「美食倶楽部」仕掛け人と語る、食と商業施設のこれから<前編>
―本間勇輝氏(「美食倶楽部」)×松本阿礼(ジェイアール東日本企画)―

未来の商業施設ラボ VOL.7

商業施設の「買い物の場」としての価値が揺らぐ中で、生活者の視点に立った「理想の商業施設像」を考える、「未来の商業施設ラボ」。本連載では、当ラボメンバーによる、識者へのインタビューをお届けしています。今回のゲストは、「一緒につくると、混ざる。深まる。」をコンセプトに掲げる会員制シェアキッチン「美食倶楽部」を主宰する、本間勇輝さんです。「美食倶楽部」が目指すもの、そしてこれからの商業施設の在り方などについて伺いました。今回は、その前編です。

出会うよりも、つながりを深めるための場

松本:まず、本間さんが主宰されている「美食倶楽部」についてお聞かせいただけますか。

本間:「美食倶楽部」は、会員制のシェアキッチン&ダイニングで、コワーキングならぬコクッキング(co-cooking)スペースです。スペインのバスク地方にある「ソシエダ・ガストロノミカ」という文化がモデルになっています。ソシエダはクラブとかコミュニティー、ガストロノミカは食文化や美食という意味。美食倶楽部と訳されるのですが、贅沢な食事をするということではなく、自分たちで料理をして楽しむ場所なんです。そこに集う人たちが“自分の店”とか“俺のソシエダ”と呼ぶような居心地のいい場所。毎日のように朝食を食べに来るおじいさんもいれば、月に一度、季節に一度しか来ない人もいて、訪れる頻度は人によって違いますが、街の食文化とコミュニティーの中心になっている。こんな場所を日本につくりたいと思ったのが始まりでした。

本間さんがスペイン・バスク地方で体験してほれ込んだ、会員制シェアキッチン「ソシエダ・ガストロノミカ」。近年、“美食の地”として注目を集めるバスク地方だが、この文化は100年以上前から続くといわれる。会員は好きなときに家族や友人を連れてきて、業務用のキッチンで料理をして食べる。後片付けは会員ではなくソシエダ・ガストロノミカのスタッフが行う

松本:2019年夏、六本木からスタートされたそうですが、本間さんの「美食倶楽部」が目指すことは何でしょうか。

本間:大きくは二つあります。一つは、新しいコミュニティーの場所であること。イメージは銭湯に近いと考えています。コミュニティースペースというと、“新しい出会い”のイメージがありますが、「美食倶楽部」の狙いはそこにはありません。知らない人とつながるのは楽しいけれど、ちょっと疲れてしまうじゃないですか。そうではなく、既にある自分のコミュニティーをさらに深めていったり、他のコミュニティーと程良く混ざったり……。そういう場をつくりたかったんです。

松本:新たな出会いではなく既存のコミュニティーを深める場という考え方は、意外となかったかもしれませんね。家族や友達など、既存のコミュニティーの関係が深まるのはとても有意義だと感じます。

本間:僕がバスクでほれ込んだのは、他とちょっと混ざる場合にも、程良い距離感があることです。相席はするけれど、他のテーブルの人たちとは程良く絡まないんです。銭湯もそうで、「あのおっちゃん、またいるな」と思っても、わざわざ話し掛けないじゃないですか。

松本:いつもの暮らしの中で、親密でもなく、無視するわけでもなく、なんとなくお互いの気配を感じて緩くつながれるような場というのは、心地良さそうですね。ちなみに私たちの研究でも、商業施設でそのような過ごし方が求められているという調査結果がありました。

本間:もう一つは、イベントなどを通して、食文化に触れられる場をつくることです。農家さんや漁師さん、料理人さんや器の作家さんといった、さまざまな食のつくり手と消費者をつなぐ場をつくること。
例えば、農家さんがこだわって育てた200円のニンジンと、普通に栽培された50円のニンジンがあるとしたら、50円のものを買う人が大半ですよね。でも、200円のニンジンについて学ぶ体験、消費者が生産者とつながったときに得られる体験には、価格だけでは計れない、心を豊かにする価値があると思っています。これはバスク由来というより僕の思いで、積極的に取り組んでいきたいです。

本間さんの主宰する「美食倶楽部」。会員になれば、調理設備・器具のそろったプロ仕様のキッチンが利用でき、後片付けは不要。会員同士がつながるさまざまなイベントも開催されている。現在、六本木をはじめ、雑司が谷、秋保(宮城県)、三重、野尻湖(長野県)、高崎(群馬県)、京都など全国10カ所で展開(写真は六本木)

