SDGsを身近に感じられる場所に。サステナブルと商業施設の未来を考える(前編)
―河口真理子氏(立教大学特任教授、不二製油グループ本社CEO補佐)×村井吉昭(ジェイアール東日本企画)―

未来の商業施設ラボ VOL.20

商業施設の「買い物の場」としての価値が揺らぐ中で、生活者の視点に立った「理想の商業施設像」を考える、「未来の商業施設ラボ」。本連載では、当ラボメンバーによる、識者へのインタビューをお届けしています。今回のゲストは、サステナビリティに関する課題について20年以上調査研究・提言活動を行い、『SDGsで「変わる経済」と「新たな暮らし」』などの著書を刊行されている河口真理子さんです。SDGs実現のために大切なことは何か、そして商業施設は何ができるのかについて、対談しました。今回はその前編です。

消費者には、権利もあるが責任もある

村井:今、これまでの社会通念が大きく覆される出来事が起こっています。河口さんは、ご著書の中で、「経済を優先してきた社会にブレーキをかけ、新たな社会へと生まれ変わるために、SDGsを道しるべとして活用しては」と提案されていますね。

2020年9月に刊行された『SDGsで「変わる経済」と「新たな暮らし」 2030年を笑顔で迎えるために』(生産性出版)。ビジネスや金融がSDGs実現に向けて変わり始める中、さらに生活者個人の意識を変えるためのステップとなることを目指して書かれた一冊

河口:これまで20年以上もの間、企業や金融機関向けにサステナビリティについて語ってきましたが、なかなか前に進みませんでした。何が問題だったかと言うと、消費者が動かなかったというのが大きいと思います。消費者が「高いから」と言ってエシカルな商品やサービスにお金を出さなければ、企業も投資家も動けません。逆に、消費者がそうしたものを認め、ニーズが生まれれば、企業も喜んで作るし、投資家たちもそれを評価してお金が回るという好循環が生まれます。三位一体となるべき、企業、投資家、消費者の中で、消費者の動きは最も不足してきた部分だと思います。

村井:近年、企業や投資家の意識が急速に変わり、消費者も徐々に変わり始めていると思いますが、やはり「消費者」が鍵になるのですね。

河口:企業や金融機関は法律で定めた組織なので、いざとなれば法律などルールをつくって縛ることができますが、消費者には個人の自由があるので、ライフスタイルは強制できません。消費者は値段や利便性を優先して購入してしまいます。一方で、グローバルな環境保全の観点からは、消費者のライフスタイルや価値観を環境配慮型に変えなければならないので、最もハードルが高いと言えます。

私は、消費者には権利もあるが、同時に責任もあると考えています。究極的に消費者が望まないものは売れないから、企業は作りません。実は消費者は大きな力を持っているのです。もっと、消費者自身が主体的に自分たちの暮らしを見直して意思を示して、良い暮らしをつくるために消費の力を活用しなければ、世の中は変わりません。もはや消費者も、「企業が安くて良い商品やサービスを作ってくれない」「エコ製品やフェアトレードは高いから買わない」などと受け身の立場で言っている場合ではないだろうと思っています。なぜエコやフェアトレードが高いのか。環境保全や人権を守るためにはそれなりにコストがかかります。企業努力だけではどうしようもないこともある。そういう事情も消費者は理解した上で行動すべきです。

村井:消費者のライフスタイルや価値観を変えることは簡単ではありませんが、「変わらなければならない」という意識を持つことも必要かもしれませんね。

経済ファーストから地球ファーストへ

村井:著書の中で述べられていた「経済ファーストから地球ファーストへ」について、改めてお考えを聞かせてください。

河口:これまで私たち、特にビジネスパーソンは、経済活動を中心に世の中を捉えてきました。つまり、儲かるかどうか、コストがかかるかどうかといった経済活動が最優先で、人権や環境は後回しにしてきた。そのツケが今、回ってきています。本当は、地球があって、その中に人間社会があり、さらにその中に経済がある。地球は46億年前に生まれたと言われますが、その中で人類の祖先が生まれたのが数百万年前、産業革命が起きたのもたった200年ほど前です。そもそも地球を最優先に考えるのは当たり前と言えます。SDGsはそうした優先順位を変えていこうというものですが、掲げている分野は幅広く、私たちが今直面している課題の多くを網羅しています。ですから、これからのビジネスの在り方はもちろん、さまざまなテーマで優先順位を考えるときの道しるべになるはずです。

ここ3、4年でSDGsに対するさまざまな取り組みが動き出しています。例えば大手コンビニでも、オーガニック商品を当たり前のように販売するようになりました。小売りのトップが品ぞろえを増やすことで、消費者がサステナブルな商品に触れる機会も自然と増えています。

本来3つの関係性は、左の円のように「地球>人間社会>経済」の構造になるはずが、ビジネスの観点では、右の円のように、経済が大半を占めてしまっている

良いものを長く使う、日本古来の価値観に期待

村井:日本と海外では、サステナビリティに対する価値観は違うと思われますか。

河口:欧州では、例えばアンティーク家具が身近なので、腕の良い職人が作ったものはずっと長く使えると、肌感覚で知っています。日本でもかつては、着古した着物をほどいて仕立て直すなど、サステナブルな習慣がたくさんありました。ところが、戦時中の空襲などで多くのものが失われ、高度経済成長期を経てさらに日本人は新しいもの好きになり、古くて良いものを長く使うというカルチャーが一度なくなってしまったように思います。

