地域の中で、自主性を持って関わり合う取り組み<後編>
「エディブル・ウェイ」〜沿道住民と共に、食べられる植物を育てるプロジェクト〜

PICK UP 駅消費研究センター VOL.42

コロナ禍を経て、多くの生活者が、自身と地域の関わり方を意識するようになった今。駅商業も、改めて出店者や利用者との関係性を見直すべきでしょう。駅消費研究センターでは、駅商業施設をもっと「ワタシも関わりたい」と思ってもらえるような魅力的な場にすることが必要なのではないかと考えています。

今回は、そんな課題のヒントとなりそうな取り組みを2回にわたって取材しました。いずれも、大きな組織ではなく個人や小規模な事業者による取り組みであり、地域の参加者が自主性を持ちながら、しかしあくまで緩やかに関わり合っているのが特徴です。後編では、沿道の住民と共に、食べられる植物を育てるプロジェクト「エディブル・ウェイ」をご紹介します。
前編はこちら

※jeki駅消費研究センター発行「EKISUMER」はこちら

EDIBLE WAY(エディブル・ウェイ)

2016年、千葉県松戸市にて、千葉大学大学院園芸学研究科木下勇地域計画学研究室の大学院生グループや地域住民の協力により、プロジェクトを開始。2020年より、市民活動として、学生、OB・OG、地域住民らが協力し、引き続き活動を行っている。
http://edibleway.org/

軒先にプランターを置き、住民が気軽に参加できる

2016年、JR松戸駅から千葉大学園芸学部のある松戸キャンパスまでを結ぶおよそ1kmの道で、住民参加型プロジェクト「エディブル・ウェイ」がスタートしました。「エディブル(edible)」は「食べられる」を意味する英語。沿道の住民たちが自宅やお店の前におそろいのロゴをプリントしたフェルト製のプランターを置いて、野菜やハーブなどの食べられる植物を育て、その名の通り「食べられる道」をつくっています。

主宰するのは、研究者・都市園芸家の江口亜維子さん。元々は、所属していた千葉大学大学院園芸学研究科の研究室で木下勇教授(当時)が取り組んでいた「エディブル・ランドスケープ(食べられる景観)」の研究がきっかけだったと言います。

「食べられる植物のある景観は、人々のコミュニケーションを生み、強いコミュニティ形成に寄与すると知り、日本ではどうやったら実現できるのだろうと考えるようになりました」

しかし、日本では、公共の空間に特定の誰かが享受できるものを植えることは難しいのだと言います。かつて木下教授が地域住民と共に取り組んでいたコミュニティガーデンでも、そこが松戸市所有の公共の土地だという理由等から、食べられる植物を育てることはできませんでした。

松戸駅から千葉大学松戸キャンパスまで約1kmの道沿いの個人宅前に、「EDIBLE WAY」のロゴを施したフェルト製のプランターが並ぶ。植えられているのは野菜やハーブ、エディブルフラワーなど

実現の方法を模索する中で江口さんが思い出したのが、コモン(共有)スペースの研究で知った「地先園芸」でした。個人の家の前、道沿いに鉢を置いて植物を育てる、古くからある日本の文化です。また、江口さんはそのころ、さまざまな街を訪れ、現地で食材を調達し、路上の空きスペースや軒先でカレーを作って道行く人に振る舞う「カレーキャラバン」という活動も行っていました。

「カレーを作っていると自然と人が集まってくれるんですが、軒先のように公共地と私有地の間のようなスペースはいわば“グレーゾーン”で、活動しやすいということが体感としてありました。しかも、仮設の取り組みであるということも重要だなと気付いたのです」

そこで、家や店先の道に面した小さなスペースを活用し地先園芸のような形で活動をつなげること、すぐに動かせる持ち運び可能なプランターを利用することを思いついたそうです。そうして、木下教授や研究室のメンバーと共にプロジェクトを始動。エディブル・ウェイには「食べられる道」だけでなく、「食べられる景観を実現するための方法(way)」という意味も込めようと話し合いました。

自分のペースで活動できる緩さが継続のポイント

当初は研究室の学生たちと共に沿道の家を1軒1軒訪問する地道な努力を重ね、プロジェクトの趣旨に賛同を得た7軒からスタートしました。

「木下先生が、同じ地域で10年ほど前にコミュニティガーデンの活動をしていたので、地域の方たちとの間に信頼関係があったのも大きかったと思います。最初は、研究室のメンバーや地域の方たちとあれこれ試行錯誤しながら始めていきました」

