利用者視点の鉄道沿線像とは?<後編>
沿線イメージの6つの志向性を表す典型的な人物像

PICK UP 駅消費研究センター VOL.73

鉄道業界においては、「沿線活性化」「沿線まちづくり」が進められ、近年、ますます鉄道起点でのまちづくりが注目されています。しかし、当たり前のように使われてきた「沿線」は本当に自明なものなのでしょうか。特に、利用者にとって「沿線」とはどのようなものなのでしょうか。
そこで、ジェイアール東日本企画 駅消費研究センターでは利用者視点での鉄道沿線像に関する基礎的調査を実施。JR中央線、東急東横線を対象に居住者に対し「沿線」の利用実態・意識アンケート調査、「沿線」の認知・生活像インタビュー調査(「沿線」認知マップ描画調査含む)を行って、多角的に沿線像を捉えました。今回はその後編です。

前編では、沿線イメージの6つの志向性、すなわち「資産価値志向」、「交通手段志向」、「メディア情報志向」、「他者評価志向」、「生活利便志向」、「生活情緒志向」があることを紹介しました。後編では、インタビュー調査から、その6つの志向性をよく表しているエピソードを見てみたいと思います。

資産価値志向

1人目は沿線を資産価値を高める資源だと捉えている典型例です。この方は、子どもの大学進学に合わせて、元の持ち家を売却のうえ、新たに東横線にマンションを購入しました。その際、特に重視したのが「資産価値」です。東横線には資産価値があるというイメージを持っていて、「沿線」認知マップ描画調査では広域を描き、他の沿線よりも資産価値があることを説明してくれました。
また、インタビューでは沿線の魅力的なスポット、歴史や文化のある場所を挙げていましたが、一方で自分自身がお出かけし、楽しんでいるというわけではない様子でした。

交通手段志向

2人目は、沿線を交通手段として捉えている典型例です。この方は、就職を機に上京し、勤務先の駅の近くで一人暮らしを始めました。最寄り駅は特急や特快、快速も止まり、新宿や東京にもアクセスしやすいという点を評価しています。
中央線に対し「長距離をすごく速いスピードで走る感じ」「速いとか遅れがち」といった交通に関するイメージは多数持っていましたが、情緒的なイメージを聞くと「えー……」と困惑した様子で、情緒的イメージはほとんど持っていませんでした。

メディア情報志向

3人目は、ネット記事などのメディア情報からイメージをつくっている例です。この方は数年前に転勤で初めて上京し、東京の路線で唯一知っていた中央線を選んだそうです。ネット記事で「住みたい路線」として取り上げられているのを見て、中央線が良いと思うようになりました。
さらにネットから沿線のスポット情報を得て、いろいろと語ってくれました。一方で、イメージはあっても「具体的な店は思いつかない」という発言に表れるように、実際にはあまり訪れてはいないとのことでした。

他者評価志向

4人目は、評判などの他者評価からイメージ形成している例です。この方は、大学進学にあたって上京し、大学の沿線でもある東横線に住み始めました。上京前から、単身赴任の親のところに遊びに来ていたり、東京の話を聞いていたので、東横線には「花形」という良いイメージを持っていました。
実際に利用するようになってからは、「品のある人」「知性を感じる学生」が乗車しているというイメージも持ちました。沿線全体におしゃれというイメージも持っていますが、中目黒から渋谷間は「ワンランク上」とも言い、人気やランクで沿線を評価しているようです。
ただし、そのような良いイメージを持ちつつも、生活する上では綱島から武蔵小杉で事足りていると語り、おしゃれさを感じている区間や沿線全体を使いこなしたいというわけではない様子でした。

生活利便志向

5人目は、沿線上の店舗などの利便性を重視している例です。この方は、都内の大学に通うため上京し、中央線に住んでいます。住む前は中央線に対するイメージはほとんどなく、「路線というものをまったく知らなくて、電車=JRという感じの意識だった」と語ります。
沿線に住んでみて、沿線の商業施設や、アパレルショップ、スーパー、ドラッグストアなど、さまざまな店舗を利用し、「便利」で「都会」というイメージを持っていました。ただし、店舗以外で行く場所を聞いてみると大学の勉強のために図書館を少し利用するくらいで、沿線での行動はお買物に限られているようでした。

生活情緒志向

最後の6人目は、沿線が、記憶やエピソードの蓄積された場となっている方です。この方は、昔、中央線を使って通勤していた経験があります。結婚後、いったん東京を離れ、再び東京に引っ越してきました。
中央線については多数のエピソードが出てきて、好きな雑貨屋や飲食店のほか、御朱印集めや銭湯、公園などさまざまな場所での経験を語ってくれました。また、中央線沿線を「第二のふるさと」と言い、生活に関わっていて、縁のある場所だと感じています。
沿線内外での行動の比率を聞くと、中央線沿線内が7割、沿線外が3割ということで、中央線のシェアが高くなっていました。

今回の基礎的な調査から、「沿線」と一口に言っても利用者それぞれの像があることがわかりました。
駅消費研究センターでは、今後の研究で、利用者視点にたった沿線活性化のための沿線ブランド評価モデルなどを探究していきたいと思います。

〈完〉

<調査概要>STEP1「沿線」の利用実態・意識アンケート調査

  • 調査対象 : 20~59歳、JR中央線または東急東横線居住者、居住地決定関与者
  • 調査日時 : 2022年11月24日~11月30日
  • 調査手法 : 調査会社のモニターを使用したインターネットによるアンケート
  • 有効回答数 : JR中央線居住者147人、東急東横線居住者102人
  • 質問項目 : 沿線から連想するワード、ブランドエンゲージメントや愛着に関する指標、プロフィールなど

<調査概要>STEP2「沿線」の認知・生活像インタビュー調査(「沿線」認知マップ描画調査含む)

  • 調査対象 : STEP1の回答者の中から、沿線の累積居住歴1年以上5年未満の人を選出
  • 調査日時 : 2023年1月14日~2月9日
  • 調査手法 : 対面でのデプスインタビュー
  • 回答数 : JR中央線居住者11人、東急東横線居住者8人
  • 質問項目 : 沿線認知マップ、沿線での生活エピソード、自認する沿線の範囲、沿線の中でのイメージのまとまりなど

上記ライター松本 阿礼
(駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー)の記事

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駅消費研究センターでは、生活者の移動行動と消費行動、およびその際の消費心理について、独自の調査研究を行っています。
このコーナーでは、駅消費研究センターの調査研究の一部を紹介。識者へのインタビューや調査の結果など、さまざまな内容をお届けしていきます。

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  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。