「リビング・シフト」で何が変わる? 未来の暮らしと地域の商業施設(前編)
―柳澤大輔氏(面白法人カヤック CEO)×松本阿礼・篠原りな(ジェイアール東日本企画)―

未来の商業施設ラボ VOL.13

商業施設の「買い物の場」としての価値が揺らぐ中で、生活者の視点に立った「理想の商業施設像」を考える、「未来の商業施設ラボ」。本連載では、当ラボメンバーによる、識者へのインタビューをお届けしています。今回のゲストは、昨年、働く場所や住む場所を自由に選べるようになった時代を考える著書『リビング・シフト 面白法人カヤックが考える未来』を刊行された、面白法人カヤックCEOの柳澤大輔さんです。東京から地域への移住が注目される中での、より良い地域づくりやそこで商業施設の果たすべき役割などについて、お話を伺いました。今回はその前編です。

東京一極集中から、地域・郊外へ

篠原:面白法人カヤックで、成果や効率だけではなく幸せを大切にした新しい働き方について、早くから取り組んでこられたと思います。今、コロナ禍も含めた社会状況の変化によって、少し時代がそこに追いついてきたように感じるのですが、昨今の潮流について、お考えを聞かせていただけますでしょうか。

柳澤:ある時代において当たり前とされているものの見方や捉え方のことを「パラダイム」と呼びます。インターネットが進化し、どこでも仕事ができるようになり、ワークスタイルはもちろん、どこに住むのか、どう暮らすのかという価値観も大きく変わっています。僕たちはこのパラダイムの変化を「リビング・シフト」と呼んでいます。

しかしパラダイムが変わっても、「人がどうしたら幸せになれるのか」という考え方がベースにあることには変わりはありません。かつては、高度経済成長を経て、生活が便利になることで幸せが得られると思われた時代がありました。しかし一方、環境破壊や富の格差が広がってきた今、これまでのように、経済合理性を追求しても本当の幸せは得られないのではないか、という考えも広がってきています。

また別の観点からいうと、東京に人が集中し続けていることで、都市と地域の格差が広がっていましたが、昨年夏にはコロナ禍で初めて転出超過が続くなど、変化の兆しが出てきたのではないかと思います。これまで経済合理性から東京に住んでいた人が、無理して東京に住まなくてもいいという状況が生まれています。例えば「自然豊かな所に住みたい」「子育ての環境を大切にしたい」「満員電車を避けたい」など、自身の価値観に合わせて、好きな地域、面白い場所を選んでいける流れができてくるのではないでしょうか。

2020年3月に刊行された、『リビング・シフト 面白法人カヤックが考える未来』(KADOKAWA)は、働く場所・住む場所がどんどん自由になっていく中で、これからの時代の「当たり前」になるであろう考え方のヒントを探る一冊

篠原:では、地域に人を集めるためには、「いかにその地域を好きになってもらうか」が重要になるということでしょうか。

柳澤:そうですね。ちなみに、カヤックの本社は2002年から鎌倉にあって、よく「なぜ鎌倉を選んだのですか?」と聞かれるのですが、我々はクリエイター中心の会社なので、理屈じゃなく、言語化できない「好き」とか「気持ちいい」といった感覚を優先させただけなんです(笑)。スピード感や効率など経済合理性の点では東京にはかなわないわけですから、鎌倉の良さをビジネス的なロジックでは説明できません。ただ、東京と比べると、鎌倉では時間がゆったりと流れ、より人間的で自分らしい時間を過ごすことができると感じます。

面白法人カヤック オフィス外観、鎌倉風景
海や山などの自然豊かな鎌倉にオフィスを構える面白法人カヤック。鎌倉のまち全体をオフィスと捉え、本社の他に、「研究開発棟」「ぼくらの会議棟」「古民家」「ガーデンオフィス(焚き火会議室)」など、市内に計8カ所のオフィスを持つ

篠原:確かに、在宅ワークすることが増え、都心ではなく地元で過ごす時間をゆったりした心地良いものに感じるようになりました。

柳澤:そういうわけで僕は鎌倉に住んで鎌倉で働いているんですが、こうした「職住近接」がいいというのは、当然のことだと思っています。家から職場が近い方が、何かあったときにすぐに帰れるし、暮らしの満足度も高い。

良くも悪くもコミュニティが凝縮していますので、休みの日に、会社の人と会ってしまうということもあります。でもそこは、考え方をアップデートして、休みの日に会っても気持ちの良い人と働けばいいし、閉鎖的な雰囲気が嫌なら地域の住民文化をオープンなものにしていけばいい。

地域には本来、見えない価値があります。そこに最高な人材と最高な住民文化を合わせて、より幸せな世界にコミットしていく。そうすれば、地域社会はより良いものになり、多様な魅力ある場所になれるのではないでしょうか。

