「バーチャル秋葉原」“リアル×バーチャル”の可能性<前編>
VRテクノロジーを用いたサービス。メタバースで駅を「感動消費」の起点に

jekiデジタル VOL.10

メタバース(metaverse)というキーワードが今、注目されている。仮想空間(VR)テクノロジーを用いたサービスの総称だが、テクノロジーの進化により新たな顧客体験、サービスを生み出そうとしている企業にとって、メタバースは変革へのドライバーの可能性を秘めている。

このVR領域の先駆者である株式会社HIKKYとJR東日本、ジェイアール東日本企画(jeki)は、2021年8月に駅や車両を軸としたXR(空間拡張技術)領域での業務提携契約を締結。
同月HIKKYが主催した「バーチャルマーケット6」には、JR 東日本が「バーチャル秋葉原駅」を出展して大きな話題となった。

今回は、この「バーチャル秋葉原駅」での取り組みや、リアル×バーチャルにおける体験価値のあり方などについて、株式会社HIKKY CEOの舟越 靖氏とjekiエクスペリエンシャル・プロモーション局部長代理の光富 憲太朗、jekiメディアマーケティングセンター長の直井伸司(ファシリテーター)が語り合った。

バーチャル秋葉原駅 駅ビル・改札口

VRにはクリエイターが活躍する空間をデザインできる可能性がある

直井:HIKKYは、世界最大級のVRイベント「バーチャルマーケット」を主催し、現在、VR事業者として多くの企業のバーチャル領域への展開に携わられていますが、そもそもVRに可能性や手応えを感じたきっかけは何だったのですか?

バーチャルマーケット

舟越:一言でいえばクリエイティブの要素と、表現方法の幅広さ、そして市場の状態を見たことです。VR領域は、多くの企業が何年も前からトライしてきたものの、失敗してきた歴史があります。もちろん、「失敗」というのはあくまでイメージで、実際には必ずしも失敗とはいえないサービスもあります。
たとえば、2003年にサービスインした「Second Life(セカンドライフ)」は、3DCGで構成されたインターネット上に存在する仮想世界(メタバース)の先がけですが、実は今でも数十万人のユニークユーザーがいると言われています。その間、VR市場自体は大きな変動はなく、手つかずの状態に近かったといえるかもしれません。

私は、才能のあるクリエイターが世に知られることがない現状に不満を感じていたことがあり、それがきっかけで起業しました。起業後、Webサービスに軸足を置いて、才能あるクリエイターたちとコンテンツ展開を進めてきました。そのなかで、次第にVR市場の可能性や、そこにアプローチするクリエイターの発想を、無限に具現化できることがわかったのです。自由で、まだ手つかずの市場と、クリエイターの発想を形にできる空間そのものの可能性に魅力を感じました。

直井:その想いが「バーチャルマーケット」を手がけることにつながっていったのですね。

舟越:私の周囲にいるクリエイター陣は、トレンドに対するアンテナが高く、尖った人ばかりです。トレンドの作り手ともいえる彼らは常に表現の場を求めていて、私のVR領域に対する想いと合致したことが「バーチャルマーケット」につながっていきました。

リアル空間とつながることでバーチャルの価値がさらに拡大する

直井:2021年8月に開催された「バーチャルマーケット6」は、何十万人ものユーザーの来場がありました。成功の要因はどこにあると思いますか?

舟越:私がVR領域に飛び込んだ5年前には、VRが流行する要素はほぼゼロだったと言っていいと思います。ただ、その当時でも、VR界隈だけで小さくコミュニティ化し、アバターを作って手数料を稼ぐようなモデルであれば、ビジネスとしてはある程度成立していたかもしれません。
しかし、僕らが本当にやりたいのは、クリエイターのみなさんに無限の可能性を広げていくことで、そのためにはビジネスをもっと拡大させる必要がありました。スケールを最大化するにはどうしたらいいかを考えたときに、あえてVRの「外」の世界を取り込んでいくことを考えたのです。

すなわち、メタバースを実現するには、VRの中だけで経済が回っていくのではなく、リアルビジネスにおける人、モノ、カネが必要だと考え、約2年前から法人向けの営業を開始しました。企業と作り上げた実績を次の営業へとつなげていくことで、今では名の通った多くの企業が我々とメタバースについて一緒に取り組んでくれるようになりました。
また、クリエイターもそうした動きに賛同してくれて、特にプロモーションをしなくてもTwitterのトレンドを独占するようなバイラルができあがりました。

直井:以前からクリエイターファーストで、クリエイターに活躍してもらうためのフィールドを整備してきた舟越さんならではの取り組みと感じます。今回の「バーチャル秋葉原駅」の取り組みを通じてどんな発見がありましたか?

