都市論研究の吉江俊先生に聞く、鉄道沿線のあり方へのヒント<後編>

PICK UP 駅消費研究センター VOL.60

<写真左より>
早稲田大学 理工学術院 創造理工学部 講師 吉江 俊さん
駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー 松本 阿礼

現在、全国的に駅を中心とした再開発が進んでいます。都心部はもちろん、郊外も再開発が行われる中、沿線全体のありようについては議論が必要でしょう。そこで、ジェイアール東日本企画・駅消費研究センターでは、利用者視点から今後の鉄道沿線が提供すべきことについて考察するため、研究を進めています。今回は、その研究アドバイザーであり、都市論・都市計画学を専門とされる早稲田大学の吉江俊先生にお話を伺いました。吉江先生は、〈第四の場所〉〈公共景〉〈迂回する経済〉といった新しい概念を提唱されています。後編では、吉江先生の提唱する概念とはどのようなものか、鉄道沿線のあり方へのヒントについて、お話を伺います。
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吉江 俊
早稲田大学 理工学術院 創造理工学部 講師
博士(工学)。専門は都市論・都市計画学。日本学術振興会特別研究員、ミュンヘン大学訪問研究員を経て現職。自治体・住民と協働した地方市町村のまちづくり、民間企業の都市再生、近年は、早稲田大学キャンパスマスタープラン策定、東京都現代美術館「吉阪隆正展」企画監修などに携わる。2023年2月に初の単著『住宅をめぐる〈欲望〉の都市論 民間都市開発の台頭と住環境の変容』(春風社)を上梓。共著に『クリティカル・ワード 現代建築 社会を映し出す建築の100年史』(フィルムアート社)、『吉阪隆正 パノラみる』(ECHELLE-1)、分担執筆に『無形学へ かたちになる前の思考』(水曜社)、『コミュニティシップ 下北線路街プロジェクト。挑戦する地域、応援する鉄道会社』(学芸出版社)。『迂回する経済の都市論』が近刊予定。

〈第四の場所〉コロナ禍を経て、名もなき屋外の空間の重要性が浮上してきた。

松本:前回は、都市計画の前に立ち止まって考えることの重要性、都市をどうやって見ていくか、についてお伺いしました。それらを経て、吉江先生独自の概念を提唱されているとのことですが、まずは〈第四の場所〉について教えていただけますか。
私たちも、駅や移動に関わる企業として、家でもなく、会社・学校でもない第三の場所(サード・プレイス)(※1)には着目してきましたが、〈第四の場所〉というのはどういった概念なんでしょうか。

※1 社会学者レイ・オルデンバーグが提唱した概念。第一の場所である家庭と第二の場所である職場環境に並ぶ三つ目の場所を指す。サード・プレイスは、人生の義務や苦役からの逃避と束の間の休息の空間であるとともに、人を平等にする空間であるとされる。(参照:『クリティカル・ワード 現代建築 社会を映し出す建築の100年史』、p.273、フィルムアート社)

吉江:サード・プレイスは基本的に何かの施設でしたが、コロナ禍で施設に集まれなくなり、路上に人が出てくるようになったんですね。そういう名前のないような屋外の空間を、〈第四の場所〉と呼んでみたわけです。第一の場所から第三の場所は、具体的な建物ですし、「〇〇へ行きましょう」と言えるような対象なわけですが、路上の場所は、どこに集まりましょうということでもなく、なんとなくそこに人が滞留しているような場所です。

これらは元からあったんだろうけど、コロナ禍で自宅も職場も居心地が悪くなって、密室の空間に集まる気も起こらない状況の中で、〈第四の場所〉として浮上してきたと思います。
機能から離れて、監視のような目がちょっと届かなくなっているような空間で、しかもプランニングして作った感じでもない、そのような空間を〈第四の場所〉と呼んで考えてみようと思いました。

画像提供:吉江俊

松本:コロナ禍では“自粛警察”などの言葉も生まれ、みんながみんなに目を光らすような状況もありましたからね。人目から解放されたいという心理は強かったと思います。
〈第四の場所〉の具体的な事例はありますか。

吉江:郊外住宅地の何もない路上で、住民の方々が思い思いの時間を過ごしているスポットをたくさん発見しました。それがどこで発生するのかは、論文になっています。また、大きな例では、立川にある商業施設のGREEN SPRINGS(※2)は屋外空間がとても豊かな空間で、何をしに来たんだろうって思うくらいに人が来ていましたね。これを見て、建築を作るというよりは、人間の空間をデザインする、人間のいる風景をデザインするということを本当にやったと、そういう時代になったかという感じがしたんですね。

