都市論研究の吉江俊先生に聞く、鉄道沿線のあり方へのヒント<前編>

PICK UP 駅消費研究センター VOL.59

<写真左より>
早稲田大学 理工学術院 創造理工学部 講師 吉江 俊さん
駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー 松本 阿礼

現在、全国的に駅を中心とした再開発が進んでいます。都心部はもちろん、郊外も再開発が行われる中、沿線全体のありようについては議論が必要でしょう。そこで、ジェイアール東日本企画・駅消費研究センターでは、利用者視点から今後の鉄道沿線が提供すべきことについて考察するため、研究を進めています。今回は、その研究アドバイザーであり、都市論・都市計画学を専門とされる早稲田大学の吉江俊先生にお話を伺いました。吉江先生は、〈第四の場所〉〈公共景〉〈迂回する経済〉といった新しい概念を提唱されています。前編では、都市論とはどのようなものなのか、どのように都市論研究を進めているのかについて、お話を伺います。

吉江 俊
早稲田大学 理工学術院 創造理工学部 講師
博士(工学)。専門は都市論・都市計画学。日本学術振興会特別研究員、ミュンヘン大学訪問研究員を経て現職。自治体・住民と協働した地方市町村のまちづくり、民間企業の都市再生、近年は、早稲田大学キャンパスマスタープラン策定、東京都現代美術館「吉阪隆正展」企画監修などに携わる。2023年2月に初の単著『住宅をめぐる〈欲望〉の都市論 民間都市開発の台頭と住環境の変容』(春風社)を上梓。共著に『クリティカル・ワード 現代建築 社会を映し出す建築の100年史』(フィルムアート社)、『吉阪隆正 パノラみる』(ECHELLE-1)、分担執筆に『無形学へ かたちになる前の思考』(水曜社)、『コミュニティシップ 下北線路街プロジェクト。挑戦する地域、応援する鉄道会社』(学芸出版社)。『迂回する経済の都市論』が近刊予定。

都市を計画する前に、一旦止まって“そもそも”を考えてみる。
それが都市論。

松本:いわゆる都市計画やまちづくりとはちょっと異なる取り組みをなさっていると伺っています。どのような研究をなさっていますか。

吉江:研究対象は大都市で、特に首都圏で行ってきました。10年間、研究を続けていますが、前の5年間と後ろの5年間とでテーマが分かれます。前の5年間は消費社会論への関心が強く、“渋谷論”から始まりました。渋谷の街だけ見るとお店が多様化しているけど、新宿や池袋にもある店が入ってきている。都市がミクロには多様化しているけど、マクロには均質化しているという発見がありました。そこから、住宅開発や再開発による都市の変化や、住環境が“商品化”することによって私たちのライフスタイルがどう変わるか、ということを研究してきました。

都市計画の分野で、僕のような研究をやっている人が他にいないので、一人で研究し、本を自費出版して広めていくことをやっていたら、次第にいろんな仕事が来るようになったんですね。
後半の5年間は、研究成果を都市にどう還元していくかを考えるようになりました。「今、都市計画や開発に必要なコンセプトは何か」と考えたわけです。都市開発の負の側面としてジェントリフィケーション(※1)の研究もし、それを解消する〈公共景〉〈迂回する経済〉などの独自のコンセプトを考えたんです。

※1 かつて郊外などで悠々自適な暮らしをしていた中流階級の人々が大都市内部へ流入し、労働者のまちを「紳士化」する過程を指す言葉。地域一帯の高級化によって旧来の住民を物理的にも精神的にも排除する、空間的な「疎外」のプロセス。(参照:『クリティカル・ワード 現代建築 社会を映し出す建築の100年史』、p.263、フィルムアート社)