しかし日本でも、時代が変わるにつれて、古くても良いものに新鮮な価値を見いだすようになってきました。団塊の世代はアメリカを見て育ちましたが、その子どもたちの世代、孫の世代になって元に戻ってきているというか……。サステナブルな価値観がまた復活するのではないかと期待しています。

村井:日本には「おかげさま」や「もったいない」などの言葉があり、元々持っているこうした価値観をSDGsにうまくつなげていければと、著書の中でも書かれていましたね。

河口:そうですね。私は最近、小笠原流礼法のお稽古の中で、「来所(らいしょ)」という言葉を知りました。食事の作法を教わった際、「来所」を考えるようにと言われたのです。つまり、食べ物がどこから来たのか、お米を育ててくれた農家の方や、魚を捕ってくれた漁師さんを思い、感謝するということです。サプライチェーンと難しい言い方をしなくても、日本にはそういう考え方が存在しているんです。

利他や共生を実現させるには想像力が必要

村井:消費者の行動を変えるには「利他」や「共生」といった考え方に共感してもらうことが重要になると思います。利他的な行動は難しいように感じたのですが、以前河口さんは、「そもそも、利他的な行動の方が利己的な行動よりも気持ちが良い。最近はそれに気づく人が増えている」といったご発言をされていましたね。

河口:そうですね。利他的な行動=自分が損をすること、と思い込みがちですが、実は経験してみると、利己的じゃなく利他的な方が気持ち良い。そういうことに気づく人は増えていると思います。

村井:どうすれば消費者は気持ち良さに気づき、利己から利他にシフトできるのでしょうか。

河口:つまり、こうすれば誰かが喜ぶだろうと考える想像力が必要なのです。フェアトレードを例に挙げますが、不公正な取引のせいでガーナの子どもが困窮していると聞いても、ガーナがどこにあるのかすら知らないと、想像するのは難しいですよね。だから、「あなたがその商品を買ってくれたおかげで、ガーナの子どもたちが学校で勉強できるようになった」と紹介するなど、具体的につながりを実感させることも大事です。

村井:商業施設にはリアルな空間があるので、つながりを実感する体験は提供しやすいかもしれません。生活者にとって身近な場でもあるので、日々の暮らしの中で自然と気づきを与えられる可能性もあります。商業施設だからこそできるSDGsとはどのようなものか。後半で伺いたいと思います。

前編では、SDGsに対する日本の現状や、消費者の意識を変えることの重要性などについて、お話を伺いました。後編では、SDGs実現のために商業施設ができることは何かをテーマに、引き続き河口さんとお話していきます。

<後編に続く>
構成・文 松葉紀子

河口 真理子
立教大学特任教授、不二製油グループ本社株式会社CEO補佐、株式会社大和総研 特別アドバイザー。
2020年3月まで、大和総研にてサステナビリティの諸課題について、企業の立場(CSR)、投資家の立場(ESG投資)、生活者の立場(エシカル消費)の分野で20年以上、調査研究、提言活動を行ってきた。現職では、サステナビリティの教育と、エシカル消費、食品会社のエシカル経営に携わる。アナリスト協会検定会員、国連グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン理事、NPO法人日本サステナブル投資フォーラム共同代表理事。日本エシカル推進協議会理事、プラン・インターナショナル・ジャパン評議員、サステナビリティ日本フォーラム評議委員、WWFジャパン理事、環境省中央環境審議会臨時委員など。著書に『ソーシャルファイナンスの教科書』『SDGsで「変わる経済」と「新たな暮らし」』(共に生産性出版)など。

上記ライター村井 吉昭
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社会の環境変化やデジタルシフトを背景に、商業施設の存在価値が問われる現在、未来の商業施設ラボでは、「買い物の場」に代わる商業施設の新たな存在価値を考えていきます。生活者の立場に立ち、未来の暮らしまで俯瞰する。識者へのインタビューや調査の結果などをお届けします。

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  • 村井 吉昭
    村井 吉昭 未来の商業施設ラボ プロジェクトリーダー / シニア ストラテジック プランナー

    2008年jeki入社。家庭用品や人材サービスなどのプランニングに従事した後、2010年より商業施設を担当。幅広い業態・施設のコミュニケーション戦略に携わる。ブランド戦略立案、顧客データ分析、新規開業・リニューアル戦略立案など、様々な業務に取り組んでいる。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。

  • 渡邊 怜奈
    渡邊 怜奈 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーション プランナー

    2021年jeki入社。仙台支社にて営業職に従事。自治体案件を中心に、若年層向けコミュニケーションの企画提案から進行まで、幅広く業務を遂行。2023年よりコミュニケーション・プランニング局で、官公庁、人材サービス、化粧品、電気機器メーカーなどを担当する。

  • 宮﨑 郁也
    宮﨑 郁也 未来の商業施設ラボ メンバー / コミュニケーションプランナー

    2022年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局に配属。 食品、飲料、人材などのプランニングを担当する。