料理は、人と人とのつながりを深める魔法

松本:なぜ、コクッキング=共に料理をすることに着目されたのでしょうか。

本間:今、人は消費に飽きていて、「創る」ことを求めていると感じています。料理って、一番身近なクリエイティブ行為なんですよね。それに、料理って魔法!?と思うくらい、社会的地位や肩書に関係なく、人と人が混ざる・深まるというのを体感できたからでしょうか。向き合って名刺交換の後にするコミュニケーションと、隣り合って包丁を握ってするコミュニケーション。盛り上がりが全く違います。一緒に料理するといっても、お皿を用意したりテーブルを拭いたりといろんな作業があって、共同作業するとそれぞれの人となりが見えてくる。キャンプをすると仲良くなるのに近いと思うんですが、キャンプよりも手軽かつ日常的にできたら、人とのつながりが深まるんじゃないかと思ったんです。

こだわっているのが、会員にエプロンを着けてもらうことです。面白いことにコスプレ効果があって、地位や年齢にかかわらずその場にいる人たちがフラットになります。例えばどこかの会社の社長でも、エプロンをしているとただのおじさんになるんです。大学生に「下手!」と突っ込まれたりしていますね(笑)。

松本:「美食倶楽部」がサードプレイスのようになっているのが興味深いです。エプロンには、家や会社での役割を忘れさせ、一個人同士の自由なコミュニケーションを促す効果があるのかもしれません。

エプロンを着け、コクッキングに励む会員の様子。本間さんによると、イベント時などは「エプロン持参」をしつこくリマインドするようにしているという

場によって人もつながりも変わる

松本:「美食倶楽部」は全国に展開されていますが、地域ごとにどんな違いがあるのでしょうか。

本間:大きく分けると、繁華街・住宅街・地方と3パターンあって、雰囲気もつながり方も全然違います。六本木のような繁華街ではイベントやパーティー目的での利用が多く、住宅街では近所の人たちが日常的に使うこともあれば、イベントで使われることもあります。北九州市の小倉にある「美食倶楽部」は少し特殊で、ゲストハウスでもあります。住宅街に近いので、会社帰りにふらりと立ち寄った会員が、ゲストハウスのお客さんと一緒に料理するようなこともあります。

各地域は独立して運営をしていて、僕としては、全体でナレッジを共有したり情報発信をしたりするだけで、細かいところをコントロールしようと思っていません。極論、どんな形でもいい。コンセプト主導型ではなく、それぞれの地域で人と人とのつながりが深まるきっかけになればいいと考えています。

松本:コンセプト主導型で各地域を共通化するという考え方もありますが、それぞれの場所に合った文化は自然とつくられていくんですね。
「美食倶楽部」は、既存の自分のコミュニティーを深めつつ、他者と緩く交わり、心を豊かにする場所なんですね。これは、未来の商業施設ラボが考える、クオリティ・オブ・ライフを高める商業施設の姿にも重なります。今後テレワークが進み、働く場がもっと自由になると、勤め先の沿線ではなく友人や価値観の合う人の近くに住むようになると思うんです。「美食倶楽部」のような場は、ますます大事になるかもしれませんね。

前編では、「美食倶楽部」の始まりや目指している姿などについて、お話を伺いました。後編では、コミュニティースペースの在り方、そしてリアルな場を持つ商業施設の在り方についても伺います。

構成・文 松葉紀子

本間勇輝
「美食倶楽部」主宰
1978年生まれ。富士通株式会社を経て、2005年にITベンチャーの創業に携わる。2009年に退社し、妻と二人で2年間の世界旅行へ。2011年10月に帰国後、NPO法人HUGを立ち上げ「東北復興新聞」を主宰する。その後、「東北食べる通信」の創刊に携わり、「食べる通信」理事、「ポケットマルシェ」取締役などを歴任している。現在は、スペイン・バスク地方の会員制シェアキッチン文化を日本に広めるため、東京・六本木など全国10カ所で会員制シェアキッチン&ダイニング「美食倶楽部」を展開。

上記ライター松本 阿礼
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社会の環境変化やデジタルシフトを背景に、商業施設の存在価値が問われる現在、未来の商業施設ラボでは、「買い物の場」に代わる商業施設の新たな存在価値を考えていきます。生活者の立場に立ち、未来の暮らしまで俯瞰する。識者へのインタビューや調査の結果などをお届けします。

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  • 村井 吉昭
    村井 吉昭 未来の商業施設ラボ プロジェクトリーダー / シニア ストラテジック プランナー

    2008年jeki入社。家庭用品や人材サービスなどのプランニングに従事した後、2010年より商業施設を担当。幅広い業態・施設のコミュニケーション戦略に携わる。ブランド戦略立案、顧客データ分析、新規開業・リニューアル戦略立案など、様々な業務に取り組んでいる。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。

  • 渡邊 怜奈
    渡邊 怜奈 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーション プランナー

    2021年jeki入社。仙台支社にて営業職に従事。自治体案件を中心に、若年層向けコミュニケーションの企画提案から進行まで、幅広く業務を遂行。2023年よりコミュニケーション・プランニング局で、官公庁、人材サービス、化粧品、電気機器メーカーなどを担当する。

  • 宮﨑 郁也
    宮﨑 郁也 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーションプランナー

    2022年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局に配属。 食品、飲料、人材などのプランニングを担当する。