これまでに発行した自費出版の本の数々。吉江先生の主宰する「空間言論ゼミ」での研究活動や論文などの成果をまとめたもの。

松本:そうした仕事のクライアントはどういった方なのでしょう。

吉江:現在声をかけていただく仕事としてはすべて民間企業ですね。デベロッパー、ハウスメーカー、ゼネコン、組織設計事務所などです。

松本:クライアントの産学連携に対する、モチベーションや意図はどういったところにあるのでしょうか。

吉江:いくつかあると思います。一つには、内部からの動機です。たとえば、あるハウスメーカーであれば、郊外に住宅を作っているだけでは地域の魅力が下がってしまうから、これまでと違うことを始めないといけないという問題意識を持っていたようです。二つ目は、コロナ禍を経て人々の求めているものが不確実になったということ。三つ目には、大学から何か突破口となるアイデアが得られるのではないかという期待と、大学が監修したというお墨付きが欲しいというのもありますね(笑)。
企業が大学と共同研究することの良さは、時間がかかっても、ふだんの業務に忙殺されてできていなかったリサーチやブレインストーミング、対話の時間を作れることだと思います。

松本:吉江先生のご専門は“都市論”と“都市計画学”とのことですね。両者を区別されているのでしょうか。どんな違いがあると考えていらっしゃいますか。

吉江:都市論と都市計画学をすごく区別しているのは、僕の信念みたいなところがあります。
都市計画学は“計画学”なので、実現するための手法に重点が置かれます。それに対して、そもそも何を考えないといけないか、何が良いのか。たとえば“賑わい”が良いといわれるが何が良いのか、賑わっているとはどういう状態なのか、人がいれば良いのか。あるいは“多様”だと良いといわれるが何が多様だと良いのか……。多様なのは用途なのか、人なのか……。人が多様だとどういうことが起こって何が良いのか、ということを考える。それが都市論です。

そんなことばかり考えていたら開発が進まない、いいからやってしまえとなりそうなところを、一旦時間をかけて考えてみましょうというのが都市論ですね。

松本:なるほど……、大変重要な視点ですね。都市論に取り組むきっかけはあったのでしょうか。

吉江:僕がやっていた、まちづくりの住民参加・ワークショップというものに対して、社会学の“社会運動論”という分野では批判がなされていると知ったことです。
まちづくりの住民参加には、住民を引き入れて議論させて、結局は行政に都合の良い部分を取捨選択し、住民を黙らせているという見方もできます。反対をする権利はみんなにあるのに、それを封じ込めて“参加”と呼んで、行政に都合の良いことを発言させ、住民に不満を言わせないようになっているという批判がありました。

それを知って、僕はドキッとしたわけですね。これは、僕がやっていることかもしれない……。そんな意図はなくとも、そういう側面はあると思ったわけです。
一方で、働く場所の少なさや人口減などの、地域の大きな問題がある中で何ができるかを考えなければならないし、社会運動論は批判をするけれど、街を良くしていく方法を示してくれるわけではないので、地域の抱えている問題の解決にはなかなかつながらない。
社会学に任せればいいわけでもなく、僕がやっているやり方はそのままじゃ駄目そうだと思ったときに、何か違うことを始めないといけないと。それで都市論に行きつきました。

都市計画によって実現された環境が、考察されて都市論になっていくように、都市論と都市計画はサイクルしている関係だと思っています。そこで、実践として都市計画をやって、研究としては都市論をやっているわけです。

「私が考える」から「都市が考える」へ。
答えは頭の中ではなく、都市の中に見つけられる。

松本:具体的な研究事例を教えていただけますでしょうか。

吉江:〈経験の地理学〉と呼んでいる研究は、住宅広告のコピーや飲食店の口コミなどを地図上に落として、都市の中の経験や体験、欲望といった人の気持ちを空間上で可視化して分析していくものです。

住宅類型の地理的な分布と、それぞれの住宅広告のコピーの一例。このように地理的な分析を行うことで、都心部と周辺部とで、それぞれどのような住環境の価値が訴求されているのかが可視化される。
画像提供:吉江俊

