ファッションと生活の変化、そして商業施設の未来とは <前編>
―木村昌史氏(ALL YOURS)×村井吉昭・石田真理子(ジェイアール東日本企画)―

未来の商業施設ラボ VOL.5

商業施設の「買い物の場」としての価値が揺らぐ中で、生活者の視点に立った「理想の商業施設像」を考える、「未来の商業施設ラボ」。本連載では、当ラボメンバーによる、識者へのインタビューをお届けしています。今回のゲストは、着ていることを意識させない「現代のワークウェア」を目指すアパレルブランド「ALL YOURS」代表の木村昌史さんです。ファッション業界の常識にとらわれず、ユニークな取り組みを続ける木村さんに、ファッションと生活の変化、そしてそこから見えてくる商業施設の未来についてお伺いします。今回は、その前編です。

服だけではファッションを語れない時代に

石田:近年、ファッションを取り巻く環境が大きく変化していますが、木村さんは、ファッションと生活者の変化をどのように捉えてらっしゃいますか。

木村:2008年ごろ、僕は大手アパレル企業に勤めていて、マーケットリサーチのためにアメリカに行く機会がありました。ところが、行ってみたら新しさや面白さを感じる店が全然なかったんです。今振り返ってみると、D2C(Direct to Consumer)がちらほら出始めていたころで、面白い商品が実店舗では買えなくなっていたんですよね。

石田:そのころ、変化の始まりを実感されたんですね。

木村:でもそのときアメリカで、サードウェーブのコーヒーショップとか、Bean to Barのチョコレートのお店にふらりと立ち寄ったんです。そしたら、めちゃくちゃかっこいいわけです。お客さんの目の前でコーヒーを焙煎したりチョコレートを作っていたりしていて、「何だこの世界は!」と衝撃を受けました。それに、働いている人たちもおしゃれだった。ハイファッションでバチバチに決めるのではなく、古着を着てひげを生やして、ベースボールキャップをかぶっているような、洗練されているというよりは等身大な感じ。そのとき、ファッションの領域は拡張していて、この人たちのこれもファッションだと思ったんです。

石田:ファッションは見た目の服装だけではなくなった、ということですか?

木村:そうです。ファッションの領域が拡張して、「何をして働くのか」「どういうスタイルで生きるのか」なども、ファッションに含まれるようになったんだと感じました。90年代後半からだと思いますが、ファッション誌でも部屋の特集が増え始めて、ファッションが衣食住全般に拡張してきた流れもありました。

村井:前回実施した有識者インタビュー(VOL.3参照)では、SNSの登場によってファッションの役割が変化したというお話がありました。木村さんもそのような印象はお持ちでしょうか。

木村:SNSが普及するにつれ、服が売れなくなってきたと感じます。ブログやSNSを使う人が増えて、自己表現のフィールドが服だけではなくなりました。何を考えているかを文章にして、誰といるかを撮ってWeb上にアップすることで自己表現が成り立つ。今、会う前にSNSを見ればだいたいどんな人か分かってしまうというのは、象徴的ですよね。

「スペック」から「ストーリー」へ

石田:生活者だけでなく、企業もWebによる情報発信を強化しています。木村さんはとあるインタビュー記事で、人気のWebサイトで服を購入されたときの話をされていました。そのWebサイトでは、発売前から、商品の見た目や値段など表層的な情報だけでなく、商品にまつわるストーリーを伝えているので、共感して買ってしまうと。

木村:そうですね。いいモノをつくっているのは前提ですが、そのモノづくりにストーリー性を感じて共感したり、それを買うことでその世界観に参加していたり……という感覚はすごく大事だと思ったんです。モノ自体のスペックはあまり気にしなくなってきましたね。

村井:なるほど。もはやファッションは服単体では語れないということですね。生活者はファッションや自己表現の領域を拡張し、スペックよりストーリーに共感する。商業施設においても、ファッションというものの捉え方を考え直すべきなのかもしれません。

ALL YOURSでは、2017年5月から、24カ月連続でクラウドファンディングを実施。開発前から商品にまつわるストーリーを発信し、共感してくれた人に、ALL YOURSの世界観に参加してもらう仕掛けとしてクラウドファンディングを活用した。「着たくないのに、毎日着てしまう」プロジェクトでは、ファッションカテゴリ国内クラウドファンディング支援金額No.1を獲得。

商業施設における「UnBorder」とは?

