ファッションと生活の変化、そして商業施設の未来とは <後編>
―木村昌史氏(ALL YOURS)×村井吉昭・石田真理子(ジェイアール東日本企画)―

未来の商業施設ラボ VOL.6

商業施設の「買い物の場」としての価値が揺らぐ中で、生活者の視点に立った「理想の商業施設像」を考える、「未来の商業施設ラボ」。本連載では、当ラボメンバーによる、識者へのインタビューをお届けしています。今回のゲストは、着ていることを意識させない「現代のワークウェア」を目指すアパレルブランド「ALL YOURS」代表の木村昌史さんです。ファッション業界の常識にとらわれず、ユニークな取り組みを続ける木村さんに、ファッションと生活の変化、そしてそこから見えてくる商業施設の未来についてお伺いします。今回は、その後編です。
前編はこちら

ブランドを通して新しい価値観に触れてもらう

石田:ALL YOURSでは、全国47都道府県でのリアルイベントやオンライン接客など、お客さまとのいろいろなコミュニケーションの取り方にチャレンジされていますね。コミュニティーづくりに関して、どのような考えをお持ちなのでしょうか。

木村:僕らは、お客さんとのリアルな接点を大切にしています。2019年には47都道府県ツアーとして、全国100カ所ぐらいでイベントを行いました。コミュニティーづくりをすごく意識しているというより、商品について1対1で伝えるということを非常に重視しています。Webでのコミュニケーションも、不特定多数に向けたオンライン配信をするのではなく、1対1でじっくりと話して、商品選定やサイズ確認をさせていただきます。それがALL YOURSという名前の由来でもあるんですが、1回で5000人に伝えるんじゃなく、1対1を5000回行うというのが基本的な考え方です。

こうすることで、服を買うときに、一番にALL YOURSを思い浮かべてもらいたいという狙いもあります。服の購買頻度が下がっている中でも、一度スタッフと会って話したことがあれば、強烈に印象に残ると思うんです。

ALL YOURSでは、実際のお店で接客を受けるのと同じように、スタッフと1対1で話ができるサービスを行っている。

石田:リアルでもデジタルでも、1対1できちんとコミュニケーションすると心に残りますよね。またこの人から買いたいという気持ちになることもあります。

木村:今、石田さんがおっしゃったのがまさに、販売員さんがつくりだしたコミュニティーだと思います。コミュニティーって別に新しい言葉じゃなくて、これまでも販売員さんが現場でやっていたことなんだけど、ただ可視化されていなかっただけだと思うんです。会社から言われなくてもお客さんと連絡先の交換をしていたりするような、優れた販売員さんもいますし。

石田:それでは、販売員さんとお客さまのコミュニケーションは、どのようなものになっていけばいいと思われますか。

木村:自分のことを振り返ると、思春期にアルバイトで稼いだお金で服を買うようになったころ、販売員さんから、服だけでなく音楽の話などもしてもらったことが印象に残っています。ストリートカルチャーを教えてもらったし、それが今の自分にも影響を及ぼしています。

でも今はそういうコミュニケーション量が減っていて、文脈がぶつ切れになってしまっている。だからこそ、うちの世界観が好きだと思ってくれる人たちに、文脈まで伝えるにはどうすればいいのかをいつも考えています。例えば、社会課題とか環境問題とか、ALL YOURSで重視しているウェルビーイングの話などもして、お客さんに、生きる考え方やヒントまで知ってほしい。服を売るビジネスというよりも、新しい価値観に触れて気付きを得てもらうのも、ブランドの使命なんじゃないかと思っています。

2020年12月に刊行された木村さんの初の著書『ALL YOURS magazine vol.1』は、ALL YOURSの考え方・価値観などが語られた一冊。ALL YOURSが「ウェルビーイング」を重視するきっかけにもなった、ドミニク・チェン氏との対談記事も収録。

ポスト宗教の時代に求められる、ブランドと顧客の新たな関係

石田:生きる考え方や新しい価値観の話までするとなると、従来の接客とは全く異なるコミュニケーションになりそうですね。ALL YOURSではサークル活動などもされていたそうですが、販売員さんとお客さまが本当の友達のような関係になることもあるのでしょうか。