どういうことかというと、少し前の建築の世界では、建築写真は人のいない竣工時の写真ばかりだったり、「人間が使い始めると建築が純粋ではなくなる」と主張する建築家も珍しくなかったんです。ですが、そういう言葉がおかしく思えてくるようなほど、“パブリック・ライフ”の時代なんだと直感させられました。

※2 参照:PICK UP駅消費研究センター VOL.34 商業施設のこれからを見据える、新たな取り組み(1) 「GREEN SPRINGS」 〜エリアを広く捉え、次の時代まで続く“ウェルビーイングタウン”〜
https://ebisu-hatsu.com/6595/

〈公共景〉人々に都市を使いこなす主体性を促す、都市環境デザイン。

松本:続いて〈公共景〉という概念についてもお話しいただけますでしょうか。

吉江:これまで景観について考えるときは、美醜や、地域性や特徴的な景観がテーマだったと思うんですが、視覚情報から人間の行動を変えていくことができるようになったと思ったんですね。たとえば、図書館でみんなが黙々と本を読んでいたら静かにしないといけないと思ったり、逆にみんなが議論をしていたら自分もそういう過ごし方をしてみようというふうに。

風景を作ることで行動を変えたり、空間をもっとアクティブに使っていってもらえたりすると、公共空間の風景が都市を使いこなしていく人の主体性を育てていけるのではないかと思ったんです。
日本の公共空間はイメージが貧弱で、“完成した都市空間”の立派なイメージパースを見ても、よく見るとそこにいる人々はただ立っていたり、座っていたりするだけの状態で、「何もやっていない人たちが何でこんなに集まっているのか」と疑問に思うものがよくあります。もっと公共空間でいろんな行動が起こらないといけないなと思うけど、都市を使いこなすにはある種の“訓練”がされていないと、なかなかできません。今は、歩く、座る、飲食するの3種類ぐらいしかやることがない。

最終的に、僕が促したいのは都市における“再帰性”を高めることです。再帰性とは、アンソニー・ギデンズが提唱したやや難解な概念ですが、ポジティブに言い換えれば、自分たちが当たり前だと思って受け入れていたこと、そうしないといけないと思っていたことを、考え直して新しいものを作っていく能力のようなことなんですね。都市を自分たちで使いこなしたり、作り変えていったりすることを、一人ひとりが考え始められるようになるといいんじゃないでしょうか。

松本:〈公共景〉の具体的な事例にはどんなものがあるでしょうか。

吉江:これも、いたるところにありますが、印象的だったのは米国・シアトルのパイク・プレイス・マーケットです。日本人移民のやっていたマーケットの跡地が再開発されたものです。ソーシャルハウジングといった低所得者層が住める住宅が用意され、さらに低所得者層の街と、高層ビルをつなぐようにデッキが設置されています。その再開発は市民に寄付を募っていて、デッキのフェンスには寄付をした人の名前プレートがかかっている。

その風景が、寄付者からのギフト(贈与)としてできていることが印象的で、僕は割と好きな場所ですね。シアトルは大きな格差のある都市ですが、それらを横断するような見晴らしのいい風景を、自分たちで切り開くことができる、という力強い“再帰性”が示されている例です。

画像提供:吉江俊

〈迂回する経済〉居心地のよい空間やオープンな場が持続的な利益につながる可能性。

松本:〈迂回する経済〉についてもお話いただけますでしょうか。

吉江:住宅でもオフィスでも売ってすぐに黒字化させ最短距離の利益回収をしていくことを〈直進する経済〉と呼んだときに、直進じゃなく〈迂回する経済〉があるといいなということです。
〈直進する経済〉では、床面積を最大化させたり、天井高を低くしてフロアを積んだりしていく方向に働きますが、そうではなく、吹き抜けを設けたりゆったりさせたり、共用部の内装にお金をかけたりという方がいいかもしれない。

飽きずに長期的に人が来てくれたり、居心地がよい空間で滞在時間が延びたり、日常的に使うようになったりなど、持続的に利益になる方法があるんじゃないかなと思うわけですね。そういう方法に名前を付けて体系化しようということで、研究を進めています。

画像提供:吉江俊

松本:実は私たちも似たような考えで、実証研究とコンセプト提案を行ったことがあります。しかし、研究結果に対しクライアントからの賛同は得られても、実際の計画や実現には至りませんでした。

参照:jeki 駅消費研究センター × SEMBA レゾナンス ・ ラボ『駅ビルに“買物”よりも“居場所”を求める時代に』 https://www.jeki.co.jp/info/detail/?id=642

