
移動減少社会に立ち向かうMove Design Lab(MDL)は「ラブライブ!サンシャイン!!聖地巡礼フィールドワークから、聖地巡礼インサイトを考えてみた」のタイトルで聖地巡礼の実態をレポートしました。
今回は「リアル脱出ゲーム」を企画・運営する株式会社SCRAP様にアニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」の聖地・沼津の地で3月から6月にかけて期間限定で開催されたイベント【リアル脱出ゲーム×ラブライブ!サンシャイン!!「孤島の水族館からの脱出」】についてお話を伺いながら、新しい移動としての聖地巡礼の可能性について探りました。
インタビューに協力いただいたのは、株式会社SCRAPでコンテンツディレクターを務めるきださおり氏。さらにきだ氏と共に【リアル脱出ゲーム×ラブライブ!サンシャイン!!「孤島の水族館からの脱出」】をプロデュースした株式会社ジェイアール東日本企画の百々(どど)と有馬も交え、話を聞きました。
現代人が求める「リアル脱出ゲーム」
Move Design Lab(以下MDL):MDLでは、生活者の移動にフォーカスして研究をしています。今、生活者の移動行動が減り始めており、なかでも若い人たちが外出しなくなっている。そうしたなか、どうすれば移動を増やしていけるかについて考えています。
そんななか、注目しているのが「聖地巡礼」です。聖地巡礼はアニメや映画などに登場する実際の地を訪れる行為ですが、若い人の移動を生み出す大きなポテンシャルがあると思っています。
そこで私たちは4月には静岡・沼津市へ赴き、SCRAP様と当社が企画・運営する【リアル脱出ゲーム×ラブライブ!サンシャイン!!「孤島の水族館からの脱出」】を体験してきました。
そうしたお話を伺いながら、聖地巡礼やリアルの価値についてもお話しできればと思います。
きだ:SCRAPのきだです。普段はリアル脱出ゲームの具体的な中身の企画を考えるコンテンツディレクターという立場で仕事をしています。【リアル脱出ゲーム×ラブライブ!サンシャイン!!「孤島の水族館からの脱出」】でもコンテンツのプロデュースをさせていただきました。
百々:営業の百々(どど)と申します。【リアル脱出ゲーム×ラブライブ!サンシャイン!!「孤島の水族館からの脱出」】の総合プロデュースを行いました。
有馬:プロモーション局の有馬です。これまで「ラブライブ!」シリーズの仕事をいくつか担当させていただいており、今回はグッズ制作中心にお手伝いさせていただきました。
MDL:お二人はかなり熱烈な「ラブライバー」(「ラブライブ!」シリーズのファン)のようで。
百々:はい。今回は本当にファン冥利につきるプロジェクトでした。
より良い企画とするため、作品「愛」を結集すべく、“同志”の有馬の協力を仰ぎこの仕事に取り組みました。

MDL:まずSCRAP様についてお伺いできればと思います。
今年10周年を迎えられる御社ですが、会社発足から一気に規模を拡大されてきたように拝見します。
きだ:弊社はもともと京都でフリーペーパーを同人で発行する団体でした。その中で企画をイベント化することをやってきました。つまり読んで終わり、ではなくリアルに遊びに来られる場所をつくってきたのです。フリーペーパー内の企画の一つとして、「リアル脱出ゲーム」イベントを企画したのが始まりです。2007年のことでした。
その時、来るお客様の熱量や人数が、今までやっていたいろんなイベントとは段違いに多いぞ、となって。じゃあ、第2弾は別のもうちょっと大きなところでやってみよう、第3弾は大阪でやってみようか、と。そこもお客様が来る。こういうリアルなイベントってお客様に求められているんじゃないかという読みが確信に変わり、京都から大阪へ、大阪から東京へと拠点を移しました。
東京でも反応を見て次は遊園地を借り切ってやってみようとか、東京ドームでやってみようとか。で、今度は店舗をつくってみよう、海外でやってみようというところまで広がりました。さまざまな種類の体験をコツコツつくってきた結果が今かな、と思っています。
MDL:現在はどのようなスケール感で活動をされているのでしょうか?
きだ:今は1カ月で同時に企画が何本も走っている状態です。場所も幕張メッセを貸し切るような大規模なものから、小規模なものは10人で部屋の中に入ってやる「アジトオブスクラップ」というものもあります。昨年末には「東京ミステリーサーカス」というリアル脱出ゲームのテーマパークをつくりました。今の私たちは物語体験というものを軸に、いろいろな場所、形式で提供しています。
MDL:今のリアル脱出ゲームの顧客はどういった方々なのでしょう?
きだ:年齢とか性別といった情報で顧客を見ることはあまりなく、日常に何かワクワクしたものを探している人や、漫画とか映画の主人公の体験を自分がやってみたいと思っている人など、そういう「おもしろいことないかな」と探している人たちが顧客になってくださっていると思っております。
MDL:トレンドに敏感な方たちが多い?

