「美食倶楽部」仕掛け人と語る、食と商業施設のこれから<後編>
―本間勇輝氏(「美食倶楽部」)×松本阿礼(ジェイアール東日本企画)―

未来の商業施設ラボ VOL.8

商業施設の「買い物の場」としての価値が揺らぐ中で、生活者の視点に立った「理想の商業施設像」を考える、「未来の商業施設ラボ」。本連載では、当ラボメンバーによる、識者へのインタビューをお届けしています。今回のゲストは、「一緒につくると、混ざる。深まる。」をコンセプトに掲げる会員制シェアキッチン「美食倶楽部」を主宰する、本間勇輝さんです。「美食倶楽部」が目指すもの、そしてこれからの商業施設の在り方などについて伺いました。今回は、その後編です。
前編はこちら

民間がつくる“公民館”が理想

松本:メディアなどで「美食倶楽部」を“イケてる公民館”とおっしゃっていたのが印象に残っています。なぜ“公民館”という表現をされているのでしょうか。

本間:今の時代、モノは豊かになりましたが、本当に豊かさを感じられるのは、人とのつながりからだと僕は思います。だから、近所にあって安心して集まれて、自分のコミュニティーを温めたり深めたりできる場所がいいなと思ったんです。それっていわば、昔からある公民館ですよね。

ただ、一般的に公民館といえば行政が担うものですが、地域のコミュニティースペースだと捉えれば、行政に頼るだけのものではないと思います。実際、スペインでは協同組合など民間が担うケースも多いです。

松本:未来の商業施設ラボでも、商業施設と地域行政の連携が重要だと考えています。地域経済の減速が懸念される中、商業施設が地域の公共機能まで担うことも求められると思います。本間さんは、これからの商業施設はどうなったらいいとお考えでしょうか。

本間:ECや100円ショップは本当にすごいですよね。僕は存分に活用させてもらいながら、そこで節約した時間やお金は、自分の心が豊かになることに使おうと思っています。いろんなものがオンラインで手に入る世の中で、リアルな場を持つ商業施設は、心を豊かにする体験を提供することに振り切った方がいいんじゃないでしょうか。心を豊かにするのって、“物語との出会い”だと思います。自分が共感する物語に出会って、生活や行動が変われば幸せになることが多い。例えば、お米ひとつとっても、誰がどのように作っているのかが分かれば、毎日の食卓は本当に変わりますよ。

“情報”ではなく“物語”との出会いを

松本:商業施設でも、カルチャーや生産者に関する情報の発信は行われていると思うのですが、”物語との出会い”とはどのようなイメージなのでしょうか。

本間:“情報”との出会いだと、軽い感じがします。”物語”というのは、“情報”よりもっと深く心に刺さったり、広がったり、余韻があったりするものです。情報があふれる中、同じ情報でも、刺さり方が変われば物語になるんじゃないかと思うんです。

僕は昨日、美術館で絵本の展示を観たんですが、美術館という場で体験したことで、忘れられない、印象深いものになりました。その絵本自体は、以前同じものを子どもが借りていたので読んだことがあったんですが、そのときとは心への刺さり方が全く違った。これは美術館という体験創出機能が、物語に出会わせてくれたんだと思います。リアルな場は、そういう機能を研ぎ澄ませていく必要があるんじゃないでしょうか。

松本:体験により、情報が物語になって、心に残りやすくなるんですね。

松本:物語との出会わせ方ということで言うと、「美食倶楽部」では、運営者がキュレーターになって、旬の食材や工芸品、料理のテクニックなどの食文化を学べる機会を設けているそうですね。

京都の「美食倶楽部」で実施した企画の一例、「使えるギャラリー」。京都各地の器のつくり手とコラボし、作品や物語を展示するとともに、自分たちの作った料理をその器に盛り付けることができるというもの

本間:はい、そういった企画は積極的に行っています。情報とコミュニケーションをいろんな角度で見て、デザインして届けて、つながりや出会いをつくる、ということをずっと意識してきました。例えば、六本木では予約はあえてLINEを使っています。会員が自分でカレンダーから予約するシステムを使うこともできるんですが、LINEでは双方向のコミュニケーションができるので、お勧めの生産者の食材などを提案して買ってもらえる機会にもなります。以前、会員の皆さんに一斉に食材のクーポンをお送りしたことがあるのですが、これが全然活用されなかったんです。つまりクーポンのようなものは売り込みと捉えられてしまって、受け入れられにくい。でもLINEで予約確認をした流れで、食材の案内をすると受け入れられやすいんです。情報を届けるときには、そういう工夫が必要だと感じました。

