362人の“推しの力”が集まるシェア型書店「PASSAGE by ALL REVIEWS」<前編>
~古本の書き込みや付箋、選書の世界観が付加価値に~

PICK UP 駅消費研究センター VOL.69

街から年々書店が減り、欲しい本はネットで検索すればすぐに見つかる時代となりました。しかし、なんとなく立ち寄った書店で、思いもよらないタイトルに心を動かされ、手に取ったことがある人も多いのではないでしょうか。「PASSAGE by ALL REVIEWS(パサージュ バイ オールレビューズ)」は、棚の一つ一つに借り手がいて、その人だけの“書店”を出店できるシェア型書店です。現代に合わせた書店の姿や、本を介して生まれる交流について、代表を務める由井緑郎さんにお話を伺いました。今回はその前編です。

由井 緑郎さん
PASSAGE by ALL REVIEWS 代表
1982年東京都生まれ。広告代理店に約10年間勤めた後、株式会社リクルートで2年ほどコンテンツメディア事業に携わる。2017年に、父で仏文学者の鹿島茂さんと書評閲覧サイト「ALL REVIEWS」を開設し、運営や企画を担当する。2022年3月にシェア型書店「PASSAGE by ALL REVIEWS」を開店。ウェブシステムの設計から、イベント開催まで幅広く手掛ける。

パリのアーケード街に着想を得た、シェア型書店

PASSAGE by ALL REVIEWSは、どのようなお店ですか。

由井:店内にある書棚の全362区画に、それぞれ「棚主」がいるシェア型書店です。誰でも出店できて、1区画の賃料は月額5,500円から(入会金13,200円)。棚主が思い思いに選んだ古本や新刊を並べ、PASSAGEが販売を代行しています。新刊は1カ月間定価で販売しますが、それ以外は棚主が自由に価格を設定します。販売の全てがウェブで完結するシステムを提供していて、売上や在庫はネット上で確認でき、本が売れればリアルタイムで棚主にメール通知されます。店への本の納品は宅配便でも可能ですし、棚のレイアウトの仕方も指示書で依頼してもらえるので、実は一度も会ったことがない棚主さんも結構いるんですよ。

店名は、パリのアーケード街「パサージュ」から取りました。開放的なガラス屋根の下に杖屋さんや切手屋さんなどのユニークな個人商店が連なっていて、誰でも立ち寄れる風通しのよさがある。そんなパサージュを、この店のモデルにしたいと思ったんです。

アーケードをイメージした店内。各棚は、「バルザック通り」、「ヴィクトル・ユゴー大通り」など、実在する通り名で呼ばれていて、本場の標識そっくりの青い札が付いている。

オープンのきっかけを教えてください。

由井:PASSAGEは、仏文学者の父・鹿島茂とともに2017年から運営する書評無料閲覧サイト「ALL REVIEWS」の実店舗版としてオープンしました。ALL REVIEWSでは、父をはじめ、さまざまな書評家たちが新聞や雑誌などに発表してきた書評を再録しており、サイト経由で本を購入することもできます。

書評というのは、新聞や雑誌などに掲載されたのち、書籍化されることはほぼないので、著名な書評家やそうそうたる作家が書いていても埋もれがちです。そのような過去の書評を世に残し、書評を読んだ人がその本を買えば出版業界も活気付く。そんな好循環を生み出せるといいなと思って開設しました。そのうちに、本を愛する人たちによるALL REVIEWSのファンクラブもできたので、みんなで集えるような場所をつくりたいとずっと願っていました。

まずは手始めに、下北沢にある既存のシェア型書店にALL REVIEWSとして出店しました。書評集というのは売れにくいものですが、サイン本にして販売した父の著書は飛ぶように売れました。その経験から、ALL REVIEWSの書評家たちが店主となるシェア型の書店を作って、サイン本のように付加価値のある本を売ることを思いつきました。また、その場所を棚主同士がつながるためのコワーキングスペースやサロンのようにすれば、僕の望んだ世界観がつくれると考えたんです。出店場所は、僕の地元であり、「世界最大の古書店街」とも言われる神田神保町一択でした。

