ポストコロナ時代における移動のリアルとは?
〜移動行動の変化と「OUT OF HOME マーケティング」の可能性〜 ウェビナーレポート

jeki × 宣伝会議 共同取材シリーズ VOL.19

2020年、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は社会にさまざまな変化をもたらした。なかでも、リモートワークやオンライン授業など、デジタル化による代替手段が急速に浸透し、通勤や通学のための「移動」は大きな影響を受けている。

ジェイアール東日本企画では、コロナ禍の2020年、「移動」に関する生活者調査を実施。2021年2月8日のセミナー「ポストコロナ時代における移動のリアルとは?〜移動行動の変化と「OUT OF HOME マーケティングの可能性〜」で、その調査結果を報告するとともに、ポストコロナ、withコロナ時代における「OUT OF HOME」の価値と今後のあり方について提示した。

コロナ禍の移動は、総量ではなく質的に変化

第一部では、生活者の「移動行動」にフォーカスした同社内のR&Dプロジェクト、Move Design Labのプロジェクトリーダー中里栄悠とデータアナリストの彦谷牧子が登壇。「調査で見えた『移動のリアル』と『OUT OF HOME マーケティング』の可能性」と題して講演を行った。

冒頭、中里は急速に進む社会のデジタルシフトに新型コロナが加わったことで生活者の移動の価値の変化は大きく加速すると指摘。企業はこの生活者変化をマーケティングの好機ととらえ、ポストコロナ時代を見据えた打ち手を今から考えるべきと主張。「withコロナ時代の移動は自己判断、自己責任で行われるようになる。個々が移動を自由に編集し実行する“移動デザイン時代”になる」と中里。

彦谷は、移動デザイン時代到来を裏付ける調査データを紹介。生活者の外出意欲は、緊急事態宣言発令の直後の2020年3月から4月は前年比で7割レベルまで低下したものの、5月以降は回復し、「GOTOキャンペーン」が開始された10月には前年同様レベルに戻っている。2度目の緊急事態宣言のあった2021年もほぼ同様の傾向がみられている。年齢層で見ると、20代は外出意欲を維持し、低下幅は小さい。

実際の移動についても、一人当たりの1カ月の外出回数はほぼ変わっていない。ただ、移動の目的で通勤・通学は減少し、それを補うように散歩や運動が増加している。移動手段では電車・バス、自家用車が減り、徒歩が増えた。彦谷は「日常の移動は、安全、近距離、短時間の『安・近・短』傾向が見られる」と解説した。

そして移動は生活のために半ば強制的にしなければならなかったものから、個人の裁量で判断するものへと変わっていくことで、移動をする人としない人とで二極化していく、と指摘する。そしてあえて移動しようとする人をMove Design Labでは「MOVER」と名付け、その特徴についても明らかにした。MOVERはマーケティング的な視点で見ると、イノベーティブでオピニオンリーダー的な存在といえる。彦谷は「MOVERは新しいモノやコトに敏感で、拡散力もある。マーケティングターゲットとして攻略する価値があると考えている」と話す。

中里はMOVERの移動を(従来の生活必需的な移動との対比で)「意味的移動」と表現し、それがタッチポイントとしてのOUT OF HOMEの価値を変えていくと指摘。その代表的なものとして「スクリーニング」、「リアル体験」、「行動に着火」の3つを挙げている。そしてリアルな屋外空間を起点とする新たな価値提供を通じて市場や顧客を創造し、活性化する活動を「OUT OF HOMEマーケティング」と定義する。

特にコミュニケーション領域においては、“移動デザイン時代”に生まれるMOVERと非移動者という階層構造によって生まれる“体験の非対称性”を利用した展開に活路を見出すことができる。MOVERに対しリアルの場で無二の体験価値を提供することで、実際の購買行動や情報拡散へとダイナミックにつなげることが可能だ。

中里は「生活者の移動欲求は底堅く、OOHメディアは今後も変わらず重要なタッチポイントになる。生活者に嫌われにくいメディアであるOOHはより一層輝きを放つ存在になり得る」と可能性に言及した。

