伝統文化の“価値”とは(前編)
―齋藤峰明(シーナリーインターナショナル代表)×西堀耕太郎(日吉屋五代目当主)×中江健介(ジェイアール東日本企画関西支社京都営業所)―

株式会社ブランマント 齋藤峰明氏(写真中)
日吉屋五代目当主・TCI研究所代表 西堀耕太郎氏(写真右)
ジェイアール東日本企画 関西支社京都営業所 中江健介(写真左)

「染め」と「織り」の分野で海外進出を目指す京都の企業を育成・支援しようと、京都府が立ち上げた「KYOTO SOMÉ & ORI Project」。中之島サロン第2回目となる今回は、今年で3年目を迎えたこのプロジェクトを京都府から委託されたアトリエ・ブランマント(株式会社ブランマント)の共同経営者である齋藤峰明氏(元エルメス・パリ本社副社長、現シーナリーインターナショナル代表)と、西堀耕太郎氏(日吉屋五代目当主・TCI研究所代表)をお招きし、グローバルニッチ市場において新たな取り組みを進めているジェイアール東日本企画関西支社京都営業所・中江健介が、日本の伝統産業の現状や今後についてお話を伺いました。前編の今回は、KYOTO SOMÉ & ORI Projectが発足した背景、プロジェクトの具体的な取り組みについてご紹介します。

再認識すべき日本の魅力

中江:お二人は現在、日本の伝統産業を海外に輸出する事業を展開されていますが、海外でのご経験を通じて、この「KYOTO SOMÉ & ORI Project」事業に携わることになったきっかけは何だったのでしょうか。

齋藤:エルメスで働くようになってから、日本には素晴らしい技術を持った職人たちがたくさんいて、質の高い商品がたくさんあるにもかかわらず、果たして、現代にあったものづくりができているのだろうかと思うようになりました。なぜならエルメスは、常に時代にあわせてものづくりを進化させてきたからこそ、いまでも世界中で支持されているんだとわかったからです。

齋藤氏

中江:いくら技術が素晴らしくても、その時代のライフスタイルの中で使われるものでなければ意味がないと。

齋藤:その通りです。そのことを、エルメスで改めて学びました。そして、エルメスを後にするときに、「自分の人生、残り20年あるとすれば何ができるか」と考えたんですよね。

対談場所のザ・リッツ・カールトン京都
対談場所のザ・リッツ・カールトン京都

そこで思ったのが、日本という国が世界の中でどのように役に立てるのか、日本人はもっと考えるべきなんじゃないかということ。本当の意味で、日本が国際社会の中で役に立てることはもっとあると思うんです。そして、世界の中における存在意義を感じられれば、日本人の誇りもまた高まる、と。

中江:日本は、どういう部分で役に立てるとお考えですか?

齋藤:西洋文明とは異なる日本の精神性というようなものを発揮することで、世界に寄与できるんじゃないかと思っています。日本の良さを再認識するためには、外の世界と交わることが大切。そうしてはじめて、自分が持っていて、ほかの人が持っていないものを自覚できる。フランスでの長年の経験から、日本の素晴らしいモノを世界に伝えることが、私の役割だと感じるようになったんです。そんなことを考えていたときに、西堀さんとの出会いがあって。西堀さんの活動を知り、本当に感動しました。ぜひ手伝わせてほしいと思ったんです。

中江:そこで、パリから世界へ日本文化を発信する「アトリエ・ブランマント」が生まれたと。

齋藤:はい。西堀さんと私が手を組めば、素晴らしい活動ができるし、しなければならないと思いましたね。

西堀:私も、そう強く感じました。齋藤さんが、残りの人生を日本のため、世界のため、と考えられていることに感銘を受けて。ぜひ、ご一緒させていただきたいと思ったんです。

アトリエ・ブランマント外観アトリエ・ブランマント内観
アトリエ・ブランマントは、齋藤氏が総合ディレクターを務め、㈱TCI研究所がものづくり指導・物流を担当、EXA Partners S.A.Sが現地運営・マーケティング・販路開拓という3社共同経営を行っている。エルメスの世界的なブランド戦略の中核を担った齋藤氏による、本事業参加企業へのアドバイス、海外でのブランド戦略のサポートも行っている

日本の伝統産業の現状とは

中江:SOMÉ & ORI Projectでは、齋藤さんが総合ディレクターを務められているアトリエ・ブランマントや、現地のプロフェッショナルネットワークを通じて、西陣織や京友禅、丹後ちりめんなどのテキスタイル(織物)の販路開拓が行われています。このように昨今、海外に販路を見出そうとしている産地が多いように見受けられますが、実情はいかがでしょうか。