バーチャル秋葉原駅

舟越:メタバースの定義はいろいろありますが、個人的には「同時に多くの人が参加して、アバターを通して交流したり仕事をしたり、実社会と同じような感覚で、自由な活動ができるデジタル世界」だと考えています。
世界自体がデジタルにあるだけでなく、現実とリンクすることでモノの購買や流通などの経済活動が発生して初めて本当のメタバースだということができます。

では、真の意味でメタバースを実現できている企業が世界にどれくらいあるでしょうか? 私が今回のJR東日本・jekiとの取り組みの中で、最もインパクトがあると感じたのが「駅」という空間です。

多くの人にとって、駅できっぷを買い、あるいはSuicaで入場して電車に乗ることは当たり前の行動です。駅という「場」は多くの人にとって目的が明確で、だからこそデジタル上の価値とリンクしやすいのです。

ユーザーとのタッチポイントやプロモーション、リアルの経済活動を、それこそ無限の可能性で作ることができますし、ユーザーの消費行動をつかんで、好みのアーティストのライブポスターを掲示するとか、実際のライブをVR空間で行うことも可能です。

その中心には「駅」という普遍的な行動の起点があって、それがバーチャルの世界とリンクすることで現実味を増していく。他の空間とつながることで価値がどんどん拡大する。
私が受けた最も大きなインパクトはそこでした。

直井:これまで、HIKKYはバーチャル世界を、jekiは主にリアルを主戦場としてやってきました。光富さんにお聞きしますが、今回の3社業務提携について、プロモーションの立場から何を感じますか?

光富:約2年前にプロモーション局がエクスペリエンシャル・プロモーション局(以下EP局)に改組され、我々が提供できるエクスペリエンシャル=体験価値とは何だろうとずっと考えてきました。
そのような中で、昨年7月~9月にEP局がプロデュースしたのが「Takanawa Gateway Fest(高輪ゲートウェイフェスト)」です。これは、JR高輪ゲートウェイ駅前の特設会場で開催したイベントで、J-WAVEとコラボしたエンタメレストランを中田英寿氏とプロデュースしたり、最新映像技術を用いたデジタルアートミュージアムを作ったりと、新型コロナウイルス感染防止策を図りつつ、多くの方にご来場いただきました。

また、従来のスタンプラリーをデジタル化して、新たなUX最適化を追求するなど、JR東日本グループが掲げる「Beyond Stations 構想」の実現に向けた取り組みにもいろいろ関わってきました。
そして、そんな取り組みの中で、舟越さんとの出会いがあり、舟越さんとの出会いの中で様々な事例を目にしていくと、我々のメタバースについての理解がまだまだ及んでいないことに気づかされました。
これまで我々はリアルを前提にプロモーションを組み立てていましたが、バーチャルの世界ではすでに経済活動が行われており、バーチャルの世界の中での「顧客体験」が生まれていたのです。
これまでのように「リアルがメインでバーチャルがサブ」という位置づけでなく、バーチャル空間内で「新しいUX」というべきものが生まれている現実がありました。
そんな状況の中で、では僕らの強みはどこにあるのか?ということを改めて考えるようになり、我々しか提供できない体験価値とは何かなど、バーチャルとリアルの融合による可能性を模索するようになりました。

心動かされる「感動消費」の起点になることがメタバース実現のカギ

直井:jekiとしても新しい体験価値の可能性について手応えを感じるところはありますね。その意味でも3社業務提携には大きな意味があると感じています。

舟越:メタバース市場には、ご存じの通り、大手広告会社やFacebookなどのプラットフォーマーが続々と参入しています。そこでの優位性を考えたときに、「リアルとの連携」は重要な要素であり、我々3社の業務提携は、最もメタバースに近いことができていると思います。

僕らのようなスタートアップの持ち味は特定の領域に尖っていることですが、反面、僕らだけの取り組みでは、リアルと連携していくノウハウやリソースがないため、ビジネスとしてはスケールしません。

たとえば、チャリティをバーチャルで行うときに、画像や壁紙などのデジタルコンテンツをノベルティとして募金を呼びかければ、それなりの金額を集めることができるかもしれません。
しかし、JR東日本グループと連携すれば、リアルとの連携が可能となり、リアルとバーチャルを組み合わせた仕掛けにより、もっとエモーショナルで、もっと行動を促すようなことができると思います。
同じチャリティとしての取り組みでも、社会貢献に対する行動をもっと促せる仕掛けになりえると考えています。

