伝統文化の“価値”とは(後編)
―齋藤峰明(シーナリーインターナショナル代表)×西堀耕太郎(日吉屋五代目当主)×中江健介(ジェイアール東日本企画関西支社京都営業所)―

株式会社ブランマント 齋藤峰明氏(写真中)
日吉屋五代目当主・TCI研究所代表 西堀耕太郎氏(写真左)
ジェイアール東日本企画 関西支社京都営業所 中江健介(写真右)

「染め」と「織り」の分野で海外進出を目指す京都の企業を育成・支援しようと、京都府が立ち上げた「KYOTO SOMÉ & ORI Project」。今年で3年目を迎えたこのプロジェクトを京都府から委託されたアトリエ・ブランマント(株式会社ブランマント)の共同経営者である齋藤峰明氏(元エルメス・パリ本社副社長、現シーナリーインターナショナル代表)と、西堀耕太郎氏(日吉屋五代目当主・TCI研究所代表)をお招きし、グローバルニッチ市場において新たな取り組みを進めているジェイアール東日本企画関西支社京都営業所・中江健介が、日本の伝統産業の現状や今後についてお話を伺いました。今回は、「伝統文化の“価値”とは」後編として、KYOTO SOMÉ & ORI Projectなど、伝統産業を海外で展開するにあたって必要なこと、重要なことについてご紹介します。<前篇はこちら

伝統産業に新しい価値を見出す

中江:SOMÉ & ORI Projectは、発足して今年で3年目になりますが、現地ではSOMÉ & ORIブランドとして販売しているのでしょうか。

西堀:はい、そうです。そして、そのひとつのブランドの中にいろいろな生地があるという認識はすでに広まりつつありますね。

齋藤:毎回、SOMÉ & ORIはどんなコレクションをつくってくるのか、みんなが待ってくれている。そんなところまできていますよ。

3名対談写真

中江:実際、現地の方々には支持されているんでしょうか。

西堀:ものすごく支持されています。展示会のないときでも週に2〜3件、生地のサンプル請求が入ってきますし、できたものに対する反響はとてもいい。他の国にはない、非常にユニークなものとして浸透しています。ただ、やはり価格がネックになりますね。大手メゾンでさえ、「高い」と言いますから。

「SOMÉ & ORI」展 会場内での商材レイアウトの様子
「SOMÉ & ORI」展 会場内での商材レイアウトの様子

齋藤:価格で勝とうとしても、無理な話なんですよ。高コスト構造の日本で、しかも手づくりなんですから。価格を下げるのではなく、いかにして、いままでにないものをつくることができるかどうかに目を向けたほうがいい。新しい価値のあるものをつくることができれば、新しい市場ができてくるわけですから。

ブランディングの重要性とは

齋藤:伝統産業を輸出する際には、モノをつくってきた背景をしっかり説明することも重要だと思っています。たとえば、今治タオルは、なぜ今治なのか。今治はもともとコットンの一大産地で、良質な水資源に恵まれていて…という背景があるわけです。では、なぜタオルなのか。それは、日本にはお風呂の文化があって、温泉があるからで…と説明すれば、「なるほど、だから日本のタオルは素晴らしいんだ」となりますよね。そのような文化的背景の中で生まれたからだということが明確になるんです。

中江:生み出してきた背景がユニークであればあるほど、価値は高まっていくと。

齋藤:それが、ものづくりの本質ですよね。

斎藤氏

西堀:高いのには、理由がある。価格に見合う価値があるということをしっかり伝えることができれば、「所有したい」「使いたい」と思ってくれる。それが、ブランディングの本質ではないでしょうか。 わざわざ日本から送料・関税を払って輸入して、時間もかかって…というディスアドバンテージがそもそもあるわけです。知名度の高いイタリアやフランスの生地もある中で、なぜ日本の生地なのか?ということです。

齋藤:ブランドをつくりあげるには、とりあえず商品をつくるのではなく、ブランドフィロソフィーが最初にあって、それを具現化する商品を継続してつくり続ける。そうすることで、世間に広く浸透し、共有され、共感される。それが何年も続くと企業文化になり、歴史になり、その結果、ユーザーに信頼感を与えることになるというわけです。

中江:“価値を伝える”ことが大切なんですね。SOMÉ & ORIも、ブランディングを意識して展開されているということですか。

中江

西堀:そうですね。SOMÉ & ORIをどのように伝えていけばいいのかということは、常に意識しています。展示会はアトリエ・ブランマントのギャラリーでも行うのですが、セノグラファーという装飾専門のデザイナーを登用して、高級ブランドの生地に見えるよう、展示のしつらえにはかなりこだわっています。

