「収益多様化」こそが、商業施設に、新たな顧客価値を創出する<後編>
―川上昌直氏(兵庫県立大学 経営学部教授)×村井吉昭・松本阿礼(ジェイアール東日本企画)―

未来の商業施設ラボ VOL.23

商業施設の「買い物の場」としての価値が揺らぐ中で、生活者の視点に立った「理想の商業施設像」を考える、「未来の商業施設ラボ」。本連載では、当ラボメンバーによる、識者へのインタビューをお届けしています。今回のゲストは、ビジネスモデルやマネタイズを専門に研究し、数多くの企業でアドバイザーも務める、兵庫県立大学経営学部の川上昌直教授です。これからの時代における収益多様化の重要性、そしてマネタイズという視点から考える商業施設の未来について、対談しました。今回はその後編です。
<前編はこちら>

「時間消費の場」としてのマネタイズの在り方

村井:川上先生の前著『「つながり」の創りかた』を拝読したのですが、「顧客とのつながりの強い企業は、購入以前だけでなく購入以降のタッチポイント(接点)にまで注目して、顧客の生活をアップデートする」ですとか、「顧客との全てのタッチポイントは、課金ポイントにもなり得るため、課金の可能性を広げることになる」といった内容が、非常に示唆深く感じました。

商業施設は今、「買い物の場」ではなく「時間消費の場」を志向し、居心地の良い広場やラウンジスペースを設けるなど、購買行動に限定されないタッチポイントを増やしています。しかし、マネタイズについては未だ買い物に関わることが中心で変化しておらず、顧客価値創出とマネタイズの方法に、ズレが生じているように感じます。

川上:タッチポイントを増やすのはいいのですが、それを提供するための原資、つまりどこで稼いだお金をそのために使うのかということは考えなければいけないと思います。
さらに、やはり“サービス”として無償で提供するものは、どうしても手抜きになりがちという側面があります。恐ろしいことに、お客さまというのは一番手を抜いているところで評価する傾向があって、例えばレストランの食事に無料デザートが付くのはうれしいけれど、その味がいまひとつだと、食事やお店全体の印象まで悪くなってしまうのです。

Netflixなどは、月会費であらかじめ利益を確保するので、その利益でいかにお客さまを喜ばせようか、という発想で考えます。無償のサービスでも手を抜いたり予算を削ったりせず徹底的に高品質なサービスを提供するから、顧客はそれに圧倒されてしまうんです。

松本:商業施設も、そんな発想でサービス提供ができたら面白いですね。

川上:そうですね。ただ物販の粗利やテナントの賃料だけでは、そうしたサービスを賄いきれない可能性があります。その場合は正々堂々と会費を取り、有料会員だけが利用できる排他的なサービスを提供するのもいいかもしれません。きちんとしたサービスが受けられるなら、顧客も会費を支払うことは厭いません。月1回とか年1回支払えば、あとは払ったことを忘れ「フリーで利用できてお得」という気にすらなってしまう(笑)。

村井:これからの商業施設が魅力的な時間を提供できるなら、その対価としてマネタイズすることが必要かもしれませんね。

“エモい”体験を日常的に提案し続ける商業施設

村井:今のお話と関連する未来の商業施設アイデアとして、例えば「居れば居るほど快適になる優良会員専用ラウンジ」というものを考えています(下図参照)。

優良会員から個人データや生活データを取得し、パーソナライズサービスを提供します。データは空間内IoTやウエアラブルデバイスで取得し、そこで過ごせば過ごすほど自分仕様の居心地の良い空間になります。飲み放題・食べ放題で、寝る以外の時間は全て商業施設で過ごせるような場、というイメージです。マネタイズは、会費を中心に、取得データを顧客の同意の上で他社に販売するなども考えられます。(未来の商業施設ラボ VOL.4参照

川上:面白いですね。近い将来、そういった顧客データはいろんな企業が収集するでしょうから、先行してやってみるのはよいと思います。

そのアイデアを聞いて、ニューヨーク発の「Peloton(ペロトン)」というオンラインフィットネスサービスを思い出しました。Pelotonはマシンを利用する際、モニターでインストラクターとやりとりしたり、良質な動画や音楽が楽しめたりといったサービスを提供しています。優秀なクリエイターを起用しオリジナルの動画や音楽を制作しているので、「フィットネス界のNetflix」とも言われます。

松本:なぜPelotonに注目されたのですか。

川上:機能面では大したことはないように思えるかもしれませんが、オリジナルコンテンツがかっこいいので、最近の言葉で言えば“エモい”サービスです。先ほどのラウンジのヒントにもなると思うのですが、Pelotonのように感性に訴えるエモさが大事なのではないでしょうか。例えばアートギャラリーのような、リアルでしか体験できない“キラーエクスペリエンス”が必要で、そのエモさを会員だけが得られる優越的なサービスにする。

さらに、継続して会員でいてもらうためには、そういう体験を、単発でなく毎月・毎週のように定期的に仕掛けることが必要です。そこで、Netflixのように月会費を得る仕組みなら、安定的にクオリティの高いサービスが提供できます。