中里は「OOHメディアが今後企業の課題解決メディアになるためには、独自の価値にも目を向けるべき」と提言。広告にも、販促にも、話題づくりにも機能するOOHは、ある面で自由度が高いメディア。単なるいちタッチポイントとして見るだけでなく、生活者の移動のコンテクストに合わせてOOH空間を最適化させたい。それにより他のメディアよりも体験価値の提供に優れるOOHは無二の課題解決手段にもなり得る。そのためにはOOHのユニークかつ本質的な価値について改めて目を向ける必要がある、と話す。

自動車メーカーの視点で見るWithコロナ時代の移動と生活者の変化

第2部には、日産自動車の堤氏が登壇。2020年8月に開始したブランドキャンペーン「やっちゃえ日産キャンペーン」について、その狙いや施策を解説した。

木村拓哉さんを起用したキャンペーン第一弾のテレビCMでは歴代の名車を多数紹介し、反響を呼んだ。その狙いを堤氏は「新しい車種のみを紹介する案もありましたが、CMの狙いは消費者だけではなく、社員や販売会社、日産社のオーナーに向けて強いメッセージを送りたかった」と説明。近年の不祥事から立ち直り、新企業ロゴや新型EV(電気自動車)の発表、構造改革プランも表明し、必ず復活するという決意を、消費者だけでなく広くステークホルダーに伝えることを目指した。

また、日産自動車では2020年8月から10月まで、横浜みなとみらいに「ニッサンパビリオン」を展開、コロナ禍もありリアルとデジタルで合計850万人を集めた。堤氏によると、訪問来場者の75%は日産車を持たない人で、体験後に日産に興味を持った人の比率は来場前後で+11%上がったという。

堤氏は、昨今のコロナ禍で感じている価値観の変化5つと、それぞれへの対応を紹介。そのひとつに「プライベートな移動空間ニーズ」がある。安心・安全に移動したいという欲求が増えたことに対してはシェアリングサービス「e-シェアモビ」が役割を果たした。2020年5月以降従来の3倍利用が伸びたにもかかわらず、走行距離は4割減っていることから、短距離でも自動車を使おうとする意向が見えている。

また、ショールームやディーラーへの来店意向の減少に対してはオンラインチャットの活用で対応している。ほかにもリモートワークが身近になったことで企業のライブ中継にもエンターテイメント性が求められるようになったと指摘。日産でも新車や新キャンペーンの発表会をオンラインで開催する際、イベント化するなどの工夫をしている。堤氏は「これまでと異なるアングルでデジタルエクスペリエンスを提供していくことは今後の課題」と話した。

今回のセミナーのテーマでもある「移動」に関しては、OOHとSNSに重複接触した人は態度変容の度合いが高いという自社の調査結果も紹介。両者を組み合わせて活用することの重要性を「移動中の人へのアプローチは押し付けられた広告としてではなく接触し、興味を喚起できるので、より出会いの喜びを生み出せるのではないか」と分析した。2020年5月に渋谷駅で展開したOOHは、新車種発表の予定がコロナ禍で変更になりメッセージ広告へ差し替えた。これがメディアに紹介され、SNSでも拡散した事例に触れ、組み合わせの効果を実感したという。

OOHは屋外で掲出する広告と考えがちだが、車両展示も重要な「OOH」だ。堤氏は「今後も日頃何気なく通りかかったところで車に触れてもらうことにチャレンジしたい。さらに重要なのは街を走る車自体がOOHという視点。認知は広告によるところもあるが、街で見た経験も大きい。街で見かけてワクワクする車や体験を提供していきたい」と話した。

「OUT OH HOMEマーケティング」成功のカギとは

第3部は、堤氏、中里、彦谷によるパネルディスカッション。第1部の移動者の変化について所感を問われた堤氏は「自動車メーカーとしても、生活必需移動と意味的移動を選ぶことができれば、より生活を豊かにすることができるのではないか」と話した。進化を続ける自動運転技術にも触れながら、移動中の社内での過ごし方も現在の常識では考えられない可能性が生まれる「今は車の価値を変える大きな転換点にいる」(堤氏)と指摘した。

