銭湯から学ぶ、効率化の時代に豊かな暮らしをつくる商業施設とは(前編)
─加藤優一氏(銭湯ぐらし代表取締役)×篠原りな・宮﨑郁也(ジェイアール東日本企画)─

未来の商業施設ラボ VOL.31

商業施設の「買い物の場」としての価値が揺らぐ中で、生活者の視点に立った「理想の商業施設像」を考える、「未来の商業施設ラボ」。今回のゲストは、「銭湯ぐらし」代表取締役の加藤優一さんです。加藤さんは、高円寺で長きにわたり地元の人々に愛されてきた銭湯「小杉湯」の隣にオープンした「小杉湯となり」の企画・構想策定を手掛け、その運営にも携わってきました。 “銭湯のある暮らし”を掲げ、始めた新たな街づくりのお話は、これからの商業施設について考えるヒントに富んでいます。今回はその対談の前編です。

銭湯に行くことは、豊かな暮らしをつくること

篠原:最初に、「小杉湯となり」が生まれるきっかけの場となった「小杉湯」のご紹介をお願いできますでしょうか。

加藤:「小杉湯」は東京・高円寺にある約90年の歴史のある銭湯です。高円寺は、戦後、人々が移り住み、その後、若者たちのサブカルチャーが花開きました。音楽や古着、演劇にアートなどあらゆる文化が混ざり合い、老若男女が集う街です。

高円寺の街で愛されてきた老舗銭湯「小杉湯」

篠原:加藤さんが企画・構想策定し、運営にもかかわってきた会員制のシェアスペース「小杉湯となり」では、「小杉湯」を起点に新たな街づくりをされているのですね。

加藤:「小杉湯となり」は、風呂上がりに、くつろいだり、仕事をしたり、ご飯を食べるなど、銭湯のある暮らしが体験できる場所です。運営会社は、かつて「小杉湯」の隣に建っていたアパートで一緒に暮らしていたメンバーで設立しました。年齢は20~80代、仕事もバラバラで、高円寺らしい多様性をうまく生かしたチームです。

「小杉湯」の隣にある会員制のシェアスペース「小杉湯となり」は、解体予定であった風呂無しアパートの跡地に生まれた。コンセプトは“銭湯が街のお風呂であるように、街に開かれたもう1つの家のような場所”。現在は平日を会員制シェアスペース、休日を誰でも利用できる飲食店として営業しており、新しいご近所づきあいが生まれている
(写真提供:銭湯ぐらし)

篠原:実は私も「小杉湯」を何度か利用させていただいたことがあります。話題の銭湯なので、若者が多いのかと思ったのですが、地元の方も多く利用されていますよね。

加藤:そうですね。ただ、老若男女が常に仲良く過ごしているというわけではなく、夕方の早い時間はご高齢の方や常連さんが多く、遅い時間になると学生や仕事帰りの人が増えてきます。時間帯によって、コミュニティーの属性にグラデーションがあるイメージです。ちなみに僕は「銭湯に行く=暮らしをつくること」だと捉えています。家でシャワーを浴びて寝られるという選択肢もある中で、一歩街に踏み出して銭湯に入りに行く。そこには自分の暮らしをより良く、より楽しめるものにしたいというマインドがあるように思うんですね。銭湯に集まってくる人には、ある種、消費ではなく生産に近い、自分の暮らしをつくっていこうという”暮らしのクリエーター”ともいえるような人がすごく多いなと感じています。

篠原:取り組みに関する記事も拝読したのですが、銭湯を公衆衛生という面よりも、生活者の暮らしが豊かになる場として捉えられているのが興味深かったです。銭湯に足を運ぶことでどのような価値が得られるとお考えでしょうか。

加藤:暮らしの面でいうと、銭湯では普段の生活では出会わない人と出会うし、交流することもあります。また、交流しなくても人の気配を感じることはできます。緊急事態宣言のときには公園がすごく混んでいて、人は人の気配を必要としているんだなと感じました。人の気配を感じられる場所というのはすごく大事で、デジタルではできない、リアルな場である銭湯の意義でもあるかなと思います。
地域の視点でいうと、今の時代、どこでも行けるし、住む場所も選べます。その一方で、根無し草のような感覚があって、どこか不安に感じている人もいるはずです。現代社会では、歴史や地域と繋がっている感覚が得られる場所というのが少なくなってきている。それを銭湯など“時が蓄積されていた場所”に行ってそこに接続することで、地域に自分が溶け込んだ感覚が得られるというのはすごく重要だと思います。

篠原:これからの商業施設は、地域の歴史とも繋がれるような、地域に溶け込んだ場になると良いですね。

効率化が進む中で高まる、暮らしの「余白」の価値

宮﨑:「暮らしに余白を」というコンセプトが素敵だと思いました。家から出ずにテレワークやオンライン会議で忙しかったり、タイパ(タイム・パフォーマンス)重視でスマホの動画を倍速視聴したり、デジタルによる効率化によって生活から余白がなくなっていると感じます。加藤さんの考える「余白」の定義を教えてください。

加藤:余白の定義や意義は人それぞれでいいと思います。でも現代人が抱える課題として、休むのが苦手だったり、何でも詰め込み過ぎだったりする人が増えている。僕自身がそうです(笑)。そんな中で、強制的にスマホから離れ、普段の人間関係や考え事からすっと逃避できる場所があって、そこで身体をいたわったり、心と向き合ったりすることがすごく大事だと感じています。余白というと難しく聞こえるかもしれませんが、自分だけの時間をつくり、詰め込みがちな暮らしのなかに、一息できる時間をつくることが大切な気がして、この言葉を使っています。

宮﨑:今後さらにデジタルによる効率化が加速していく中で、「余白」の重要性はより高まりそうです。「余白」という考え方を、どのように場づくりに落とし込まれていますか?