木村:そうですね。元々お客さんだった人が、お店で僕らと話すうちに「自分は服が作りたかったんだ」と改めて感じて、服作りを始めたことがありました。そこから知っている工場を紹介したり、ビジネスパートナーに橋渡ししたりして。仲のいい友達のような関係になった人は結構いますね。

村井:販売員と顧客という、売る・買うという関係を超えてしまうんですね。お店という販売の場をきっかけに、そこまでの信頼関係を築けることがとても興味深いです。

木村さんが、顧客ではなく「共犯者」と呼ぶ、ALL YOURSファンの方と。木村さんは、商品を買ってくれる人だけではなく、考え方に共感し支持してくれる人も含めて「共犯者」だと考えているという。

木村:そうですね。最近考えていることなんですが、今って、ポスト宗教の時代なんじゃないかなと。かつては、自分ではどうしようもないことを受け入れようとするとき、宗教が存在し、機能していました。資本主義もある種の宗教だと思うんですが、これまではお金という神様を信じて、みんながお金を集めて幸せになろうと頑張ってきた。

でも「お金を稼ぐこと=幸せ」ではないと気付き始めたとき、何か一つだけを信じるんじゃなくて、服ではこのブランド、インテリアはこのブランド、というように考え方に共感できるところを見つけて、分散して依存することで自己が成り立つようになるんじゃないかと考えているんです。ALL YOURSも、そういう選択肢の一つになれればいいと思います。

村井:なるほど。D2Cではそのブランドの世界観や精神性が重視されると思いますが、そういったポスト宗教の時代的なことも、関係しているのかもしれませんね。商業施設においても、販売だけを目的とせず、テナント・ブランドが考える価値観や生き方などについてコミュニケーションできる場が必要になるかもしれません。どうしたら販売員さんとお客さまが友達のような関係になれるかといった視点も面白いですね。未来の商業施設を考えるヒントになりました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

次回以降も、未来の暮らしに関して、さまざまな識者の方へのインタビューをお届けします。「未来の商業施設ラボ」は生活者の視点に立ち、未来の暮らしまで俯瞰していきます。今後の情報発信にご期待ください。

<完>
構成・文 松葉紀子

木村昌史
株式会社オールユアーズ 代表取締役
大手アパレル企業を経て、2015年7月に株式会社オールユアーズを設立。着ていることを意識させない「現代のワークウェア」を目指すオリジナルウェアブランド「ALL YOURS」を立ち上げる。16年、東京・池尻大橋に実店舗をオープン。17年5月から「24カ月連続クラウドファンディング」を開始し、「着たくないのに、毎日着てしまう」プロジェクトで、ファッションカテゴリ国内クラウドファンディング支援金額No.1を獲得した。19年には、全国で試着販売会とトークイベントを行う「47都道府県ツアー」を実施。その他、購入から14日間自宅で試着が可能な「ご自宅お試し制度」や、スタッフと1対1でオンライン相談ができる「個別ZOOM接客」など、ユニークな取り組みが好評を博している。自社のファンを「共犯者」と呼び、顧客との関係性や顧客体験を重視した独自の販売スタイルは、各界から注目されている。

上記ライター村井 吉昭
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社会の環境変化やデジタルシフトを背景に、商業施設の存在価値が問われる現在、未来の商業施設ラボでは、「買い物の場」に代わる商業施設の新たな存在価値を考えていきます。生活者の立場に立ち、未来の暮らしまで俯瞰する。識者へのインタビューや調査の結果などをお届けします。

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  • 村井 吉昭
    村井 吉昭 未来の商業施設ラボ プロジェクトリーダー / シニア ストラテジック プランナー

    2008年jeki入社。家庭用品や人材サービスなどのプランニングに従事した後、2010年より商業施設を担当。幅広い業態・施設のコミュニケーション戦略に携わる。ブランド戦略立案、顧客データ分析、新規開業・リニューアル戦略立案など、様々な業務に取り組んでいる。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。

  • 渡邊 怜奈
    渡邊 怜奈 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーション プランナー

    2021年jeki入社。仙台支社にて営業職に従事。自治体案件を中心に、若年層向けコミュニケーションの企画提案から進行まで、幅広く業務を遂行。2023年よりコミュニケーション・プランニング局で、官公庁、人材サービス、化粧品、電気機器メーカーなどを担当する。

  • 宮﨑 郁也
    宮﨑 郁也 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーションプランナー

    2022年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局に配属。 食品、飲料、人材などのプランニングを担当する。