2022年3月にPASSAGEを開店後、同じビルの3階に空き店舗が出たので、そこをシェアラウンジ「PASSAGE bis!(パサージュ ビス)」としてオープンしました。棚主やお客さまに、読書や歓談、交流などの場として自由に楽しんでもらえたらと思っています。今後、著者イベントや読書会、「積読(つんどく)解消会」なんていう催しもやってみたいですね。

付箋や書き込みが残った本も「付加価値」になる

「PASSAGE by ALL REVIEWS」には、どのような人が来店しますか。

由井:最近街に学生たちが戻ってきたこともあり、20代前後の若い人たちの来店がすごく多いですね。SNSで映える本が人気です。特に、中身が分からないように包装された「ブラインドブック」はプレゼントに喜ばれています。

来店者数としては、古本屋のイメージもあって1日3~4人程度かなと想像していたのですが、ふたを開けてみたら土日の多い日で400〜500人ほどの方に来ていただいています。好きな作家から直接購入しているような気持ちになれるからと言って来店する人もいますね。

書名、著者名が分からないよう、包装して販売されるブラインドブック。棚主が設定したテーマや、想像をかきたてられるような一言が添えてある。

ほかの書店とは違う魅力や売りはなんでしょうか。

由井:本に残る付箋や書き込みも、あえてそのままにして販売しているところです。全く知らない人の痕跡だったら少し嫌な気がしますが、その本のどこに注目したのかなど、著名な評論家といった特定の棚主の思考の跡をたどれることに、非常に価値があると捉えています。これはうちにしか出せない大きな魅力ですね。また、ALL REVIEWSの作家たちがまず棚主になることで、後から入居する方の選書眼も自然と引き上げられました。これもPASSAGEならではの強みでしょう。価格競争をしても仕方がないので、棚主たちにはプラスアルファの価値観を出していってほしいとお伝えしています。

棚主の付箋が付いたままの商品。本の端を折る「ドッグイヤー」がそのままになっている本や、本を書いた時の思いをイラストとともに著者が手書きで記したメモが挟んである本も。

著名人ではない一般の方が、本の付加価値を高めるにはどうすればいいのでしょうか。

由井:とにかく、SNSでコミュニケーションし続けることだと思います。目立つ場所に本を置けばいいという既存の販売モデルは、通用しなくなってきました。今は、本を置いた後に、いかにコミュニケーションをとって売っていくかということが大事になってきていると感じます。こんな本を置きました、こんな本が売れました、ありがとうございます、と一連の経過をSNSで報告していくと、名前の知られていない棚主にもフォロワーがついてきます。この本をこういう思いで売っているという棚主個人のストーリーをのせて情報発信していくと、共感してくれるんですね。

1冊ずつにメッセージを挟み込んで売る人もいますし、本のイメージが膨らむように香水などのアイテムを棚へ一緒に並べる人もいます。そうやって棚主の世界観がつくられていくと、割と売れていくんです。そういった売る努力をする人や選書が素晴らしい人の棚が、残っていきます。棚主も入れ替わりがあるので、来る人も常に面白いものに出合えると思います。僕個人としても、本を売る行為について深く考えていて、この書店で実験を重ねている感じです。

聞き手 松本阿礼/聞き手・文 中村さやか/写真:徳山喜行

〈後編に続く〉

※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』VOL.55掲載のためのインタビューを基に再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2023年3月)のものです。

PICK UP 駅消費研究センター

駅消費研究センターでは、生活者の移動行動と消費行動、およびその際の消費心理について、独自の調査研究を行っています。
このコーナーでは、駅消費研究センターの調査研究の一部を紹介。識者へのインタビューや調査の結果など、さまざまな内容をお届けしていきます。

>記事一覧はこちら

>記事一覧はこちら

  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。