商業施設なら、どういう出会いを演出できるのか、どんな物語を、どう編集して伝えるのかという、メディア的発想が大事になると思います。

商業施設を、地域の食を循環させる拠点に

松本:本間さんは、これから「美食倶楽部」を運営するならどういう場所がいいとお考えですか。

本間:極端な話、キッチンとダイニングスペースがあって、運営する人さえいればどんな場所でもいいと思います。各地で空き家や空きスペースが出ている時代ですから、やってみたいと思った人が、簡単に運営していけるようにしたいんです。だからこそ、運営については、リスクを負って大きなビジネスをやろうというものでは全くなくて、ローリスク・ローリターン型のビジネスモデルを取っています。家賃さえ支払っていれば、ほぼ回るような仕組みづくりをしています。

全国に広がる「美食倶楽部ネットワーク」では、運営者のビジョンや既存リソース等をヒアリングしながら、その地域・その場所に最適な「美食倶楽部」を模索していくという。写真は、駅前の飲食店を拠点として生まれた、群馬県高崎市の「美食倶楽部」

松本:なるほど。ローリスクでできるビジネスモデルなら、商業施設でも、空きスペースや空きテナントの解消につながるかもしれませんね。商業施設には、食材を販売している場所もあれば、食事ができる場所もあります。そうした商業施設内に「美食倶楽部」が入るとしたら、どんな取り組みができるでしょうか。

本間:1階で食材を買って、2階のシェアキッチンで料理をするみたいな、クロスセルができるのが強みでしょうね。食材については、生産者とつながれるような、地域のものが買えるといいですよね。さらに、売れ残りの食材を会員が安く買える仕組みができれば、フードロス削減にもつなげられます。

松本:そんなふうに、商業施設が地域の食を循環させる拠点になれば、地域課題や環境問題の解決にも貢献できそうです。地域の食材を、地域のみんなで料理するというのも魅力に感じますね。SDGsの視点でも興味深いお話でした。本日は貴重なお話をありがとうございました。

次回以降も、未来の暮らしに関して、さまざまな識者の方へのインタビューをお届けします。「未来の商業施設ラボ」は生活者の視点に立ち、未来の暮らしまで俯瞰していきます。今後の情報発信にご期待ください。

<完>
構成・文 松葉紀子

本間勇輝
「美食倶楽部」主宰
1978年生まれ。富士通株式会社を経て、2005年にITベンチャーの創業に携わる。2009年に退社し、妻と二人で2年間の世界旅行へ。2011年10月に帰国後、NPO法人HUGを立ち上げ「東北復興新聞」を主宰する。その後、「東北食べる通信」の創刊に携わり、「食べる通信」理事、「ポケットマルシェ」取締役などを歴任している。現在は、スペイン・バスク地方のシェアキッチン文化を日本に広めるため、東京・六本木など全国10カ所で会員制シェアキッチン&ダイニング「美食倶楽部」を展開。

上記ライター松本 阿礼
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社会の環境変化やデジタルシフトを背景に、商業施設の存在価値が問われる現在、未来の商業施設ラボでは、「買い物の場」に代わる商業施設の新たな存在価値を考えていきます。生活者の立場に立ち、未来の暮らしまで俯瞰する。識者へのインタビューや調査の結果などをお届けします。

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  • 村井 吉昭
    村井 吉昭 未来の商業施設ラボ プロジェクトリーダー / シニア ストラテジック プランナー

    2008年jeki入社。家庭用品や人材サービスなどのプランニングに従事した後、2010年より商業施設を担当。幅広い業態・施設のコミュニケーション戦略に携わる。ブランド戦略立案、顧客データ分析、新規開業・リニューアル戦略立案など、様々な業務に取り組んでいる。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。

  • 渡邊 怜奈
    渡邊 怜奈 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーション プランナー

    2021年jeki入社。仙台支社にて営業職に従事。自治体案件を中心に、若年層向けコミュニケーションの企画提案から進行まで、幅広く業務を遂行。2023年よりコミュニケーション・プランニング局で、官公庁、人材サービス、化粧品、電気機器メーカーなどを担当する。

  • 宮﨑 郁也
    宮﨑 郁也 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーションプランナー

    2022年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局に配属。 食品、飲料、人材などのプランニングを担当する。