齋藤:たとえば、いまの着物の売り上げは縮小しています。伝統産業が難しい局面にあるのは世界的な傾向で、ヨーロッパでも衰退するメーカーが増えているんです。200年以上の歴史を持つ有名な陶磁器メーカーも例外ではありません。昔のように、結婚したときにスープ皿からデザート皿まで揃えるというような習慣がなくなり、家族構成もライフスタイルも多様化している現代の生活文化の中で、その流れにあわせることができなかった。

西堀:そもそも人口が減少して、少子高齢化がますます進む日本ですから、好むと好まないとにかかわらず、海外と接点を持って仕事をするということは避けては通れないんじゃないでしょうか。産地が、販路を海外に求めるのは自然な流れだと思いますね。体力のあるうちに取り組んでおかないと、と考える人が今後は増えるのではないでしょうか。

西堀氏

中江:そのような背景もあって、今回のSOMÉ & ORI Projectが発足したということですね。具体的には、どのような取り組みをされているのでしょうか。

西堀:京都府の方から、伝統工芸を世界に発信したいというお話があったのですが、その中でも、丹後ちりめんや西陣織、京友禅など、大きな伝統産業のひとつである染物・織物をファッションテキスタイル(ファッション衣料素材としての織物)として展開しようということになりました。ただ、海外展開すると一口にいっても、単に、いまある商品を持っていけばいいということではないんですよね。今回のプロジェクトでは、フランスの大手メゾンブランドを対象にしているのですが、当然のことながら、そのデザイナーや購買担当者が興味を示してくれるものでなければなりません。そのためには、“ローカライズ”が必要ではないかと。

齋藤:お話を伺ったとき、これは、しっかりとしたブランディングやディレクション、デザインが必要だなと思いましたね。商品開発から手がけないと意味がないと。日本人が見ていいと思うことと、フランスの人がいいと思うことは違うわけじゃないですか。現地の人が好むポイントをどう見つけ出して、どのような形で現地に持っていくかが大事なんです。

アトリエ・ブランマントでの展示会風景KYOTO SOMÉ & ORI Projectの展示会風景
アトリエ・ブランマントで開催されたKYOTO SOMÉ & ORI Projectの展示会

伝統技術を、いまの時代に輝かせる

中江:そういう点で、若くして渡仏され、最終的にはエルメス・パリ本社で副社長を務められるなど、フランスで長く活躍されている齋藤さんのご経験が非常に活かされますね。

齋藤:フランスのものも知っている、日本のものも知っている。その違いがわかっている。そんな私だからできることがあると感じましたね。具体的には、エルメスで一緒に仕事をしていた一流のアートディレクター、デザイナーと契約し、彼らと実際に京都のメーカーの制作現場を訪れて、それぞれの技術を確認するところからスタートしました。

西堀:結果的に、数々の素晴らしいテキスタイルができあがりましたが、SOMÉ & ORIは、はじめから成功の道筋が見えていたわけではなく、「こうすればうまくいくんじゃないか」という仮説のもとにはじまったんです。アトリエ・ブランマントをはじめてすぐの頃でしたね。誰かがやらなきゃならないという使命感がありました。

西堀氏(左)と齋藤氏(右)

齋藤:たとえばデザインの面でいうと、形がどうのこうのというのではなく、この商材は、こういう今のライフスタイルの中で、こんなふうになったときに、はじめて価値が出てくるんだということを考えなくちゃならない。単に、これをマルにしましょうとか、そういうデザインでは通用しない。その前段階が重要なんです。
価値観は、時代とともにどんどん変わっています。いまに通用する価値とは、一体なんなのか。その価値を見出したうえで、どこをどう変えれば、グローバルな市場で求められるものになるかということを考えなくちゃいけない。「技術が素晴らしい」というだけではダメなんですよね。今のライフスタイルの中で、使えるものにしなければならない。

齋藤氏

西堀:伝統を継承するという観点でいえば、たとえば、着物がネクタイになって、ソファーの生地になっても構わないと思うんです。要は、染物・織物という伝統技術が継承できればいい。「○○じゃないといけない」ということはなく、着物だけやる必要もない。

齋藤:どこかで捨てるものは捨てなくちゃいけないし、変革するものは変革する。だけど、守るものは守る。西堀さんがおっしゃるように、着物を着る人が少なくなってしまった現代に、着物ばかりつくっていてはなかなか難しい。インテリアに使うなど、用途も変えていかないといけません。ただ、そこに存在するものづくりの精神性だとか素晴らしい技術っていうのは、決して失っちゃいけない。いまの生活文化の中で、伝統技術をいかにイキイキさせるか。そこが一番重要なポイントだと思いますね。

