シリーズ地域創生ビジネスを「ひらこう。」㊵
100%の合意形成などありえない現場をどうまとめていくのか? 
チームiCHi アカデミーが行う地域人材育成

地域創生NOW VOL.50

左から
jeki ソーシャルビジネス・地域創生本部 植田 有美
一般社団法人秩父おもてなし観光公社 専務理事 兼 事務局長 井上 正幸氏
ミテモ株式会社 代表取締役 澤田 哲也氏
jeki チームiCHi総合プロデューサー 山本 聖

事業を起こすには「ヒト、モノ、カネ」が重要であると昔からいわれるが、なかでもヒトの重要性は高い。伝統や慣習が根付く地域創生の現場でも人間関係が複雑である場合が多いことから、地域をまとめられる人材が求められており、そうした人材の育成も急務となっている。ジェイアール東日本企画(jeki)でも、2021年に地域課題解決のプラットフォーム「チームiCHi」を開始。そのなかで、地域をまとめる「地域プロデューサー」を育成する「チームiCHi アカデミー」をこの5月からスタートさせている。jekiでこの事業を担当する植田有美と山本聖が、ともにアカデミー事業を推し進めるミテモ代表取締役の澤田哲也氏と、地方創生の現場で活躍する秩父地域おもてなし観光公社専務理事兼事務局長の井上正幸氏を迎えて、地域で求められる人材とその育成について語り合った。

求められるのは知識よりもコミュニケーション力

植田:井上さんは埼玉県秩父地域のDMO(観光地域づくり法人)で長年活躍されていますが、地域創生の現場で求められている人材というのはどういった方なのでしょうか。

井上:まず、地域創生における人材の重要性はさらに増していると感じています。ただ、以前と比べ変わってきたこともあります。例えば、以前は観光庁が「観光カリスマ」を選んでいたように、ひとりのスーパースターが地域を引っ張っていく形で、まさにカリスマのような人材が求められていたのですが、価値観も多様化するなかで、いまは多様な人材によるボトムアップ型に変わってきているように感じています。ですから、地域でも女性や若者、ベテランなど、さまざまな経験をもつ方を求める傾向にあります。

山本:井上さんがおっしゃる通り、地域の持続可能性を担っていくためには、多くの人材の力が必要になってきたとわたしも感じています。同時に、彼らをまとめてひとつの力にする人材、我々の言葉で言えば地域プロデューサーがより重要になったのではないかと思っています。実際、多くの自治体さんから要望がありますね。

井上:そうですね。例えば、「若者、よそ者、ばか者」の意見を大事にしろといいますが、いまは、移住者をはじめ、企業から来た方など「よそ者」も多く地域に入ってきています。そういった面でも、彼らの視点や経験をいかに地域活動に生かしていくか、いかに組織立てていくかが大事になってきたので、そのハブとなる存在、地域プロデューサーが期待されているのです。

植田:地域のハブになる人というのはどんな資質が必要ですか。

井上:最終的には、知識を持っている方よりもコミュニケーション力の高い人の方が活躍しますね。知識は重要ですが、異なる意見を束ねていかなくてはいけませんから、いかに人と付き合えるか、そこが大事です。

植田:先ほどの話にもありましたが、地域で活動する人材のなかには民間企業の方も増えていますよね。企業が地域創生に関心を持ち始めているように感じますが、これはどういった理由でしょうか。

澤田:わたしの会社にも企業から地域創生についての問い合わせや相談が増えています。理由としては、これまでのCSRや社会貢献活動とは別に、社会課題解決を事業にしたいと考える会社が増えているからです。また、越境学習というのですが、人材育成の面でも注目されています。いずれも、一歩外の世界に出ることで、人は育ち、活躍の場が増えるという考え方です。背景にはいくつか理由があります。ひとつは事業として社会課題、地域課題を解決したいというSDGs、ESGの流れです。また、副業や兼業が認められたことで、地域での仕事の学びが本業に還流するという期待を持たれる企業も多くあります。副業や兼業ができるのであれば、社員も故郷や地元に貢献したいと思いますからね。

井上:セカンドキャリアも同様ですね。

澤田:おっしゃる通りです。定年延長の流れもあるので、ベテランの経験に裏打ちされたスキルや人的ネットワークなどを地域の課題解決に生かそうというものです。もちろん、いきなり送り込まれても、期待には応えられないので我々も伴走しながら支援します。さらに、企業の中核となる人材に修羅場体験を積ませる需要があるのですが、その場所として地域が注目されています。多くのステークホルダーを抱え、正解のない課題を抱える地域で新たな価値をつくることが、貴重な経験になると注目されているからです。

植田:確かに修羅場体験というのは人を成長させますからね。ちなみに澤田さんの修羅場体験はどういったものでしたか。

澤田:会社の看板が通用しない経験でしたね。研修会社をやっているわたしが、漁師さんのところに行っても、「お前は何ができるんだ」と言われてしまいます。つまり、自分自身がコミュニケーションを取り、人間関係を結ぶしかありません。そのため、自分とは何者なのかと問い直しましたからね。まさに越境することで得た学びでした。

山本:さまざまな方が地域創生の現場に入って来られていますが、受け入れている側の井上さんは、どんなことに注意されていますか。

井上:そうですね。我々のところには幸いにもコミュニケーション力の高い人が入ってきています。ただ、どんな人であれ、最初は伴走支援を行います。ノウハウもそうですが、どんな人がステークホルダーにいるのか、気を付けるべきことは何かなど、情報共有は大事ですね。