テキスタイルを商品化し「SOMÉ & ORI」展会場内で展示
テキスタイルを商品化し「SOMÉ & ORI」展会場内で展示

目指すべきゴールを見極める

中江:価格以外に、難しいことはあるんでしょうか。

西堀:スピードですね。ファッション業界では、SS(SPRING/SUMMER)、AW(AUTUMN/WINTER)というカレンダーを中心に世界のブランドがまわっていて、いわゆるパリ・コレクションとかミラノ・コレクションというファッションショーを、大手メゾンが時期をずらして開催しています。
服をつくるにはリードタイムが必要なので、そのショーは半年先回りして開催される。そして、ショーのためにはもちろん服が必要で、そのデザインや開発には更に時間が必要なので、その前段階の生地の開発となると、相当な先回りが必要になります。しかも、そのカレンダーが前倒しになって、かつ早回しになっている。非常にスピード感のある対応が必要なんです。「大量生産となったときに、60日以内に納品できないものは見せないでください」といわれたこともあります。

中江:厳しいですね。そのスピードに対応できないメーカーの海外展開は難しいのでしょうか。

西堀:日本は、クイックな大量生産が難しいメーカーがほとんどですよね。ただ、何をもって成功と考えるかだと思うんです。大量生産、いわゆるバルクオーダーだけを成功とみなすのかどうか。 ファッション業界のビジネスには4つの段階があり、1段階目はスワッチ請求で、生地サンプルをくださいというもの。これは無償提供が一般的です。そして次が、数メートルのサンプルです。これは、ファッションショーに出すかどうかを考える試作品のための生地。3段階目が、実際にショーでモデルが着る服をつくるための生地で、2〜30メートルのものです。ここまでいっても、必ずその服がショーに出るかどうかはまだわかりません。モデルが実際に着て、ランウェイを歩いたと公式に発表されて、その後にようやく商品化となるかどうかが決定され、バルクオーダーが入るということになります。3段階目までで成功というメーカーもあれば、バルクオーダーまでいかないと意味がないというメーカーもあるかもしれません。どこを目指すのか、はっきりと決める必要があると思います。

いま、メイド・イン・ジャパンが支持される理由

中江:現在フランスでは、メイド・イン・ジャパンが支持されていると伺いましたが。

齋藤:これまで西洋文明というのは、便利さを求めて物質的な世の中をつくってきました。ですが、そんな文明の中で生きてきた世界の人たちがいま求めているのは、自然に優しいモノや体に優しいモノ。 ヘルシーだったりエコだったりというモノは、すべて何百年も前から日本にあるモノですよね。日本食ブームといいますが、日本が素晴らしいから日本食を食べているわけでなく、健康にいいものに興味を持ちはじめる時代になり、健康にいいものを食べようと思ったら、たまたま日本食に行き着いたというわけです。

中江:たまたま日本が持っていたものに、いま世界が注目していると。

齋藤:そういうことです。また、自然のものを大事にするという文化の中で、自然の素材を活かしながら日本人がつくってきたモノというのは、まだまだ世界の市場に入る余地がいくらでもあると思います。あとはそれらを、いかにしていまのライフスタイルの中で使ってもらえるようにするかということ。世界の市場がいま求めているものに、日本が持っているものをマッチングさせる。そういう考え方が、ものすごく大事だと思います。

斎藤氏

日本が世界に発信すべきこととは

西堀:日本は、伝統的な文化や歴史を大事にしながら、テクノロジーも発展してきたユニークな国です。こんなふうに、ロボットやアニメと伝統工芸が共存している国なんて、ほかにはない。しかも、世界でもっとも安心、安全といってもいい。「世界でここにしかありません」というモノ・コトが、たくさんあるわけですから。海外進出も大事ですが、それと同時に、行ってみたい、買ってみたいと思ってもらえるように、行動を促す価値を提供することが大事だと思いますね。それは、観光かもしれないし、食品かもしれないし、工芸品かもしれませんが、日本には、北海道から沖縄まで、バラエティ豊かで、しかもクオリティが高いものがいくらでもあるんです。そのうえ、四季もある。何度も繰り返し足を運んでもらえる国だと思いますし、継続して消費したいと思ってもらえるモノがたくさんある国だと思っています。

中江:確かに、シンプルに工芸なら工芸の訴求だけで終わるのではなく、それを通じて観光なども含めたトータルの部分で、魅力をプレゼンテーションしていくことは重要です。

西堀:そうですね。大切なのは、共感できるストーリーとか、体験だと思うんです。たとえば、京都は着物文化の中心地だったこともあり、染物・織物はほとんど着物から生まれています。そして着物は、何百年もかかって独自に発展してきたものなので、幅から織り方から染め方から、非常に特殊なんです。その特殊性を、個性として上手に訴えていくことが大事だと思います。

