当ラボが考える未来の商業施設像とその実現に向けて、コンサルタントのD4DRと語る(前編)
―藤元健太郎氏・坂野泰士氏(D4DR)×松本阿礼(ジェイアール東日本企画)―

未来の商業施設ラボ VOL.27

商業施設の「買い物の場」としての価値が揺らぐ中で、生活者の視点に立った「理想の商業施設像」を考える、「未来の商業施設ラボ」。今回は、ディー・フォー・ディー・アール株式会社(D4DR)代表取締役社長の藤元健太郎さんと、同じくD4DR株式会社でパートナーコンサルタントを務める坂野泰士さんをゲストにお迎えしました。これまでさまざまな分野の有識者の方々と対談を重ねてきましたが、今改めて、現状の商業施設が直面する課題、そして当ラボが考える未来の商業施設のコンセプト「生活者とウェルビーイングを共創する地域拠点(詳しくはこちら)」に関して、深掘りしました。今回はその前編です。

商業施設が直面する課題とは

松本:かつて商業施設での買い物は、それ自体が楽しみなレジャーとして成立していましたが、昨今、「買い物=レジャー」という感覚は薄らいできていると感じています。特に若い世代で顕著ですが、「商業施設へは「わざわざ出掛ける」のでなく「ついでに立ち寄る」とか、「遊びに行くときの目的として買い物という発想がない」といった声を聞きます。(VOL.24「Z世代と語る、商業施設の今と未来」参照

さらに、オンラインで、手軽に買い物ができるのはもちろん、補充型経済ともいわれますが、生活必需品は毎回注文しなくても自動的に宅配される時代になりました。また、D2C(Direct to Consumer)など自社のECサイトを通して製品を顧客に直接販売するビジネスモデルも台頭しています。

買い物の仕方が変わった今の生活者にとって「商業施設で何か買おう」というモチベーションは下がり、商業施設の「買い物の場」としての価値が揺らいでいるのだと思います。お二人はこうした変化をどう見られますか?

藤元:昔に比べ、どこに行っても同じ、ありきたりなお店が増えたため、買い物をレジャーだと思わなくなった、とも考えられます。店舗側も、かつては「こんなの面白いよね」と感性で商品展開できていたのに、売れ筋などが分析できるようになったが故に、そういう“余白”が減った。だからこそお店がつまらなくなってしまったという見方もできます。

最近、RaaS(Retail as a Service:小売りのサービス化)のような業態が出てきているのは、面白い店がないことに対するアンチテーゼかもしれません。「売らない店」というのは、売ることを目的化したためにつまらなくなってしまったものを取り戻そうというアプローチだとも思えます。

坂野:かつて人気のあった雑貨店・ホームセンターでは、常に新しい“生活提案”がされていました。訪れるたび発見があって飽きなかった。ただ、その生活提案は、既存の生活にプラスできるものを探すというものでした。しかし今は、生活や意識をどう整えるかが大事で、むしろ捨てることの方が重視される場合もあります。たくさんあるモノの中から何をマイナスして何を残すのかという提案の方が、求められているように感じます。生活提案のベクトルについて、店舗側と生活者の間でズレが生じているのかもしれません。

生活のあらゆる時間に寄り添うために、商業施設に求められる機能とは

松本:当ラボとしては、これからの商業施設は「買い物の場」ではなく「生活の場」として、仕事や家事、趣味など「生活のあらゆる時間」に寄り添い「生活の質の向上」を実現することが大事だと考えています。最近は購入した総菜を家のダイニングのようにリラックスした雰囲気の中で食べられるフードホールや子どもが外遊びを満喫できる公園のような広場を備えるなど、さまざまな生活の時間に寄り添う商業施設が増えています。生活者側にも、商業施設で生活のあらゆる時間を過ごす兆しが出てきたと思います。

藤元:そうですね。これからの時代、「家にあるべきもの」と「街にあるべきもの」については、再編が起こるでしょう。例えば、家にはシャワーだけあって、湯船に浸かりたければ銭湯に行くとか。家には電子レンジだけあって、料理したいときはキッチン付きのコミュニティスペースに行ってみんなで料理するとか。そういう銭湯や地域のコミュニティスペースは、「コモンズ(所有権が特定の個人でなく共同体や社会全体に属する資源)」として、地域にあった方がいいんじゃないでしょうか。

つまり、今、家にあるものが本当に必要なのか、外にあった方が楽しいのではないかという提案を重ねていくことが大事だと考えています。商業施設が先んじて、街やコミュニティに提案をしていけば、これから大きな可能性があるのではないでしょうか。

