自ら考える「商人力」を養い、商店街の意識を変えた
「100円商店街」のノウハウ<前編>

PICK UP 駅消費研究センター VOL.67

どの地域でも課題に挙がる、商店街の活性化。かつての賑わいを取り戻そうと、さまざまな対策が行われています。中でも「100円商店街」は、その日限りの集客イベントではなく、店を知ってもらう販促イベントとして、全国の300を超える商店街で実施されています。100円商店街を発案し、全国でそのノウハウを伝授する特定非営利活動法人アンプの理事長、齋藤一成さんに、商店街の意識を変える手法についてお話を伺ってきました。今回はその前編です。

齋藤 一成
1975年山形県新庄市生まれ。新庄市職員として勤務する傍ら、特定非営利活動法人アンプの理事長を務める。2003年に商店街活性化イベント「100円商店街」を発案。翌年、地元の南本町商店街で開催し成功を収めた後は、全国を回りながら100円商店街のワークショップを行っている。他にも、商店街で使えるクーポンが日めくりになったカレンダーの「クーポレンダー」や、商店主の顔写真のシールをラリー形式で集める「顔見し〜る」などを発案。商店街活性化事業に取り組む。2010年地域づくり総務大臣表彰受賞、総務省の地域力創造アドバイザー。(写真:徳山喜行)

商店街全体に100円ショップのようなにぎわいを

「100円商店街」とはどのような取り組みですか。

齋藤:商店街の店が店頭で「100円商品」を販売することで、商店街全体を100円ショップに見立てようというものです。ポイントは、店頭では会計をせずに必ず店内のレジで行うこと。お客様を自然と店内に誘導して、店の雰囲気や品ぞろえ、価格帯や店主の人柄などを知ってもらい、100円商品をきっかけに正規価格の商品を買ってもらうことが目的の販促イベントです。都心のように大規模なイベントで集客しても、地方の商店街で人を集めただけでは物は売れません。ですから、100円商店街は集客イベントではなく、参加店に確かな収益をもたらす販促イベントとして開催しています。

「バル」や「まちゼミ」とともに、商店街活性化の三種の神器と言われ、全国で開催されているそうですね。

齋藤:始まりは私の地元である山形県新庄市の南本町商店街ですが、今では全国約150の自治体、300以上の商店街で実施されています。

齋藤さんが発案されたそうですが、きっかけは何だったのですか。

齋藤:私が子どもの頃は、商店街に遊園地のようなワクワク感がありました。自分の物を買う用事がなくても、親の買い物について行って商店街で遊んだものですが、時代とともに衰退していった。年々寂しくなる商店街をなんとかしたい、今の子どもたちにも商店街の楽しい記憶を残したいという思いをずっと抱えていました。私の本業は新庄市役所の職員なのですが、出向のため一時山形市で暮らしていたことがあります。その頃、新庄に戻る度に町の衰退を実感し、商店街活性化の必要性を一層強く感じました。

そんなとき、スーパーのワゴンセールや100円ショップのにぎわいを見て、商店街と組み合わせることを思いついたのです。しかし、実現させるのは大変でした。今まで誰もやったことのない新しい取り組みですから、なかなか理解してもらえません。商店街に話を持っていっても、「うちには100円で売るものなんかない」と言われてしまう。100円商品は店に誘導するための手段なのに、それを売ること自体が目的だと勘違いされたんです。それでも一軒一軒粘り強く説得して、開催にこぎつけたのは発案してから9カ月後の2004年7月でした。

初めて100円商店街を開催したときの反響はいかがでしたか。

齋藤:開催にこぎつけるまでは苦労しましたが、事前に新聞やテレビなどメディアで大きく取り上げられて、ふたを開けてみれば、土日2日間のイベントは歩道が人で埋まってまっすぐ歩けないほど。予想をはるかに上回る人でにぎわいました。おかげで、その後は季節ごとに1回のペースで開催するようになり、南本町商店街だけでもこれまでで70回以上行っています。結果的に、始めてから15年ほどの間は商店街の店を1軒も閉店させることなくやってこられましたし、空き店舗に新しい店が3軒くらい入ってきました。本当はもっと増えてほしいですけどね。今では近隣の3つの商店街と一緒に、100軒以上の商店が参加する合同の100円商店街も開催しています。