きだ:確かに当初は比較的先端の方が中心でしたが、今は年間何百万人もの方に遊んでいただいていますので、さまざまなタイプのお客様が見られるようになりました。熱心なIP(キャラクターなどの知的財産)のファンはもちろん、親子でライトに楽しまれるお客様まで、本当にさまざまです。
ファンに振り切ったイベントづくり
MDL:そうしたなか、3月19日から6月3日にかけて開催された【リアル脱出ゲーム×ラブライブ!サンシャイン!!「孤島の水族館からの脱出」】についてお聞かせください。「ラブライブ!サンシャイン!!」とコラボした経緯はどのようなものでしたか?
きだ:弊社はコラボレーションをたくさんさせていただいていますが、昨年、一昨年ぐらいまでの傾向としては、たとえば「ワンピース」とか「ポケットモンスター」といった、ストーリーとキャラクターを知らなくても、誰もが知っているIPさんと組ませていただくことが多かったように思います。
でも一昨年ぐらい前からこれまでとは異なる濃い目のIPに注目しようとしていた中で、jekiさんのほうから「ラブライブ!サンシャイン!!」のご提案をいただきました。弊社としてもタイミングが良かったので割と話がトントン拍子に進んでいきました。
場所がアニメの舞台で聖地になっている沼津というのも良かったですね。聖地ならお客様が行くモチベーションになりますから。今回は「ラブライブ!サンシャイン!!」のファンの方にあえてターゲットを振り切ってしまうことで、非常にいいものができるのではないかと思い、動き始めました。

MDL:過去に聖地でリアル脱出ゲームをやった事例はありますか?
きだ:キャラクターの聖地でここまで特化したというのはおそらくないですね。リアル脱出ゲーム史上初だと思います。
沼津と言っても敷地は広大ですが、イベント会場に私たちは「淡島」を選びました。
淡島はjekiさんからお誘いがあり、一度足を運んでみたんです。実際に行くまでは「船に乗っていくって大丈夫かな」なんて思ったりもしましたが、船自体が「ラブライブ!サンシャイン!!」のラッピングがされていてこれはいいな、と。
あとはあわしまマリンパークさん自体が非常に協力的だったのも大きいです。テーマパークや島などでやる場合、現地の方の協力が必須ですが、それは全く問題ありませんでした。館長さんの人柄にも惹かれました。
MDL:まさに「渡りに船」だったわけですね。実際に私たちMDLも淡島に上陸し謎解きを体験しましたが、とても凝った展開で島をうまく利用してるなぁと感じました。
きだ:難しかったのは、普段のリアル脱出ゲームだとプレイヤーがすなわちゲームの主役なのに対し、今回はそれではダメだった点です。たとえば、リアル脱出ゲームでよくある展開としては、アニメや漫画の主人公のキャラクターが「どこかに閉じ込められちゃって動けないからキミが代わりに謎を解いて」みたいなものがあります。この場合、ストーリーの主軸はあくまで自分なんですね。
ただ、「ラブライブ!サンシャイン!!」のライブを観に行って感じたのは、ファンはこの主人公9人の輪に入り込みたいとは必ずしも思っていないということ。この世界に自分が入り込みたい、とは思っていないんですね。でも、彼女たちの成長を見守るとか、彼女たちの成長に拍手で手助けをするとか、そういったことを楽しいと思っている。細かいですけど、そうしたところを意識してゲームを設計していきました。
ラブライバーが聖地に集結

