個の時代の働き方から読み解く
作り手と買い手が混ざり合う商業施設の可能性(後編)
—松井創氏(ロフトワーク・チーフレイアウトオフィサー)×村井吉昭(ジェイアール東日本企画)—

未来の商業施設ラボ VOL.34

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コロナ禍を経て、働き方が様変わりした昨今。アフターコロナの時代となり、再びオフィスへの出勤を求める企業もあれば、対面とリモートのハイブリッド型や完全なリモートワークを続ける企業もあり、対応はさまざまです。今回、お話を伺ったのは、コワーキングスペースなどのプロデュースを10年以上にわたって手がけるロフトワーク・松井創氏。働き方の未来について、未来の商業施設ラボのメンバーと意見を交わしました。今回はその対話の後編です。
前編はこちら

プロセスを可視化すると応援消費が生まれる

村井:私たちは、これからの商業施設は、買い物をする場としてだけでなく働く時間にも寄り添える場になるべきだと考えています。松井さまが手掛けた事例から、ヒントがあれば教えてください。

松井:コワーキングスペースの価値は、リアルな空間における気持ちの変化や、交流によるイノベーションにあると思います。東京の有明にある、パナソニッククリエイティブミュージアム「AkeruE」のプロデュースに携わっており、親子で通える美術館というコンセプトで「アルケミスト」というプログラムを実施しています。毎週末通い、3カ月かけて作品づくりができる場所で、お兄さんやお姉さんたちがいろいろ教えてくれたり一緒に試行錯誤をしたりしながら、自分の作りたいものを形にしていきます。美術館のA面はミュージアム、B面はアトリエになっており、3カ月後には作品の発表やプレゼンテーションをする。子どもたちが作ったものを、マルシェのようなスタイルの展示会で披露してもらうプログラムです。

AkeruE内のものづくりコーナーには、メーカーから提供されたさまざまな形状のゴムや、金属の塊、特殊なネジや、バラエティー豊かな色や形のボタンやリボン、ファスナーなどが並ぶ。子どもはそこから自由に素材を選んで作品を作り、持ち帰ることもそのまま展示しておくこともできる。(画像提供 AkeruE)

村井:一般的な美術館やアートスクールとは違い、子ども同士で作りあげた作品を社会に発表する場なんですね。作品が社会とつながる中で、どんなことが生まれるのでしょうか?

松井:自分でブランドを立ち上げたいという、11歳の女の子がいました。SDGsを学んでいて、ダイバーシティを表現するファッションブランドを立ち上げたいというのです。他の参加者や招待した友だち、保護者、近所の人たちの前で熱のこもった5分間のプレゼンテーションを行ったところ、拍手喝采が起きました。その後、その女の子が作品を販売したところ、頑張って取り組む様子を見ていた大人たちがこぞって予約購入したのです。

村井:作品が完成する前に、そのプロセスを見て購入を決めたということですね。

松井:そうなんです。そこには、仲間と一緒に切磋琢磨して熱量を交換しながら、自分のやりたいことを実現していくプロセスがあり、それを見ていた周りの人たちも熱量を共有していたわけです。この流れをコワーキングスペースにも応用できないかと考えています。
例えば、一昔前の商店街では、朝早くから商品を作る豆腐屋さんやパン屋さんを目にして、「今日買うわ」というような会話が交わされていました。トライアンドエラーを繰り返す作り手と、その様子を目にする買い手の間に「どういう商品にしようとしているの?」という会話のキャッチボールがあり、商品が完成すると会話をした何人かが応援の意味で購入していく。かつてどこにでもあったこのような現象が今また、ローカルで見られるようになってきました。これをコワーキングスペースとして活性化していくと、懐かしい未来とも言える景色をつくっていけるのではないかと考えています。

村井:商品を作るプロセスに日常的に触れられるということは、買い物の原点回帰のようにも感じますね。ワンクリックで物が届く時代になりましたが、地域活性や応援消費も注目されていて、これからの感覚とも合っているのではないでしょうか。

商業の「民主化」で商品の作り手、買い手が混ざり合う

松井:地域密着型のコワーキングスペースであれば、商業施設ならではの強みをどう掛け合わせるかが重要です。ある商業施設のリニューアル計画を進める中で、地域密着型のコワーキングスペースを作ろうとしています。下のフロアでは商品の販売、その上のフロアでは商品を作るための企画会議や試作、テストマーケティングを行う。通常商業施設では完成品が売られていますが、ここでは未完成の状態の出来事を、プログラムとして起こして見せています。ここの主役は市民のみなさんで、小商いをやっている人や将来やってみたい人が集える、コミュニティーセンターのような場所を目指しています。
例えば、おばあちゃんが着なくなった着物を持ち込み、別の人が着物を使ってバッグにリメイクし、アップサイクルできる工房を用意するとします。作る現場と見せる売り場をセットにして、未完成の状態を見せていくのは、作り手にとっても買い手にとってもいい体験だなと思います。