突出した面白さのない地域の魅力づくりのためには

松本:鎌倉は歴史的・文化的にも魅力の多い地域だと思いますが、そういう突出した魅力があまりないような地域も多くあります。例えば郊外の住宅地とか、そういった地域を魅力ある所にするにはどうしたらいいのでしょうか。

柳澤:アメリカで「最も住みたい街」ランキングにもよく出てくるポートランドを例に挙げましょう。ポートランドは小さな地域にいろんな機能が詰まったコンパクトシティーですが、いろいろ詰まっているから面白いのではなくて、常に意識をアップデートしているようなオープンな住民たちがいるから面白くなっている。さらに、コンパクトだから人と人とのつながりが深くなり、感性の近い人たちが集まっているから感性に合うお店があり、そういう物理的な距離とコミュニケーションの濃さが心地良いからこそ、どんどん素敵になるのだと思います。つまり、似た価値観の人が集まり、人と人のつながりが濃くなると、住む人たちは街を好きになっていきます。

また別の方向で、住宅地の中に、コンパクトシティー的にいろんなお店をつくったり、住民がそれぞれの軒先で小さなお店を始めたりすると、ちょっと面白くなってくる。例えば「地元のものを食べよう」という流れができるとか、住宅地なのに住宅地じゃないような魅力も引き出していけるのではないでしょうか。

松本:私たちも、テレワークが普及すると、勤め先の沿線ではなく友人や価値観の合う人たちの近くに住むという流れが出てくるのではないかと考えていました。そういう人たちが、ただ寝るために地元に帰るのではなく、地元のみんなで新しい活動を始めていくようなことが起これば、個性的で魅力ある地域が生まれてきそうです。

柳澤:僕はまちづくりを会社づくりのように捉えているので、地域でも、面白い事業をやるか、面白い組織にするかだと思います。両方そろえばいいけど、まずどっちかの観点から工夫していけばいい。住民同士が協力してつくっていけば、どんな地域でも楽しくなる可能性は十分にあると考えています。

前編では、今起きているリビング・シフト、そして都心から地域、郊外へ人が動き始めている今、どうすれば地域の魅力づくりができるのかについてお伺いしました。後編では、時代の潮流を受けて、商業施設がどうあるべきか、どうなれば面白い場となり得るのかを、引き続き柳澤さんとお話していきます。

構成・文 松葉紀子

柳澤大輔(やなさわだいすけ)
面白法人カヤック 代表取締役CEO。1998年、面白法人カヤック設立。鎌倉に本社を置き、ゲームアプリや広告制作などのコンテンツを数多く発信。SDGsの自分ごと化や関係人口創出に貢献するコミュニティ通貨サービス「まちのコイン」は全国8地域で展開中(2021年5月31日時点)。さまざまなWeb広告賞で審査員をつとめる他、ユニークな人事制度やワークスタイルなど新しい会社のスタイルに挑戦中。著書に『鎌倉資本主義』(プレジデント社)、『リビング・シフト 面白法人カヤックが考える未来』(KADOKAWA)ほか。まちづくりに興味のある人が集うオンラインサロン主宰。金沢大学 非常勤講師、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特別招聘教授。「まち・ひと・しごと創生会議」有識者委員。

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未来の商業施設ラボ

社会の環境変化やデジタルシフトを背景に、商業施設の存在価値が問われる現在、未来の商業施設ラボでは、「買い物の場」に代わる商業施設の新たな存在価値を考えていきます。生活者の立場に立ち、未来の暮らしまで俯瞰する。識者へのインタビューや調査の結果などをお届けします。

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  • 村井 吉昭
    村井 吉昭 未来の商業施設ラボ プロジェクトリーダー / シニア ストラテジック プランナー

    2008年jeki入社。家庭用品や人材サービスなどのプランニングに従事した後、2010年より商業施設を担当。幅広い業態・施設のコミュニケーション戦略に携わる。ブランド戦略立案、顧客データ分析、新規開業・リニューアル戦略立案など、様々な業務に取り組んでいる。

  • 安川 由紀
    安川 由紀 駅消費研究センター研究員/未来の商業施設ラボ メンバー

    2007年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局で鉄道や商業施設関連のプランニングに従事した後、2014年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした生活者のインサイトや消費行動の研究に取り組んでいる。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/Move Design Lab・未来の商業施設ラボ メンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事した後、2015年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 篠原 りな
    篠原 りな 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーション プランナー

    2017年jeki入社。営業局で商業施設のプロモーションに従事した後、2年間出向。 若年向けファッションビルでの販促業務や、顧客分析やアプリ運営などのオムニサービス推進を担当した。 現在はコミュニケーション・プランニング局で化粧品などのプランニングに取り込んでいる。

  • 石田 真理子
    石田 真理子 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーション プランナー

    2019年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局に配属。 食品、飲料などの生活関連商材、ホテル、住宅のプロモーション、コンセプトメイキングに携わるなど、プランニング業務に従事。