西堀氏

中江:わざわざ出向いてでも買いたくなる、見たくなる。そう思ってもらえるような訴求が必要と。
そういう意味ではアトリエ・ブランマントは非常に重要ですね。パリの中心地で一定の地位を築くことで、「日本の伝統工芸はすごい」ということを植えつけられる可能性がありそうです。

西堀:日本の伝統文化の可能性は、いまでも十分にあると思っています。しかも、一度失ってしまったら、二度と再興できない貴重なモノが山ほどある。ただ、これまでずっと誇りを持って守ってきた家業なのに、食べていけないから子どもに継がせることができないと、やめていく人が多いのが現状です。
これからはそんな人たちに、私が和傘を通して培ってきたすべてを伝えていきたいと思っています。「もう、私の代でやめてしまおう」と思う人が一人でも減ってくれるように、これまでの経験を活かしていきたいですね。

齋藤:20世紀は大量生産、大量消費の時代でしたが、21世紀は、人間が魂を込めてモノをつくるというような、そういうところにもう一度戻ってきていると思います。日本の伝統産業を輸出することで、日本人が、日本の素晴らしさを再認識することも大切ですが、その先には、日本のものづくりの精神だとか、優れた技術だとか、そういったものを世界に広めることで、世界の人たちをより豊かに、幸せにできるやり方がもっとあるんじゃないか。私は、そう思っています。

中江:グローバルスタンダード化の中で守り通した日本文化に、逆にいま海外のイノベータ―層から熱い眼差しが注がれているならば、いまこそ海外で受け入れられる日本らしさを売り出していく好機だと思います。また、日本文化が海外のオルタナティブな層と触れ合うことで、いままで見えていなかった魅力が逆輸入的に地域の素晴らしいコンテンツとなるかもしれません。これまでのように東京を介さず、日本の地域と世界が直接、クリエイティブに刺激し合う、そんなお手伝いを弊社もできればと思います。

齋藤峰明氏
齋藤峰明
1952 年静岡県生まれ。高校卒業後渡仏。パリ第一(ソルボンヌ)大学芸術学部卒業。1975 年フランス三越に入社。1980 年には株式会社三越のパリ駐在員となり、後に駐在所長に就任。1992 年、40 歳のときにパリのエルメス本社に入社後、エルメスジャポン株式会社に赴任。営業本部長、専務取締役を経て、1998 年より代表取締役社長として、日本でのエルメスの発展に尽くす。2008 年外国人として初めて、エルメス・パリ本社副社長に就任。2015 年、エルメス社を退社後、シーナリーインターナショナルを設立。代表として、新コンセプトのフットウエアブランド「イグアナアイ」の紹介や、日本の伝統技術及びデザインアイテムを紹介するギャラリー「アトリエ・ブランマント」をパリにオープンするなど、パリと東京をベースに日本の新しいライフスタイルの創出と、世界への発信の活動を開始。ほかにライカカメラジャパン株式会社取締役、パリ商工会議所日仏経済交流委員会理事など。1997 年フランス共和国国家功労勲章シュヴァリエ叙勲。
西堀 耕太郎氏
西堀 耕太郎
1974年、和歌山県新宮市生まれ。唯一の京和傘製造元「日吉屋」五代目。カナダ留学後市役所で通訳をするも、結婚後妻の実家「日吉屋」で京和傘の魅力に目覚め、脱・公務員。職人の道へ。2004年五代目就任。「伝統は革新の連続である」を理念に掲げ、伝統的和傘の継承のみならず、和傘の技術、構造を活かした商品を積極的に開拓中。2015年、志を同じくする日仏の企業と共同で、株式会社ブランマントを設立し、パリ市内マレ地区に約180m2のショップ兼ショールーム「アトリエ・ブランマント(Atelier Blancs Manteaux)」をオープン。日本の優れた商品や商材のプロモーションや販売を行い、海外デザイナーとの共同商品開発等も手がける。

中之島サロン

なぜ今、地域特有の課題やリソースを活用した先進的な取り組みが活発になっているのか。地域だからこそ生まれるイノベーションとはどんなものなのか。jeki関西支社が、さまざまな分野で活躍される方々をお招きして話を伺いながら、その理由をひも解いていきます。

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  • 中江 健介
    中江 健介

    2008年jeki入社。本社営業局を経て、2017年関西支社開設、2018年京都営業所開所メンバー。
    現在は、クラフトやアート、フードを中心に、海外(特に欧州)や首都圏におけるプロモーションに携わっている。