村井:未完成の状態、作るプロセスを日常の風景の中で見られるのはおもしろいですね。

松井:第1次産業では、買い手である市民のみなさんが作り手にもなり始めています。農家の人たちだけが農業をするのではなく、自分で食べるものは家庭菜園などで育てる人たちが増えていますよね。一方で、商業ではそういった意味での「民主化」は見られません。
一昔前までの商店街では、自分で作ったものを誰かに売ることが行われていました。しかし今の商業施設には、作る人、売る人、消費する人という線引きがあります。地域の人たちが作り手、買い手のどちらにもなる、混ざり合う場所があってもいいのではないでしょうか。

村井:今の商業施設で売られているものの大半は完成品で、売り手と買い手は明確に分かれています。当ラボでも生活者との共創に注目していますが、これからの商業施設が商業の「民主化」を実現していけたら素敵ですね。

地域密着型コワーキングスペースの取り組みを商業施設で

村井:地域活性は、これからの商業施設にとっても重要な課題ですが、地域活性化につながるコワーキングスペースの事例があれば教えてください。

松井:三菱地所様が行う「めぐるめくプロジェクト」に参画させていただいています。このプロジェクトは、地域密着型コワーキングスペースを全国レベルでつなぐ取り組みです。海が近い、畜産が盛んといった地域の特性を生かして名物を考案したり、特産品を活用して新たな商品を作ったりというようなムーブメントが、各地のコワーキングスペースで生まれるようなイメージです。既に全国のあちこちでこういった地域密着型のコワーキングが始まっており、それぞれのノウハウを共有するために、東京をハブとして使おうとしています。
この仕組みを、全国展開の商業施設で応用できるかもしれません。例えば、商業施設の福岡店で作った福岡ならではの商品を、福岡店で構築された人的交流やノウハウを活用して、東京店や千葉店などで販売したり、その商品へのフィードバックを得たりもできるでしょう。全国展開の商業施設だからこそ、こういった地域密着型コワーキングスペースの取り組みを生かせるのではないでしょうか。

@2022 Megourmake https://megourmake.studio.site/
「食と農に関するコンソーシアム概念図」。めぐるめくプロジェクトでは、食の生産・加工を「タベモノヅクリ(=食べ物+モノづくりの造語)」と定義し、都市の生活者がタベモノヅクリに関与する機会を提供することで地域の生産者や加工者とつながることを目指している。

村井:前編では、個人の交流によってイノベーションが生まれるというお話がありました。これを全国展開の商業施設で考えてみると、多様な個性を持った地域の各店舗が、都心の店舗をハブとして交流するようなプロジェクトもできそうですね。

村井:お話を伺い、地域に密着した商業施設にコワーキングスペースを作り、熱量の交換ができる場づくりを実現できたらと感じました。地域の人が商業を始め、リアルの交流を深めて商品を作るプロセスを共有し合い、完成したらお互いに購入したくなるような場づくりを、商業施設が担っていく。そうしてその地域ならではの商業が発展したり、誰もが楽しんで商業に関われたりすると、素敵だなと思いました。

次回以降も、さまざまな識者や実務家の方へのインタビューをお届けします。「未来の商業施設ラボ」は生活者の視点に立ち、未来の暮らしまで俯瞰していきます。今後の情報発信にご期待ください。

<完>
構成・文 松葉紀子、画像提供 ロフトワーク

松井 創(まつい はじめ)
1982年生まれ。専門学校で建築を、大学で都市計画を学ぶ。地元横須賀にて街づくりサークル「ヨコスカン」を設立。新卒で入ったネットベンチャーでは新規事業や国内12都市のマルシェの同時開設、マネジメントを経験。2012年ロフトワークに参画し、100BANCHや SHIBUYA QWS、AkeruEなどのプロデュースを担当。2017年より都市と空間をテーマとするLayout Unitの事業責任者として活動開始。学生時代からネットとリアルな場が交差するコミュニティ醸成に興味関心を持つ。2021年度より京都芸術大学・空間演出デザイン学科・客員教授に就任。

上記ライター村井 吉昭
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社会の環境変化やデジタルシフトを背景に、商業施設の存在価値が問われる現在、未来の商業施設ラボでは、「買い物の場」に代わる商業施設の新たな存在価値を考えていきます。生活者の立場に立ち、未来の暮らしまで俯瞰する。識者へのインタビューや調査の結果などをお届けします。

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  • 村井 吉昭
    村井 吉昭 未来の商業施設ラボ プロジェクトリーダー / シニア ストラテジック プランナー

    2008年jeki入社。家庭用品や人材サービスなどのプランニングに従事した後、2010年より商業施設を担当。幅広い業態・施設のコミュニケーション戦略に携わる。ブランド戦略立案、顧客データ分析、新規開業・リニューアル戦略立案など、様々な業務に取り組んでいる。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。

  • 渡邊 怜奈
    渡邊 怜奈 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーション プランナー

    2021年jeki入社。仙台支社にて営業職に従事。自治体案件を中心に、若年層向けコミュニケーションの企画提案から進行まで、幅広く業務を遂行。2023年よりコミュニケーション・プランニング局で、官公庁、人材サービス、化粧品、電気機器メーカーなどを担当する。

  • 宮﨑 郁也
    宮﨑 郁也 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーションプランナー

    2022年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局に配属。 食品、飲料、人材などのプランニングを担当する。