地域と共に生きるコト消費型駅ビル プレイアトレ土浦に学ぶこれからの商業施設とは<後編>
―藤本沢子氏(アトレ)×松本阿礼(ジェイアール東日本企画)―

未来の商業施設ラボ VOL.10

商業施設の「買い物の場」としての価値が揺らぐ中で、生活者の視点に立った「理想の商業施設像」を考える、「未来の商業施設ラボ」。今回は、当ラボメンバーによる、商業施設運営者へのインタビューをお届けします。ゲストは、グッドデザイン賞2020も受賞したPLAYatre TSUCHIURA(プレイアトレ土浦)の前店長・藤本沢子さんです。駅ビルでモノを売ることをやめ、日本最大級のサイクリングリゾートへとコンバージョンをはかった、その背景や想いとは。また地域に貢献する商業施設の在り方などについて伺いました。今回は、その後編です。
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サイクリングという新たなライフスタイルを地元に

松本:グランドオープンは2020年3月で、まさに、コロナ禍の影響を受けてしまったと思いますが、現在の手応えはいかがですか。

藤本:世界的な流れだと思いますが、移動手段としてもアクティビティとしても自転車に非常に注目が集まっていて、そこは追い風になったとは思います。
また、今までは都心をはじめとした広域集客を主眼においてやってきたのですけれど、県をまたいでの移動が制限される中で、改めて地元の方に施設を知っていただくキッカケになっています。昨今、マイクロツーリズムと言われていますが、プレイアトレ土浦のホテルに泊まってサイクリングを楽しまれる地元の方も多いです。

松本:地元の方は、もともとサイクリングをされていた方が多いですか。これを機に始めた方もいらっしゃるのでしょうか。

藤本:これを機に始めた方が多いと思いますね。ご家族連れも非常に多いです。新たな趣味を見つけるキッカケにもなったようで、実は、自転車がものすごく売れていて、入荷・納品が追いつかないほどです。

松本:コト消費型の駅ビルですが、結果的にモノも売れている状況なんですね。非常に興味深いお話です。

地域の方の誇りにもつながった

松本:地域の方にサイクリングという新たなライフスタイルを提供されたと言ってもいいかと思いますが、どのような反響がありますか。

藤本:2018年の第1弾開業以来、私どもがサイクリング、サイクリングと言い続けてきたのもあるのですが、地元の方も「土浦は自転車のまちなんだよ」と言える雰囲気が醸成されてきたかなと思います。以前は、「サイクリングなんて誰もしていない」という雰囲気だったんですけれど、プレイアトレ土浦の開業以降はサイクリストがいる光景が普通になってきたんですね。やはりそうなると、自転車に興味のない方も「自転車のまち土浦なんだな……」と感じる、そういう雰囲気ができてきました。

松本:以前お会いしたまちづくりに携わる方が、「地域の魅力を一言で表すワードをつくるのが大事」とおっしゃっていました。まさにそれをつくられたということですね。

藤本:私どもは「日本最大級のサイクリングリゾート」というキャッチコピーをこれまでずっと掲げてきたのですけれど、そういうわかりやすさは必要ですね。たとえば初対面の人に、「どこ出身なの?そこって何があるの?」と聞かれたときに、土浦なら「サイクリングのまちなんだよ」と言えることは大事だなと思っています。それが愛着と誇りと、シビックプライドになっていくのではないでしょうか。

テナント、地域、行政と一緒に価値をつくる

松本:運営についてもお伺いしたいのですが、開業後、一部テナントの朝のオープン時間を変えるなど、柔軟な対応をされているそうですね。一般的には、テナントごとに営業時間を変えるのは難しいと思うのですが。

藤本:もともと私自身は、商業施設サイドが営業時間や休業日を決めるという時代じゃないのではないかと思っていました。プレイアトレ土浦は、テナントさん、地域のみなさん、行政の方々と一緒に価値を共創していくことを目的につくったので、商業施設サイドが上から指示をするというのはやめたいなと思いました。そこで、各テナントさんが営業時間や休業日を主体的に決められるように、全部の区画に管理シャッターを備えたんです。
一般的には、それができないがゆえに、商業施設は苦しんでいるように思います。コロナ禍で、一部テナントの休業や営業時間を短くする必要があっても、結局できないんですね。

松本:管理シャッターを備えれば解決するとしたら、なぜ一般的には、営業時間や休業日を柔軟に変更しないのでしょうか。

藤本:たぶん、一番根底にあるのは、営業時間と休業日は施設全体で統一しなければならないという思い込みがあるからだと思います。「営業時間がバラバラってどういうこと?!」とか「フロアガイドやホームページはどうするんだ?!」と。

松本:思い込みですか?! 近年、組織の在り方として、上からマネジメントするピラミッド組織よりも、下から支えるティール組織が良いと言われますが、そのような考え方をテナント管理で先駆的に取り入れたと言えるかもしれませんね。
運営コンセプトはどのように考えられていますか。

藤本:通常アトレは、商業施設の視点を通してテナントさんをプロデュースするという、プロデュース型運営をうたっています。プレイアトレ土浦の場合は、テナントさん、地域のみなさんや行政の方と一緒に価値をつくりあげていくということを主眼にしていて、アトレはその中心に立って活動を束ねていく、そういう位置づけでやっています。この運営スタイルは、自転車の車輪に見立てて「ハブアンドスポーク型運営」とうたっています。

