銭湯から学ぶ、効率化の時代に豊かな暮らしをつくる商業施設とは(後編)
─加藤優一氏(銭湯ぐらし代表取締役)×篠原りな・宮﨑郁也(ジェイアール東日本企画)─

未来の商業施設ラボ VOL.32

商業施設の「買い物の場」としての価値が揺らぐ中で、生活者の視点に立った「理想の商業施設像」を考える、「未来の商業施設ラボ」。今回のゲストは、「銭湯ぐらし」代表取締役の加藤優一さんです。加藤さんは、高円寺で長きにわたり地元の人々に愛されてきた銭湯「小杉湯」の隣にオープンした「小杉湯となり」の企画・構想策定を手掛け、その運営にも携わってきました。“地域に銭湯のある暮らし”を掲げ、始めた新たな街づくりのお話は、これからの商業施設について考えるヒントに富んでいます。今回はその対談の後編です。
前編はこちら

商業施設は地域の暮らしをつくる場へ

宮﨑:当ラボでは、これからの商業施設は「買い物の場」ではなく「生活の場」として、仕事や家事、趣味など「生活のあらゆる時間」に寄り添って「生活の質の向上」を実現することが大事だと考えています<詳しくはこちら>。たとえばマンションに隣接しているショッピングセンターでは、自宅でお風呂に入った後にシネコンでレイトショーを観るという声がありました。パジャマに近いカジュアルな格好で行くそうです。自宅でテレビを観るようにリラックスしながら、一人で大きなスクリーンで没入できる体験は、確かに素敵だと感じました。

加藤:それはいいですね。商業施設という、その言葉自体が変わっていく気がしています。買い物して終わりではなくて、それなりの規模とコンテンツは用意できるはずなので、地域の暮らしをつくる場所になり得ると思います。もし本当に地域の人たちが自分の暮らしの延長にある場所だと思えたら、その人たちの暮らしはハッピーになるし、地域の持続的な価値をつくることにも繋がりますね。

顔が見える存在になることの大切さ

宮﨑:「小杉湯となり」の会費は月額2万円(税抜)ですが、たくさんの人が会員になっていますよね。

加藤:料金設定の基準は、コワーキングスペースの相場よりも少し安いぐらいで、それほど高くはないはずです。その前提で、“なぜ人が集まってくるのか?”というと、働くという機能だけではなく、入浴・食事・休憩など、過ごし方に幅があることが重要です。実際に会員さんも、ワークスペースとして使う人もいれば、リビングのように使う人も居ます。
あとは、顔の見える関係性があることも大切です。銭湯では、顔の見える関係があることで、安心して使うことができます。「小杉湯となり」でも、銭湯のある暮らしを良いと思っている私たちが運営を行い、積極的に場所を使うようにしています。運営者の顔が見えることで、運営者から利用者、利用者から次の利用者へと、場所の価値が伝わっているのではないでしょうか。

宮﨑:商業施設は規模が大きいために運営側の顔が見えづらいかもしれません。規模が大きな施設では、どうすれば良いでしょうか?

加藤:商業施設を“街”と捉えるというのはどうでしょう。例えば、1000人をターゲットにした場合、100人×10の拠点をつくる。その上で、実感が持てる、顔が見える関係づくりをしていく。それぐらい丁寧に顧客との関係をつくれるようなコンテンツを点在させることから始めるといいかもしれません。

宮﨑:商業施設が地域の暮らしをつくる場となり、顧客と顔が見える関係をつくれれば、商業施設に親しみを感じる人も増えるかもしれませんね。

加藤:コロナ禍では、オフィス街や商業エリアから以前ほどの活気が感じられませんでした。居住エリアとは違って、そこでは消費しかされてこなかったので、その場所に愛着がなく、守りたいという気持ちが生まれなかったからかもしれません。それがもし商業施設にお風呂があって、パジャマ姿の人が増えたら、暮らしの場所としての愛着が生まれるじゃないですか。守りたいという人が増えれば、場所やエリアの価値も高まるはずです。

顧客の主体性を尊重し、場を共創する

篠原:「小杉湯となり」は会員制のシェアスペースですが、利用者が消費側としてだけではなく、それぞれの得意分野を生かし、提供側、運営側のスタッフとして主体的に参画できるような工夫もされているとお見受けします。その際に意識していることは何でしょうか。

加藤:「やってもいいよ」ということを、どう伝えるかがポイントかもしれません。例えば、「小杉湯となり」と「小杉湯」との間に中庭があって、そこに畑を作ろうという話が出ました。そのとき、私たちは畑を整備して貸し出すのではなく、畑をつくりたい人を募集して委ねました。畑づくりにかかる費用は利用者負担とし、その代わり、そこで育った作物は食べてもいいというように主体性を利用者に委ねるようにしました。

