SDGsを身近に感じられる場所に。サステナブルと商業施設の未来を考える(後編)
―河口真理子氏(立教大学特任教授、不二製油グループ本社CEO補佐)×村井吉昭(ジェイアール東日本企画)―

未来の商業施設ラボ VOL.21

商業施設の「買い物の場」としての価値が揺らぐ中で、生活者の視点に立った「理想の商業施設像」を考える、「未来の商業施設ラボ」。本連載では、当ラボメンバーによる、識者へのインタビューをお届けしています。今回のゲストは、サステナビリティに関する課題について20年以上調査研究・提言活動を行い、『SDGsで「変わる経済」と「新たな暮らし」』などの著書を刊行されている河口真理子さんです。SDGs実現のために大切なことは何か、そして商業施設は何ができるのかについて、対談しました。今回はその後編です。
<前編はこちら>

さりげなく、気軽にSDGsに触れられる場が必要

村井:生活者の価値観を、利他的かつSDGs実現に向けたものに変容させるために、これからの商業施設はどのようなことができるでしょうか。

河口:現在、気候変動やパンデミックの影響で、これまでの社会の在り方について疑問を抱く人が増えています。そんな中、せっかくSDGsについてもうちょっと勉強したいと思っても、街に安売り、大量生産・大量消費のお店しかないのでは、がっかりしてしまいます。学びたいという気持ちの受け皿になるようなお店が増えるといいなと思います。わざわざ探してどこかに出向かなくても、近くにSDGsに向けた取り組みをしているお店やカフェ、レストランなどがあって、そこで居心地の良さを感じながら、さりげなくSDGsについても知ることができるといいですよね。

例えば、サステナブルなファッションに取り組むアパレルブランドのお店が並んでいて、歩いているだけで良い気分になれるとか。私の所属する企業でも大豆ミートなどのプラントベースドフード(植物性食品)の開発に取り組んでいるのですが、そういった環境負荷の低い食材を提供するレストランなどもいいですね。

河口さんがCEO補佐を務める不二製油グループ本社株式会社は、プラントベースドフードを楽しめる「UPGRADE Plant based kitchen」を立ち上げた。大豆ミートや豆乳チーズといった植物性食品を使ったメニューが楽しめる。現在は大阪を中心にキッチンカーで不定期出店

村井:さりげなく、気軽に触れられる場所があるというのは大事ですね。

河口:商業施設はショーケース的な場所でもありますから、例えば内装に、地域で育った木材を使用するのはどうでしょう。そうすれば、その土地の気候に合った木材の特長を生かせますし、地域の林業を支えることにもつながります。お客さまにその取り組みを伝えることも大切です。また、都会はどうしても自然が少ないので、何かしら自然を感じられる場所にするのもいいですよね。現状でも、商業施設のテナントさんはそれぞれ工夫していると思いますが、全体的にはまだまだ効率一辺倒みたいなところがどうしても多いように感じます。

村井:商業施設で自然を感じられるのはいいですね。さらに、その施設が地域の林業を支えていることを知れば、もっと気持ち良く過ごせそうです。

商業施設は、SDGsに向けた価値観を持つ“広場”のような場所へ

村井:商業施設は生活全般に密着した場なので、衣食住さまざまなジャンルで、SDGsを学ぶ入り口になり得ると思います。エシカルファッションやフードロスなど、興味のある分野から気軽に始められます。SDGsを意識した行動や生活習慣は、一度始めてみると気分が良くなり、「もっとやってみたい」と次の行動へつながっていくと聞いたことがあります。商業施設が、そういった連鎖をつないでいけるような場になれたらいいなと思うんです。

河口:確かに、衣食住、さまざまな入り口からトライできるものがあるというのはいい考え方ですね。

村井:これまで商業施設は、ファッションなどおしゃれなライフスタイルを提案してきましたが、この「メディア」としての強みをSDGs実現のためにも生かせないかと思います。SDGsを意識したライフスタイルを、リアルでもデジタルでも、さまざまな形で提案していくのです。SDGsワークショップなども、商業施設で開催されていれば気軽に参加できます。SDGsへの意識が高い若者から、大人が学ぶような体験があっても面白そうです。

河口:そうですね。あとは、モノの修理ができたり、譲ったりできる場があるというのもいいんじゃないでしょうか。さらに言うと、啓発の場というよりも、人が集まってくる広場のような雰囲気の方がいいと思います。例えば商業施設の一角の、一番良い場所に、障がい者施設の方々が作ったパンを売るお店を設置するとか、スタートアップの会社に販売スペースを提供するとか。そうするとずいぶん印象は変わるはずです。広場のように、多様な人たちが集って対話ができたり、ものづくり体験ができたり、地元で廃れつつあるお祭りを体験できたり、そういう場をつくっていけたら素敵だと思います。