「ない」ものでなく、「ある」もので地域を活性化する

植田:jekiもこの5月からミテモさんとともに地域人材育成カリキュラム「チームiCHiアカデミー」をスタートしていますが、山本さんはどんなアカデミーをめざしていますか。

山本:我々としては、役職や年齢、性別などを問わず、どんな立場でも、全体を見渡せ、マネジメントできる人を伴走しながら育成していきたいと考えています。その上で、我々が持つノウハウやメニューを理解してもらい、ともに学ぶ仲間が、そのまま地域づくりを行う仲間となるように。そして、アカデミーが地域の課題解決に結び付くような情報交換のできる場所、コミュニティになればと考えています。澤田さんはいかがですか。

澤田:参加される方はそれぞれ求めるニーズも目的も違うので、企業、行政、個人向けと大きく3つのカリキュラムを用意しています。その上で、共通する心構えや地域をどうとらえるのかという視点、スキルの棚卸などを学ぶことで、地域にないものを補うよりも、あるものに目を向けて地域を盛り上げて欲しいですね。

植田:今度の講義では、井上さんにも登壇していただくそうですが、澤田さんからはどんなリクエストをされたのですか。

澤田:心構えはもちろん、現場感のある話を伝えていただきたいとお願いしました。例えば、行政からの参加者は、どうやって民間を巻き込んでいけばいいのか、民間企業からの参加者は、自社をどう巻き込むのかと、多くの方が悩まれます。実は、この問いには魔法の杖はありません。だからこそ、井上さんの経験をヒントにするというか、要は、覚悟を学んでほしいのです。合意形成をいかに行うのかなど、現場のヒリヒリするような話を受講生には学んで欲しいですね。

山本:あとは人柄も伝わって欲しい。

3人:(笑)

井上:人柄も知っていただきたいのですが(笑)、合意形成の話などは聞いていただいた方がよいかと思います。そもそも全員が賛成するような100%の合意形成などありえません。その上で、反対意見を無視することなく、それをどう乗り越えるか。不安定ななかでいかに進むかという心構えは伝えられるのではないかなと思います。それと、地域には終わりがないので政策はつくるよりも、続けることが大事。これもしっかり伝えていきたいですね。

植田:終わりがないからこそ、仲間が大事になるわけですね。

山本:そうです。だからアカデミーでも研修を終えられて、地域に戻った後もケアしていきます。それは、地域を活性化する事業には共通するフレームこそあるものの、アウトプットというかやり方が地域ごとに違うわけです。でも、アカデミーがケースを共有するコミュニティになることで、前進するヒントを得る場所になれると思うのです。

澤田:わたしも活動する上で一番重要なのは仲間がいることだと思います。「あいつが頑張っているなら、自分もやらなきゃ」、そういう感覚の仲間が集まるコミュニティにしていきたいですね。山本さんはフレームという言葉を使いましたが、共通言語ともいえます。事業の考え方やポイントを互いに共有できる共通言語で、アクションを起こして活動を続けていくことを支援していきたいですね。

井上:わたしは秩父で活動をしていますが、秩父の事例が他の地域では全く役に立たないことも多いわけです。でも、共通言語があれば、柔軟に、その土地にあった事例をつくっていくことができるはずです。地域活性化の活動はそもそも楽しいことなんですから、失敗談も共有すればいいんです。時間が経てば、それは笑い話のネタですから(笑)。

植田:わたしも地域に入って叱られたことを思い出しました(笑)。でも、それが縁で関係ができて、いまでは、いい思い出になっています。そういった活動をアカデミーで後押ししていきたいと思います。本日はありがとうございました。

植田 有美
jeki ソーシャルビジネス・地域創生本部
経済産業省の所管する独立行政法人にて中小企業支援に携わり、2021年よりソーシャルビジネスプロデュース局に在籍。「チーム iCHi」および「チームiCHiアカデミー」のプロジェクトマネージャーとして官公庁事業および地域プロジェクトを推進。

山本 聖
jeki チームiCHi総合プロデューサー
首都圏百貨店バイヤーを経て国の支援機関で地域の事業者、支援機関に向けたブランディング、プロジェクトマネジメント、新商品・サービスの開発サポートに従事。2021年にそれらのノウハウを集約した地域創生プラットフォーム「チームiCHi」を創設。さらに2023年に地域創生を担う地域人材育成機関「チームiCHiアカデミー」を開校。

井上 正幸氏
一般社団法人秩父おもてなし観光公社 専務理事兼事務局長
1991年秩父市役所に入庁。1996年から観光行政に携わり、2012年に一般社団法人秩父地域おもてなし観光公社を設立。2014年に法人化したのち、事務局長として出向し、2020年よりCFO、2021年には専務理事を兼務して現在に至る。

澤田 哲也氏
ミテモ株式会社 代表取締役 株式会社インソース 取締役
「誰もが自創する未来を実現するデザインと教育事業」をビジョンに、大企業向けの事業開発支援、地域企業向けの共創、行政向けのコンサルティング事業を展開する。

上記ライター植田 有美
(ソーシャルビジネス・地域創生本部)の記事

シリーズ  地域ビジネスを「ひらこう。」④ 住民参加による「郷土愛・魅力創造」のまちづくり 北海道・芽室町の挑戦

地域創生NOW VOL.14

植田有美(ソーシャルビジネス・地域創生本部)

シリーズ 地域ビジネスを「ひらこう。」④ 住民参加による「郷土愛・魅力創造」のまちづくり 北海道・芽室町の挑戦

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