テクノロジーの進化で未来の私たちの暮らし、商業施設はどう変わるのか<前編>
―藤元健太郎氏(D4DR)×松本阿礼(ジェイアール東日本企画)―

未来の商業施設ラボ VOL.3

商業施設の「買い物の場」としての価値が揺らぐ中で、生活者の視点に立った「理想の商業施設像」を考える「未来の商業施設ラボ」。今回からは、当ラボメンバーによる、さまざまな業界の識者へのインタビューをお届けします。第1回目のゲストは、デジタルシフトや消費トレンドの変化に詳しい、ディー・フォー・ディー・アール株式会社(D4DR)代表取締役社長の藤元健太郎さん。テクノロジーの進化やコロナ禍に伴う暮らしの変化、そしてそこから見えてくる商業施設の未来についてお伺いします。今回は、その前編です。

働き方・住む場所・家族の在り方が変わる

松本:藤元さんは、デジタル領域の分析・コンサルティングを行う会社の代表をされていますが、これまでの取り組みをご紹介いただけますか。

藤元:テクノロジーを使ったビジネスのイノベーションに携わってきました。AIやIoT、ロボティクスなど、新たな展開が予測されますが、テクノロジーを使ってどう世の中を変えていくのか、もしくは劇的に変化する世の中に対してどうアプローチしていくのかを、掘り下げることがライフワークだと考えています。また、「イノベーション」をキーワードに、未来に対する洞察も発信しています。

2019年6月、藤元さんが代表を務めるディー・フォー・ディー・アール株式会社のシンクタンク部門、FPRC(Future Perspective Research Center)は、2030年の消費市場を考える『消費トレンド総覧2030 -2030年に勃興する新たな消費市場-』(日経BP)を刊行した。さらに藤元さんは、2020年7月、ニューノーマル時代に向けて、現在起きている萌芽事例や事象を盛り込んだ『ニューノーマル時代のビジネス革命』(日経BP)を刊行。

松本:ご著書の『消費トレンド総覧2030』も、参考にさせていただいていますが、未来の商業施設の在り方を考えるに当たり、10年先、2030年の暮らしはどのように変わるかをお伺いしたいと思います。まずは、コロナ禍でテレワーク化が進むなど、最近大きく変化してきた「働き方」についてお伺いできますか。

藤元:それについては複合的に話してしまいますね。働き方の変化が進み、マルチハビテーション(複数の住まいを行き来して暮らすライフスタイル)のように、「住む場所」にも変化が起きると言われ始めています。そうすると、家族の在り方も変わっていく可能性があります。例えば「東京と熱海と沖縄」といったように多拠点で生活し、各地域で仕事を持ってマルチに働くこともできるようになりましたし、極端なことを言えば、オンラインでコミュニケーションを取りつつ家族がそれぞれ別の拠点に住むという可能性も考えられます。

「何のために、誰のために働くのか」といった、生活者それぞれの考え方や価値観の多様化が進めば、働き方も住む場所も、家族の在り方もますます多様化するでしょう。実際、コロナ禍でテレワークが進んでいる現象は、その萌芽だと感じています。

松本:テレビ会議も急速に普及しましたが、コミュニケーションはオンラインだけで成り立つとお考えでしょうか。

藤元:これからは、会社に属して働くというよりも、会社に捉われずにプロジェクト単位で人が集まって、その中で個人のスキルを生かして働くような形式も増えていくと思います。その人のスキルを知るためにはオンラインで済むかもしれませんが、気が合うかどうかなどの感覚までは分からない。リアルでのコミュニケーションはやはり必要になると思います。

関連した話で言うと、今、これからのオフィスはどうあるべきかという議論がなされています。私は、オフィスはリアルでしか味わえない価値のある場にならなければならないと思います。例えば、温泉やレストランがあるといい。みんなと一緒に「温泉に入りたい」「あのご飯が食べたい」という動機が生まれ、会社に行きたくなるでしょう。江戸時代の銭湯は、2階がコミュニティースペースになっていて、そこで囲碁や将棋をしたり雑談したりしたわけですが、そういうコミュニケーションを取る場が、リアルでは必要なんじゃないかという気がします。

多様な切り口で食のパーソナライズが進む

松本:レストランの話が出たので「食」について話を移したいと思います。これから、食についてはどう変わっていくでしょう。

藤元:近年、冷凍技術がとても進化していて、保存料を使わずおいしさを閉じ込めることが可能になりました。これによって、一人一人にパーソナライズされた食べ物を、遠隔地からでもデリバリーできるようになります。例えば、自分の好みに合った日本中のおいしい食を一年間堪能できるサブスクリプションサービスのようなアイデアも考えられます。今後、「作る」「保存する」「運ぶ」の3つが進化して、いろいろなサービスが生まれると思います。