加藤:まずは、他者との関わり方に選択肢をつくることです。銭湯では、他者と交流したいときは、番台や常連同士で話すことができる。一方で自分と向き合い、内にこもることもできる。同じように「小杉湯となり」でも、一人で過ごしたいときは2階、誰かと話したいときは1階、というようにコミュニケーションのあり方を選べるようにしています。また、直接的な交流だけではなく、掲示板やセルフサービスコーナーなど、場を介した交流のきっかけを用意するようにしています。

「小杉湯となり」2階の畳の小上がりがある書斎スペース。作業や読書をしたり。窓から入る風を感じながら畳に寝そべるなど、思い思いの時間を過ごすことができる

宮﨑:建築の視点で意識されていることはありますか。

加藤:建築面でも銭湯を参考にました。「小杉湯」のような造りの銭湯には、湯気を抜くための高い窓があり、屋外にいるような開放感を味わうことができます。「小杉湯となり」でも、高い窓を設け、天井に透過性の素材を使うことで、湯気の中を通ったような柔らかい光と風が降り注ぐようにしました。時間の流れや季節の移ろいを感じられる、余白のある空間を目指しました。

五感に訴えることと日常生活の延長にあること

宮﨑:お話を伺って、デジタルによる効率化が進む中で、銭湯は「余白」のある豊かな暮らしをつくる、意義深い場なのだと感じました。ただ一方で、デジタル化がさらに進めば、もっと便利になり、あらゆることが家でできてしまうかもしれません。豊かな暮らしをつくりに、家を出て銭湯に来てもらうためにどのような動機付けが考えられるでしょうか?

加藤:純粋に気持ちがいい、おいしい、楽しい。そういう五感に訴えることが大切だと思います。「暮らしをつくろう」「誰かと交流したい」と意気込んで銭湯に行く人はいないと思うので、「疲れを癒やしたい」というような根源的な欲求がベースになると思います。気軽に訪れる目的があった上で、その先にプラスアルファの交流などが生まれてくる。まず第一歩として、日常生活の延長として捉えてもらうことが大切ですね。

前編では、「小杉湯となり」「銭湯ぐらし」における取り組みと、銭湯が余白のある豊かな暮らしをつくる場であることを伺いました。後編では商業施設が「銭湯ぐらし」から学ぶべきポイントについて、引き続き加藤さんとお話していきます。

〈後編へつづく〉
構成・文 松葉紀子

加藤 優一
1987年山形県生まれ。 (株)銭湯ぐらし代表取締役、(一社)最上のくらし舎理事、東北芸術工科大学専任講師、OpenA+公共R不動産パートナー。建築・都市の企画・設計・運営・執筆などを通して、地方都市や公共空間の再生に携わる。主な取り組みとしては「小杉湯となり」「銭湯つきアパート」の企画・運営、「佐賀県庁・場内エリアリノベーション」のデザイン監修、「SAGA FURUYU CAMP」「江北町みんなの公園」の計画・設計などがある。著作に『公共R不動産のプロジェクトスタディ』『テンポラリーアーキテクチャー』『CREATIVE LOCAL』(共著・学芸出版社)など。

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社会の環境変化やデジタルシフトを背景に、商業施設の存在価値が問われる現在、未来の商業施設ラボでは、「買い物の場」に代わる商業施設の新たな存在価値を考えていきます。生活者の立場に立ち、未来の暮らしまで俯瞰する。識者へのインタビューや調査の結果などをお届けします。

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  • 村井 吉昭
    村井 吉昭 未来の商業施設ラボ プロジェクトリーダー / シニア ストラテジック プランナー

    2008年jeki入社。家庭用品や人材サービスなどのプランニングに従事した後、2010年より商業施設を担当。幅広い業態・施設のコミュニケーション戦略に携わる。ブランド戦略立案、顧客データ分析、新規開業・リニューアル戦略立案など、様々な業務に取り組んでいる。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 篠原 りな
    篠原 りな 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーション プランナー

    2017年jeki入社。営業局で商業施設のプロモーションに従事した後、2年間出向。 若年向けファッションビルでの販促業務や、顧客分析やアプリ運営などのオムニサービス推進を担当した。 現在はコミュニケーション・プランニング局で化粧品などのプランニングに取り込んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。

  • 渡邊 怜奈
    渡邊 怜奈 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーション プランナー

    2021年jeki入社。仙台支社にて営業職に従事。自治体案件を中心に、若年層向けコミュニケーションの企画提案から進行まで、幅広く業務を遂行。2023年よりコミュニケーション・プランニング局で、官公庁、人材サービス、化粧品、電気機器メーカーなどを担当する。

  • 宮﨑 郁也
    宮﨑 郁也 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーションプランナー

    2022年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局に配属。 食品、飲料、人材などのプランニングを担当する。