吉江:経験の評価については、アンケートやインタビュー(認知イメージの評価)、広告などを調べる(表象イメージの評価)の2種類の方法があります。
認知イメージの評価からは、どんなものを欲している人がいるかセグメンテーションできます。年齢などの人口統計学的な属性よりも、もっと内面的なものに応じて人物像を作っていく。
表象イメージは人の欲求が投影されていますが、どこにどんな売り文句を謳っているお店があるかなどを空間上に可視化すれば、地図ができます。
両方やることで、どんなものを欲している人がいて、それを受け入れる環境がどこにあるかという、人と環境について明らかにすることができるので、僕は両方やることが多いです。

松本:認知イメージの評価は、私たちのマーケティング分野でもよく行っていますが、マーケティングや社会学で行っている調査とは異なる点はありますか。

吉江:どうでしょう。調査手法自体は、社会学調査と一緒ですね。ただ物差しが違います。
都市開発というアウトプットを想定するので、地域や開発を類型化し、たとえば緑被率といった物差しを使って、緑をどれくらい求めるかを人に聞くんです。都市環境の物差しを作らずに人に聞くと、人の欲求の類型化はできても、都市環境の何に対応するかわからなくなってしまいます。

アンケートの何が難しいかというと、こちらが物差しとなるアンケート項目を事前に用意しておかないといけないということですよね。そうすると、それ以外のことは回答が得られないので、物差しの作り方がすごく大事なんです。そこで、確かな機関の作った既存の物差しを使ったりしますが、僕らはそうしたものに頼る代わりに、都市で起こっていることからボトムアップで考えたい。そこで、都市の現状から説明を作っていくようにしたいし、その現状を測るにあたり、たとえば広告(表象イメージ)からさらってみて物差しを作ることをしています。

僕の都市論のスタンスとして「私が考える」ではなく「都市が考える」ようにしないといけないと考えています。
頭のいい人が考えを追求するということもあっていいんだけど、都市で起こっていることの方がたいてい面白いということなんですね。それをちゃんと見ていった方が新しいことがわかる。
僕が考える前から、都市が答えを出してくれているという考え方です。

松本:「都市が考える」というのは面白いですね。私たちも仮説を作って調査はしていますが、調査対象者に、ふだんの生活やどこで何をしているのか聞いてみると、いつも新たな発見があります。実際の人々の暮らしには、細かく、複雑なことが起きていて、いろんな気持ちを抱いている……。それを丁寧に見ることが大事だなと思います。
実際の都市開発にはどのように活用なさっているのですか。

吉江:たとえばですね、商業施設開発の際に飲食店を入れる計画があったとして、どんなお店を入れたらいいのかカテゴリーは検討しますが、それ以上は何を入れるべきかよくわからないわけですよね。面白いお店揃えができる技量というか、目利きみたいな仕事なわけです。
それを、イタリア料理、日本料理というよりももっと解像度を高くして、地酒にこだわった店、九州の食材を使った地元系というような解像度で、食の経験を見てみたときに、どういうものが集まると、どういう雰囲気になるのかがわかっていれば、テナント選びのヒントになります。飲食に対する経験の評価から、どういう環境を作ればいいかを考えるわけです。

あるいは既存の成功していそうな商業施設を経験という視点から評価しています。経験の多様性を評価したり、どれぐらい多様だと一つの横丁空間としてちょうどいい多様さを感じられるのかとかですね。そのように、経験をベースに評価することで、開発に役立ててもらえればと思っています。

あるいは施設開発の単位ではなく、もっと大きいエリアの場合は、ある場所の食は今どんなポテンシャルがあって、どのような方向性で育てていけばいいのか、そういうのを評価していくようなことにも使えます。
経験や欲望というちょっと漠としたものですけど、それをある種のブランディングに使っていくということを考えているわけですね。

上記ライター松本 阿礼
(駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー)の記事

PICK UP 駅消費研究センター

駅消費研究センターでは、生活者の移動行動と消費行動、およびその際の消費心理について、独自の調査研究を行っています。
このコーナーでは、駅消費研究センターの調査研究の一部を紹介。識者へのインタビューや調査の結果など、さまざまな内容をお届けしていきます。

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  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。