まずは緩やかに、できることから変えていく

村井:商業施設がSDGsを意識するための入り口になれたら理想だと思うのですが、生活者としてはどのような気持ちで取り組めばよいか、アドバイスをいただけますか。

河口:まず、真面目な人だと、一度エシカルな道に入った途端、暮らしの全部をシフトしなければと思ってしまうかもしれませんが、そんなことはありません。食べるものを全部オーガニックにしようとか、洋服を上から下まで全てフェアトレードのものでそろえようなどと思うと、とても窮屈になってしまいます。ゼロかイチかで考えず、できるところから変えていけばいい。例えば、みんなが5回に1回くらいエシカルなものを購入すれば、それだけでマーケットシェアの20%が変わります。緩やかに消費行動を変え、楽しみながら始めるのがいいと思います。

村井:商業施設も消費者と同じように、少しずつSDGsに向けた取り組みができるといいですね。

河口:商業施設に限ったことではありませんが、個人的に気になるのは、商品の過剰包装ですね。贈答用ならともかく、自分用であれば、紙に包んでもらってそのまま持って帰るぐらいの簡易なものでいいのではないでしょうか。ごみが出ないよう、もう少し配慮するだけでも、SDGsに貢献できるはずです。

ただ単純に今の消費者が求めることに応えるのではなく、場合によっては、今の消費者の求めていることがサステナブルではないことを知らせ、別の選択肢を提示するということも、企業の社会的責任なのです。過剰な包装は家に帰った瞬間にごみになりますから、あらかじめ提供しないように変えていけばいい。捨てる手間が減れば、消費者にとってもそれはうれしいことですよね。

村井:商品の渡し方といった、ちょっとしたところにも工夫の余地がありますね。商業施設も消費者も、まずは緩やかに、できることから変えていくことが必要だと感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

次回以降も、さまざまな識者や実務家の方へのインタビューをお届けします。「未来の商業施設ラボ」は生活者の視点に立ち、未来の暮らしまで俯瞰していきます。今後の情報発信にご期待ください。

<完>
構成・文 松葉紀子

河口 真理子
立教大学特任教授、不二製油グループ本社株式会社CEO補佐、株式会社大和総研 特別アドバイザー。
2020年3月まで、大和総研にてサステナビリティの諸課題について、企業の立場(CSR)、投資家の立場(ESG投資)、生活者の立場(エシカル消費)の分野で20年以上、調査研究、提言活動を行ってきた。現職では、サステナビリティの教育と、エシカル消費、食品会社のエシカル経営に携わる。アナリスト協会検定会員、国連グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン理事、NPO法人日本サステナブル投資フォーラム共同代表理事。日本エシカル推進協議会理事、プラン・インターナショナル・ジャパン評議員、サステナビリティ日本フォーラム評議委員、WWFジャパン理事、環境省中央環境審議会臨時委員など。著書に『ソーシャルファイナンスの教科書』『SDGsで「変わる経済」と「新たな暮らし」』(共に生産性出版)など。

上記ライター村井 吉昭
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社会の環境変化やデジタルシフトを背景に、商業施設の存在価値が問われる現在、未来の商業施設ラボでは、「買い物の場」に代わる商業施設の新たな存在価値を考えていきます。生活者の立場に立ち、未来の暮らしまで俯瞰する。識者へのインタビューや調査の結果などをお届けします。

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  • 村井 吉昭
    村井 吉昭 未来の商業施設ラボ プロジェクトリーダー / シニア ストラテジック プランナー

    2008年jeki入社。家庭用品や人材サービスなどのプランニングに従事した後、2010年より商業施設を担当。幅広い業態・施設のコミュニケーション戦略に携わる。ブランド戦略立案、顧客データ分析、新規開業・リニューアル戦略立案など、様々な業務に取り組んでいる。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。

  • 渡邊 怜奈
    渡邊 怜奈 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーション プランナー

    2021年jeki入社。仙台支社にて営業職に従事。自治体案件を中心に、若年層向けコミュニケーションの企画提案から進行まで、幅広く業務を遂行。2023年よりコミュニケーション・プランニング局で、官公庁、人材サービス、化粧品、電気機器メーカーなどを担当する。

  • 宮﨑 郁也
    宮﨑 郁也 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーションプランナー

    2022年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局に配属。 食品、飲料、人材などのプランニングを担当する。