身の価値観が深まるような文化や歴史を感じられる体験は、より重宝されるはずです。
異質な環境に身を置くと自分の中に多様性が見つかる
村井:不確実性の時代では、自分の五感や価値観が重要になっていくということですね。多拠点居住をすることで新たな価値観が見つかることもあるのでしょうか。
佐別当:多拠点生活では、ダイバーシティを発見できるとよく話すのですが、本質的には自分の中に多様性を見つけるということです。
多拠点居住は、住む場所を毎回変えているようなものです。同じ日本でも都会と地方では全く環境が違いますし、地方といっても町、海、山などの地域特性によって生活様式が違います。場所によって歴史も文化も全く違ってきますから、実は日本の中にも多様性は満ちています。
一般的に日本の企業や学校では同質性が高く、異質な人たちと交流する機会があまりありません。一方で、海外留学や海外駐在での仕事では、異文化や個人差が大きい環境で生活するため、それまでと価値観が一変することも珍しくありません。異質な環境で多様性に触れると、それまで常識だと思っていたことがそうでもなかったり、なあなあにやり過ごしてきた小さな違和感が実は正しかったのだとわかったりします。
多拠点生活で国内でも異なる文化圏に滞在してみると、そういった今までになかった考えを自分の中に発見できます。自身の内側に多様性を見出すことができれば、幸福度も高まるでしょうし、自分軸も固まっていく。最初は自分探しのような形で始まるのかもしれませんが、多拠点居住を通じていろんな価値観に出会うことで、それまで知らなかった自分自身を発見できる、ということがあるのではと思っています。
多拠点居住のサービスを使っている人たちの職業や年代、考え方もさまざまで、1つの家の中に異なる価値観がいくつも混じり合っています。そこでは、いろんな人と出会ったうえで違う価値観があるということをじわじわと実感し、自分の中で消化していくようなプロセスがあると感じます。一方でデジタルの世界では、瞬間的に異質な情報に触れて瞬間的に興奮することはあるかもしれませんが、実感を伴いながら異質な価値観を受け入れていく場面はあまりないのではと思います。
村井:お話を伺って、不確実性の時代に向けて、リアルだからこその人との交流や人間らしい生活を通して、自分自身の価値観を深めたり、新しく発見したりすることが大切だと感じました。
前編では、不確実性の時代に向けて、自分自身の価値観を深めることの重要性や、リアルでの人との交流や人間らしい生活の意義について伺いました。後編では、そのような時代の暮らし方に寄り添う商業施設の新たな可能性について、引き続き佐別当さんとお話していきます。
〈後編へつづく〉
構成・文 松葉紀子、写真提供 株式会社アドレス
佐別当 隆志(さべっとう たかし)
1977年生まれ。立命館大学国際関係学部卒業後、2000年株式会社ガイアックスに入社し、新規事業開発に携わる。2013年、都心に一軒家を購入し、家族とともにシェアハウス「Miraie」(ミライエ)の運営を開始。2016年、シェアリングエコノミーの普及・推進と共助社会を実現するため、シェアリングエコノミー協会を設立し、事務局長に就任(2019年より常任理事)。2017年、内閣官房シェアリングエコノミー伝道師に任命。2018年、定額の多拠点居住サービス「ADDress」を展開する株式会社アドレスを創業。
村井 吉昭 未来の商業施設ラボ プロジェクトリーダー / シニア ストラテジック プランナー
2008年jeki入社。家庭用品や人材サービスなどのプランニングに従事した後、2010年より商業施設を担当。幅広い業態・施設のコミュニケーション戦略に携わる。ブランド戦略立案、顧客データ分析、新規開業・リニューアル戦略立案など、様々な業務に取り組んでいる。