松本:顧客にとって、日常的にエモいサービスを続ける必要があるんですね。

川上:極度にエモいことではなく、日常的な、ちょっとした刺激を提案し続けることが大事なのかなと思います。
企業は機能的な部分で差別化しようとしますが、もう顧客は反応できなくなっていると思います。これからの商業施設には、顧客に寄り添いながら最適解を出す“センス”のようなものが求められるのではないでしょうか。誰しも、センスの良い提案を続けてくれる相手と付き合いたいと思うはずですから。

村井:私たちも、顧客の生活に寄り添ったクオリティ・オブ・ライフの向上が重要だと考えていましたが、日々の暮らしで感じられるセンスの良さやエモさは、顧客とのつながりに貢献しそうですね。

マネタイズの仕組みづくりが新たな可能性を広げる

松本:もう一つ、商業施設のワンストップ性を生かしたアイデアも考えています。例えば、商業施設内にあるスポーツジムでダイエットクラスに参加している人の潜在ニーズを把握し、その人に対して、商業施設内のあらゆるリソースを使って、健康メニューや美容相談といった“ワンストップ・トータル・ソリューション”を提供していきます。

これまでのように各店舗が個別に顧客対応するのではなく、関連店舗が横断・連携して一連のサービスとして提供するのです。一店舗ではカバーできないさまざまな顧客とのタッチポイントに対応し、連携して収益化していくイメージです。

川上:私は好きなアイデアですね。ただ、実現するには高いハードルがあって、それはやはりマネタイズです。そういう仕組みをつくろうとしても、マネタイズの面でなかなか一枚岩になれないことは多いです。
まず、独立採算型のテナントを集めると破綻してしまうので、トータルで採算管理できるスキームが必要でしょう。中間組織をつくるのもいいかもしれません。もしくは、デジタルを駆使して送客することで、利益按分が自動的にできるような仕組みができれば、そのハードルは超えられるのではないでしょうか。

これからの時代、商業施設の可能性はたくさんあると思いますので、マネタイズの面から考え、新たな顧客価値創出につなげていただけるのを楽しみにしています。

松本:本日は貴重なお話をありがとうございました。

次回以降も、さまざまな識者や実務家の方へのインタビューをお届けします。「未来の商業施設ラボ」は生活者の視点に立ち、未来の暮らしまで俯瞰していきます。今後の情報発信にご期待ください。

<完>
構成・文 松葉紀子

川上 昌直
1974年大阪府生まれ。福島大学経済学部准教授などを経て、2012年兵庫県立大学経営学部教授、学部再編により現職。博士(経営学)。「現場で使えるビジネスモデル」を体系づけ、実際の企業で「臨床」までを行う実践派の経営学者。専門はビジネスモデル、マネタイズ。
初の単独著書『ビジネスモデルのグランドデザイン』(中央経済社)は、経営コンサルティングの規範的研究であるとして、日本公認会計士協会・第41回学術賞(MCS賞)を受賞。ビジネスの全体像を俯瞰する「ナインセルメソッド」は、規模や業種を問わずさまざまな企業で新規事業立案に用いられ、自身もアドバイザーとして関与している。また、講演活動や各種メディアを通してビジネスの面白さを発信している。他の著書に、『マネタイズ戦略 顧客価値提案にイノベーションを起こす新しい発想』(ダイヤモンド社)『「つながり」の創りかた 新時代の収益化戦略 リカーリングモデル』『収益多様化の戦略 既存事業を変えるマネタイズの新しいロジック』(東洋経済新報社)など。

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未来の商業施設ラボ

社会の環境変化やデジタルシフトを背景に、商業施設の存在価値が問われる現在、未来の商業施設ラボでは、「買い物の場」に代わる商業施設の新たな存在価値を考えていきます。生活者の立場に立ち、未来の暮らしまで俯瞰する。識者へのインタビューや調査の結果などをお届けします。

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  • 村井 吉昭
    村井 吉昭 未来の商業施設ラボ プロジェクトリーダー / シニア ストラテジック プランナー

    2008年jeki入社。家庭用品や人材サービスなどのプランニングに従事した後、2010年より商業施設を担当。幅広い業態・施設のコミュニケーション戦略に携わる。ブランド戦略立案、顧客データ分析、新規開業・リニューアル戦略立案など、様々な業務に取り組んでいる。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。

  • 渡邊 怜奈
    渡邊 怜奈 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーション プランナー

    2021年jeki入社。仙台支社にて営業職に従事。自治体案件を中心に、若年層向けコミュニケーションの企画提案から進行まで、幅広く業務を遂行。2023年よりコミュニケーション・プランニング局で、官公庁、人材サービス、化粧品、電気機器メーカーなどを担当する。

  • 宮﨑 郁也
    宮﨑 郁也 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーションプランナー

    2022年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局に配属。 食品、飲料、人材などのプランニングを担当する。