吉江:僕は今、都心部ではなく周辺部や郊外でも〈迂回する経済〉は実現するのかということに興味を持っています。都心部の恵まれた余裕のある企業がイメージアップのために行い、事業自体は赤字ということもあり得ますよね。分譲モデルが無理なエリア、つまり〈直進する経済〉が使えないエリアでこそ、〈迂回する経済〉なのかもしれない。似たようなことで、Park-PFI(※3)も都心部の例は増えていますが、郊外の事例が今はほとんどありません。周辺部や郊外で〈迂回する経済〉ができるのか、ということに取り組まなければいけませんね。

※3 Park-PFI(公募設置管理制度)……都市公園において、飲食店・売店など利用者の利便性向上のための施設(公募対象公園施設)を設置し、設置した施設から得られる収益を活用して、周辺の園路や広場など(特定公園施設)の整備等を一体的に行う民間事業者を公募により選定する制度。

松本:そうですね。私たちも取材させていただいた広島県福山市の中央公園のPark-PFIも、それで高い収益を上げるというよりも、個人の夢をかなえるということがキッカケになっていました。そのような例はあっても、特殊解かなと思います。

吉江:東京に近い郊外地域では、いくつか萌芽がみられます。調布市の深大寺ガーデンでは、生産緑地を開発し、住宅にレストランや庭といった機能を付帯させています。地域の人が使えるようなオープンな環境を整えていくことによって、しかも企業の利益創出につながる例が出てきていますね。

松本:深大寺ガーデンは、緑化事業を手掛ける株式会社グリーン・ワイズの循環型ビジネスの一環であったり、生産緑地のモデル開発という一面もあるようですね。先ほどの〈公共景〉ではないですが、今後のモデル開発では、自分事として捉えてもらえるよう、近隣の人に小口投資を募る方法も考えていると、お聞きしています。

駅は残り続けるもの。地域文脈を読み、沿線のオーセンティシティを育てる番人になる。

松本:最後に、鉄道沿線のあり方についてお話を伺えればと思います。都市論を専門とされる吉江先生から見て、鉄道沿線にはどのような可能性やあり方があると思いますか。

吉江:現在、駅消費研究センターで研究されている内容は、“駅のマネジメントから沿線のマネジメントへ”ということだと思いますが、僕も同意します。
駅というのは、“残る”ということが特徴ですよね。商業でも住宅でも30年が一区切り。たいていが30年で変わってしまう中で駅だけが残っていて、ある種の地域の老舗みたいなものです。駅を地域資産としてどうするか、30年で変化する他の経済とは違う考え方をしないといけない気もします。

世代を超える価値をどう育てていくかとか、別の言い方ではオーセンティシティ(※3)ともいいますが、沿線のオーセンティシティを育てる番人として駅が振る舞うことができるのではないかと思ったんですね。

※3 オーセンティシティは、地域の歴史や文脈などの“真正性”のこと。古いものをかたちだけ残すということではなく、新しいものも含めて、人々の“魂のこもったもの”を指す。渋谷川の再生からサードウェーブ・コーヒーまで、地域や人々の文脈を最大の付加価値として見直す動きが該当する。

かつてはすべて自社で沿線開発したわけですけど、今は、地域文脈を読む段階ですよね。すでにあるものから何をピックアップしていくかに力を発揮していくようなことがあるかと思いました。
TOD(Transit Oriented Development)という言葉がありますが、駅前の巨大開発を指すのではなく、本来は交通拠点を中心にしたウォーカブルなまちづくりのことなんです。そう考えると、都心周辺部や郊外で、駅を中心に地域をまとめていくことや、いろんなものを導入していくことが、本来のTODになってくるかなという気がしていますね。

さらに〈ジョイントTOD〉という言葉を提案したいです。一つの駅前だけでなく、三つ四つを合わせてウォーカブルなエリアを作っていくことを考えています。TODは“点”ですが、リニア(線状)に展開するといいかと思っていて、三駅を一つにまとめてブランディングしていくなど、どうでしょう。

松本:私たちも、沿線地域についての編集力が重要なのではないかと考えていましたが(参照:EKISUMER Vol.54 p.15-16)、ウォーカブルな範囲で編集することがポイントかもしれませんね。
本日は貴重なお話をありがとうございました。利用者視点での鉄道沿線に関する研究へのアドバイスも引き続きよろしくお願いいたします。

駅消費研究センターでは、利用者視点から今後の鉄道沿線が提供すべきことについて考察するため、研究を進めています。研究成果の発表も予定していますので、今後の情報発信にご期待ください。

〈完〉

上記ライター松本 阿礼
(駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー)の記事

PICK UP 駅消費研究センター

駅消費研究センターでは、生活者の移動行動と消費行動、およびその際の消費心理について、独自の調査研究を行っています。
このコーナーでは、駅消費研究センターの調査研究の一部を紹介。識者へのインタビューや調査の結果など、さまざまな内容をお届けしていきます。

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  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。