直井:リアルとバーチャルが連携することで、より新しい体験や行動を生みだせるということですね。

舟越:これまでのバーチャルマーケットは、期間限定でつくられた特別な場に集まる楽しさを感じてもらっていました。もちろん、それもすばらしい取り組みだと思っていますが、今後は、リアルとバーチャルを組み合わせながら、ユーザーが行動することで、何か影響を生みだすような場、そういう恒常的な場の提供に取り組んでみたいと考えています。

たとえば、今回の「バーチャルマーケット6」では、バーチャル上でギネス世界記録™️にチャレンジする企画を行ったのですが、瞬間的にすごい人数の方にアクセスいただきました。

ギネス世界記録™️へのチャレンジ ©︎Guinness World Records Limited

ユーザーは根底では、自分たちの行動によって何かアクションが起こることを求めているように思います。みんなで何かを達成したいという想いがある。でも、リアルではその敷居が結構高い。その点、バーチャルでは参加のハードルが下がります。

今の時代、「心が動かされるもの、エモいモノやコトへの欲求・ニーズが高まっている」という傾向があると感じます。コロナ禍を経て、人々は何が大事かに気づき始めています。そんな状況では、心を動かされる「感動消費」という視点がキーになるように思います。

今回の3社の業務提携の取り組みから、「駅」という普遍的な場を起点に、「感動消費」を生み出す場として、世界を変えるムーブメントを起こすことができるのではないかと私は考えています。

今後、VRが進化して、たとえばタイムトラベルのように「本物の伊達政宗に会えるツアー」が提供できるのであれば、これをコンテンツとしてJRや観光業者が販売してもよいわけです。あるいは、物販とつなげて新しい買い物体験を提供することもできるでしょう。
鉄道を軸としたメタバースの中で、相互にUXを高めていく今回の取り組みに、大きな意義を感じています。

光富:リアルの資産とバーチャルの連携を通じて、新たな感動を生み出すことで消費を喚起し、経済圏を生みだしていく、そんなメタバースの実現に向け、この3社連携を有意義なものにしていきたいですね。  

直井 伸司
jekiメディアマーケティングセンター センター長 兼 株式会社Data Chemistry 取締役
1992年jeki入社 。約17年間、人事部門にて、採用、教育、評価、制度など人事全般を担当。 その後、JR局にて、「JR SKISKI」や「大人の休日俱楽部」のキャンペーンなどJR東日本関連の案件を担当した後、 第一営業局にて、JR東日本グループの商業施設の担当などを経て、 2019年7月、メディアマーケティングセンターのセンター長となり、現在に至る。 なお、現在は、㈱Data Chemistry、㈱JICの取締役を務める。

光富 憲太朗
jekiエクスペリエンシャル・プロモーション局 部長代理
出版社、FMラジオ局勤務を経て、2007年jeki入社、プロモーション局(現エクスペリエンシャル・プロモーション局)に配属。JR東日本を始め、様々な業種のクライアントのプロモーション業務を担当。

主な業務:大型商業施設 開発/開業関連事業、外資系食品会社 アンバサダー・プログラム支援プロモーション、国内食品会社 新商品開発コンサルティング/プロデュース  他多数
最近の担当業務:JR東日本 高輪ゲートウェイ駅開業イベント「Takanawa Gateway Fest」、J-WAVE NIHONMONO LOUNGE 施設プロデュース(J-WAVE、サニーサイドアップ/中田英寿氏と共同事業)など。
受賞歴:第10回 JPMプランニング・ソリューション・アワード ブランディング・キャンペーン銀賞受賞

舟越 靖
株式会社HIKKY CEO 
通信系インフラ開発・運用事業を経て、 ⾃⾝の夢だったクリエイティブ分野へ進出。数多くのクリエイターを組織化し、ゲーム・アニメ・映画などのコンテンツ制作・事業開発などを行う「有限会社フナコシステム」を設立。2018年、その中でもVR事業に特化した「株式会社HIKKY」を設立し、 100万人以上の来場者を誇るメタバース上で開催する世界最大級のVRイベント「バーチャルマーケット」を主催。2021年12月4日から開催のバーチャルマーケット2021で7回目の開催を迎える。

上記ライター直井 伸司
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上記ライター光富 憲太朗
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  • 直井 伸司
    直井 伸司 jekiメディアマーケティングセンター センター長

    1992年jeki入社 。約17年間、人事部門にて、採用、教育、評価、制度など人事全般を担当。 その後、JR局にて、「JR SKISKI」や「大人の休日俱楽部」のキャンペーンなどJR東日本関連の案件を担当した後、 第一営業局にて、JR東日本グループの商業施設の担当などを経て、 2019年7月、メディアマーケティングセンターのセンター長となり、現在に至る。