篠原:利用者が主体的に関わりたいと手を挙げられるようなものですね。商業施設においても地域のつながり・共創関係を築いていくことが重要ですね。
そういう意味で「銭湯ぐらし」の皆さんは「空き家相談会@高円寺」など、街とのつながりや協力相手を増やしていくのがお上手ですよね。

加藤:僕も含めてスタッフたちが街に住んでいるので、自然とつながりが広がっています。空き家の活用を通して、楽しく住みやすい街をつくりたいという思いから立ち上げた「空き家相談会」の活動では、当初は空き家の所有者の方にお手紙を送ったりして、こちらから前のめり気味にアプローチしていましたがうまくいきませんでした。それを、逆に「私たちと一緒に面白いことができる人いませんか」というように、受け身側に立って協力者を募るようにスタンスを変えてみると、たくさん人が集まりました。このように参加する方の主体性を尊重して、一緒に場をつくっていくことがうまくいく秘訣なのかもしれません。

「小杉湯となり」の会員が主体となって始めた畑づくり(写真提供:銭湯ぐらし)

当事者として、地域の暮らしに根差した施設づくりを

篠原:商業施設運営者として、地域の暮らしに根差した施設をつくる上で重要なことは何でしょうか?

加藤:それは当事者がいるか、いないかだけの違いではないですかね。例えば、私たちが新しい商業施設を運営することになったら、オープンの1年前から運営メンバーがそこに住むと思います。暮らしの中で施設のあり方を見出し、企画から運営まで血の通った取り組みができるかどうかが肝心です。どうしてもマーケットリサーチなどから考えがちなんですけど、もう少し実感から見ていく感じ。
私たちはコンパクトな事業だからそれができているのかもしれませんが、大きな事業だとしても当事者意識は欠かせません。また、運営に関わらない地域や施設のコンサルティングをすることもありますが、必ず当事者意識を持っている地域のプレイヤーと並走することを心がけています。

篠原:その土地に住み、その土地で考える。地域を思う気持ちに血が通っているかどうかが重要なのですね。

老若男女が住み、集い、さまざまな文化が交錯する高円寺の街

加藤:実際に暮らしてみて鳥の目ではなく、アリの目で街を捉えて、暮らしの延長線上で考える。商業施設が地域の暮らしに根差した施設になるためには、当事者となって物事を考えられる人がいるかどうかにかかってくるのではないでしょうか。

篠原:当ラボでは生活者視点を標榜しているのですが、改めて当事者意識を持つことの重要性を感じました。貴重なお話をありがとうございました。

次回以降も、さまざまな識者や実務家の方へのインタビューをお届けします。「未来の商業施設ラボ」は生活者の視点に立ち、未来の暮らしまで俯瞰していきます。今後の情報発信にご期待ください。

構成・文 松葉紀子

加藤 優一
1987年山形県生まれ。 (株)銭湯ぐらし代表取締役、(一社)最上のくらし舎理事、東北芸術工科大学専任講師、OpenA+公共R不動産パートナー。建築・都市の企画・設計・運営・執筆などを通して、地方都市や公共空間の再生に携わる。主な取り組みとしては「県立佐賀城公園リノベーションこころざしのもり」のデザイン監修、「SAGA FURUYU CAMP」「万場町のくらし」の企画・設計・運営支援、「小杉湯となり」の企画・設計協力・運営などがある。著作に、『公共R不動産のプロジェクトスタディ』『テンポラリーアーキテクチャー』『CREATIVE LOCAL』など。

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社会の環境変化やデジタルシフトを背景に、商業施設の存在価値が問われる現在、未来の商業施設ラボでは、「買い物の場」に代わる商業施設の新たな存在価値を考えていきます。生活者の立場に立ち、未来の暮らしまで俯瞰する。識者へのインタビューや調査の結果などをお届けします。

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  • 村井 吉昭
    村井 吉昭 未来の商業施設ラボ プロジェクトリーダー / シニア ストラテジック プランナー

    2008年jeki入社。家庭用品や人材サービスなどのプランニングに従事した後、2010年より商業施設を担当。幅広い業態・施設のコミュニケーション戦略に携わる。ブランド戦略立案、顧客データ分析、新規開業・リニューアル戦略立案など、様々な業務に取り組んでいる。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事した後、2015年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 篠原 りな
    篠原 りな 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーション プランナー

    2017年jeki入社。営業局で商業施設のプロモーションに従事した後、2年間出向。 若年向けファッションビルでの販促業務や、顧客分析やアプリ運営などのオムニサービス推進を担当した。 現在はコミュニケーション・プランニング局で化粧品などのプランニングに取り込んでいる。

  • 宮﨑 郁也
    宮﨑 郁也 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーションプランナー

    2022年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局に配属。 食品、飲料、人材などのプランニングを担当する。