百々:「ラブライブ!サンシャイン!!」で、いち助っ人となってAqours(ラブライブ!サンシャイン!!主人公9名のアイドルグループ名)のメンバーと何かをするというイベントは今までありませんでした。ファンには新鮮に感じていただけたかと思います。
MDL:私たちも沼津で聖地巡礼者を観察した際、ファンがコンテンツに対して神聖なものを感じられているような印象を受けました。イベント参加者はほとんど自撮りをしないんですよね。聖地を撮ったり、ポスターを撮ったりということはしても、その物語に自分たちが入りたいとはさらさら思っていない。今回のゲームの設定は、そうしたファン心理をうまく突いていましたよね。
きだ:ただ謎解きである以上、やっぱり役割がないといけない。能動的に動く理由が必要なので、そのバランス感は、今までつくったゲームの中でも難しかったですね。
MDL:イベントに参加された方はどのような方だったのでしょう。関東にお住まいの方でも沼津はそれなりに距離があると思いますが、私たちが観察した日(4月14日)はかなりの人だかりで驚きました。SCRAP様のイベントは都心でやられていることが多いかと思いますが、普段のリアル脱出ゲームと今回のものとでは、どのような違いが見られましたでしょうか?
きだ:Aqoursのファンの、特に熱心なファンの方が来ていると感じました。弊社でとったイベント参加者アンケートでは、男性が9割近くを占めていました。通常のリアル脱出ゲームは女性のほうが多く、ここまで男性が多いのは初めてです。年代的には20代が一番多くて、次いで30代、10代。これは普段のリアル脱出ゲームに近い傾向です。
距離を超越する「聖地巡礼」
MDL:参加者はどちらからお越しになられていたのでしょう?
きだ:あくまでアンケートにお答えいただけた方のデータになりますが、関東圏からの来訪者が約半数を占め、圧倒的に多くなっていましたね。次いで中部圏。地元の静岡は約1割でした。
北は北海道、南は沖縄からお越しになられた方もいらっしゃいました。鹿児島ナンバーの車で駆けつけた方を見かけたスタッフもいたようです。
有馬:外国人の方も見かけましたよ。
きだ:日本語の案内しか用意していませんでしたが、海外のアニメファンは日本語が達者な方が多いんですよね。
MDL:日本全国、そして海外から本当にこのコンテンツが好きな人が集まり、楽しまれたようですね。
興行的にも成功と言えるのではないですか?
百々:そうですね。当初の目標を大幅にクリアし、大成功と言っていいと思います。
きだ:沼津というロケーション、そしてチケット代も安くはないにもかかわらず、飛ぶようにチケットは売れていきましたよね。
有馬:「ラブライブ!サンシャイン!!」のコンテンツ力に、聖地という地の利、そしてリアル脱出ゲームという強力なイベントが融合したことの結果かと思います。
MDL:「ラブライブ!サンシャイン!!」のファンであっても、沼津までわざわざ足を運ぶのは相当なエネルギーが必要になりますよね。
それでも人が聖地に足を運ぶのは、単純にそのコンテンツが好きだから、ファンだからといった以上の強いインサイトがあるように私たちは感じました。
<後編へ続く>

百々 大和
第五営業局第三部
2012年jeki入社。交通媒体局配属後、2014年より現在の営業局に所属し、流通を中心に担当。従来の広告領域に留まらない、多くの事業分野(商品企画、イベント企画等)に挑戦し、プロジェクトリーダーとして取り組んでいる。
五明 泉 Move Design Lab代表/恵比寿発、編集長
1991年jeki入社。営業局配属後、通信、精密機器、加工食品、菓子のAEを歴任、「ポケットモンスター」アニメ化プロジェクトにも参画。2014年営業局長を経て2016年よりコミュニケーション・プランニング局長。