坂野:家ではなくカフェにずっといる人を見かけますが、それは家より快適だからでしょう(笑)。いい椅子があり、通信環境も整っていてお茶も飲める。家の中の全ての機能を商業施設が持つ必要はありませんが、自宅より快適な状態となれば、みんなが過ごす時間は増えますよね。

松本:テレワークをするようになって、時間の使い方が断片化し、気分の切り替えもより細かく必要になっているように感じます。例えば、仕事で疲れて休憩したいときにはちょっとした飲食ができ、仕事に戻りたければすぐに戻れる。そんな気持ちの切り替えが瞬時にできるような場が、商業施設にもあると良いのかもしれません。

坂野:断片化しているというのはまさにそうだと思います。人の意識は生活の時間の中で細かく変化しているのに、今の施設がそれに合っていないのかもしれない。「ここに来たら、こういう気分でこれをしなさい」と押し付けられたら、利用しなくなるのは当然のことです。

地域との関係で求められる「コモンズの視点」とは

松本:先ほどコモンズのお話も出ましたが、地域という視点で考えたとき、商業施設は何をしていくべきでしょうか。

藤元:地域で存続が難しくなってしまったコモンズを取り込むことでしょうか。分かりやすい例としては、書店です。経営的には継続が難しいビジネスですが、街に書店があること自体が街の価値をつくっているという側面もあります。別の次元で採算を取る方法を考えて、誘致した方が地域にとっていいでしょう。

その際、以前ならどこのチェーンの書店を誘致しようかという発想でしたが、そうではなく、コモンズとして計画するということが、商業施設には大事だと思います。街の文化に影響するものを取り入れるようにした方がいいですよね。例えばクリエイターが多く住んでいる街ならアート系、子どもが多いなら絵本に強い書店とか。

松本:そうしていけば、商業施設自身も地域に合わせて個性的になっていきますね。地域の文化に貢献する姿勢も大切だと感じました。

前編では、現状の商業施設が抱える課題についてお話を伺いました。後編では、未来の商業施設ラボが考えるこれからの商業施設のコンセプト 「生活者とウェルビーイングを共創する地域拠点」について、話し合っていきます。

〈後編に続く〉
構成・文 松葉紀子

藤元 健太郎
ディー・フォー・ディー・アール株式会社 代表取締役社長
野村総合研究所を経てコンサルティング会社のディー・フォー・ディー・アール(D4DR)株式会社代表。1993年からインターネットビジネスのコンサルティングをスタート。広くITによるイノベーション、新規事業開発、マーケティング戦略、未来社会の調査研究などの分野でコンサルティングを展開。関東学院大学人間共生学部非常勤講師。日経MJでコラム「奔流eビジネス」、Newsweek日本版で「超長期戦略企画室」を連載。近著は『ニューノーマル時代のビジネス革命』(日経BP)。

坂野 泰士
有限会社シンプル研究所 代表取締役
ディー・フォー・ディー・アール株式会社 パートナーコンサルタント
1980年代、1990年代前半は自動車、食品、流通、行政の商品・事業企画・マーケティングを中心に活動。90年代に入ってからはITやインターネット関連の事業・サービスのコンセプトや概念開発、実施計画に多数関わる。メーカーから、小売、ECのサプライチェーン全体にわたる経験、自動車、金融、食品、家電、ITサービス等、業種横断での取り組みに特徴がある。最近は長期視点での未来仮説形成やスタートアップの支援に取り組んでいる。

上記ライター松本 阿礼
(駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー)の記事

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未来の商業施設ラボ

社会の環境変化やデジタルシフトを背景に、商業施設の存在価値が問われる現在、未来の商業施設ラボでは、「買い物の場」に代わる商業施設の新たな存在価値を考えていきます。生活者の立場に立ち、未来の暮らしまで俯瞰する。識者へのインタビューや調査の結果などをお届けします。

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  • 村井 吉昭
    村井 吉昭 未来の商業施設ラボ プロジェクトリーダー / シニア ストラテジック プランナー

    2008年jeki入社。家庭用品や人材サービスなどのプランニングに従事した後、2010年より商業施設を担当。幅広い業態・施設のコミュニケーション戦略に携わる。ブランド戦略立案、顧客データ分析、新規開業・リニューアル戦略立案など、様々な業務に取り組んでいる。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。

  • 渡邊 怜奈
    渡邊 怜奈 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーション プランナー

    2021年jeki入社。仙台支社にて営業職に従事。自治体案件を中心に、若年層向けコミュニケーションの企画提案から進行まで、幅広く業務を遂行。2023年よりコミュニケーション・プランニング局で、官公庁、人材サービス、化粧品、電気機器メーカーなどを担当する。

  • 宮﨑 郁也
    宮﨑 郁也 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーションプランナー

    2022年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局に配属。 食品、飲料、人材などのプランニングを担当する。