松本:遺伝子検査の結果などを活用して、個人の健康状態に合わせてパーソナライズされた食のサービスなども登場してきていますが、そういったサービスは、富裕層だけでなく一般の生活者も利用するシーンが増えると思われますか。

ペースト状にした食材などを使って食べ物を立体で出力する「3Dフードプリンター」は、すでに実用化に向けた動きが進んでいる。3Dフードプリンターを用いて成分をコントロールすれば、例えば同じハンバーガーショップでも、カロリー制限をしている人とそうでない人が同じメニューを味わう、といったことが可能になる。(写真はイメージ)

藤元:例えば遺伝子検査なら一度やればデータは取得できるわけですから、そこまでコストはかからず、一般の生活者の利用シーンも増えると思います。日々、詳細なバイタルデータを取得し、それをその日の食事に反映させる、といったことまでやるなら富裕層がターゲットとなりそうですが。またパーソナライズも、健康状態や好みだけでなく、「残業する人向けにテンションを上げるための食事を提供」といったような例も考えられます。そのように、パーソナライズの切り口も多様化していくでしょう。

ファッションはコミュニティーや場づくりが鍵に

松本:続いて、現在、商業施設における主要なカテゴリーであるファッションについてはいかがでしょうか。

藤元:これまでファッションには、「こうありたい」というその人のアイデンティティーを示す役割がありましたが、今は富裕層でもファスト・ファッションを着ている人もいます。SNSを見れば会う前からどういう人か分かったり、実際に会わなくてもオンラインでコミュニケーションできたり、おそらく自分のアイデンティティーを別の方法で伝えられる時代が来てしまったからだと思うんです。しかし、今後、多様化していくコミュニティーや場に合わせて、自分を変身させるとか、気持ちをスイッチするとか、そういった役割は残ると思います。

松本:先ほど、仕事ではプロジェクトベースで人が動くとか、マルチハビテーションで人が動くといった話が出ましたが、その時々のコミュニティーごとにキャラクターを変えるために、ファッションを活用することもありそうですよね。

藤元:そこはまさに話がつながっていて、マルチな働き方をする人は、それぞれで服装を変えたいと思うかもしれませんね。リゾート地でワーケーションするときにはリゾートっぽいファッションや、水着で仕事をすることがあってもいい。ファッションが自分の気持ちをスイッチするためのものだと考えれば、ポテンシャルはあります。そういう意味でファッション業界は、着て出かけるための場やコミュニティーづくりを仕掛けることが重要になると思います。変身したい、着飾りたいと思うような場やコミュニティーを用意すれば、そういった服を買いたいと思う人も増えるのではないでしょうか。

前編では、テクノロジーの進化やコロナ禍に伴う暮らしの変化という視点でお話を伺いました。後編では、そこから見えてくる商業施設の未来についてお伺いします。

<後編に続く>
構成・文 松葉紀子

藤元健太郎
ディー・フォー・ディー・アール株式会社 代表取締役社長
野村総合研究所在職中の1994年からインターネットビジネスのコンサルティングをスタート。2002年より、ディー・フォー・ディー・アール株式会社の代表取締役に就任。広くITによるイノベーション、事業戦略再構築、マーケティング戦略などの分野で、調査研究・コンサルティングを展開している。経済産業省産業構造審議会情報経済分科会委員、情報サービス・ソフトウェア産業小委員会委員、青山学院大学大学院Executive MBA非常勤講師などを歴任。

上記ライター松本 阿礼
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社会の環境変化やデジタルシフトを背景に、商業施設の存在価値が問われる現在、未来の商業施設ラボでは、「買い物の場」に代わる商業施設の新たな存在価値を考えていきます。生活者の立場に立ち、未来の暮らしまで俯瞰する。識者へのインタビューや調査の結果などをお届けします。

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  • 村井 吉昭
    村井 吉昭 未来の商業施設ラボ プロジェクトリーダー / シニア ストラテジック プランナー

    2008年jeki入社。家庭用品や人材サービスなどのプランニングに従事した後、2010年より商業施設を担当。幅広い業態・施設のコミュニケーション戦略に携わる。ブランド戦略立案、顧客データ分析、新規開業・リニューアル戦略立案など、様々な業務に取り組んでいる。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。

  • 渡邊 怜奈
    渡邊 怜奈 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーション プランナー

    2021年jeki入社。仙台支社にて営業職に従事。自治体案件を中心に、若年層向けコミュニケーションの企画提案から進行まで、幅広く業務を遂行。2023年よりコミュニケーション・プランニング局で、官公庁、人材サービス、化粧品、電気機器メーカーなどを担当する。

  • 宮﨑 郁也
    宮﨑 郁也 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーションプランナー

    2022年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局に配属。 食品、飲料、人材などのプランニングを担当する。