左から
月刊「宣伝会議」編集長 谷口優氏/日産自動車 日本マーケティング本部 副本部長 堤 雅夫 氏/ジェイアール東日本企画 Move Design Lab プロジェクトリーダー 中里 栄悠・データアナリスト彦谷 牧子

「『移動者』というターゲティングの価値とは?」という問いについて、中里は生活者の買い物の3分の1は移動中に決められているというデータを紹介。移動中の人に刺激を与えることで行動にダイレクトに変化を起こせる。さらに中里は「“移動デザイン時代”に移動者をターゲットにすることは行動ターゲティングであると同時に価値観ターゲティングでもあり、大いに意味がある」と話す。彦谷からは「移動者ターゲティングのタッチポイントとしてはOOHになると思うが、もう少し場の持つ意味やタイミングも、点ではなく俯瞰的に見る必要がある」という指摘もあった。

次に「OUT OF HOMEマーケティング」はどのような企業やカテゴリーに有効なのでしょう?その際、コミュニケーション上のポイントは、という問いが投げかけられた。彦谷は「OOHにはいろいろな使い方ができ、企業やカテゴリーを選ばず、広告にも販促にも有効。だから何を目的に使うか決めることが大切。テレビなどの他メディアと同じ素材を使うのではなく、役割に合わせたクリエイティブを使うと良い」と提案した。堤氏は多くの人が運転中に聞くラジオも一種のOOHだと指摘。「今後、サイネージなどでDOOHも広がるとカスタマージャーニーがもっとリッチにできるのではないか」と期待した。

OOHのクリエイティブに関しての質問では、中里が「OOHは他の広告メディアと視聴環境が明らかに違う。OOHが嫌われないメディアなのは生活者の行動を遮らないから。ただしそれは生活者にスルーされやすいということでもある。移動者の視線を集められる科学が進歩すれば体験価値はもっと高められる」と話した。彦谷はMove Design Labが構築したOOHのクリエイティブに関する仮説「CATCH&HOLD」を紹介。広告を見た人の視線を奪い、離さない要素に関する仮説検証を進めていると話した。

今後の展開と展望について、中里はデジタルシフトで生活者が絶対的に優位になるなかで、好むと好まざるに関わらず従来型の広告フォーマットは生活者に受け入れられない時代になると予想。そこで重要になるのは人に寄り添う「ピープルベース」の視点だが、それはオーディエンスファーストが絶対であると指摘。ひとりの人を、デバイスを問わず追いかけることができるようになったが、果たしてそれが生活者のためになっているのか考えないといけないと指摘する。彦谷は「コロナで生活者の移動が変わることで、OOHメディアも大きな変革期を迎える。さまざまな企業の方とも意見を交換、共有しながら私たちMove Design Labでも研究を進められればと考えている」と話した。

堤氏は広告主の立場から、生活必需移動から意味的移動へと移動の意味が変化することでコミュニケーションづくりも変化が求められると話した。広告も含めたコミュニケーションで移動の価値を表現することが、Withコロナ時代にどのような意味を持つのかを意識することの必要性についても触れた。最後に堤氏は「OOHにもサイエンスが加わって、今までにないものができるようになるのではと感じた」とOOHへの期待を話した。

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  • 中里 栄悠
    中里 栄悠 Move Design Lab プロジェクトリーダー/シニア ストラテジック プランナー/TRAIN TV ブランドマネージャー

    2004年jeki入社。営業局、駅消費研究センター、アカウントプロデュース局を経て、2014年よりコミュニケーション・プランニング局に所属。シニア・ストラテジック・プランナーとして、メーカー、サービス、小売など幅広い企業のコミュニケーション戦略立案に携わる。

  • 彦谷 牧子
    彦谷 牧子 Move Design Lab データアナリスト/ シニア ストラテジック プランナー

    リサーチ・コンサルティング会社を経て、2009年jeki入社。JR東日本保有データの分析・活用業務に従事した後、2014年よりコミュニケーション・プランニング局に所属。化粧品、トイレタリー、通信機器等幅広いクライアントのコミュニケーション戦略をはじめとしたプランニングを担当。