というのも、開発計画の当初、地域の様々な方にどういうことを駅ビルに望むかヒアリングしたのですけれど、全然相手にされませんでした。「東京から来たんでしょ?」「東京の人は、全然地元のことわかんないでしょ」と、そんな感じでした。
ですので、商業施設が上からものを言うのではなく、一緒にひとつの目標に向かうとか、サイクリングでまちを盛り上げていくという機運をいかにつくりあげるかが大事だと思ったんです。

商業施設は地域のキュレーターとなる

松本:テナントもサイクリングを盛り上げるような業態が入っていますが、どのようにリーシングされたのですか。

藤本:こちらから働きかけて、サイクリングというコト消費だったり、地域再生や、地域価値の創造に共鳴してくださるテナントさんをパートナーとしてお迎えして、一緒に業態をつくっていきました。

松本:私どもも研究を進める中で、これからは、既にある業態のままテナント入居してもらうというよりも、商業施設とテナントが一緒に業態をつくっていく時代になるだろうという話をしています。

藤本:日本全国には3,000を超えるショッピングセンターがあり、少子高齢化の中でも増えているという状況では、商業施設は明確なビジョンとコンセプトを打ち立てないと持続が難しいと思いますね。生活者からすると、どの商業施設に行っても同じで差をあまり感じられないんじゃないかと思っていまして。アクセスの良さが選択のポイントになってしまっている。これからの時代、以前のように人が移動するとは考えにくく、わざわざ行く理由が今まで以上に必要になってくると思います。

松本:商業施設ごとに新業態をつくって差を打ち出すにあたり、どんなことに気を付けないといけないでしょうか。

藤本:やはり地域によって求められるニーズや役割は必ずあるはずなので、それを見極めて提示をしていく。そのためには、テナントさんと一緒に一から業態をカスタマイズすることが必要なんだと思いますが、商業施設側に明確なビジョンとコンセプトがないと、テナントさん側もどういう業態が求められているのか判断しづらいと思います。
商業施設はショップの集合体で、個々のショップの魅力が掛け合わされて、施設全体の魅力になるのではないかと思うんです。その相乗効果をいかに商業施設側が引き出していくか、それをどうキュレーションしていくか、ということが大事だと思いますね。

松本:私どもも、商業施設が地域のキュレーターになって、地域の魅力を編集しまとめていくことが大事なのではないかという話をしていたのですが、まさにそれを実践されているなと思いました。

藤本:そうですね、商業施設だけでやっていてもだめなんですね。私どもも、一緒にサイクリングを推進してくださる旗振り役の行政の方がいて、地域のみなさんがいて、そういう環境があったからこそ、このサイクリングリゾートというコンセプトを具現化できました。そういう周りの環境づくりと言いますか、機運と言いますか、ムーブメントみたいなものを起こさないといけませんね。

松本:ムーブメントを起こすのに、何かキッカケや端緒はありましたか。

藤本:やはり地域固有の資源が必ずあるはずなので、そこに着目していく。それがどんなに小さなものでも、みんなで磨き上げていくようなことが必要だと思いますね。特に商業施設はそのムーブメントを、生活者の方に形として提示できるという強みがあります。

私は現在、アトレ本社でCSVを担当していますが、これからの時代は、社会的に価値があることが改めて重要なんだと思います。世の中のためになる、社会のためになる、地域のためになることは、すごく大事。逆に言えば、社会や世の中のためにならないものはもう要らないということです。プレイアトレ土浦はそれを目指した施設だと思っています。今後、そういう商業施設が世の中に増えるといいなと思いますし、必然的に増えていくのだろうなと思っています。

松本:お話を伺って、これからの商業施設は、地域のハブやキュレーターとなって価値の創造を行い、地域と共に生きていくようになるということがよくわかりました。改めて大変意義のある面白い仕事ですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

次回以降も、さまざまな識者や実務家の方へのインタビューをお届けします。「未来の商業施設ラボ」は生活者の視点に立ち、未来の暮らしまで俯瞰していきます。今後の情報発信にご期待ください。

<完>

上記ライター松本 阿礼
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社会の環境変化やデジタルシフトを背景に、商業施設の存在価値が問われる現在、未来の商業施設ラボでは、「買い物の場」に代わる商業施設の新たな存在価値を考えていきます。生活者の立場に立ち、未来の暮らしまで俯瞰する。識者へのインタビューや調査の結果などをお届けします。

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  • 村井 吉昭
    村井 吉昭 未来の商業施設ラボ プロジェクトリーダー / シニア ストラテジック プランナー

    2008年jeki入社。家庭用品や人材サービスなどのプランニングに従事した後、2010年より商業施設を担当。幅広い業態・施設のコミュニケーション戦略に携わる。ブランド戦略立案、顧客データ分析、新規開業・リニューアル戦略立案など、様々な業務に取り組んでいる。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。

  • 渡邊 怜奈
    渡邊 怜奈 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーション プランナー

    2021年jeki入社。仙台支社にて営業職に従事。自治体案件を中心に、若年層向けコミュニケーションの企画提案から進行まで、幅広く業務を遂行。2023年よりコミュニケーション・プランニング局で、官公庁、人材サービス、化粧品、電気機器メーカーなどを担当する。

  • 宮﨑 郁也
    宮﨑 郁也 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーションプランナー

    2022年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局に配属。 食品、飲料、人材などのプランニングを担当する。