石田:近年、日常と非日常、仕事とプライベートのように区切られた境界線があいまいになっていることを、ALL YOURSでは「UnBorder」と表現されていますが、この現象は加速するとお考えでしょうか。

木村:スーツを着る人が減り、多くの人の仕事着が私服化しています。さらに、コロナ禍で出掛けなくなり、服を買わない人が増えました。そうなると、人からどう見られているかでモノを買う人が少なくなり、「自分が気持ちいいかどうか」を重視する、「内面に向かう消費」が増えてきています。そういうふうに社会は変わりつつあると感じます。

石田:私たち未来の商業施設ラボでも、生活動線のUnBorder化に注目しています。私の友人は、よくお風呂上がりに商業施設のシネコンでレイトショーを観ると言っていました。彼女にとって商業施設は家の延長線上にあり、家より豊かな時間を過ごせるんだと思います。ALL YOURSの商品のようにオンオフ関係なく着られる服があれば、人の移動の自由度も上がると思われますか?

木村:そうですね。ALL YOURSの商品はルームウェアの機能まで内包しているので、「急に出掛けなきゃいけないとき、着替えなくてもいいから楽です」とお客さんからよく言われますね。オンとオフがあいまいな状態を経験した人が増えて、UnBorder化がますます進んでいると思います。

ただ、最近では、体が不自由な人などもっと多様な人々を含めて、線を引かないためにどうすればいいのかを考えています。人口減少が進む中、ALL YOURSの世界観が好きなのに着られないという人がいたら、それは機会損失にもなるわけです。いろいろな意味でボーダーレスを目指したい。視野を広くすることで、悪気のない排除をなくしていきたいです。

「UnTrend」(流行を追わない)、「UnStress」(服にまつわるストレスから解放する)、「UnBorder」(境界をあいまいにしてあらゆる場面に寄り添う)を価値観として掲げるALL YOURSの商品。例えば、フォーマルにもカジュアルに着こなせるセットアップは、きちんとして見えるのに堅苦しくなく、どこにでも着ていける「現代のリアルな仕事着」。ストレッチ性、防シワ性、吸水速乾性、耐久性を備え、ストレスフリーな着心地を実現している。

木村:先ほど話に出たご友人は、商業施設の近隣に住んでいる地域の方だと思うんですね。地域住民は特定の属性に限定されないので、老若男女、さらに足や目が不自由な人など、いろんな人が含まれているわけです。商業施設が地域にコミットするのなら、そこまでの視野の広さが求められるのではないでしょうか。

村井:大変勉強になりました。商業施設には「来館可能な距離」というボーダーこそあるものの、地域には多様な人々がいる。商業施設が本当の意味で、地域住民の暮らしに寄り添うためには、UnBorderに、誰一人取り残さないユニバーサルな場になる必要があるのだと感じました。

前編では、ファッション領域の拡張や、生活や商業施設のUnBorder化について、お話を伺いました。後編では、ブランドと顧客との関係の変化、そこから見えてくる商業施設の未来について伺います。

後編に続く
構成・文 松葉紀子

木村昌史
株式会社オールユアーズ 代表取締役
大手アパレル企業を経て、2015年7月に株式会社オールユアーズを設立。着ていることを意識させない「現代のワークウェア」を目指すオリジナルウェアブランド「ALL YOURS」を立ち上げる。16年、東京・池尻大橋に実店舗をオープン。17年5月から「24カ月連続クラウドファンディング」を開始し、「着たくないのに、毎日着てしまう」プロジェクトで、ファッションカテゴリ国内クラウドファンディング支援金額No.1を獲得した。19年には、全国で試着販売会とトークイベントを行う「47都道府県ツアー」を実施。その他、購入から14日間自宅で試着が可能な「ご自宅お試し制度」や、スタッフと1対1でオンライン相談ができる「個別ZOOM接客」など、ユニークな取り組みが好評を博している。自社のファンを「共犯者」と呼び、顧客との関係性や顧客体験を重視した独自の販売スタイルは、各界から注目されている。

上記ライター村井 吉昭
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社会の環境変化やデジタルシフトを背景に、商業施設の存在価値が問われる現在、未来の商業施設ラボでは、「買い物の場」に代わる商業施設の新たな存在価値を考えていきます。生活者の立場に立ち、未来の暮らしまで俯瞰する。識者へのインタビューや調査の結果などをお届けします。

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  • 村井 吉昭
    村井 吉昭 未来の商業施設ラボ プロジェクトリーダー / シニア ストラテジック プランナー

    2008年jeki入社。家庭用品や人材サービスなどのプランニングに従事した後、2010年より商業施設を担当。幅広い業態・施設のコミュニケーション戦略に携わる。ブランド戦略立案、顧客データ分析、新規開業・リニューアル戦略立案など、様々な業務に取り組んでいる。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。

  • 渡邊 怜奈
    渡邊 怜奈 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーション プランナー

    2021年jeki入社。仙台支社にて営業職に従事。自治体案件を中心に、若年層向けコミュニケーションの企画提案から進行まで、幅広く業務を遂行。2023年よりコミュニケーション・プランニング局で、官公庁、人材サービス、化粧品、電気機器メーカーなどを担当する。

  • 宮﨑 郁也
    宮﨑 郁也 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーションプランナー

    2022年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局に配属。 食品、飲料、人材などのプランニングを担当する。