川上から川下までをプロモートする

中江:SOMÉ & ORIでは販売はどうされていますか。パリのエージェントを通じてでしょうか。

S&Oクッション
長年に渡る京の着物文化の中で極められた製糸、染め、織りの匠の技術を使って、現代世界に通用するインテリアテキスタイル商品ラインアップをデザインから開発までを実施

齋藤:商品開発からはじまり、どういうマーケットに、どのように持っていくか。いわゆる、川上から川下までですね。最後は専門のエージェントを通じてファッションのメゾンに紹介し、販売するという一本の流れをつくったというところに、このプロジェクトの大きな意味があると思っています。
もちろん、ロジスティクスもしかり。「輸出なんてやったことがない」というメーカーの方たちに、価格帯は、決済は…とすべてレクチャーしながらここまで全部やるという取り組みは、なかなか珍しいと思います。

中江氏

中江:京和傘の伝統技術を活かして新しい商材を開発し、海外へ幅広く展開されてきた西堀さんの活動は、伝統産業のメーカーにとってはまさにロールモデルですよね。

西堀:私も十数年前に、なにも知らないところからスタートしましたから。私がこれまで辿ってきた道筋をお伝えすることは、非常に意味のあることだと思っています。

中江:今回の対談の場でもあるザ・リッツ・カールトン京都でも、西堀さんがプロデュースされたランプシェードが採用されています。

ランプシェード
西堀氏プロデュースによる、ザ・リッツ・カールトン京都のランプシェード

西堀:ホテルのデザインを手がけているアメリカの会社が、ニューヨークの展示会に出展していたときのブースを見てくれたようなんです。日本の伝統技術を使ってこんなにも新しいことができるんだということを、とにかく世界のたくさんの人に知ってもらおうと活動してきたことが功を奏しました。
私がはじめて和傘に触れたときに感じた“かっこよさ”というのは、グローバルに十分価値があるもの。和傘だけでなく、それぞれの伝統産業にも復活の方法があるんじゃないかと思っています。これまでの経験を活かしてその方法を探っていくことが、自分のミッションのひとつだと感じています。

齋藤峰明氏
齋藤峰明
1952 年静岡県生まれ。高校卒業後渡仏。パリ第一(ソルボンヌ)大学芸術学部卒業。1975 年フランス三越に入社。1980 年には株式会社三越のパリ駐在員となり、後に駐在所長に就任。1992 年、40 歳のときにパリのエルメス本社に入社後、エルメスジャポン株式会社に赴任。営業本部長、専務取締役を経て、1998 年より代表取締役社長として、日本でのエルメスの発展に尽くす。2008 年外国人として初めて、エルメス・パリ本社副社長に就任。2015 年、エルメス社を退社後、シーナリーインターナショナルを設立。代表として、新コンセプトのフットウエアブランド「イグアナアイ」の紹介や、日本の伝統技術及びデザインアイテムを紹介するギャラリー「アトリエ・ブランマント」をパリにオープンするなど、パリと東京をベースに日本の新しいライフスタイルの創出と、世界への発信の活動を開始。ほかにライカカメラジャパン株式会社取締役、パリ商工会議所日仏経済交流委員会理事など。1997 年フランス共和国国家功労勲章シュヴァリエ叙勲。
西堀 耕太郎氏
西堀 耕太郎
1974年、和歌山県新宮市生まれ。唯一の京和傘製造元「日吉屋」五代目。カナダ留学後市役所で通訳をするも、結婚後妻の実家「日吉屋」で京和傘の魅力に目覚め、脱・公務員。職人の道へ。2004年五代目就任。「伝統は革新の連続である」を理念に掲げ、伝統的和傘の継承のみならず、和傘の技術、構造を活かした商品を積極的に開拓中。2015年、志を同じくする日仏の企業と共同で、株式会社ブランマントを設立し、パリ市内マレ地区に約180m2のショップ兼ショールーム「アトリエ・ブランマント(Atelier Blancs Manteaux)」をオープン。日本の優れた商品や商材のプロモーションや販売を行い、海外デザイナーとの共同商品開発等も手がける。

<後編に続く>


中之島サロン

なぜ今、地域特有の課題やリソースを活用した先進的な取り組みが活発になっているのか。地域だからこそ生まれるイノベーションとはどんなものなのか。jeki関西支社が、さまざまな分野で活躍される方々をお招きして話を伺いながら、その理由をひも解いていきます。

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  • 中江 健介
    中江 健介

    2008年jeki入社。本社営業局を経て、2017年関西支社開設、2018年京都営業所開所メンバー。
    現在は、クラフトやアート、フードを中心に、海外(特に欧州)や首都圏におけるプロモーションに携わっている。