南本町商店街が主催した100円商店街当日の様子。来場者は、近隣の町や村を含む日常の生活圏の住民が多い(写真提供:NPO法人アンプ)

100円で何をするかを熟考し収益につなげる商人力を養う

100円商店街に来るお客様は、どんな人たちですか。

齋藤:新庄に限らず、100円商店街では、日常的に近隣で買い物をしているお客様をターゲットにしています。全国的なニュースで取り上げられると、かなり遠くから遊びに来る人もいますが、狙っているのは観光で人を呼び込むことではなく、あくまでも地元の人です。

100円商品は、店内に誘導するための手段だというお話がありました。具体的には、どんな商品があるのでしょうか。

齋藤:100円商店街の目的は、商店の収益を増やして生活を成り立たせること。ですから、100円の商品を売るのではなくて、100円で何をするか、何をしたらお客様を引き込めるか、考えてチャレンジする“商人力”を各商店に身につけてもらうことが、一番大事なポイントです。

例えば、理容院での顔そりが半分で100円の券。上下か左右かどちらかが選べるのですが、顔半分だけ剃って帰る人はいませんよね。あるアパートの初月の家賃を100円にした不動産屋さんもいました。電気やガスなど全て契約して引っ越しも済ませるのに、翌月退去ということはないでしょう。次月以降はちゃんと契約してもらいます。ある美容院では100円の前髪カット券を販売しました。ただし、使えるのは来客が最も少ない木曜日の午後に限定。その結果、閑散時にお客様を増やせた上に、売り上げも上がったのです。

また、車のディーラーでは100円の車内クリーニング券を販売。後日の来店につなげて、お客様との関係を築きました。車内クリーニングをしながらお客様と仲良くなれば、車の相談もしますから、それをきっかけに販売に結びつけたと言います。このように物販に限らず、サービスや高額な商品を扱う店でも工夫次第でさまざまなことが考えられます。

左/スポーツ用品店では、野球グラブのお手入れ方法やテニスラケットの選び方について「100円ゼミ講座」を開催。
右/カイロプラクティック店は、子どもの姿勢チェックを100円商品として提供。後日親と来店してもらう狙いがあるという。
(写真提供:NPO法人アンプ)

その場で売って終わりではなく、後日改めてお客様に来店いただくためのサービスを100円チケットにして売る、というのは、素晴らしいアイデアですね。

齋藤:チケットの効果は、商店のみなさんのアイデアに教えられましたね。100円商店街のイベントは、季節ごとに1回やったとしても年4回、4日間だけです。では、あとの361日は単に待つだけになってしまうのか。ところが、100円商品をチケットにすると、イベントではない日にもお客様を誘導することができるのです。これこそ商人力です。

「100円で売れる商品なんかない」と言ってしまうことは、「私は考える力がありません」と言うのと同じことです。やろうと思えば、どんな業種だってできる。先ほど挙げた例のように、むしろ難しいと思うような業種ほど知恵を絞りますから、面白いアイデアが生まれてきます。物が売れない時代だから、郊外に大型店ができたから、行政が補助金を出してくれないからなどと、社会のせいにして何も抵抗することなくシャッターを閉めてしまう商店は多い。衰退の原因を外にばかり見つけてしまって、自分の店の内側を顧みる人はほとんどいません。しかし、困ったときに本当に必要なことは、「考える」ということなのです。

聞き手 松本阿礼/聞き手・文 初瀬川ひろみ

〈後編に続く〉

※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』VOL.55掲載のためのインタビューを基に再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2023年3月)のものです。

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このコーナーでは、駅消費研究センターの調査研究の一部を紹介。識者へのインタビューや調査の結果など、さまざまな内容をお届けしていきます。

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  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。