やがて、参加者からの声掛けや口コミ、沿道のプランターを見て興味を持った人々など、地域のネットワークでじわじわと広がっていき、現在は50軒ほどが参加するまでになりました。家の前で手入れをする姿を見掛けるなど、活動が見えやすく声を掛けやすいということも功を奏したようです。

「かつてコミュニティガーデンに参加していたけれど高齢のため行けなくなったという方は、家の前でできるならやりたいとエディブル・ウェイに参加してくださいました。プランターがフェルト製で取っ手付きのタイプだったことも、動かしやすそうで良かったのだと思います」

フェルト製のプランターを使い、家の軒先で一人でも気軽に活動できること、生活に合わせて時には栽培を休むなど自分のペースで取り組めること、そして参加ルールが少ない緩さ。こうしたことが活動の広がりを支え、現在まで長期にわたって継続してこられた理由となっているようです。もちろん、植え替え時期には希望者に堆肥や苗、種を配るなど、定期的に参加者をサポートしてきたことも後押ししています。今では、参加者だった地域の人たちも何人か運営に携わるようになり「みんなが楽しく継続できるようにしたい」と話し合っているそうです。

運営メンバーがサポートしつつ、参加者と共に植物を育てる活動が続けられている

植物の世話を通して、世代を問わず自然に会話が生まれる

参加者からは、近所の人や通り掛かりの見知らぬ人とも会話が生まれたことが何よりうれしいとの声が聞かれます。家の前で水やりをしていると、「これは何の花ですか?」「実がなっているね」などと声を掛けられ、植物を通じて世代を問わず自然と会話ができます。また、コロナ禍で町会の集まりやイベントが中止になる中でも、変わらず植物を介したコミュニケーションは続いており、その点もとても好評だったようです。

「子ども連れの方に声を掛けられて話が弾み、育てていたブロッコリーを摘ませてあげたら、後日子どもと一緒に食べたときの写真を見せに来てくれたというエピソードも、参加者から聞いています」

食べるという行為は、ただ草花を眺める体験よりも強く印象に残りますが、一方で、安全性には十分注意が必要な行為でもあります。口に入れるには、その植物が安全だという信頼性が必要でしょう。それに対し、江口さんは「人柄が伝わるような仕掛けがあると、作った人がイメージしやすくなり、知らない人が作った野菜も“顔の見える”ものになるのではないでしょうか」と言います。エディブル・ウェイは、まさに育てる人の顔が見え、コミュニケーションが取れるという点で、大きな信頼につながっていると言えるでしょう。

育てたものを一緒に食べる行為が互いの信頼を深める

育てた野菜やハーブは、収穫量も少ないため、基本的にはそれぞれの参加者の自宅で食べていますが、近所の人や前述のエピソードのような形でお裾分けをすることもあります。また、運営側が企画をして、収穫物を持ち寄りみんなで鍋やサンドイッチをつくるなどのイベントも行っています。

「コロナ禍で今は食べるイベントをお休みしていますが、地域で育てたものをみんなで作って食べるというプロセスは、深いコミュニケーションを生み出しているようでした」

また、地域には趣味で長く園芸を楽しんでいる人も多く、ただ参加するだけでなく園芸の知識を共有する「学び合い」も生まれています。誰もが教える側、教えられる側になることでコミュニケーションはさらに深まり、より能動的な関わりができていきそうです。さらに、おそろいのプランターを使っていることによって帰属意識が芽生え、「まちづくりに参加しているという思いが生まれた」という声もあるそうです。

「道で出会うと、単に挨拶をするだけでなく育てている野菜の話をしたり、ちょっとしたプライベートなことも話したりと、つながりができていることを感じます」

松戸駅から千葉大学までの1kmの道のりは、エディブル・ウェイの活動によって、単なる道路から人々の顔の見える活気ある道へと生まれ変わったと言えるのかもしれません。

取材・文 初瀬川ひろみ

<完>

※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』vol.50掲載の記事を一部加筆修正の上、再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2021年12月)のものです。

PICK UP 駅消費研究センター

駅消費研究センターでは、生活者の移動行動と消費行動、およびその際の消費心理について、独自の調査研究を行っています。
このコーナーでは、駅消費研究センターの調査研究の一部を紹介。識者へのインタビューや調査の結果など、さまざまな内容をお届けしていきます。

>記事一覧はこちら

>記事一覧はこちら

  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 安川 由紀
    安川 由紀 駅消費研究センター研究員/駅消費アナリスト

    2007年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局で鉄道や商業施設関連のプランニングに従事した後、2014年より現職。現在は、駅利用者を中心とした生活者のインサイトや消費行動の研究に取り組んでいる。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/Move Design Lab 駅消費アナリスト

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事した後、2015年より現職。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。